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タイトル:「日本会議」問題! 強弁『国体の本義』(昭12)で天皇を現人神へ再び祭り上げた・・・(3/4)  2014/08/03


[暴政]「日本会議」問題! 強弁『国体の本義』(昭12)で天皇を現人神へ再
び祭り上げた超然クーデタそっくり!ムリくり『集団的自衛権憲法解釈』閣議
 決定の安倍総理は美しい「このみいくさ」取戻しを謀る「追憶のカルト」
 (3/4)

 <注記>お手数ですが、当記事の画像は下記URLでご覧ください。
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20140801


3 戦前期において実は「大混乱していた国体論の議論」から浮上する、二つ
の対照的な国粋主義思潮


3−1 大混乱の核心は「皇国史観/純粋精神文化主義」VS「皇国史観/聖
戦玉砕(このみいくさ)原理主義」の相克


ところで、戦前期において、皇国史観に基づく「国体論」が現実的には大混乱
していたという事情を少し詳しく観察すると、そのなかから主流派と見るべき
二つの思潮が見えてくる(以下は、昆野伸幸著『近代日本の皇国史観再考、
国体論』―ぺりかん社―ほか、を参照して取り纏めた)。


特に、下(A)三井甲之(みついこうし/1883(明16) - 1953(昭28))の
「神代の神勅に始まり自然アニミズムに起源する日本の伝統文化そのものの保
守」を最重視するという立場(古神道に近い考え方)に対して、外来の“新し
い社会の発見”(民主主義の諸原則、特にフランス型の“厳格な政教分離の原
則”)の観念が加わり、その両者を冷静に調和させることさえできれば、当然、
この三井甲之に始まる思潮は現代(ポスト太平洋戦争時代)の民主主義国家と
しても受け入れ可能な、最も日本的な「正統保守」の立場となり得たと考えら
れる。


ところで、既述の『国体の本義』(昭12/文部省編纂)は、伝統「皇国史観」
をめぐる、これら二つの立場の相克による大混乱に終止符を打つことが狙いで
あったと考えられるが、ムリくり強弁であったその『国体の本義』によって国
体論(皇国史観)の相克は鎮まるどころか、ますます対立の激化を招くことと
なり、実は敗戦直前〜終戦後でもその対立は解消されていなかった(例えば、
『終戦時のクーデター、宮城事件』の発生などにその典型事例が現れている
/委細、後述)。


それどころか、終戦直後にこそ、実はこの相克が最大の危機を迎えており、そ
こで(A)の立場は敗退(正統保守の死!)して、擬装極右(ないしは偽装民
主主義)である(B)だけが主に自民党およびその中核的「支持基盤」である
日本会議らの中に生き残り、それが現在に至った。しかも、それは今の日本に
も深刻で危機的な暗い影を落としている(委細、後述)。そして、安倍政権が
“美しい戦争ができる戦前を取り戻す!”と絶叫することの危険性(超リス
ク)が、実はこの問題、つまり<(A)が死に絶えて(B)だけが生き残った>
ことの中に潜んでいる。


結局、それこそが<現代日本に正統保守を代表する政党が存在せず、殆どの日
本国民は正統保守と偽装極右の違いについて理解しようする積極的意思を失っ
ているため、今やアベ様のお友達ら擬装極右一派の悪徳政治の抑圧下で出現し
た「アベ靖国&原発Wカルト汚染」なる国民無視の狂乱サイコパス政治の暴走
に甘んじるだけ>という恐るべき事態が出現している訳だ。しかも、殆どの日
本国民は、このアベ・サイコパス政治が「日本の正統保守」だと思い込まされ
ている。


(A)[皇国史観/純粋精神文化主義](代表する人物:原理日本社の三井甲之)


そもそも三井甲之は、個々の天皇の人格はともかく「皇国史観」に基づく優れ
た日本文化の伝統は最重視すべきだとする立場であり、「天壌無窮ノ神勅」を
根拠に「神州不滅」を確信することが先決であり、「億兆一心義勇奉公(この
みいくさ/近代日本伝統の玉砕型カミカゼ聖戦」などは天皇に対する随順を意
味する二次的なことだとする立場を取っていた。


但し、既述のとおり、終戦間際ではこのような考え方の人々も、日本国民が玉
砕することはやむを得ないという考え方、つまり下の(B)と同じ閉塞的で異
常な過激シオニスト的な思考回路(ハンナ・アーレント風に言えば“悪の凡庸
さ”に嵌った状態)の中へ急速に追い込まれて行ったことも事実である。


しかし、この(A)の思潮ジャンルの人々は、もし自らの戦争体験を真正面か
ら見据えて真摯に反省するチャンスさえあれば、やがてその思潮の中に元々潜
在していた漸進改良主義的な意味での“正統保守”的な価値観(象徴天皇と日
本国憲法の下で日本の優れた伝統的文化の相対化ができる、そして“新しい社
会”の発見として民主主義の諸価値を受け入れつつ、それらを定着・同化・深
化させることができる)を更に発展させる立場へ、つまり新たな考え方の道筋
へ転向(進化)する可能性を備えていたことになる。


(B)[皇国史観/聖戦玉砕(このみいくさ)原理主義/政治学者・橋川文三
の定義で、近代日本伝統のカミカゼ自爆テロリズム](代表する人物:東京帝
国大学教授・平泉澄)


平泉澄は、同じく「天壌無窮ノ神勅」を根拠に「神州不滅」を確信することが
先決であるのは当然としながらも、それは決して純粋精神主義に止まるべきで
はなく、あくまでも「億兆一心義勇奉公」の主体的実践(自爆玉砕テロリズム
(このみいくさ)覚悟の美しい戦争への参加)で「神州不滅」の結果を手に入
れるため具体的行動に出なければならないとする立場である。言い換えれば、
日本の政治家・軍人・官僚ならびに国民は「天皇への“主体的な忠”をリアル
戦争で実践しつつ、美しく玉砕・散華すべし」とする閉塞的観念の世界に囚わ
れた立場である。


3−2 「純粋精神文化主義」と「聖戦玉砕(このみいくさ)原理主義」、こ
れら二つの皇国史観の相克は戦後期における「正統保守の死」と、正統保守を
騙る「偽装極右の跋扈」という忌むべき事態へ帰結した


(1)三井甲之(みついこうし)の思潮[皇国史観/純粋精神文化主義]につ
いての評価/1886(明治16)-1953(昭和28)/歌人、右翼思想家


1925年(大正14)に蓑田胸喜や松田福松らと右翼団体「原理日本社」を結成し、
機関誌『原理日本』を刊行した三井甲之の思想を一口で言えば、既述の(A)
[皇国史観/純粋精神文化主義]であり、それは<個々の天皇の人格はともか
くとして、先ず「天壌無窮ノ神勅」を根拠とする「皇国史観」に基づく世界に
冠たる日本文化の伝統をこそ最重視すべきと主張した。


だから「天壌無窮ノ神勅」を根拠に「神州不滅」を観念的に、原理主義的に確
信することが先決で、「億兆一心義勇奉公」(玉砕覚悟の“このみいくさ聖戦”
への参加)は天皇に対する随順を意味する二次的なことであるとする、つまり
環境条件次第ではそれが実行されぬことがあっても致し方がないとする立場>
である。

ところで、『近代日本の皇国史観再考、国体論』の著者・昆野伸幸氏によれば、
戦後に公職・言論追放処分に付された失意の中で三井甲之は、昭和天皇の御製
(天皇の作る詩文や和歌)に救いを求めるようになっていたが、一方で、「天
皇親政」を強く説いた戦前とは異なり、「民主主義」(新しい社会と新しい公
共空間の発見)をいさぎよく容認して、キリスト教・仏教・儒教などが持つ
“普遍的価値”をも認めるようになっていた。


この<終戦後における三井甲之の思潮の変化>についての発見は実に驚くべき
ことである。それは、「原理日本社」を立ち上げて蓑田胸喜らとともに自由主
義的知識人を厳しく弾劾した“熱狂的日本主義者”という、ごく一般的な三井
の人物像(現在も、殆どの研究者らは三井甲之をそのような人物であると見て
いる!)とその思潮についての理解を根底から覆すものであるからだ。


一般に、戦前・戦中期を指導してきたという意味で、昭和10年代以降の「国体
論」(皇国史観)を担った国家主義者(政治家)や右翼団体関係者らが敗戦直
後に進んだ道を整理すると、それは概ね(1)戦前の価値を墨守して自殺する、(2)偽装民主主義(個々の所属党員の中に何がしかの温度差があるとしても
自由党と日本民主党の保守合同で生まれた自民党がその典型!)へ進む、
(3)非政治的分野への方向転換(つまりノンポリ型思考停止状態!)の三方
向へ進んだとされる。


つまり、戦後の三井甲之は(1)〜(3)の何れにも属さず、もっぱら戦前期
(昭和10年代以降の矛盾に満ちたままの「国体論(皇国史観)」)を引き摺っ
て生きた超アナクロ人物と目されてきただけに、この発見は驚くべきことにな
る。しかも、昆野伸幸氏によれば、この新たな三井甲之の人物像(戦後におけ
る思潮の劇的変化、転向)の発見は、世間への公開を前提としていない私的な
日記・書簡などの中で発見されているので信憑性が高い。


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見方を変えれば、そもそも三井甲之の「国体論」(精神文化主義としての皇国
史観)には、伝統文化としての皇国史観の中核(伊勢神宮が引き継ぐ天皇家の
精神基盤としての伝統文化、アニミズム古神道の精神)を変更することはあり
得ないとしながらも、何がしかの環境の変化により必然とならざるを得ない現
実的な行動の変化は、ある程度柔軟に取り込むという考え方(発生生物学者・
古澤満氏が説く、生命個体の発生生物学的な意味での環境適応メカニズムを連
想させる/関連参照、下記◆)が潜んでいたことになる。


◆発生生物学者・古澤満氏の著書『不均衡進化論』(筑摩書房)が示唆する仮
説Disparity Evolutionから、生命現象の持続性・継承性としての「正統保守」
のあるべき姿を考えることができる。2014-01-04toxandoriaの日記、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20140104 より部分転載」


・・・


また、古澤満氏は『不均衡進化(Disparity Evolution) 』仮説のことを「元本
保証(塩基シークエンス(配列)が100%同一の意ではなく相対的に変異が少な
いという意味!外形的に100%同一に拘ればアベ・カルト?w しかも、仮にシ
ークエンスが100%同一であることが可能だとしても、元本の現価価値が環境価
値の変容に連れて変わるのは当然のこと!)された多様性の創出」とも称して
いることに注目すべきだ。つまり、それこそが「正統保守」なるものの核心では
ないのか?


ともかくも、より具体的に言えば、三井甲之の「国体論」(純粋精神主義とし
ての皇国史観)は、<“正統保守”(象徴天皇と日本国憲法の下で日本的な伝
統価値の相対化が可能な、そして“新しい社会”の発見としての民主主義を定
着・深化させることができる柔軟な立場)への転向(進化)の可能性>を秘め
ていたということになるだろう。ただし、残念なことは、この三井甲之が悪戦
苦闘し、やっとの思いで見つけ出した「正統保守」の地平が深化する可能性は
三井甲之の死とともに潰えてしまい、戦後60年以上ものあいだ今に至るまで殆
ど忘れ去られてきた。


(2)平泉澄(ひらいずみきよし)の思潮[皇国史観/聖戦玉砕(このみいく
さ)原理主義]についての評価/1895(明治28- 1984(昭和59)/東京帝国大
学元教授、平泉寺白山神社第3代宮司


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歴史学者・平泉澄(福井県大野郡平泉寺村平泉寺(現在の福井県勝山市)出身)
は、熱烈な「皇国史観」の主唱者(平泉は、そのように自称していなかったと
されるが)として戦時下の国史学界を主流派としてリードするとともに、軍部
との関係を積極的に深め、社会的にも大きな影響力をもった人物である。そし
て、太平洋戦争の降伏阻止のため皇居を占拠する「宮城事件のクーデタ計画」
を立てた陸軍将校たちも、殆どがその平泉思潮の熱烈な信奉者であったとされ
る。


<注記>宮城事件
・・・「宮城事件(玉音盤事件)」とは、1945年(昭和20年)8月14日の深夜
〜15日(日本時間)にかけて、一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀が中心となっ
て起こしたクーデター未遂事件である。一派は詔書の録音レコード(玉音盤)
を奪い、玉音放送を阻止しようとしたが、レコード盤の奪取にも失敗した。日
本の降伏を阻止しようと企図した将校達は近衛第一師団長森赳中将を殺害、師
団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城(皇居)を占拠した。しかし
陸軍首脳部及び東部軍管区の説得に失敗した彼らは自殺もしくは逮捕され、日
本の降伏表明(天皇の玉音放送)は当初の予定通り行われた。


・・・


昆野伸幸氏によれば、戦中〜終戦後における<[皇国史観/玉砕原理主義]へ
の接近と同化 →敗戦体験を経て、 やっとの思いで見つけ出した「正統保守」
深化の可能性への新たな方向付け>という、紛れもない転向(これは転向とい
うよりも、日本独自の合理的、論理的、現実的な思想への深化と見るべき!)
の道筋を辿った三井甲之と違い、平泉は「マッカーサー憲法の破棄」と「明治
天皇の欽定憲法の完全復活」を、三井甲之が没した翌年にあたる1954年(昭和
32)6月30日に首相(吉田茂)官邸で行われた「自民党憲法調査会第二分科
会」において、国会議員たちに過激に迫っていた。


つまり、<この“平泉澄による自民党国会議員らの洗脳”が、その後の長期自
民党政権の中核の奥深くに幼生寄生の形で棲みつき、漸く、それが安倍晋三政
権で大きく成長>した、ということになる。そして、その「自民党憲法調査会
第二分科会」で、平泉澄は次のように説いたとされる。(出典:昆野伸幸著
『近代日本の皇国史観再考、国体論』―ぺりかん社―


『日本国を今日の混迷より救うもの、それは何よりも先に日本の国体を明確に
することが必要であります。而して日本の国体を明確にしますためには、第一
にマッカーサー憲法(平和憲法)の破棄であります。第二は明治天皇の欽定憲
法の完全復活であります。このことが行われて、日本がアメリカへの従属より
独立し、天皇(皇国史観)の威厳を取戻し、天皇陛下万歳を唱えつつ、祖国永
遠の生命のなかに喜んで自己一身の生命を捧げる(聖戦で玉砕・散華する)と
きに、始めて日本は再び世界の大国として立ち、他国からの尊厳を勝ち得るの
であります。』


3−3 平泉澄『聖戦玉砕型“皇国史観”』こそ、安倍晋三首相の「美しい戦
争(このみいくさ)」ができる戦前の日本を取り戻す<死の政治学>の核心


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<注記>安倍晋三首相の“美しい戦争ができる戦前の日本を取り戻す”に“自
爆玉砕テロへの渇望(このみいくさ(聖戦テロリズム)”型の“死の政治学”
的発想)”が潜むことの傍証(事例)


・・・ “自分には良識がある”と自負する大方の日本人の中には、そんなこ
とはあり得ないと一笑に付す向きが多いかも知れないが、安倍首相の“美しい
戦争ができる戦前の日本を取り戻す”のフレーズには紛れもなく戦前・戦中の
如く“自爆玉砕テロ戦争が実行できる国体へ日本の根本を変える(宗教観・倫
理道徳観・教育観の次元転換を謀る、つまり靖国英霊(顕幽論)信仰型の国家
神道を日本国民の精神基盤として再構築する)という渇望”が潜んでおり、こ
のことについては一般の日本国民より欧米諸国の方が、よく理解しているよう
だ。


・・・米国(一般の米国民ではなく政治権力レベル)には、その意味での超タ
カ派(しかも、その中核には日米対等(100年)戦争論をさえマジで願望する
超アナクロな輩が多い!)の安倍政権(安倍晋三氏を支える、靖国&原子村W
カルト構造、言い換えれば産軍学(政官財労学)の野合特権構造)を、事実上
の日本統治のツールとして上手く活用する(いわば、バカとハサミは使いよう)
という計算高い意思が垣間見える。


・・・アベ様のお友達の中から選りすぐって押し込んだとされる二人のNHK経
営委員の言動をよく観察すれば、その安倍晋三首相の“自爆玉砕テロへの渇望”
が垣間見える。ケンカ腰で派手な暴言を乱発する『永遠の0』の作者・百田尚
樹氏が目立つが、もう一人の安倍総理が特にお気に入りのNHK経営委員、長谷川
三千子氏の発言は、より残酷だ。つまり「日本兵であるからにはテロ式自爆玉
砕も辞してはならぬ」とする特異な戦争の美学(?)を物静かに語るその口調
には酷薄かつ凄惨な残忍さというか、これぞザ・カルト!とでも言う他はない
ゾッと背筋が凍る奇怪な妖気が漂っている(参照、下記◆)。


◆「三島由紀夫の行為(自刃)が象徴するように?日本の国柄は国民が天皇
(現人神)のために“このみいくさ”で命を捧げるべき国体」だ!/ NHK経営
委員・長谷川氏が三島由紀夫事件を称賛!(但し、これは長谷川氏が三島事件
を曲解した発言と思われる、それは、橋川文三によれば、三島の本当の考え方
は“長谷川氏らが属する偽装極右派による過剰な“天皇(玉)の政治利用”に
対する怒りから自刃したと理解すべきだからだ!また、橋川文三の定義では、
“このみいくさ”は近代日本伝統の聖戦自爆テロリズムであり、戦場で命を捧
げる国民・兵士は靖国顕幽論でいう人権を持たない戦争ロボットだ!という認
識がベースとなっている)⇒J-CASTニュース 2月7日(金)・・・ 朝日新聞社
で右翼団体幹部が起こした拳銃自殺事件を称賛したことも問題化/NHK経営委
員で埼玉大名誉教授の長谷川三千子氏が、1970年の「三島事件」について称賛
していたことがわかった。http://urx.nu/6Ixk


◆「積極的平和主義は時々戦争そのものになる」/首相のオトモダチ、長谷川
三千子氏が仰天発言(20140415田中龍作ジャーナル、以下、http://urx.nu/ai5j
 より部分転載/日本外国特派員協会における長谷川氏の『安倍首相が掲げる
積極平和主義』についての説明)

・・・受動的平和主義とは、自分が襲われた時に友人が「ゴメン、争いはしな
いんだ」と言って助けてくれず、死んでしまうことだ。それは、なにもせずオ
ツムに花を挿して反戦歌を歌っていれば平和に貢献していると考える、お目出
度いフラワー・チルドレンのことだ。

・・・(もし戦闘で自衛隊員が死んだら、また自衛隊が市民を殺害したら、こ
の活動に責任がとれるのか?の質問に答えて/“聖戦テロリズム”を覚悟すべ
きだから戦争で死ぬのは当然でしょ!と言わんばかりに、その責任?には答え
ず)これこそ私が指摘した積極的平和主義の問題点だと思う。積極的平和主義
は常に戦争に近いところを行く。それは時々戦争(公認殺人)そのものになる
だろう。実際、食料かなにかを運ぶのでも殺されるだろう。戦地と非戦闘地域
との境目はない。積極的平和主義とは戦地に行くことだと考えなければいけな
い(日本国民は“聖戦テロリズム”の覚悟さえあれば死んで当たり前だ、との
意味?)。


・・・


この、平泉澄を水源として<自称「正統保守」の衣を被る「“戦前の国体論”
を取り戻そうとする追憶のカルト的で異様な政治エネルギー」(安倍晋三らが
言う戦前を取り戻す意思そのもの!)>は、その原理原則を堅持しつつ平泉学
派の広範な人脈に支えられて、戦後日本の政財界・労働界・官界・学界・教育
界の人脈層に対して隠然たる、かつ広範な影響力を多大に及ぼしつつ現在に至
っている(これぞ、日本の原子力政策が科学ならずカルト化した大きな要因の
一つ!!)。


ところで、戦後の歴史学は、マルキシズムの影響が大きい左派、あるいは中道
〜右派(新しい社会の発見、つまり欧米流民主主義に傾倒する派であるか否か)
の別を問わず、戦前・戦中体制に対しては、<戦前の「皇国史観」、「軍国主
義史観」、「米英打倒史観」が日本国民の合理的なものの考え方を歪め、抑圧
してきたから戦前の体制は全て誤りだった>という立場で、戦前を一括りに批
判し、一本調子でバッサリ糾弾する傾向が強かった。


しかし、このような角度から単純に一括りする批判では、例えば三井甲之の思
潮の変遷でその典型が観察されるように、戦前の皇国史観(国体論)の中に、
爾後の展開しだいでは擬装民主主義や偽装極右ではなく、多数派の一般国民層
が率直に受け入れ可能な<象徴天皇制の下でも天皇家の精神基盤たる伊勢神宮
が象徴する日本伝統文化を尊重する「正統保守」が確立し得るという、合理的
で冷静な思想に至る可能性が潜んでいた>ことは見落されてしまう。しかも、
このような観点が一般国民と主要メディアの意識で明確に捉えられ、それが広
く共有されることはなく、残念なことにそのまま見過ごされてきたのである。


<参考>本居宣長と同時代の伊勢神宮の神道学者(神職)、出口延佳(1615〜
1690)の『天皇・人民平等論』・・・本居宣長の天皇現人神論が神の代理人た
るローマ教皇からヒントを得た可能性も指摘されているが、伊勢神宮の神道学
者・出口延佳は宣長と全く正反対で、神の前での平等な恩寵というキリスト教
思想の側面から大きな影響を受けていた。そして、出口延佳はそれまでの神道
学者より更に前へ一歩進んだ新しい考え方を構想した。なんと出口延佳は日本
古来の伝統神道を正しく伝える者としての誇りから、一般的理解とは真逆の
『天皇・人民平等論』を説いていたのである(出典:小山悳子(神道学者、比
較宗教学者)著『日本人の求めた元神(カミ)』‐日本図書センター‐)。こ
こでも、純粋精神文化主義としての皇国史観が現代にも通用し得る「正統保守」
へ深化する可能性が芽生えていたのである。Cf. ⇒ http://urx.nu/atS9 


・・・


ともかくも、一般の日本国民は未だに「日本の正統保守とは何であるのか?」、
あるいは「正統保守」と「戦前の取戻しを絶叫する安倍自民党(その正体は、
“聖戦玉砕原理主義の皇国史観なる追憶のカルト”(橋川文三の定義では、近
代日本伝統のカミカゼ自爆テロリズム)と“金目と票になる軍神靖国神社(顕
幽論)を筆頭とする妖しげなカルト諸派”の影響力に深く染まったことを偽装
する意味での偽装極右)」との区別がつかなくなっている。つまり、大多数の
人々は徹底的に騙されて安倍晋三氏のお友達一派を「真性保守(正統保守)」
だと勘違いさせられ、そう思い込まされていることになる。

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