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タイトル:雲は遠くて 105章 back number の ≪青い春≫  2016/02/28


105章 back number の ≪青い春≫

 2月28日の日曜日。午前8時を過ぎたころ。春のようによく晴(は)れた空だった。

 川口信也(しんや)と、妹の美結(みゆ)と利奈(りな)は、
9.5畳の、寝転がれる床座のリビングルームで、朝食をとっている。

 現在、信也は、美結と利奈が生活している、
この2DKのマンション(レスト下北沢)から歩いて2分の、
1Kの間取りのマンション(ハイム代沢)で、ひとりで暮らしている。
毎日の食事は、美結や利奈が作ってくれていた。

 檜(ひのき)のローリビングテーブル(座卓)には、
野菜のミルクポタージュのスープ、
マッシュルームとトマトとレタスのサラダ、
皿に盛(も)られたバターが香(かお)るクロワッサンがあった。

 川口信也は、1990年2月23日生まれ、26歳になったばかり。
早瀬田(わせだ)大学、商学部、卒業。株式会社モリカワの本部の課長。
大学の時から、ロックバンド、クラッシュビートのヴォー-カルやギターもやっていて、
モリカワミュージックからメジャーデヴューして、CDとかの売れ行きも、まあまあ順調だった。

 美結は、1993年4月16日生まれ、22歳。
山梨県、短期大学の食物栄養科(栄養士コース)、卒業。
信也の飲み友だちの竜太郎が副社長をする、
エターナルの芸能事務所のクリエーションのタレントとして、
テレビやラジオや雑誌の仕事をしている。

 利奈は、1997年3月21日生まれ、18歳。早瀬田大学、
健康栄養学部・管理栄養学科、1年生。
信也も在学時に所属していた、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)で、バンド活動も楽しんでいる。

 兄妹(きょうだい)の故郷(ふるさと)の山梨県韮崎市では、両親も元気に暮らしている。

「スープもサラダも美味(うま)そう!このクロワッサンも、おいしいよね!」

 信也は、テーブルの向かいの、美結と利奈にそう言う。

「このお店のクロワッサンは、わたしも大好き!」と利奈は言った。

「わたしも、好き!お値段もお手頃だしね!」と美結は微笑(ほほえ)んだ。

「美結と利奈は料理が上手だからなあ。おれは幸せ者だよ。あっははは」

「ところで、しんちゃん、朝から何(なん)なんだけど、ちょっと、利奈の難(むず)しい質問に、
答えてあげてくれるかしら?」

 ちょっと困ったような表情をして、美結は白い歯をチラッとのぞかせて微笑んだ。

「いいよ。どんな質問なの?利奈ちゃん!」

 そう言って、信也は、温(あたた)かいカフェオレを飲む。

「私が説明するわね、しんちゃん!利奈ちゃんは、宗教のことを、考え込んじゃっているのよ。
それで、わたしに聞いてくるんけど、わたしなんか、無関心なほうだし。
でもよかったわ!しんちゃんなら、いい答えを利奈に言ってくれそうだから。うっふふ。
いまの世の中って、宗教の対立とかで、戦争やテロとかのニュースが毎日のようにあって、
けっして、平和じゃないでしょう、なんでこんな世の中なのかって、利奈は言うの・・・」

「そうかぁ。難しい質問だなぁ、利奈ちゃん、あっはは。簡単に言えば、
宗教ってものは、本来は、より良き人生のための教えであるはずなんだよね。
別な言いかたをすれば、すべての人々が幸福な最善の人生を歩むための道しるべってことかな。
本来は、そんなことが目的のはずの宗教なんだけど、そんな宗教と宗教とが対立し合ったり、
憎しみ合ったりして、戦争とかを続けているのが、これまでの人間の歴史なのかな。
経済的な貧困や、領土の争いとかも、あったりね」

「誰だって、一生懸命に生きているんでしょうけどね。
でも、わたしも、そんな人間のやっていることを見て、すごく愚(おろ)かだなぁって、
ついつい思ってしまうのよ、しんちゃん。
わたしも、愚かなことばかりやっているほうだから、
人のことをいろいろ言える立場ではないんだけど。うっふふ」

 利奈は、信也を見ながら、そう言った。
それから、ミルクティーの入ったカップに唇(くちびいる)をつけた。

「確かに、人間って、愚かなことをする生き物なんだよね。
ペットとかの犬や猫の、動物なんかよりも、
人間は知恵や能力も比(くら)べようもないほど高いもんだから、
その愚かさも、比べようもないほど、大きくて、酷(ひど)いもので、
時には残酷なものにもなるんだよね。利奈ちゃん」

「世の中は、このままじゃ、近未来のSFコミックじゃないけど、社会は荒廃する一方で、
いまに核戦争や環境破壊とかで、人類破滅するんじゃないかなんて、
わたし、お友だちと語り合ったりすることもあるのよ、しんちゃん」

「まあまあ、最悪になるその前に、ちゃーんと、正義の味方っていうのかぁ、
クレヨンしんちゃんのアクション仮面やエンチョーマンのような
世の中を良くしていこうっていう人間たちが、立ちあがって、悪を退治して、
めでたし、めでたし、世界は平和になりました!っていう、
ストーリーが展開されるんじゃないのかな?!あっははは」

「もう、本当にそうなるの!?お兄ちゃんは楽天家なんだから!」

 利奈がそう言った。3人は声を出して笑った。

「ま、今のはジョーク(冗談)だけどね。確かにこんな世の中だと、
何を信じて生きていたらいいのか?わからなくなるよね。
うちの宗教が神道(しんとう)じゃん。
神道って、宮崎駿(はやお)のアニメの『千と千尋(ちひろ)の神隠し』の中に出てくる神様たちで、
世界的に有名にもなったような気もするんだけど。
神道って、仏教が6世紀ころに、日本に伝来する以前からの、
川の神とか山の神とかの、自然界の八百万(やお よろず)の神を信仰したり尊ぶ宗教なんだよね。
自然発生的な、民族的な宗教だから、
理屈っぽいような、堅苦しい教義や教理とかの宗教上の教えは存在しないと言われているんだよね。
まあ、それだけ、世界でも類を見ないような、自由な宗教なんだろうね。
おれが宗教の中でも、神道がわりと好きなのは、そんな自由さと、
あとは、やっぱり『愛』を感じられるからかな。
やっぱり、世界や人類を最終的に救(すく)うものは『愛』だろうからね。
本来の愛というものは、人間を自由にするものであるはずだろうからね。
ちょっと、宗教の話題からそれるけど、利奈ちゃん、作家の村上春樹さんってしているでしょう。
村上さんは、小説のテーマ(主題)に、
人間から愛や自由を奪(うば)おうとするシステム(制度)を取り上げているらしいんだよ。
システムを壁に例(たと)えて『私たちは誰もが、
程度の差はあれ、高くて硬い壁の前に立っています。その壁には名前があります。システムです』
って、エルサレム賞っていうのを受賞したときのスピーチで言っているんですよ。
おれが思うのに、システムには、国家権力とかの政治的なものから、
宗教的なものとか、ごく身近な小さなものまでもふくめたら、数多くいろいろあるんだろうね。
本来は、どんなシステムだって、人間の便利な生活や幸福のために生まれるものなんだろうにね。
それらに、立ち向かって、良くしていくためには、やっぱり、愛や勇気かな。
これじゃあ、まるで、アンパンマンの世界になっちゃうね。
まあ、まじめに言えば、おれたちは、愛の力を信じながら、
音楽とかの芸術活動もしたりしながら、楽しむことも大切にして、
みんなで仲良く力を合わせて、少しでも世の中を良くしてゆきたいよね。
利奈ちゃん、美結ちゃん。あっははは」

 3人は、明るく笑った。

「しんちゃん、 back number の ≪青い春≫って、そんなシステムについて、歌っているのかしら?」

 美結がそう言った。

「あぁ、≪青い春≫ね。いい歌だよね。清水依与吏(しみずいより)さんの才能が爆発しているような、
すばらしいロック・ナンバーだよね。ロック史に残るような名作だね、きっと」

「踊りながら、羽ばたく為(ため)のステージで、這(は)いつくばっていても、
踊らされているのも、随分(ずいぶん)前から分かっていて、それでも、それでも・・・」

 利奈が、≪青い春≫を口ずさんだ。

「テレビドラマの『高校入試』の主題歌だったんだよね。
なんでも、入試制度に一石を投じようとする物語だったらしいよね。
おれ、見たかったよ、残念。」

「3年くらい前の、フジテレビ系のドラマだったのよね。
あのころまだ、back numbeのこと知らなかったから、私も見逃しちゃった」

 美結が残念そうな顔で、信也と利奈に微笑んだ。

「わたしもそのドラマは見たいわ。再放送そのうちやるかもね」と利奈も言った。

≪つづく≫ --- 105章 おわり ---

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