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タイトル:雲は遠くて 63章 第2回 モリカワ・ミュージック 忘年会 (1)  2014/12/07


63章 第2回 モリカワ・ミュージック 忘年会 (1)

 12月7日、北風が冷たいけれど、澄んだ青空の日曜。

 正午から、下北沢駅から歩いて3分の、ライブ・レストラン・ビートでは、
『第2回 モリカワ・ミュージック 忘年会』が盛大に始まっている。

 招待客には、レコード会社やテレビ局、ラジオ局や劇団の人びと、
演出家、脚本家、プロデューサーたちが数多く出席している。

 1階と2階を合わせた、280席は満席であった。

このモリカワ所有のライブハウスは、赤レンガ造りの外装や、
高さ8メートルの吹き抜けのホールなどが、
現代的で洗練されていると、好評だった。

 グループで楽しめる1階のフロアの席、
ステージを見おろせる、二人のための席1階フロアの後方には、
ひとりで楽しめるバー・カウンターがある。

 舗道から10段ほどの階段を上がったエントランス(上がり口)には、
高さ2mはありそうな、クリスマス・ツリーが早くも飾られてあった。

 間口が約14メートルのステージでは、森川誠社長の挨拶が始まっていた。

「みなさま、この1年は、本当にお疲れさまでした。
モリカワも、外食産業と芸能プロダクションのモリカワ・ミュージック、両社の業績は、
今年も順調に推移し、昨年を上回る大躍進を達成できました。
これも、本当にみなさまからの、
日ごろからの多大なご尽力(じんりょく)の賜物(たまもの)であります。
『失敗は成功の母である』とは、よく聞く言葉でしょうけど、
実際と言いますか、現実的には、仕事の現場では、失敗に対して、
厳しいと言いますか、寛大ではないという、世間一般の傾向があるように思うんです。
わたしの母のことをちょとお話しします。
母はひとりで、この下北沢の商店街で、小さな喫茶店していたんです。
おれは、その喫茶店で売っているケーキとかの洋菓子が好きだったんです。
商品のケーキをつまみ食いしては、「誠!また、ケーキ食べたわね!」
と母に、よく怒(おこ)られたもんです。あっははは。
まあ、わたしは、ケーキが大好きで、高校を卒業すると、洋菓子の店に修行に行ったんです。
その3年後には、母の店を継(つ)がせてもらいました。
店は改装して、洋菓子と喫茶の店を始めたんです。
その母は、なぜか、あの幕末を生きた坂本龍馬が大好きでして、
いつのまにいか、わたしも、龍馬のファンになってしまったのです。
龍馬の実家も商人ですから、それで、時代のニーズとでも言いますか、
その時代に必要なことをとらえる眼力が、人の何倍もあったのだろうと考えています。
つまり、龍馬の場合は、よっとくらいの失敗も失敗と思わないで、次の成功へと結びつけるような、
柔軟な発想力や想像力の持ち主だったのだろうと思うのです。
人は、無意識のうちに、面子(めんつ)だとか、名誉だとか、権力欲だとか、固定観念だとか、
まあ、何でもいいのですが、いろんなものにしがみついてしまうものですよね。しかし、
そんな何かのために、本当のものが見えなかったり、
本当の自分の力が出せなかったりすこともよくあることだと思います。
失敗の話から、少々脱線してしまいました。あっはっはは。
まあ、失敗を恐れて、挑戦をしなくなったら、
個人も企業も、成長はそれで止まってしまうと、わたしは信じておるわけです。
厳(きび)しい、この現代のビジネス社会においては、まずは行動力が大切なのだと思います。
ですから、厳しい現実を避けて、失敗を恐がったりするよりも、
坂本龍馬のように、成功の可能性をシュミレーションしながら、
挑戦する姿勢を大切にしてゆきたいと思っています。
失敗は成功の母です!そして、ピンチはチャンスという、
そんなメンタリティ、精神のもち方が大切です!
みなさん、どうか、ごいっしょに、来年も自信を持って、大きく羽ばたいてゆきましょう!
それでは、きょうは、この1年のご苦労やご尽力を心から感謝しながら、思いっきり、楽しみましょう!
それでは、みなさま、グラスをお持ちください。 ・・・それでは、乾杯!!・・・ありがとうございました!」

 森川誠が、ところどころで、会場のみんなをわらわせながら、そんな挨拶と乾杯の音頭をとった。
森川は、8月5日で60歳。目元がやさしく、
白いものが混(ま)じる髭(ひげ)のよく似合う芸術家風な男で、
社内のみんなに慕われている社長である。

 会場は、森川の挨拶と乾杯の音頭による、熱い余韻に、しばらく包まれた。

「社長って、なかなか挨拶の名人だよね。ちょっと胸にジーンと来るもんがあったよ。あっはは」

 そういって、わらいながら、生ビールをゴクリと飲む、川口信也だった。

「森川社長って、ものの考え方がアーティストですよね。しんちゃん」

 信也の右隣にいる水谷友巳(ともみ)がそういって、微笑んだ。

「森川社長には、パッションがあるんだわ。その情熱が芸術家っぽいのよね!」

 信也の左隣の大沢詩織がそういって、色っぽい眼差しで、信也と知巳を見る。

 信也は24歳。詩織と友巳は、同じ1994年生まれの20歳(はたち)である。

 詩織は料理をつまみながら赤ワインを、友巳は生ビール飲んでいる。

「人間、誰もが、夢や希望や憧(あこが)れとかの、何か目標を持ち続けようってことかな?!」

 信也がそういった。

≪つづく≫ --- 63章 (2)へつづく ---

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