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タイトル:雲は遠くて <161> 61章 美しさや愛を大切にする生き方  2014/11/24


61章 美しさや愛を大切にする生き方

 11月22日、北北西からの冷たい風が吹いているが、
昼間の気温は18度以上と、暖かなよく晴れた土曜日。

 川口信也と新井竜太郎たち、9人は、JR 新宿駅 東口から徒歩で15分、
1.2キロメートルほどの、池林坊(ちりんぼう)に向かって歩いている。

 その9人は、新井竜太郎、川口信也と妹の美結(みゆ)と、
美結の彼氏の沢口涼太(りょうた)、
清原美樹と美樹の親友の小川真央、真央の彼氏の野口翼(つばさ)、
美樹の彼氏の松下陽斗(はると)、信也の彼女の大沢詩織だった。

 池林坊は、裸電球に照らされた、レトロ調の屋台が立ち並ぶ、
独特な雰囲気の店で、その創業36年の店には、それに魅せられて通う、
有名人や文化人たちも多い。信也と竜太郎も、よく行っては歓談する居酒屋である。

 店のオープンは4時30分で、クローズは翌朝5時という店である。

 信也たちは、5時に店内に入って、予約していたテーブルに落ち着いた。

 「美結ちゃん、真央ちゃん、涼太さんの主演の、エタナールのCMは、
毎回、その続きを見るのが楽しみだって人が多くて、大評判なんですよ。
おかげで、エタナールのイメージや知名度のアップがすごいんです。
エタナール全店の売り上げの倍増が続いているんですよ。あっははは」

 竜太郎がそういって、わらう。

「そうなんですかぁ!うれしいわ!」と、川口美結は魅力あふれる満面の笑み。

「それはおれもうれしいです」と、美結の隣の席の沢口涼太が、はにかむようにわらった。

「わたしもエタナールさんのお仕事に出られて、
そのおかげで、最近お仕事が増えているんです!」といって微笑む、小川真央だった。

 エタナールのCMに出演中の3人のうち、沢口涼太と川口美結は、
エタナールの芸能事務所のクリエーションに所属している。
エタナールの副社長の竜太郎が恋心を抱いている小川真央は、
川口信也や清原美樹と同じ事務所のモリカワ・ミュージックに所属している。

「いつも思うんですけど、竜太郎さんと信也さんって、本当に仲がいいんですね!
このお店も、やっぱりお二人でよく来るんですかぁ?」

 グラスに入った生レモンハイをおいしそうに飲みながら、清原美樹がそういった。

「はい、はい。美樹ちゃん、よく聞いてくれました。しん(信)ちゃんは、ミュージシャンという、
芸術家でしょう、おれは実業家ってところで、芸術家にはなれない男だから、
ちょっとその点は悔しいんですけどね!あっはっは。
でも、美樹ちゃん。おれのやっている事業にも、芸術の創造に不可欠な、
ブレイク・スルー思考が大切なんですよ。ブレイク・スルーって、前例のないことや、
誰もやらないことをやるくらいの、常識にとらわれない心や、開拓精神や、
難関や障害を突破する力のことを意味するんでしょうけど、それがおれの事業にも必要なんですよ。
しんちゃんと付き合っているとね、毎日を新しい気分にさせてくれる感じで、
新鮮さや独創性に向かって、ブレイク・スルー思考が実現できて、バリバリと仕事に励めるんですよ。
それで、マンネリズムも防げるんです。行き詰まりの状態も打開できてしまうんですよね。
しんちゃんとは、酒飲んで楽しみながら、いいビジネスもできるという、
いいことばかりなんですよ。欠点といえば、たまに二日酔いもあったりすることです。あっはっはは」

 竜太郎がそういってわらうと、みんなは、声を出してわらった。
 
「美樹ちゃん、この店は閉店が朝の5時だから、ゆっくりできるしね。秘密の隠れ家かな。あっはは」

 川口信也がそういって、美樹を見つめながら、爽やかにわらった。

・・・いつ見ても、美樹ちゃんは、ほんとにかわいいなぁ、詩織ちゃんも美樹ちゃんに負けないくらい、
かわいいけれど。そういえば、この前、朝方に見た夢に美樹ちゃんが出ていたっけ。
おれと美樹ちゃん、恋人みたいに仲よかったっけ。詩織ちゃんはその夢にはいなかったっけ。
おれの深層心理ってものなのかな?美樹ちゃんも、おれの夢とか見てくれているのかな?
そりゃぁないか、美樹ちゃん、いま隣に座る陽斗くん、一筋って感じだもんなぁ・・・

 そんなことを信也は生ビールを飲みながら思っていると、竜太郎が話しかけてきた。

「高倉健さんが亡くなったね。亡くなってから、健さんって、すごい、いい俳優だったんだなって、
思い直したんだよ」

「竜さん、おれも同じですよ。健さんって、独特の美意識とでもいうのかな、持っているでしょう。
根っからの芸術家とでも言ってもいいのだと思いますけど、
特別な存在感のある、カッコいい男だなぁって、おれはいつも思っていましたけど。
こんなに早く亡くなってしまうと、おれなんかには、重いくらいの喪失感がありますよね。
でも、喪失感と同時に、健さんから教わったこともある気がしています。
おれがいつも考えている、美しいことや愛についてですけどね。健さんのおかげで、
美しいことや愛の大切さを改めて確信できたような気がしているんですよ。
まあ、健さんは、おれから見ても、男の中の男で、日本は大切な人を失ったような気がします」

 信也は、左隣の席の竜太郎と時おり目を合わせながら、そう語る。

「しんちゃんも、健さんに負けないくらいカッコいいんだから、健さんの遺志を継いで、
ここで、俳優として、デビューするのもいいと思うんだけど?」

「あっはっは。またまた、竜さんは人を乗せるのがうまいんだから。
おれなんか、無理ですよ。おれは、生涯、ロックンローラーでいいんです。あっはは」

「しんちゃん、そうですよね。しんちゃんがそう言うと、高倉健の魅力の謎が、
僕にも理解できたような気がしてきます。美意識なんでしょうかね、健さんの魅力って。
健さんなりに、一生懸命に、美しさについて考え抜いて生きたから、
ああして、男らしくって人間らしくって、カッコいいのかも知れませんよね!」

 松下陽斗(はると)が生ビールをおいしそうに飲みながら、信也にそういった。

「はる(陽)くん、わたし、先日にあったクローズアップ現代の健さんの特集を見たのよ。
その中で、健さんはこんなこと言っていたのよ!
『人を想うってことが、いかに美しいかってことでしょう?!
人間が、人間のことを想うという、これ以上に美しいものはないよね!』って。
健さんのあの言葉を聞いてたら、わたし、感動しちゃって、自然と涙があふれ出ちゃったんですもん!」

 牛肉のトマトの煮込みを食べながら、美樹がそういって、微笑む。

「そうですよね。高倉健さんの生き方には、教えられますよね。
確かに、みんなが、美しいものや、美意識とかを、何よりも1番に大切にして生きることができたなら、
世界中で問題の、宗教による戦争も、貧困の生まれる格差社会も無くなるかも知れませんよね!」

 小川真央の彼氏の野口翼(つばさ)が、隣の真央と目を合わせながら、笑顔でそういった。

「翼さん、いいこと言うなぁ。そうなんだよね。宗教で戦争や争いを起こすなんていうのは、
本当の宗教じゃないと、おれは思うよ。人を幸せにすることこそが、本来の宗教のはずだからね。
そんなんだったら、そんな観念や価値観なんか捨ててしまったほうが、幸福になれると思うよ。
そんな固定観念のような、妄想のようなものとは、さっさと、さよならをして、
芸術を愛したり、人を愛したりして、美しいことや愛についてを真剣に考えたほうがいいんだよ。
まあ、それだから、おれは、ビジネスで、人を愛すること、美しいことを愛することとかを、
世の中に広めようって、思っているんだけどね。そこにビジネス・チャンスもあるわけで。あっはっは」

 竜太郎がそういってわらうと、「竜さん、ステキ!」といったりしながら、みんなは拍手をする。

・・・竜さんの志は、確かにスケールが大きくて、すごいよ。大した男だと尊敬するよ。
ただ、女性関係には、少年みたいなところがあるんだよな。
真央ちゃんのことは、諦められないようだし。でも、真央ちゃんには、翼くんがいるから、
彼女を口説き落とせなかったりしているけど。この点は、おれも人のことあまりいえないけど。
やっぱり、竜さんとおれって、どこか似ているんだろうな!
おれも美樹ちゃんのことが、心の中にあるわけだしね。
それにしても、竜さんの女性遍歴には、華麗というか、週刊誌がいつも追いかけるくらい、
華やかなものがあるよな。おれもちょっと、マネできないくらいだしな。
けれど、それも独身の自由って範囲なのだから、別にいいことなんだなしなぁ・・・。
一種の男の憧れを、実践しているようなところがあるよな。うっふふ。
派手に女性と付き合っているのに、竜さんを恨んだりする女性もいなくて、
こうやって、みんなで飲もうと声をかければ、みんなも集まる、そんな人気もあるんだからな。
竜さんって、どこか、不思議な魅力のある男だ。・・・

 心の恋人の小川真央を目の前にして、機嫌のいい竜太郎を見ながら、信也はそんなことを思う。

「そうだよ。竜さんの言うとおりだよ!みんながみんな、美しいものを追いかけて、
愛を大切にして、生きれば、恐いものはないし、何も心配いらないんだよ!」

 信也が、微笑みながら、みんなを見わたして、自信を持ってそういいきる。

「しんちゃんの、そういう確信のあるところ、わたし大好きだわ!」

 信也の右隣の席の大沢詩織が、そういって、信也と目を合わせる。

「じゃあ、ここにいる、みなさんや、世界中のみんなが、これから先の未来に向かって、
美しさや愛することを、大切にしていく生きたをしてゆけることを、願いまして、乾杯といたしましょう!」

 生ビールでほろ酔い気分の信也は、「乾杯!」と竜太郎やみんなとグラスを合わせる。

 みんなも、陽気に「乾杯!」といって、グラスを合わせた。

≪つづく≫ --- 61章 おわり ---

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