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タイトル:憂国通信  2010/10/15


ノーベル賞の補完?「世界文化賞」に見る日本の稚拙外交ぶり 


【世界文化賞】「先達と肩並べ、深い喜び」ローレンさんら授賞式
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/101013/acd1010132135007-n1.htm

ノーベル賞を今年はどこの国の人物がもらうかで毎年話題になっている。日本人の受賞者が出るとマスゴミも鬼の首を取ったように騒ぎ立てる。ノーベル賞をほしがって騒ぎ失笑を買っている韓国の狼狽ぶりもバカウヨどもの話のネタになっている。
しかし、この時期、日本で「世界文化賞」なるものが行われていることを、当の日本人でも大半が知らない。

高松宮殿下記念世界文化賞
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%9D%BE%E5%AE%AE%E6%AE%BF%E4%B8%8B%E8%A8%98%E5%BF%B5%E4%B8%96%E7%95%8C%E6%96%87%E5%8C%96%E8%B3%9E

≪「絵画」、「彫刻」、「建築」、「音楽」、「演劇、映像」の5部門で優れた人物に授与される。文化芸術の分野でノーベル賞を補完しようとする目的がある(ノーベル賞に存在する文学部門がないのはそのためである)。

例年9月下旬に受賞者が発表され、10月中旬に授賞式が行われる。その報道は、日本美術協会がフジサンケイグループに属している関係で産経新聞では1面で大きく掲載し、フジテレビジョンでは授賞式の特別番組を放送しているほか、FNNのニュース番組でも受賞者の横顔が取り上げられる。

授賞式には、年によって今上天皇並びに皇后が出席する。出席しない年でも、受賞者と謁見・懇談する場が別に設けられる。また、1994年にホワイトハウスでビル・クリントン米大統領夫妻主催によるレセプション、1995年にはバッキンガム宮殿でエリザベス2世主催によるレセプション(その翌日には、首相官邸にてジョン・メージャー首相主催によるレセプション)、1996年はエリゼ宮でジャック・シラク大統領主催による昼食会が開かれた。≫

ノーベル賞と期を同じくして授賞式をやっているのは、最初からノーベル賞を念頭に置いているためである。

賞金は1500万円とノーベル賞の1千万クローナ(約1億4千万円)には遠く及ばないが、賞金相場としてはトップクラスの高額である。

しかし、委員や受賞者などの人選で無理して大物を選んで営業努力している割には、その実態は日本人でも知らないし、当然ながら世界的に話題になるはずもない。受賞した連中も金目当てに来るだけである。

日本の他のマスゴミがシカトしているのは産経さんとの日頃の関係によるものだろう。「勝手にやってろ、知ったこっちゃない」ということだ。要するに国内のコンセンサスもろくに取れていないのである。天皇まで担ぎ出している割にはお粗末な限りだ。

仮に、この賞が「ノーベル文化・芸術賞」に格上げされれば、とたんに世界中に注目されることになる。ノーベル賞のブランド力が低下するので、まず無い話だが…。「補完」を認めさせるだけで、ノーベル賞委員会に相当巻き上げられたであろうことは予想される。

では、この賞のブランド力を上げるにはどうしたらいいか?
答えは誰でも思いつくだろう。そう、賞金額を上げればいいのである。ポンと3億円くらいに値上げすれば、たちまちハクが付くこと請け合いである。
勿論、ノーベル賞委員会は怒り出すだろうから、ノーベル賞との縁は切るべきである。今後、日本人のノーベル賞受賞者は期待できなくなるだろうが、それよりも、ノーベル賞に匹敵する権威ある賞を日本で開催する宣伝効果の方が遙かに高い。

賞金額をつり上げただけで本当に権威が発生するのか?
単に成金的発想ではないか?

疑問を抱く諸兄も多いことだろうが、そんなことはない。「金が全て」というのは世界の常識である。

日本でも囲碁界で「棋聖位」なる称号がある。いかにも安っぽそうな称号だが、実はこれが囲碁界では最高位である。他に「名人位」とか「本因坊位」とかの称号もあるが、これよりも上位に位置づけられている。理由は賞金額が高いからだ。
棋聖位が誕生したのは比較的最近である。もともと名人戦の権利を持っていた読売新聞が騙されて朝日新聞に奪われてしまった。頭に来た読売新聞が棋聖位を創設して、日本棋院と関西棋院に「こちらの方が権威が上だ」と認めさせたのである。日本棋院も関西棋院も金を出す方の言うことを聞いたのは言うまでもない。

この賞に限らず、日本の対外向け投資は中途半端である場合が多い。小心な日本人気質が反映しているのだろう。そのため、経済援助にしてもあまり外国から評価されず尊敬もされない。インパクトがないからである。投資にも援助にも大概の場合裏があり、あまり表沙汰にしたくないこともあるので、つい遠慮してしまうのも日本人の欠点である。

アピール力不足。

これが政府にも庶民にも言える日本人の欠陥なのである。
今後日本が世界で生き残るためには、日本人の意識改革が必要なのである。



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「パンツ見られた…100万円払え!」 27歳恐喝男逮捕に見る人間のクズ対策法は? 



今回の事件は東京で起きたが、東京は人間のクズが吹き溜まる場所である。偶然とも言えない。

「パンツ見られた…百万円払え!」 27歳恐喝男逮捕。「揚げパスタが歯茎に刺さった」恐喝も?…東京
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1287028921/-100

≪・衣料品店で試着中にわざとズボンを下ろして「客にパンツを見られた」と店員に因縁を付け、金を脅し取ろうとしたとして、警視庁千住署は14日までに、 恐喝未遂の疑いで、東京都足立区の無職男(27)を逮捕した。 ≫

暴力団員による恐喝を連想しそうだが、暴力団ならプロだからこんな幼稚な恐喝はまずやらない。
足立区・無職・27歳という条件も問題を解く鍵になるだろう。東京都内に土地鑑のない諸兄には解りづらいだろうが、足立区は都内では土地の価格が一番低く(というか断トツで)、低所得者層が居住する割合が高い区である。

この男に住所不定とは記されていないので、ホームレスではない。ホームレスも分析すれば精神障害者や知的障害者が多くを占めるが、この男もホームレスに準じた存在と考えていいだろう。たまたま親と同居しているとか、何らかの条件で居住が保証されているのだろう。

最近の求人難では、正規採用や派遣どころか、アルバイト採用もままならないご時世である。

恐喝を企てるくらいだからこの男も体力的には多少は自信があるのかもしれないが、比較的採用されやすい肉体労働系のアルバイトをやるような根気は持ち合わせていないようだ。

≪逮捕容疑は6月29日深夜、足立区千住2丁目のジーンズショップで、わざと大きなサイズのズボンを試着。店員の前で手を離してズボンを下ろし、「客にパンツ姿を見られた。どうしてくれる。百万円をよこせ」などと脅した疑い。 ≫

百万円という金額は漠然と思いつきやすい数字である。この恐喝も計画的に行われたとは思えない。「千円よこせ」と要求したらどうだっただろうか?
あるいは店側も面倒くさがって、男の要求に応じた可能性もある。しかし、この男は地道に稼ぐ根気を持ち合わせていないのである。

このような人間のクズは社会に多数存在する。しかし、周知のごとく極端な行動を取らない限り野放し状態である。
このようなゴミは出さないのが理想だが、確率論的にも常時一定数の不良品が発生してしまうのはやむを得ない。

人間のクズを見物するならば電車に乗るのが一番手っ取り早い。中学生や高校生の乗車マナーを見るとそのクズぶりがよく解る。
ガキのマナーが悪いのは社会性が未熟なのである意味では当然だが、非行を叱る大人が皆無になったのが現代の日本社会の特徴である。その結果クズガキが更生することなくそのままクズ大人になってしまうのである。

1年に数度の割合で老婆が優先席を巡って若者を半殺し状態に暴行する事件が発生するが、「注意する」、「叱る」を通り越して、いきなり「暴行する」ケースになるのも昨今の状況だ。しかし、ネット上の書き込みなどでは、冷やかしではあるが老婆を英雄視する意見が多い。

馬鹿相手にその愚行を規制するには「強制」しかないのだが、昭和40年代ごろから学校にアメリカ流の歪んだ教育観が持ち込まれ、日本人の道徳概念が崩壊してしまった。

騒ぎ出したのはリベラルを気取ったおばちゃん教育評論家とそれを支援するプロ市民団体。いつの間にか教育委員会もその尻馬に乗り、文部省(当時)も軟弱路線を推進していったのである。

背景にあるのはアメリカによる「日本人総白痴化計画」だった。リベラル風教育評論家や尻馬に乗って騒いだプロ市民団体などおそらくは工作員だったのだろう。

現在でも「非武装中立」などと眠たいことを言っている連中もいるが、バカウヨの予想に反して彼らはアメリカの工作員である可能性が高い。

犬のウンコを踏んづけた靴を電車内の座席にこすりつけているガキを見つけたら、社会人の義務として当然注意するべきである。
それでも反抗的な態度を取るガキに対しては乗客はよってたかって袋だたきにしてやればいい。
それがそのガキに対する簡明な教育法である。

しかし、現実にそんなことをやれば、暴行した方が逆に警察のご厄介になることはいうまでもないが、それ以前に、これを認めてしまえばチンピラグループが気の弱そうなカモに因縁を付けて集団暴行をするような事態も想定せざるを得ない。
社会人そのものの人格が信用できなくなっているのが現状なのである。

一般人のボランティアが期待できない以上、プロが制裁するしかないだろう。つまり、この場合は鉄道公安官を増員させることだ。しかし、国鉄の解体と共に経費のかかる公安官制度は廃止され、その業務は警察に移譲されたが元々3千人と少なかった人数が2千人に縮小されてしまった。

鉄道警察隊
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E9%81%93%E8%AD%A6%E5%AF%9F%E9%9A%8A

このような少人数では、外国人による組織的なスリ対策などと、その活動も一点重視型に限定されてしまい、とても不良ガキの取り締まりなどには手の回らないのが現状である。

現在のJR職員の数はJR東日本で6万人程度である。その中で3千人程度を公安職員として増加採用させればどうだろうか?
彼らが常時車内を監視すれば電車内のマナーは飛躍的に改善されるはずだ。
勿論その分の人件費は運賃の値上げという形で補うしかないが、日本の社会秩序を回復させるためには有効な手段のように思われる。

社会全般の秩序を回復させるにも、「国民の社会意識向上」などと眠たいことを言っていたら、未来永劫実現不可能である。手っ取り早く警察官を増員させるのが有効である。

国民の社会意識を身につけさせる上で最も重要な「学校教育」においても、屈強な男性教員を多数採用して荒廃した地域に優先して配備し、「体罰権」を復活させるくらいの思い切った改革が必要である。
勿論公務員の人件費は跳ね上がるので、その分は消費税の切り上げ等で対応する必要がある。

バカウヨどもが馬鹿の一つ覚えで騒いでいる「公務員の数と人件費を減らせ」だが、公務員の内訳は、教員と警察官と自衛隊員が大半を占め、いわゆる役人や公的機関職員は少数派なのである。

仮に消防署員の数を減らしたり、給与を大幅ダウンさせたりしたら、自分の家が火事になった時や、急患になった時しっぺ返しを受けることになだろう。
麻薬Gメンが減れば暴力団や外国マフィアも喜ぶ。

足立区のクズ人間に話を戻すが、こいつの言いぐさを聞いていると、尖閣事件での中国の言いがかりと似ていることに気付くだろう。

中国に対する政府の弱腰ぶりに憤りを感じた諸兄も多いことだろうが、巷間で野放しになっているクズ人間に対する庶民の反応と似ていないだろうか?

「この国民にしてこの政府あり」で、国民の意識と政府の政策とは腐れ縁でつながっているのである。

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