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タイトル:雲は遠くて 88章 信也たち、又吉直樹の芥川賞で、盛りあがる  2015/07/20


88章 信也たち、又吉直樹の芥川賞で、盛りあがる

 7月17日。金曜日。上空は灰色に曇(くも)っている。

 川口信也と森川純、清原美樹と小川真央の4人は、仕事の帰りに、
会社の近くにある、行き付けのカフェで、お茶をした。

「本当によかったよね。美樹ちゃんも真央ちゃんも。
永田(ながた)さんが海外事業部に異動になってさあ。
ここだけの話だけど。永田さんは、英語が得意だから、ちょうど良かったんだよ。あっはは」

 川口信也は、テーブルの向かいの、美樹と真央にそういって、わらった。

「よかったわー!これで、精神的なストレスから解放されて、
お仕事も元気にがんばれます!」と、美樹。

「ほんと!うれしいよね、美樹ちゃん。永田さんとお仕事していると、
いろいろと、つまらないことで、話しかけてくるから、本当に集中力は、
しょっちゅう、中断するし、辛(つら)かったんです」と、真央。

 ふたりは、テーブルの向かいの信也と純に、幸せそうに微笑(ほほえ)む。

 いつも仲のいい、同じ22歳の、清原美樹と小川真央は、早瀬田大学を卒業して、
モリカワの下北沢の本社に入社したのであった。

 モリカワは、レストラン経営などの食文化事業を、国内や海外で展開して、順調に業績も伸びている。

 美樹と真央は、下北沢にある本社の所属で、経営企画室が職場である。
ふたりの直属の上司が、課長の永田勇斗(ゆうと)、27歳であった。

 きょうの美樹は、シンプルなTシャツにショートパンツ、小川真央は涼しげなワンピース。

「美樹ちゃん、真央ちゃんが、よろこんでくれて、おれもうれしいっすよ。あっはは。
永田さんは、おれらの2つ上の先輩だし、頭の回転が速くて、
仕事の面では、鋭いというのか、徹底的なところもあって、優秀な面もあるんですけどね。
ただ、視野が狭いとでもいうのか、人間らしさとでもいうのか、
思いやりに欠(か)けるところがあって、社内のみんなに評判が悪いんですよ。あっはは」

 26歳の純がそういって、わらいながら、ちょっと、困ったような表情をする。

「まったくだね。永田さんは、ひと言(こと)でいったら、思いやりがない人ですよ。
最近の世の中の人を、象徴しているのかもしれないよね。確かに、頭の中は切れて、
試験問題とかやらせれば、合格点を取れるのかもしれないけれど、人に対する思いやりとかの、
人の痛みを、自分のことのようにして、感じられるかどうかの、想像力が欠如しているんだよね。
永田さんには。はっきりいって、優しさの根源となるような、
他人への想像力は貧(まず)しいとしか言いようがないよね。
これも、今の文部省とかの学校教育の問題なのかもしれないけどね。
大切な青春の日々を。試験ばかりで、子どもたちを育ててきた、
学校教育のありかたが、今あらためて問われるような。あっはは」

 そういって、わらうのは、25歳の信也だった。

「美樹ちゃんと真央ちゃんの訴(うった)えは、誰が聞いても正当なものですからね。
おれも、ずーっと、永田さんを、どうにかできないものかと思っていたんですよ。あっはは。
おれから、森川社長に話をしたのですけどね。まあ、うちのオヤジもね。
経営の哲学として、真心のない指導とかは、絶対に許せない人ですからね。
自然の調和や、みんなとの調和のないところに、会社の成長も繁栄もないって、考える人ですから。
そんなわけで、今回の永田さんの、海外事業部への異動は、当然だったんですよ。
はっきり言って、おれも、永田さんが、経営企画室にいることには、
不愉快な思いばかりしていたんです。ああいう人がいるだけで、
職場の雰囲気がダメになるんですよ。ね、しんちゃん」

「そのとおりだよね、純ちゃん。最近の世の中、人が傷つくこととかに無関心の人間が多すぎるよね。
ひとことで言ったら、想像力の欠如(けつじょ)ってことなのかね。
それだけ、殺伐としているというか、心が荒廃するほどに、生きていくことが、
難しく、険しくなっている世の中なんでしょうかね。
自分以外の人のことなど考えている時間もないのかも知れないけどね。恐(こわ)い話だけど。
暗くなっちゃうから、ちょっと、話題を変えましょうか!あっはは。
ピースの又吉直樹(またよしなおき)さんが、芥川賞になったじゃないですかぁ。
よかったですよね」

「しんちゃんも、又吉さん、好きみたいね。わたしも『火花』読んでみたいなって、思っているの!」

 そういって、美樹は、信也と純に微笑んだ。

「又吉さんって、この下北沢が大好きで、よく来ることがあるらしいわ!
1度も出会ったことないんだけど。ぁははは」

 そういって、真央は、天真爛漫な笑顔でわらった。

「又吉さんって、自分のやりたいことをやり続けていくのが、信条らしいけど、
お金も無くって、貧乏で大変な時もあったあそうですよね。
それでも、人を楽しませたいとか、笑わせたいとかの、気持ちを持ち続けるって、
すばらしいことですよね。ねえ、しんちゃん。おれたちが、音楽をやる気持ちと、
共通のものがあるよね」

「そうだよね、純ちゃん。この前、『情熱大陸』で、又吉さんが、
樹木希林(きききりん)さんと対談していたんだけどね。
希林さんが、『そりゃ、世間は、こうしろ、ああしろって言うかもしれないけど。
<評する者があれば、我のみ>で、それはあったでしょう?』と、又吉さんに聞いたら、
『それはありますよね。それが1番大事ですよね』と言って、うれしそうに、
希林さんを見て、うなずいていたよ。わが道をゆくって強い気持ちが、
芥川賞になったんだろうかね!
世間じゃ、又吉さんに芥川賞は無いだろうとか、きつい意見もあるようだけど、
なにしろ、新人賞なんだから、励(はげ)ましの意味で、あげて、正解だといますよ」

 信也がそういうと、美樹も真央も純も、「そうよ」「そのとおり」とかいって、うなずいた。

「又吉さんは、こんなことも言っていて、おれたちの音楽つくりで、考えることと、
共通しているんだぁって、感心したんですよ。
又吉さんは、『ぼく、ものを作るときに気をつけっていることがあるんです。
いまぼくが、完全にプロットを立てて、コントとか小説を考えちゃうと、
ぼくが持っている知識の範疇(はんちゅう)に収まってしまうと思うんです。』って言っているんです。
『それって、きっと、ぼくが作れるようなことでしかないんですよね。』だって。
『いかに、自分の才能を超えるか?ということ。それじゃどうすればいいのかというと、
何かに対する反応だと思うんです。』と言っているんです。
『自分が書いた言葉に、自分で驚きながら、書いていけば、外に出れるはずなんです。
そう思って、いつもやっているんです。』
そんなふうに言ってましたよ、テレビの番組で」

 信也がそんな話をすると、みんなも、又吉直樹のコントや小説への、
その真摯(しんし)な創作の姿勢に、感心した。

「やっぱり、なんでもいいから、又吉さんみたいに、コントでも小説でも、
音楽でもドラマでも、なんでもいいから、創造的なこととか、芸術的なこととかを、
楽しんだり、熱中したりしていくことは、他人への想像力を鍛えることになるでしょう!?
だから、そんなことが、世の中が良い方向にゆく道なんですよね、きっと。
たとえ、楽観的すぎるといわれても、そんな道のことしか、わたしには考えられないわ!」

 美樹が、ふと、心の中を整理するように、そういった。

≪つづく≫ --- 88章 おわり ---

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