メルマガ:クリスタルノベル〜百合族
タイトル:クリスタルノベル〜百合族 Vol. 055  2010.7.17  2010/07/17


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   ◇∞◆  クリスタルノベル〜百合族〜    ◇∞◆
    ◆∞◇      Vol. 055  2010.7.17       ◆∞◇


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                    ◇∞◇ タイトル ◇∞◇ 
            
             ♪ − ビアン・スキャンダラス


「見てこの白いミュール、超かわいい! すっごい欲しい!」
「あー、菜々美に合いそう。足細いし高めのヒール似合うよね」
 ズズズッと。
 紙パックのフルーツ牛乳をすすりながら、唯はお人形のように華奢なモデル
さんが履いているキラキラのラメラメミュールに目を向けていた。
 こういうファッション雑誌は、テレビと一緒で世間の流行を取り入れるため
のバイブルのようなものだ。
 綺麗なモデルの子が着てるからこそ可愛く見えるんだろうけど、わかってい
ても、ついつい同じものが欲しくなる。
 高校に入って初めての夏休みだった。菜々美は友人の唯と買い物を終えて、
駅に向かって足を進めていた。
 唯とは中学からの付き合いだった。二人とも地元でも有名な菜々美立の進学
校に入学した。中学受験を無事に終えて、県で一番の進学校に入学出来たのは
良かったけれど、そこで落ちこぼれないようにするのは大変なことだった。な
にしろ、県内中の中学校で、一番か二番目くらいに優秀な生徒が集まってきて
いるのだ。それに合わせて、授業のスピードも半端じゃなく早い。中学校では
断トツの成績を誇り、学校一、二の才女と言われていた菜々美と唯も、真面目
に勉強しないと付いていけなくなるくらいだった。高校に入ってから初めての
夏休みも、勉強漬けでろくに遊ぶことも出来ずに、たんたんと過ぎていく。今
日は久しぶりに街に出て遊んだ。
「じゃあ、私、お母さんと待ち合わせしているから」そう言って、唯は一人バ
スに乗った。
  駅への近道のため、菜々美はいつものように路地裏へと入った。ほんの数
十メートルを抜ければ駅に直行できるので、よくここを通る。
 最初の頃は結構怖かった。このビルとビルの間の小さな抜け道には、街灯な
んてものはない。ビルの間から漏れてくるネオンの光のお陰で、前が見えない
というほどではないが、薄暗く足元が不確かで歩き辛いのだ。
 数え切れないくらい通り抜けてきたので、さすがにもう慣れたが、変質者が
出たりするかもしれないという想いは、常に心の片隅にあった。それでも、い
つ通っても誰もいないせいで、ここは誰も通らない菜々美だけの道なんだと、
いつしかそう無意識に思い込むようになっていた。
 路地裏を半分ほど進んだところで、菜々美は二人の女に出くわした。道端に
座り込んで煙草を吸いながら、下品な声で笑い合っている、いかにも頭の悪そ
うな連中だった。彼女達はまだ菜々美には気づいていなかったが、不用意に近
づいてしまったせいで、二人は同時に気づいて菜々美の方を振り向いた。
「なに見てんだよ、お前」
 可愛らしい声でガラの悪い言葉を発して、セーラー服の女が菜々美を睨み付
けてきた。
 よく見ると、髪は茶色に染めているものの、随分と幼く見える。子供特有の
頬のふっくら感を残しているカワイイ顔から判断すると、菜々美とほぼ同じ歳
だろう。
 にもかかわらず、菜々美は彼女に睨み付けられて、恐怖と緊張で心臓をバク
バクと高鳴らせていた。同じ歳でも不良は不良なのだ。
「おい、なに見てんだっつってんだろうが! シカトしてんじゃねえよ!」
「あ……」
 声を荒げる少女に対して、菜々美はまともに言葉を返すことが出来なかった。
「べ、別に何も……」
 緊張でかすれそうになる声を、なんとかそれだけ絞り出して、菜々美は元来
た道を引き返そうと回れ右をした。震える足を一歩踏み出すと同時に、後ろか
ら呼び止められてしまう。
「おい、待てよ」
 構わず走り出せばいいものを、バカ正直に立ち止まってしまった。半泣きに
なりながら、不良少女たちに背を向けたまま立ち尽くしていると、彼女たちが
近づいて来る気配がした。きっと財布を取り上げられるんだ。菜々美は自分の
顔から血の気が引いていくのがありありと感じられる。
「おい」
 不良少女に後ろから肩を掴まれると、菜々美の頭の中は真っ白になった。反
射的にその手を振り払ってしまった。
「あ……」
 思わず菜々美の口から間の抜けた声が漏れる。
 彼女にとっても、そして菜々美にとっても運の悪いことに、持っていた通学
カバンが彼女の顔に当たったのだ。それほど力は入っていないはずだが、ちょ
うど硬い角の部分が鼻に当たったらしく、不良少女の鼻から鼻血がタラリと流
れ出た。彼女は鼻を押さえながら、フラリと一歩後ろに下がり、呆然と立ち尽
くしている菜々美を見つめた。
「あ、あの……」
 何か声を掛けようとしたが、適切な言葉が見つからない。
「…………」
 不良少女は不気味なぐらい無反応で、無言だった。睨み付けるでもなく、た
だ菜々美を見つめ続けている。
 しばらくして、ようやく菜々美はその真意を察した。
 覚えているのだ。彼女は菜々美の顔を、頭に刻み込んでいるのだ。ここで逃
げられても、後できっちり復讐できるように。
 そう悟った瞬間、菜々美は身体を反転させて、脱皮のごとく逃げ出した。全
速力で路地裏を引き返しても、今度は呼び止める声はない。後ろから罵声を浴
びせられるのではないかと思ったが、それもなかった。
 もう顔を覚えられてしまったのだろうか……。明日から、どうすればいいの
だろう……。全力で走っているのも相俟って、考えるだけで吐き気が込み上げ
てきた。
 家に帰り着いた菜々美の顔は、相当に蒼褪めていたようだった。心配そうに
事情を聞いてくるお母さんに、なんでもないといって、自分の部屋に入ってド
アを閉めた。



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  発行者      : 春野 水晶 

  * タイトル:『クリスタルノベル〜百合族〜』
  * 発行周期:不定期(週2回発行予定)

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