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タイトル:雲は遠くて 97章 信也たち、ジャニス・ジョップリンとかを語る  2015/11/08


97章    信也たち、ジャニス・ジョップリンとかを語(かた)る

 11月8日、土曜日。午後の2時を過ぎたころ。
気温は15度ほど。一日中、小雨(こさめ)。

 渋谷のイエスタデイに、早瀬田(わせだ)大学、公認サークルの、
ミュージック・ファン・クラブの学生や、
その卒業生である川口信也や清原美樹たちが集まっている。

 音楽が大好きな仲間たちで、ホールのキャパシティの100席は満席。

 イエスタデイは、川口信也や清原美樹が勤めているモリカワが、
2012年の9月にオープンした、ライヴとダイニング(食事)のクラブスタイルの店で、
渋谷駅・ハチ公口から、スクランブル交差点を渡って3分、タワービルの2階にある。

「昨日(きのう)の、BS日テレの『地球劇場』は、感動しました。
谷村新司さんも渡辺美里さんも、ジャニス・ジョップリンが大好きと言ってました!」

 南野美菜(みなみのみな)は、川口信也に、愛くるしく微笑(ほほえ)んで、そう言った。
美菜は、きれいな高音とボリュームのある歌唱力や明るいキャラで、
じわじわと人気も上がっている。モリカワ・ミュージックからの、メジャー・デヴューした、
ロックバンド、ドント・マインド(don`t mind)、通称、ドンマイのヴォーカルである。

「あの番組、おれも見てたよ。あっはは。
ジャニス・ジョップリンの伝記映画の『THE ROZE(ローズ)』を歌ったね。
谷村さんと美里さんで、すばらしいデュエット(二重唱)だったよね!」

  信也は、南野美菜に、笑顔でそう言うと、スマートなグラスに入った山崎ハイボールを飲む。

「ジャニスって、歌手を目指す人なら、絶対に彼女の歌を聴いたほうがいいと思うんです。
『ジャニス・ジョップリンからの手紙』というジャニスの妹さんが書いた本の中には、
<ジャニスが見つけた真実は音楽にあった>とか、
<彼女は、歌っているときにこそ、ほんとうの自分があるということをみつけた>とか、
<そして、うまくその状態に持って行けたときには、彼女の歌を聴(き)いている人々に、
たくさんの愛を与えた>とか書かれているんです。
あと、<ファンとの接触によって、ジャニスは、愛とは、
ほかの人から何かを得ることではことを知った>とか、
<楽しくて幸せな気持ちとは、与えること、愛を与えることから生まれえるのだった。
ジャニスは、それを実践しようとした>とか書かれているんです。
その本とか、ジャニスの本は、わたしのバイブルなんですよ。しん(信)ちゃん!うっふふ」

「あっはは。美菜(みな)ちゃんも、よく、本の中の言葉を覚えているよね。
いまの言葉は、ジャニスの、本心なんだと思うよ。
ジャニス・ジョップリンの伝記映画の主題歌の『THE ROZE(ローズ)』の歌詞も、
いま美菜ちゃんが教えてくれた、ジャニスの心情のような歌詞だもんね。
I say love it is a flower.
And you it's only seed.
わたしは、愛とは花だと思う。そして、あなたは、その愛の花の種ですよ。ってね。
愛って、人から人に伝えて、育てるしか方法はないのかもしれないよね。
そして、そんな愛を育てるためには、音楽とかの芸術って、人間には大切なんだろうね」

「そうよね。しんちゃん。愛は花のようなものかもしれないわ。大切にしないと、育たないし、
すぐに枯(か)れちゃうものだもんね。わたしもジャニスは、好きだわ」

 清原美樹が、テーブルの向かいの席の、信也と美菜にそう言て、話しかけた。

「愛と言えば、信也さん、ニーチェは、どんなことを言っているんでしょうかね」

 美樹の隣の松下陽斗(はると)がそう言って、カクテルのカシスオレンジを飲む。

「ニーチェは、自分と同じように他人を愛せよという、美しい物語のような、
キリスト教などが説(と)く『隣人愛』が、人間の生を否定してきたと考えたようですよね。
人間は、自己の強力な欲望を捨ててまでして、他者を愛することはできないと考えたらしいのです。
つまり、簡単にいえば、自分を愛せない人間に他者を愛することはできないってことを、
ニーチェは言っているんですよね。
また、言い換えれば、自分自身の価値を信じたり、誇り高く生きていられるからこそ、そのように生きようとする他者の価値を信じられるし、相手の価値も認めることもできるってことですよね。
愛するとは、自分とまったく正反対に生きる者を、その状態のままに、喜ぶことだ、とか、
自分とは逆の感性を持っている人をも、その感性のまま喜ぶことだとも言っているんです。
あと、ニーチェは、こんなことも言ってます。<人を愛することを忘れる。そうすると、次には、
自分の中にも愛する価値があることを忘れてしまい、自分すら、愛さなくなる。
こうして、人間であることを終えてしまう>ってね。
愛って、心の中に咲く、花のようなもので、大切にしないと、
すぐに枯れて、無くなっちゃうようなものかもしれないですよね。あっはは」

 信也は、そう言って笑うと、隣の席の大沢詩織と、目を合わせた。

「人間って、なぜだかよくわからないけど、自分ひとりでは、愛という花を育てられないのだろうし、
だから、友だちや、誰かから、愛という花を、受け取ったり、教えてもらう必要があるんだろうね。
いつ、誰から、愛の花という花束を受け取るのかって、人それぞれなんでしょうけどね。
そうそう、おれって、ジャニス・ジョップリンのアルバムや、
あの『THE ROZE』の映画音楽の総指揮をとった音楽プロデューサーの、
ポール・ロスチャイルドっていう紳士を尊敬しているんですよ。
1995年に他界したんですけどね。彼かも、愛の花束を受け取ったという気がしているんですよ。
あっはは」

「あっ、知ってます。そのポールさんのことは、
『ジャニス・ジョップリンからの手紙』にも書かれています。ポールさんは、
楽しいことが大好きな、ユーモアのある人で、プロデューサー仕事は、
ミュージシャンたちが、ベスト(最善)を発揮できるように、
快適な環境をつくることにあると信じていた、誠実な紳士で、
ジャニスも、ポールさんを頼りにして、たくさん教えてもらうこともあったそうですよね」

 南野美菜がそう言った。美菜は170センチ、すらりとした美しい女性だ。

「しんちゃん、まさか、そのポールさんにお会いしたことがあるとか?」

 美菜の隣の、美菜の彼氏の岡昇(おかのぼる)がそう言いながら、
身を乗り出して、信也の顔を見た。岡は173センチ、美菜とは、お似合いのカップルである。

「まさかでしょう?おれが5歳の時に、ポールさんは天国へ旅立たれているのですから。
ただ、いろいろ調べていて、ポールさんは、学歴は高卒くらいなのに、
独学で音楽を勉強して、1970年のジャニスの代表作のアルバム『パール』や、
ひとつの時代を築いたドアーズやニールヤングとかのプロデュースもしたりしていて、
音楽的なセンスも抜群だった人だし、いろんな意味で尊敬しているんですよ。あっはは」

 そう言って笑うと、信也は、「まあ、まあ、きょうは楽しくやりましょう!」と言って、
テーブルのみんなと、元気に明るく、乾杯をした。

≪つづく≫ --- 97章 おわり ---

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