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タイトル:雲は遠くて  124章 中島みゆきの『恋文』をカヴァーする信也  2017/05/07


124章 中島みゆきの『恋文』をカヴァーする信也

 5月4日のみどりの日の午後1時ころ。気温は22度ほど。やさしい南風が吹いている。

 マンガ家の青木心菜(ここな)は、明大前(めいだいまえ)駅、京王(けいおう)線ホームの、
ガラス張(ば)りの明るい待合室で、親友の水沢由紀を待っている。

 心菜がちょっと待っていると、ピンクベージュのワンピースで、由紀はやって来る。

 着心地の良さそうな半袖(はんそで)のカットソーと、
ギャザースカートが一緒になったようなデザインのワンピースの由紀。

「由紀ちゃん、かわいいワンピースね。ピンクベージュでしょ?すてきだわ。
でも、わたしのピンクと同じ色じゃなくって、良かったわ!うふふ」

 心菜はそう言って笑った。

「心菜ちゃんのワンピースも春らしくってすてき!ここのスリットが、繊細でセクシーなスカートね!」

 由紀が天真爛漫な笑顔でそう言った。

「あら、そうかしら。ありがと!由紀ちゃん」

 落ちついたコーラルピンクの、ふんわり柔らかいシルエットのワンピースの心菜。

 ふたりは渋谷駅から歩いて3分ほどの、ライブハウスのイエスタデイ(Yesterday)行くところだ。

「きょうの、しんちゃんたちのライヴは楽しそうよね」と由紀が言う。

「うん。今日のライヴのオープニング曲は、
中島みゆきさんの『恋文』のカヴァーですって。由紀ちゃんと一緒に、ぜひ聴きに来てね!って、
しんちゃんがメールしてくれた!楽しみよね!」

 心菜と由紀は目を見合わせて笑ったりしながら、京王線ホームからエレベーターに乗り、
地下1階の井の頭(いのがしら)線ホームで、渋谷駅方面の列車を待つ。

 ふたりは各駅停車の渋谷行きに乗車すると、ドア近くのシートに座(すわ)った。
渋谷までの所要時間は、12分くらいだ。

「しんちゃんからこの本をいただいたの。
この本、いまはもう絶版で、アマゾンなら中古本が売っているんですって」

 1990年に出版された朝日文庫の『中島みゆき全歌集』を、
ライトブルーのショルダーストラップ付きのハンドバックから、心菜は取り出す。

「しんちゃんって、熱烈な、中島みゆきのファンだというのは、意外よね!心菜ちゃん」

「ちょっと、ユーモラスなトピックスよね。うっふふ。
硬派なロッカーのイメージが強い、しんちゃんは、
高校生の時は、アメリカのパンク・ロックバンドの、ラモーンズのコピーをしていたし、
日本のバンドでは、ブランキージェットシティや、
ミッシェル・ガン・エレファントをコピーしていたもんね。
まさか、中島みゆきさんに、ラブレターを出すほど心酔しているというのは、ちょっと意外だった。
でも、しんちゃんって、そんな、ひとつの形にこだわらない、
全方位的なところが魅力なのかも。由紀ちゃん」

 青木心菜は、川口信也をモデル(主人公)にした連載マンガの、
『クラッシュビート』の絶好調もあって、
人気マンガ家だ。親友の水沢由紀も、心菜の腱鞘炎がきっかけで、
マンガ制作のアシスタントや心菜のマネージャーをしている。

 心菜は、1992年3月1日生まれの25歳。
由紀は、1991年11月8日生まれの25歳。ふたりは、小、中、高校が同じ、幼なじみだ。

 心菜の家は、京王線の下高井道(しもたかいどう)駅の近く。
由紀の家は、その下高井道駅の隣の桜上水(さくらじょうすい)駅の近くにある。

「しんちゃんって、中1のときに、2002年暮れの紅白歌合戦を見ていたら、
中島みゆきさんが初出場で『地上の星』を歌っていて、それがかっこよくて、
それから熱烈なファンになったのよね。
みゆきさんが出たあの紅白歌合戦のときは、わたしも心菜ちゃんも、かわいい小学5年生だったわ!」

 そう言って由紀は心菜に微笑む。ふたりは車窓の外を流れる景色を眺(なが)めている。

「あの紅白で、みゆきさんが、黒部ダムの地下トンネルの中で、『地上の星』を熱唱していたのって、
つい先日のように思えてくるよね。それだけ強烈な印象もあるのよね。由紀ちゃん。
あの紅白の翌年(よくとし)から、しんちゃんは、みゆきさんの歌なら、
なんでもを聴くようになったんだって。
2003年の新年からは、ニッポン放送で、
『中島みゆき ほのぼのしちゃうのね』というラジオ番組が始まったんだけど、
でも、その放送時間が、月曜日から金曜日までの平日の午前10時30分から、
10時40分だったんだって。それだから、中1のしんちゃんは聴くことができないのね。
それで、しんちゃん、ニッポン放送気付けにして、みゆきさん宛(あ)てに、
詩のような短編小説に、手紙をつけて送ったんだって。
その小説、小学校のとき、好きになった文学好きな女の子へ捧げるために、
パソコンを使って書いたんだって。
それを、プリンターを使って、ホチキスで止めただけの簡易な自家出版の本だって、
しんちゃん、言うってたけど。
でもすごいわよね、しんちゃんって。やっぱり、早熟なのかしら!あっははは」

「そうだったんだ。しんちゃんって、文学少年だったのかあ!うふふ。
その、みゆきさん宛てに送ったという短編小説はなんというタイトルなの?心菜(ここな)ちゃん」

「タイトルは、『雲は遠くて』って言ったわ。わたしも読みたい!って言ったら、
これはいまのところおれの極秘事項にしてあるからって、断(ことわ)られちゃったわ。
連載マンガの『クラッシュビート』に、このエピソードを使っていいかしらって、きいたら、
こんなエピソードでも、心菜ちゃんのマンガの制作に役立つのなら、
自由に使っていいですよって、しんちゃんはやさしく言ってくれたわ。
でも、中島みゆきさんが関係するようなエピソードだから、
作品に使用するのは難しいかもいれないねって言っていた、しんちゃんは。
みゆきさんは、藤女子大学の文学部の国文学科を卒業しているのよね。
折り紙付きの文学少女って感じ。
小学生の時に好きだった文学少女の女の子には、結局、ふられたんだって、しんちゃんは。
そんな心の痛手もあって、しんちゃん、
みゆきさんには、好意や関心を持ってもらえるように、
自分の年齢も中1だってことも、手紙には書かないし、明かさなかったのよ。
中1じゃあ、大人の女性のみゆきさんには相手にされないだろうからって。
おかしいわね。由紀ちゃん。うふふ」

「恋するってことは、愛するってことは、心と心との関係で、魂と魂との関係ですものね。
この世に生を受けた命と命が、奇跡的な確率で出会うことができた、その歓(よろこ)びですものね。
だから、年齢差はどうでもいいことだし、、どんな障害だって、
愛し合うことができるとすれば、その男女には関係ないものよね。
ましてや、文学や音楽を大切に思ったりできる、価値観の近い、
同志的な関係なら、なおさらね。心菜ちゃん。」

「そうよね。みゆきさんの歌の『命の別名』には、命の別の名前は心のことって、確かあって、
あの歌もすばらしいわよね。あんなふうな奥の深い、いい歌をたくさん作れるから、
みゆきさんって、1970年代、1980年代、1990年代、2000年代って、
4つの世代で、チャート1位に輝くことができたアーティストなのよね。
そんな40年間も活躍しているアーティストは、中島みゆきさん、ただひとりなんですって。 
この『中島みゆき全歌集』の解説は、
詩人の谷川俊太郎(しゅんたろう)さんが書いているのよ。それがすごくいいの!由紀ちゃん。
もう立派な、私たちの日常にも、世界にも通用するような、わかりやすい芸術論になっているのよ。
この谷川さんの解説の最後は、
『歌は決まりきったことばに新しい感情を与える。
そして誰もが知っている慣(な)れきった感情に、新しい言葉をもたらす。
歌を書くものも聞くものも、そうやって未知の≪私≫を発見し続けていくのだ。』
っていう言葉なんだけど、たとえば、何か創造的なことに挑戦するとか、
芸術的な活動を楽しんだりすることや、
平凡(へいぼん)な毎日の生活や仕事に励(はげ)んだりすることも、
つきつめれば、新しい自分と出会ったり、何か新しい発見をしたりする、
そんな日常にささやかな歓びを見つけるための、旅の連続のようなものだと思うのよね。由紀ちゃん」

「そうね。心菜ちゃん。何のために生きて、何が歓びや楽しみかっていえば、
行き着くところは、そういう、なんていうのかな、自己発見のような、
なにか新鮮な、新しい気持ちになれたらいいなっていうか、
新しい自分に出会えたらいいなっていうか、
そんな小さな希望とかの、日々のささやかな実現のようなことだと、わたしも思う」

「そうそう、日々新たに!だわね。由紀ちゃん。
この谷川俊太郎さんの解説には、ほかにも、おもしろいこと書いてあるんだ。
『何年か前に中島みゆきに会った時、私の書いた
≪うそとほんと≫という短詩がいいと言ってくれたことがある。
≪うそはほんとによく似ている/ほんとはうそによく似ている/うそとほんとは/
双生児 うそはほんととよくまざる/ほんとはうそとよくまぜる/
うそとほんとは/化合物 うその中にうそを探すな/
ほんとの中にうそを探せ/ほんとの中にほんとを探すな/うその中にほんとを探せ≫
という詩である。のちにある対談の中で彼女は《あそこまで言われちゃうと、私、
ナンにもやることないんだけどさ》と言って、
それは私の書いてくれたものをほめてくれるというよりは、彼女自身の書きかた、
歌いかた、ひいては人間観を語っているようで興味深かった。』
って谷川さんは、この本に書いてるのよ。
この話も、時間を超えて普遍的で、いつの世にも通用するような、芸術論だと思うわ」

「ニーチェの言葉に、有名な≪真実なんてない、ただ解釈があるだけだ≫があるくらいよね、
うそもほんとも、真実も虚偽(きょ ぎ)も、ひとの都合(つごう)や好みで決まったりするものね。
ニーチェとかが説く、芸術論のように、芸術的なことを愛好して、たくましく、
楽しく生きたほうがいいんだって、わたしも思うわよ。
ニーチェの芸術論と、谷川俊太郎さんや中島みゆきさんの考え方は、
とても近いという気がするわ。
芸術を大切にして生きていこうとしていると、
自然とその考え方も似てくるんでしょうけど。ね、心菜ちゃん」

「しんちゃんが、ニーチェに共感するのは、ニーチェが、哲学を芸術ととらえて、
熱く、文学的に自らの思想を表現したからですもんね。
やっぱり、わたしたちも芸術を大切にして、人生を楽しくしてゆくしかないのかもね!由紀ちゃん」

「そうよね、芸術を楽しんで、そこから学んでいくしかないのかも、心菜ちゃん。
だって、いまの世の中も社会も、どこまでが夢なのか、どこまでが現実なのか、
なにが真実なのか、正しいのかが、はっきりしないような、定(さだ)まらないような、
幻のような、幻想のような、錯覚のような、幻覚のような、
そんな、なんていうの、難(むずか)しい言葉でいえば、イリュージョン(illusion)かしら。
イリュージョンで成り立っているような世の中だって気がしてくるもの」

「暗(くら)い事件やニュースが多いものね。
そうそう、みゆきさんのことで、谷川さんのこの解説に、こんなおもしろい話もあるの。由紀ちゃん。
『中島みゆきは私との対談の中で、こんなふうに語っている。
《たとえば、誰かがうんとあたしのことを思ってくれるとするでしょう。
でも、どんなに思ってくれたとしても、それ以上にあたしを思う人が必ずいるわけ。
それはあたし自身なの、あたしがあたしを1番好きなの。
・・・(自分の嫌いなところなんか)いっぱいあるけれど、全部ひっくるめてすごく好き。》
どんなに自己嫌悪を口にする人でも、自己愛は隠れているものだと思うけど、
こういうふうにあっけらかんと自分ののろけを言う人は珍しい。
だがこれは額面通(がくめんどお)りに受け取っていいと私は思う。
彼女の虚構や演技の底には、臆面(おくめん)もない自己陶酔もあるのだ。
自己肯定の強さ、あるいはもっと端的に言えば、
うぬぼれは歌い手にとって有利に働きこそすれ不利に働くことはない。
それは歌というものを支える生命力そのものと言えるからだ。』
ねえ、由紀ちゃん。この谷川さんの話は、ほんと、役に立つ芸術論よね。
わたしたちのマンガの創作も、自己肯定してないと、やってゆけないものね。
わたし、すっかり感心しちゃたの。しんちゃんも、この谷川さんの解説の言葉に、
すっかり感心しちゃっていて、ぜひ読んでくださいって、
わたしに、この『中島みゆき全歌集』をプレゼントしてくれたのよ」

「自分のこと大好きだっていう、みゆきさんって、かわいくって、愛(いと)おしいひと!心菜ちゃん!」

「しんちゃんも、みゆきさんのこの自己愛には、すごく共感するって言っている。
またあのニーチェだけど、ニーチェが説く≪自己中心主義こそが、人間らしい生きかたである≫
という考え方にも、近いって。自己中心主義って、自己中っていわれるくらい、
良いイメージがないけれどね。
ニーチェの自己中心主義というのは、『自分を愛せる人間が、他人を大切にできる』とか、
『自己への愛(自己愛)を通して、はじめて他者を愛せる』とか、
『自分を愛せない人間に、他者を愛することはできない』という考え方なのよね。
自分を最も価値があると位置づけるわけで、とかく世間では『利己主義』ということで、
悪いイメージしかないけれどね。
でも、よくよく考えてみれば、自分を愛するってことは、自分という≪自然≫を愛することで、
大自然の中の1部の、自分の体や心を愛して大切にするってことで、これって、
やっぱり、1番に大切にすべきことだって、しんちゃんも言っているわ。
自己愛って、具体的には、日常生活の中で、こまめにストレッチをして、
体や心のリフレッシュをするようなことだって言ってた、しんちゃんは。
そのとおりだと思うわよね。
わたしたちも、脳内物質のセロトニンも出て、心のバランスもとれて、
心のコリもとれるストレッチが大好きよね!由紀ちゃん」

「うん。自己愛の基本は、ストレッチかしらね!」と、由紀は涼し気な眼差しで、心菜に微笑んだ。

 午後1時30分を過ぎたころ、心菜と由紀は、渋谷駅からスクランブル交差点を渡って3分ほどの、
ライブハウスのイエスタデイ(Yesterday)に着く。

 1階の入り口付近のオープンテラスのテーブルには、川口信也と彼女の大沢詩織や、
クラッシュビートやグレイスガールズのメンバーや、
信也の後輩たち、早瀬田大学のミュージック・ファン・クラブの学生が集まっていて、
コーヒーや紅茶やドリンクを飲んだりしながら雑談を楽しんでいる。

 信也たちのモリカワが経営するイエスタデイは、2012年の9月にオープンでは、
このタワービルの2階だけのスペースであった。現在は拡張(かくちょう)して、
1階と2階の広々としたスペースと、緑に囲まれたテラスのある、
料理や飲み物やライヴ演奏を楽しめる空間として、渋谷の気軽な憩(いこ)いの場になっている。
キャパシティ(席数)も100席から200席に増(ふ)えている。

 天井の高いステージには、黒塗りのグランドピアノや最新のキーボードや、
ドラムやアンプが置いてある。

 午後2時30分。信也たち、クラッシュビートのライヴは始まる。

 ライヴのオープニング曲は、中島みゆきのカヴァー曲の『恋文』だ。

「おれって、実は、中1の中学生のころから、中島みゆきさんの大ファンなんです。
きっかけは、2002年12月のNHKの紅白歌合戦で、
中島みゆきさんが『地上の星』を歌っているのを見たことなんです。
かっこいい女性がいるもんだな!って感動しちゃたんですよ」

 クラッシュビートのヴォーカルの川口信也は、満席の会場に向かって、そんな話をする。
会場からは拍手や笑い声や歓声が沸き起こる。

「まあ、おれ、そのとき、まだ中1ですからね。
中島みゆきさんには、それ以来、相当に熱を上げ続けています。
熱烈なファンになった、2003年の2月だったかなあ。
あのころ、みゆきさん、ラジオの番組で、
『中島みゆき ほのぼのしちゃうのね』というをやっていたんですよ。
でも、その放送時間が、平日の月曜日から金曜日までの午前10時30分から、
10時40分だったんですよ。おれは、中1で、学校じゃないですか。
みゆきさんの番組を聴くことができないのね。
いまでは、ユーチューブとかに、誰かがアップしてくれるんで、聴けるんでしょうけどね。
あっはは。それで、ニッポン放送気付けで、
みゆきさんにラブレターみたいなものを書いて送ったんです。
もちろん。みゆきさんからは、返事はもらえなかったんですけど・・・。
でも、2003年の彼女の歌に、『恋文』というアルバムが出たんです。
おれ、それを聴いて、歌詞を知って、びっくりしたんですよ。
おれの書いたラブレターへの返事じゃないか、これはって。
まあ、そんなことありえないんでしょうけど。
歌詞の中のリフレインの、
『(アリガトウ)って意味が、(これっきり)だという意味だなんて、気づかなかった』
なんていう言葉は、まったく、おれが書いた手紙への返信になっていて、
このみゆきさん歌は、聴くたびに、いつも、
おれへ優(やさ)しいささやきのように、おれの心に届(とど)くんです。
いつの日か、この真相は、みゆきさんに直接聞いて確かめたいです。
では、聴いてください。中島みゆきさんの名曲です。『恋文』・・・」

 ラテンのリズムを得意とする落合裕子の細(ほそ)い指が、やさしく、鍵盤に触(ふ)れる。

 イントロの、グランドピアノの哀愁がただようメロディが、フロアに鳴り響(ひび)く。

 ゆったりとした心地の良いリズムと、大人の哀愁にあふれるメロディの、
バラード『恋文』を、信也は、透明感あふれる独特な声で、心を込めて歌い始める。

 原曲『恋文』のレコーディングはアメリカ、ロサンゼルスで行われている。
その原曲にできるだけ近い演奏の実現のために、
このライヴ演奏には、クラッシュビートのメンバーのほかに、
早瀬田大学のミュージック・ファン・クラブ(MFC)の学生たちが参加した。
バイオリンが5名、チェロも3名。軽快なパーカッションは岡昇。
キーボードも女子学生が弾いた。

 この熱いパフォーマンスのライヴ演奏に、
最前列のテーブルの席の心菜と由紀のふたりは、
何度も涙で、瞳(ひとみ)を潤(うる)ませた。

 鳴りやまない拍手と歓声の中、アンコール曲は、
再び、この濃厚で美しい演奏の『恋文』のカヴァーだった。

☆参考・文献・資料☆
1. 中島みゆき全歌集  1990年版 朝日文庫
2. まんがと図解でわかるニーチェ 別冊宝島
3. 思想するニーチェ 秋山英夫 人文書院
4. ニーチェ入門 竹田青嗣(せいじ) ちくま新書
5. 体を芯からやわらげる健康ストレッチ 永岡書店
6. 中島みゆき - 音楽プロダクション - Yamaha Music Entertainment 

≪つづく≫ --- 124章おわり ---

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