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タイトル:[民主主義の危機]「むき出しの斧」を欲する“美しい国”の妖しい情熱(3)  2007/05/24


[民主主義の危機]「むき出しの斧」を欲する“美しい国”の妖しい情熱(3)
2007.5.24

<注>お手数ですが、当記事の画像は下記URLでご覧ください。
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070524


(プロローグ1)


リブラ(中立・公正・司法の象徴)[f:id:toxandoria:20070524201042j:image]
http://serendip.brynmawr.edu/sci_cult/courses/beauty/justice.htmlより


ファスケス(fasces/共和制ローマ時代、執政官・権力の象徴)
[f:id:toxandoria:20070524201127j:image]
http://www.legionxxiv.org/fasces%20page/より


『 ファシズムの語源はラテン語のファスケス(fasces)で、それは共和制ローマの統一シンボルである「束ねた杖」のことです。ここから、ファシズムの特徴は過去における国家の栄光と民族の誇りのようなものを過剰なまで誉め讃え、それをこの上なく美化する、つまり一定の目標に到達した「美しい国」を熱烈に希求する、ある種の強烈なロ マンチシズム的情念であることが理解できます。注意すべきは、いつの時代でもこのような意味での情念は人間であれば誰でもが普通に持っているという現実です。


また、ファシズム (fascism)という言葉が生まれたのはムッソ リーニを指導者とする「イタリア・ファシズム運動」の台頭によるものです。ヒトラーのナチズムは、このイタリア・ファシズム運動の刺激を受けたと考えられますが、ムッソリーニのファシズム運動にはナチズムのような余りにも激しすぎる人種差別主義は見られません。それどころか、1930年代の初め(ドイツがジュネーヴ軍縮会議と国際連盟を脱退した)ころにドイツを訪ねたムッソリーニは“ドイツは狂った人種差別主義者が作った収容所だ”と言ったとされています。 』


上の『〜〜〜』の部分は、以前に書いた記事[妄想&迷想、ヒトラー的なものについて、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070420]の部分的な引用ですが、この中に出てくる、共和制ローマの統一シンボルである「束ねた杖」(fasces/執政官の権威の象徴/上の画像を参照)の中心にあるのが「鋭い刃を持つ斧」(=武器/暴力的権力の象徴)であることに、我われはよく注目すべきです。


つまり、古代のローマ人たちは、「共和制」の時代から、既に<政治権力の本質が暴力的なモノである>ことを理解していたということです。無論、ローマの歴史はそれに先立つ王制の時代を持っており、このような考え方の伝統はどんどん人間の歴史そのもの遡ることになると思います。


いずれにせよ、バイオポリティクス(生政治/http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070517の『生政治の定義』部分を参照)が喝破するとおり、政治権力・国家権力の深層には“生々しい暴力性”(=その象徴がfascesの斧)が潜んでおり、それが「美しい国」のような、ある種の強烈なロ マンチシズム的情念(=閉鎖的なナショナリズムの情念)と結びつくことはとても危険です。従って、それを“公正・中立な司法の立場から適切に制御するための知恵の歴史とも見做せる欧米の法制の歴史”、その中でも、特にわが国の『大日本帝国憲法/明治憲法』(=“美しい国”の『戦後レジームからの脱却』が追憶する“カルト的な情念”の源流)へ大きな影響を与えたドイツ法の歴史について、より深く理解することが重要だと思われます。


(プロローグ2)


1 ナチズム誕生のプレリュード(19世紀以前のドイツ法制事情)[当シリーズ記事1、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070519]


2 「プロイセン憲法」を手本とした「大日本帝国憲法」の特徴[当シリーズ記事2、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070522]


当シリーズ記事(表記1、2)で見えてきたのは次のようなことです。


◆中世初期まで遡る「ローマ法の継受」は19世紀のドイツ(プロイセン帝国)の法制に流れ込むが、この動向そのものは他の欧米諸国でも同じことである。しかし、英仏に比べ産業近代化の面で遅れをとっていたプロイセン帝国では、サヴィニーの「歴史法学」とドイツ民族のナショナリズム(=ゲルマンの純血と民族・伝統精神)が強く結びついた。


◆更に、サヴィニーは、このプロイセン帝国の民族精神の熱気と過去における「神聖ローマ帝国の栄光」を融合することに成功し、皇帝ヴィルヘルム1世と宰相ビスマルクの下で「外見的立憲君主制」(君主による上からの民主主義=実態が希薄な形式だけの主権在民)が確立された。この時、プロイセン社会には微かながらも「ナチズムの空気」(=強力な統制的権力による大ドイツ実現への期待)が漂い始めていた。


◆やがて、「ワイマール憲法」下のワイマール共和国(ドイツ)の国民は合法的手続き(国民投票による圧倒的かつ熱狂的な国民の支持)によって、ナチス・ヒトラー政権(ファシズム政権)を受け入れた。


◆一方、「大日本帝国憲法」(1889年公布)起草の準備を進める伊藤博文らが、海外の憲法事情及び諸制度の調査を目的にこの「外見的立憲君主制」が完成した直後のプロイセン・ドイツへ渡航する。これに先立ち、プロイセン・ドイツでは「授権規範性」を意図的に排除した「外見的立憲君主制」を支えるための「プロイセン憲法」が制定されていた。


◆このため、ナチズムへ向かう予兆を孕(はら)んだ「プロイセン・ナショナリズムの熱気」と「プロイセン憲法」の「外見的立憲君主制」を支える精神とスケルトン(骨格)が伊藤博文らを介して「大日本帝国憲法」のなかへ流れ込んだ。その後の展開こそが、いま安倍政権が回帰を目指す「美しい戦争のために国民を総動員した“懐かしい時代”の日本」である。


◆ここから、「戦後レジームからの脱却」を掲げつつ「大日本帝国憲法時代の“美しい過去”への誘(いざな)い」を謳う、アナクロニズム安倍政権の怪異で重篤な病巣が浮上してくる。


◆従って、<小泉クーデタ劇場>が「三権分立の原則」を無視して蒔き散らした『無数の子ダネ』の中に「外見的立憲君主制」が仕込まれていたこと、今やその『小泉クーデタ劇場の外見的立憲君主制の子ダネ』が妖しく美しい<厚化粧の安倍劇場の子宮>に着床したことを日本国民は直視すべきである。


(本 論)


3 「歴史反省」に立脚する現代ドイツ憲法について


<注>第二次世界大戦後のドイツがナチスを中心とする過去の歴史と深刻に向き合ってきたことを「過去の克服」(Vergangenheitsbewaeltigung)と呼ぶ。(間接的な関連内容という意味でhttp://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050329を参照)


●ドイツ憲法(通称、ボン憲法/正称、ドイツ連邦共和国憲法)も日本国憲法と同じように連合国軍の占領下で起草されました。しかし、一つだけ日本の場合と大きく異なる点を挙げるならば、それは、初めから「ドイツ憲法は政治に制度的な枠組みを与えるものである」こと、つまり“ドイツ憲法の授権規範性”が、先ず権力的立場に立つ者たち自身によって明確に意識され、かつ国民一般に対してもこの点が周知されてきたということです。


●また、ドイツ憲法の特徴的な性質を短く言うならば、それはナチズムをもたらした過去の歴史と厳しく対峙(ナチズムを完全否定)しているということです。それは主に、次のとおり、第1条、第20条、第79条の条文内容に明確に書かれています(当然ながら、哲学者ヤスパースの精神がこれをシッカリと支えている / 参照 →  http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070503 )。


(第1条)人間の尊厳は不可侵なので、すべての国家権力はこれを尊重し保護することが義務づけられる。


(第20条)ドイツ連邦共和国は民主的な連邦国家であり、このことは第1条の規定とともに憲法改正の手続きによっても変更できない。(憲法改正の限界を明記)


(第79条)第1条、第20条で定められた原則は、憲法の番人たる「ドイツ連邦憲法裁判所」によって厳しく監視される。


●既述のとおり、ヒトラーのナチス政権は、決してクーデタなどによるものではなく「ワイマール共和国憲法」という、当時としては世界で最も民主的な内容を誇った先進的な憲法の下での“きわめて合法的な国民投票”によって誕生したのです。このため、戦後のドイツ憲法が起草されるにあたっては、この点に対する深刻な反省が土台となっています。(詳細はhttp://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050514/p1を参照)


●「ワイマール共和国体制」とナチスへの深刻な反省が現れているその他の「歴史反省」にかかわる点を列挙すると次のようになります。


(議会制民主主義の根本を守る工夫)


●ワイマール共和国体制は、「大統領、議会=首相」という二元統治型であった点を反省して、新ドイツ憲法では、第1院(連邦議会)を優位とする一元的な議院内閣制へ変更されました。なお、第2院は各州から選出される連邦参議院であり、日本の参議院とは役割が異なります。ドイツの総選挙の仕組みは比例代表小選挙区併用性(日本は比例代表小選挙区併立性)ですが、ドイツが日本と根本的に異なるのは各党の得票数の比率に対応するよう公正に議席配分がなされており、そのうえ比例配分で得られる「超過議席」の保有が認められていることです(参照、下記資料◆)。


◆ドイツ連邦議会の選挙、http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaisunao/deutsch/bundestag.htm
◆ドイツ総選挙を見る視点、http://www.ajup-net.com/web_ajup/037/dokusho01.html
◆ドイツの事情(ドイツ外務省)、http://www.tatsachen-ueber-deutschland.de/2448.0.html
◆ドイツの選挙制度と政党システム、http://nna.asia.ne.jp/free/tokuhou/050524_ber/001_100/c003.html
◆ドイツの選挙と政党、http://koho.osaka-cu.ac.jp/vuniv2003/noda2003/noda2003-8.html


●また、ドイツの憲法改正に関しては、これも「ワイマール共和国憲法」下での国民投票でヒトラー政権が圧倒的多数で承認されたことへの反省から「国民投票」が位置づけられておらず、ドイツ憲法の改正要件は「連邦議会議員数の三分の二及び連邦参議院議員の表決数の三分の二の同意を必要とする」ことだけです(同基本法79条)。


(大統領の権限)


●大統領は「対外的に国家を代表する」というだけの形式的な立場です。新ドイツ憲法下の大統領は、ワイマール時代と異なり国民から直截選ばれることがない仕組みで、連邦議会(第1院)と各州議会の代表者によって間接的に選挙されます。ここにも、ワイマール時代にヒトラーを首相に任命してしまった大統領の地位への反省が見られます。つまり、強大な権力を伴う大統領の地位が、国民の人気投票というポピュリズムに流されることを防ぐ意図がある訳です。


●ドイツ国民自身も<異常なナチス>の被害者なのだから、ここまでポピュリズムの弊害を懸念する必要はないとする考え方もあるようです。しかし、歴史に対する反省とは、実在する犯人捜しと責任の究明だけに終わらせるべきではなく、そのような悲劇をもたらした「政治のあり方と国家の統治・統制制度の根本的な欠陥」についての反省と再発防止のための改善点の発見が最も肝要だということを忘れるべきではないと思われます。


●つまり、現在のドイツ連邦共和国憲法(ボン憲法)は一般国民と政治を直截的に結びつけることを慎重に避けています。その狙いは、一般大衆の不条理な恨み辛みの情念の暴走のような一時的熱狂(ポピュリズムの過剰なパッション)が誤って非民主主義的な専制国家への道を選択してしまうリスクを回避することにあります。


●別に言えば、それだけドイツの国会議員は良識と責任(ノーブリス・オブリージェ)が背負わされており、高い見識と自覚が要求されている訳でもあり、この辺りは「ナントカ還元水」のケースに象徴される日本の閣僚・国会議員らの責任感と倫理観の不在という惨憺たる現状に鑑みれば、まことに慙愧に耐えないものがあります。また、彼らが最も得意とするのが“ヤクザ・暴力団と見紛うばかりの恐喝・強請(ゆす)り・たかり・窃盗・ピンハネ&ネコババ型の政治手法であること”を思えば心凍るばかりの心境となります。


(ナチス的な要素の排除)


●ドイツ連邦共和国憲法は、再びドイツにナチスが誕生しないよう徹底した工夫が施されており、事実上、ナチス党はこの憲法によってドイツ国内に存在することが排除されています。つまり、ドイツ憲法の最も大きな特徴をあげておくなら、それはナチズムをもたらした過去の歴史と厳しく対峙(ナチズムを完全否定)していること(この意味で過去のファシズム的感性への親近感を漂わせる我が国の妖しげなフレーズ“美しい国”には危険な匂いが付き纏っている)です。


●既に見たことですが、先ず大統領の権限に対する厳しい制限ということがあるうえに有権者の5%を得票できない少数政党は連邦議会から排除されます。そして、このことを基本的に保証するのが、これも既述のことですが、ドイツ共和国憲法の第20条「憲法改正の限界の明記」、第79条「ドイツ連邦憲法裁判所による行政運営の監視」、そしてドイツの国会議員に与えられたノーブリス・オブリージェとしての責務と権限だということになります。

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