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タイトル:憂国通信  2008/10/21


三浦和義氏はやはり他殺だった!? 弁護側病理学者が結論…背中に殴打傷、首絞められた跡 

三浦氏の人となりはゲンダイネットが詳しく報じている。

一般的には過去の人物である。「三浦だれ?」の世界である。「昔サッカーにそんな人いたな」と勘違いしている人も多いだろう。エベレストに登った爺さんでもない。

最後まで狂言だった悪人の一生 
http://news.www.infoseek.co.jp/gendainet/society/story/17gendainet02038761/

≪三浦は47年7月、大手建設会社幹部の次男として山梨県東八代郡で生まれた。叔母の水の江滝子の口利きで、子役として映画にも出演。カネに不自由しない幼少時代だったが、10代から非行・犯罪を重ね、20代の頃は刑務所に入っていた時期もある。

出所後はカネと女に彩られた人生だった。都内の出版社に職を得たが、「ブティックを始める」と言って半年足らずで退職。74年に最初の妻と結婚するが、8カ月で離婚。10カ月後に再婚したファッションモデルとも2年余りで別れた。年商4億円の輸入雑貨販売会社を経営し、ベンツやソアラ、フェアレディZを乗り回していた三浦の女性関係は派手だった。

一美さん銃撃事件は81年。三浦は1億6000万円の保険金を受け取り、事件の2年後には東京・杉並に1億円豪邸を構えた。週刊文春の「疑惑の銃弾」は84年。その後の洪水報道では、次から次へと三浦の“別の顔”が暴露された。三浦は逮捕後(殺人容疑は無罪)、メディアに対して訴訟を連発。530件も訴え、勝率8割を誇ったが、一美さん銃撃事件で見せた“涙”のイメージは完全に崩れた。

一美さん殴打事件では有罪を食らっているし、動産詐欺でも有罪が出た。03年には書店で雑誌を盗んで不起訴処分になり、07年にもコンビニでサプリメント商品を万引する騒ぎも(三浦は裁判を請求)。その後、サイパンで突然、捕まり、今回の自殺になったのである。≫

こんな御仁なので、「いよいよ追い詰められて自殺して果てた」と考えるのが常識である。ところが、やはり死因がおかしい。

「ロスに護送された直後自殺というのは不自然だな」と私も感じていたが、いや疑惑は出てくるものである。

「三浦元社長は他殺」弁護側病理学者が結論…背中に殴打傷、首絞められた跡 
http://news.www.infoseek.co.jp/topics/world/backnumber/n_los_suspicion_world__20081021_14/story/20081021hochi003/

≪弁護人のゲラゴス氏によると、調査を依頼した病理学者のブライアン・ポージー氏の分析結果では、元社長の遺体には殴打されてできたとみられる傷が背中の深部にあり、首を絞められてできた可能性のある血腫があるという。

ゲラゴス氏は、「首を絞められた跡など今回の調査で分かったことは表面的なものにすぎない。単純に言えることではないが、自殺と死因を断定するようなことはできない」と話した。≫

何やら時津風邪部屋リンチ殺人事件と同じ様相を呈してきた。
やはり、留置所内で口封じに殺された可能性は濃厚である。

しかし、最大の謎は三浦氏みたいな御仁をあえてリスクを負ってまで抹殺する理由が見あたらないということである。

三浦氏の自殺報道を受けて本ブログでも早速記事を書いた。

(参照)
三浦和義氏  ロスで自殺
http://blog.goo.ne.jp/warabidaniyuukoku/e/f9e43f4f26e28a489fdf0de865ab8fd0

その時点で口封じの可能性は検討したのだが、現在に至るも他殺しなければならない根拠は不明のままである。


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