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タイトル:雲は遠くて 145章 ラッパーのケンドリック・ラマーと、信也  2018/09/02


145章 ラッパーのケンドリック・ラマーと、信也

 9月1日、土曜日、朝の10時。台風の影響なのか、雨もぱら曇り空で、空気
も涼(すず)しい。

 10時を過ぎたころ、歯科医院の受付を担当する女性から電話がかかってき
た。

 きょうの朝の10時に、予約をしていたのを、すっかり忘れていた、信也だ。

「すっかり忘れていました。また次の土曜日の8日の10時に予約できるでしょ
うか?」

「はい、予約できます。それでは、次の8日の土曜日の10時でよろしいです
ね」

 そんな電話。

・・・1か月前の歯の検診だったので、きょうの予約を、すっかり忘れてしまった
なぁ・・・

 川口信也は、気分転換に、
先日の8月29日に録画した、NHK『おはよう日本』を、テレビで見る。

 地上波初登場の、現在31歳、ラッパー、ケンドリック・ラマーのインタビュー。

・・・ケンドリック・ラマーは、トラウマになるような危険な経験が転がっている街
で育ったけど、
『非行に走らずにいられた唯一の理由は父さんが常にそばにいて、
おれの人生に関わってくれたからさ』って言ってる。やっぱり、家族の愛。

そして、2002年の夏、16歳のとき、ケンドリック・ラマーは、レーコーディング・
ブースという、
安全な避難所を見つけたんだ。ブースに入って、ラップに夢中になったんだも
んな。
ここにも、《愛》の力が働いたってもんさ。音楽は、愛そのものだから。

そして、2014年には、グラミー受賞曲の『アイ(I)』とかの、
《まず自分を愛そう!そうしなくちゃ、他人も愛せない!》というポジティブなメッ
セージの、
誰からも愛されるラッパーになっていく。

やっぱり、人生で、1番に大切なのは、《愛》の力なんだろうな。
どんなに、ちっちゃな《愛》でも、ささやかな、個人的な《愛》であっても。

《愛》は、この世界の神秘だし、
奇跡でもあって、《愛》こそが、人生の幸福を実現してゆく、不思議なパワーな
んだろうな!

そういえば、瀬戸内寂聴(じゃくちょう)さんのあの言葉は、
数ある名言のなかでも、最高の名言だよな。

《やさしいということが、人間の1番すばらしいことです。
他人を思いやるということは、想像力があるということ。それが愛です。》

愛=想像力=やさしさ、っていう感じで、簡単明快でいいよ。・・・

 録画を見終わって、そんなことを思う信也だった。

 信也が見た録画は、2018年7月28日、新潟県の苗場(なえば)スキー場で
開催の、
『FUJI ROCK FESTIVAL』に出演したケンドリック・ラマーが、
日本の地上波で初めて受けたインタビューだ。

 ケンドリック・ラマーは、ヒップホップアーティストで初の『ピュリツァー賞』を受
賞する。
1943年に設立されたピューリッツァー賞の音楽部門は、
クラシック音楽作品が受賞するのが言わば常となっており、
クラシックやジャズ以外の作品が選ばれるのは今回が初。
ヒップホップに限らず音楽史全体において特別な意味合いを持つ石碑を打ち
立てた。
同賞の委員会は、ケンドリック・ラマーの4目のスタジオアルバムである
『DAMN.』について、
「現代を生きるアフリカ系アメリカ人の複雑な人生を捉え、土地や文化に根付く
本物の言
葉やリズムのダイナミズムを統合した高水準な楽曲を収めた名作」と評価す
る。 

「音楽を通じ社会の苦悩をメッセージとして発し続けるケンドリック・ラマーさ
ん。
若者たちに自ら考え行動することを訴えています。」

 そう報告する、NHK・文化部の斎藤直哉さん。

「ライブで曲を歌うと、肌の色や民族の異なる多くの人が来る。
これが究極の目標です。
2時間のステージに、存在するのは、争(あらそ)いではなくて、
《愛と幸福感》だけなんです。」

 と、ケンドリック・ラマーは語る。

「銃撃事件が絶えない、カルフォルニア州、コンプトン地区。
この全米で最も危険といわれる場所で、ラマーさんは生まれ育ちました。
ラップを始めたのは、友人が銃撃されるなどの、過酷な現状を訴えたいとの思
いからでした。」

 と、文化部の斎藤さん。

「僕たちは自分たちでは手に負えない環境で育った。
ヒップポップは、僕にそうした感情を表現するチャンスをくれた。
他人がどう思うかは関係なく、吐き出さなければいけない感情だったんです。」

 と、ケンドリック・ラマー。

「代表曲の《オールライト(ALRIGHT)》。やり場のない思いをつづりながら、
それでも、俺たちは大丈夫さと語りかけます。
この曲が思わぬ広がりを見せます。全米に広がった《差別撤廃運動》、
そのデモで、人々が歌い始めたのです。
この動きはアメリカを越(こ)えて世界にも広がりました。」

 と、文化部の斎藤さん。

「僕の作品や音楽で学んできたことは、僕自身のためだけではなく、
逃げ場のない街に育った子供のためだったんです。
今はコミュニティーにとどまらず、世界中に伝えることができると思います。」

 と、ケンドリック・ラマー。

「なぜ彼の歌が支持を集めるのか、
専門家は、かつて時代を動かしたアーティストとの共通点を指摘しています。」

 と、文化部の斎藤さん。

「年配の方々にとってのボブ・ディランが、今の若い人たちにとってのケンドリッ
ク・ラマーである、
というふうに言っていいんじゃないかなと思うですよね」

 と語る、慶応義塾大学・大和田俊之教授。

「公民権運動やベトナム戦争に揺れた1960年代。世界中の若者が、
ボブ・ディランさんの《風に吹かれて》などの曲を通じて、自由と平和を訴えたよ
うに、
いま、ラマーさんの曲が若者のシンボルになっているというのです。」

 と、文化部の斎藤さん。

「ケンドリック・ラマーの言葉を通して、音楽だけでなく、《世界とつながる感覚》
を持つ
若者が増えているような気がしますね。」

 と語る、大和田教授。

「ラマーさんの音楽は、日本でも多くの人の心をつかんでいます。
今年(2018年)の『FUJI ROCK FESTIVAL』、
どしゃ降(ぶ)りの中、多くのファンが詰めかけました。」

 と、文化部の斎藤さん。

「伝えたいメッセージは《自己表現》なんです。感情を表に出すことを恐れては
いけない。
ぼくのストーリーが、普通の小さな男の子のストーリーになり、
日本の若い少年少女のストーリーになる。
ヒップホップは世界にい広がっていくはず。いつかは火星にだって。
それは誰にも止められない。音楽の力です。」

 そんなことを、おだやかな眼差しの笑顔で語る、ケンドリック・ラマー。

「はい、ピュリツァー賞受賞ということで、ま、たとえば、暴力反対、
差別撤廃というような、その直接的なメッセージを描いているっていうふうに、
感じたのかなという方もいたかもしれませんが、どちらかというと、
現状をありのままに描いていましたよね。」
 
 と話す、高瀬耕造(たかせこうぞう)・キャスター。

「そうえすよね。社会がこう変わるべきという、方向性を示すのではなくて、
感情を吐露している、印象でしたね。」

 と話す、和久田麻由子(わくだまゆこ)・キャスター。

「そして、まあその、《大丈夫だ、おれたち大丈夫だ》という、
前向きなメッセージも添えているところが、印象でした」

 と話をまとめる、高瀬耕造・キャスター。

「はい。世界中の若者から絶大的な支持を集めるケンドリック・ラマーさんにつ
いてお伝えしました。」

 と番組締めくくる、和久田麻由子・キャスター。

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☆参考文献☆ 

1.NHK 総合 『おはよう日本』 2018年8月29日 ケンドリック・ラマー 特集
2.未来はあなたの中に  瀬戸内寂聴 朝日出版社
3.グッド・キッド、マッド・シティー (ユニバーサル ミュージック)・ライナーノー
ツ・小林雅明
4.トゥ・ピンプ・ア・バタフライ (ユニバーサル ミュージック)・ライナーノーツ・・
高橋芳明

≪つづく≫ --- 145章 おわり ---

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