メルマガ:クリスタルノベル〜百合族
タイトル:クリスタルノベル〜百合族 Vol. 054  2010.7.10  2010/07/10


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   ◇∞◆  クリスタルノベル〜百合族〜    ◇∞◆
    ◆∞◇      Vol. 054  2010.7.10       ◆∞◇


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                    ◇∞◇ タイトル ◇∞◇ 
            
             ♪ − 星の降る夜空の向こう




 東京に来てまもなく、礼子に手紙で捨てられた。
「そろそろ潮時。あなたもそう思っている」
 そう思っていた。
 彼女の手紙の最後のこの一文が、多くの時間、肌を合わせあったふたり心通い合った証拠
かもしれない。
 私は何度か礼子との行為を思い出して指を使った。しかし、快感の頂上に達するとき、瞼
の内側にいつの間にか梨香がいた。梨香の存在は、結局、私の中でまだ全く失われないで居
座り続けた。
 もうすぐ二十二歳。
 楽器屋でアルバイトをしながら、素人の楽団に入ったり、時々誘われる演奏会なんかにも
出る。
 予想した通り、現実は厳しかった。
 講師としてはチューバはあまりに習いたいという人が少なすぎて、私は結局ピアノの講師
も同時進行している。
 母親が無理やり教えたピアノだったけど、思いがけないところで役に立った。音大時代に
もピアノは欠かさずに練習していた。
 ここまで私が音楽を諦めずにやってこれたのは、梨香のおかげ……。
 夢を探そうと真剣に悩んでいた梨香。
 彼女は、どんな夢を見つけたんだろうか。
 どんな小さな夢でもいい。
 自分が心から幸せに思える瞬間を持てるような夢を見つけていて欲しい。
 決して現実に埋没しきらずに、何でも“忙しい”なんて言葉に流されないで……夢を探し
当てて欲しい。
 私は、梨香を思うだけでそれを続行できる。
 ずっと……私を支えてくれたのは、女子高の二年間を一緒に過ごした彼女だ。

 大学時代、男と付き合ったことはなかったが、女性とは二人深い仲になった。しかし、そ
の二人の付き合った女性の事は、忘れてしまった。
 時間の経過でいえば、梨香の方を先に忘れてしまうはずなのに……梨香の事だけ、どうし
てこんなに記憶に残っているんだろう。
 私の前で楽しそうに笑った彼女の顔。
 隣りでいつも笑顔で練習した時間。
 雪の日に来てくれて、キスをした彼女の唇の感触。
 そして、私を抱いてくれたときのあの暖かい肌
 忘れた方が楽になれそうなのに、私の記憶は頑固にその記憶を留めている。

 毎年不参加に丸をして返信していた吹奏楽OB会の知らせ。今年も私の手に届いた。
 これに出席したら……また彼女に会えるかな?。
 高校時代のあの頃みたいな純粋さが無くなった私に会って、彼女はどう思うだろう。
 現実に打ちのめされて、多少落ち込んだ夜に、まだあのカイロを入れる枕を使ってるなん
て知ったら、笑うだろうか。
 思い出は、思い出のままがいい。

 あの雪の日のキスの思い出を、ガラスケースに閉じ込めたまま、私は一生過ごすべきなの
かな?
 一生に一度だけ願いが叶うなら、あの日が再現される事をお願いするだろう。
 梨香に……会いたい。それが本心だった。
 本当は携帯で連絡をすればすぐだったんだけど、何故かそれが出来なかった。
 たった一度抱かれただけで、ここまで私が梨香を思い続けているのを知ったら、彼女は驚
くかもしれない。
 とっくに新しい恋人がいる可能性は高い。
 彼氏がいて、もう女になんて興味を無くしているかもしれない。
 同級生とも全く連絡を断っていたから、情報も流れてこない。

 そんな考えの中、私は同窓会に出る為、新幹線に乗った。
 ゴミゴミした東京を離れる。もっとごみごみした大阪に着くのは3時間後だ。
 あっという間に風景は緑でいっぱいになった。ちょっと離れただけで、風景がこんなにも
変わる。私と梨香だって、この風景みたいに驚くぐらい変化しているだろう。それでも、あ
の温かい手をもう一度握りたい。

 今年のクリスマス。
 ちょうど同窓会の二日後だ。
 一緒に楽器を演奏するのは無理だろうけれど、せめて、あの思い出の曲を一緒に聞けたら
最高だろうな。二十一歳の梨香と。
 全く想像がつかないけれど、きっと綺麗な瞳のままで美しく存在しているに違いない。
 私の青春。
 私の全て。
 あの愛しい人にもう一度会いたい。
 猛烈な速さで、時間を逆流するように私を故郷へと導く電車。見えてくる懐かしい風景に
私は思いをはせた。
 携帯が震えた。
 知らない番号だ。
 迷惑メールかと思って、開いた。
“美紀さんOB会に出る?……会いたい。梨香”
「……」
 永遠に閉じ込められたはずの私の記憶が、怒涛のように蘇った。梨香と別れた時と同じよ
うに、私は電車で涙を流した。
 二十二歳の女子大生が電車で泣いているさまは絵になっているかな?
 携帯を握り締めて、私は、新大阪駅に新幹線が到着するのを待った。
 返信のメッセージは短く。
“もちろん出席。私も会いたい……。美紀”

 もののけ姫、また一緒に聞こう。
 梨香がOKしてくれるなら、毎年一緒にこの曲を聞きたい。
 二人で純粋に笑いあえた思い出を抱き締めながら、私は、次の未来へのステップを踏んだ
……。


星の降る夜空の向こう END



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  発行者      : 春野 水晶 

  * タイトル:『クリスタルノベル〜百合族〜』
  * 発行周期:不定期(週2回発行予定)

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