メルマガ:toxandoriaの日記
タイトル:2006年、夏のフランドル(オランダ・ベルギー)旅行の印象/ブラッセル編(修正版)  2006/08/27


“てにをは”と表記法の誤りなどを訂正しましたので<修正版>として送信し
ておきます。

・・・・・・・・・・・・・

[参考情報]2006年、夏のフランドル(オランダ・ベルギー)旅行の印象/ブラ
ッセル編(修正版)
2006.8.27

<注>お手数ですが画像は下記のURLでご覧ください。
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060827

【画像の解説】

一枚目はベルギー王立美術館所蔵の絵画、ロベール・カンパンの『受胎告知』
(Robert Campin)です。ここで扱われる主題は天上的なものであるにもかか
わらず、同時代のフランドルの他の画家たちと同じく、写実主義の傾向が見ら
れません。ただ、その写実性は現代のものと異なり、テーブルなどの家具が歪
んだ遠近法で描かれています。このように「聖なる奇跡のドラマが日常生活を
舞台に行われるという図像構想」はカンパンの独創であったと考えられるよう
になっています。描写の緻密さという点では同時代人のファン・アイク兄弟に
比べるとやや荒削りですが、近年の研究では、身近な「室内の日常生活をリア
ルかつ微細に描く」というフランドル(ネーデルランド)派絵画の伝統はカン
パンから始まったと考えられるようになっています。

二枚目はグラン・プラスの風景で、正面は「ギルド・ハウス」、左は「市庁
舎」です。三枚目はグラン・プラスの北東に続くガルリ・サンチュベール(Gal
aries St−Hubert/ヨーロッパ最古のアーケード街の一つ)で、1846-1847にか
けて建造されたものです。四枚目と五枚目は同アーケード街にある書店とチョ
コレート店(Corne)の店頭風景。

六枚目はグラン・プラスの「王の家」で、七枚目は「ブラッセル中央駅」の正
面です。八枚目はサンカントネール宮殿(この中に王立美術館・王立歴史博物
館などがある)の入り口にある「凱旋門」の風景です。

・・・・・以下、記事の開始・・・・・

今夏の「小泉首相・8/15靖国参拝」(日本国総理大臣による戦前の超国家主義
思想の追認行為)以降、日本の政権与党の政治家たちは、コトの正否は二の次
として、只ひたすらポスト小泉の「大衆世論が支持する勝ち馬」に乗るため完
全に間違った道をゾロゾロと歩み始めたようです。この現象は紛れもなく戦前
のプロセス(国家主義と軍国主義の融合がリアルになり始めた1930年代)に重
なります。ほぼ意図的に格差社会をつくりながら、「訳の分からぬ鬱屈した不
満を持つ国民層の心を派手に煽るやり口」(=ファシズム的手法)と「暴力で
言論を封じる手法」の組み合わせは民主主義国家の良識ある政治家としては禁
じ手であった筈です。

一方、オランダ・ベルギー両国民が持つ、自国の「権力の牙」に対する警戒心
は相当のものです。そのためにこそ両国では法整備の充実が執拗に図られてき
た経緯があり、拡大EUの根本にもそのような精神が生かされています。しか
し、今の日本は全くその逆であり、口先では自由主義と民主主義を標榜しなが
ら、一方で国民を縛り上げるための法整備に血道を上げ始めています。明治維
新以降の「超国家的な意志を上意下達で知らしめるべし、一般国民は従順にそ
れを受け入れるべし」というアナクロニズム精神からビタ一文の進歩も見られ
ません。しかも、このような政治的危機を真正面から批判するメディアは少な
くなりつつあります。しかしながら、下の東京新聞・特報記事(2006.08.25)
は、冷静かつ的確に、今の日本に蔓延しつつある不穏で不気味な空気(社会的
なファシズムと軍国主義への偏向の空気)を抉り出しています。

『東京新聞・特報/加藤元幹事長実家放火/党内忘却モード』

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060825/mng_____tokuho__000.shtml

拡大EUへの船出が前途多難な要素を抱えている(やはり少子高齢化傾向の下でE
U加盟各国は医療・介護費用の抑制が求められつつあるなど)とは言いながら
も、今回の旅で目にしたブラッセルにおける「EU District」建設の一定の効
果が、環境政策や健全な民主主義ルールの維持というような局面で着々と現れ
つつあるようです。喩えれば、それはEUが一種の濾紙効果の役割を果たしつつ
あるということであり、“改革”の大義名分の下で一方的にアメリカ型グロー
バリズム(市場原理主義)に飲み込まれて格差と矛盾が拡大するばかり(例え
ば、国民の生命を脅かすという犠牲を払ってまで狂牛病罹患の懸念が大きい米
国産牛肉の輸入を解禁した)の日本の現状とはいささか異なるようです。やは
り、その根本には彼我の「市民意識の質の違い」ということがあるようです。
最近の事例では、次のような成果が見られます。

◆欧州委員会が2005年5月15日に発表した集計によると、地球温暖化につながる
二酸化炭素(CO2)の排出規制を導入した欧州連合(EU)域内で、企業による排
出削減の取り組みが成果を上げ始めた。[2006.5.16付・日本経済新聞]

・・・欧州委員会が発表した排出権取引制度(ETS)に基づく企業の二酸化炭素
排出実績では、欧州最大の排出国であるドイツの排出量が規制上限を大幅に下
回った(-21.3%)。これは、ドイツの電力会社や大手の工場が省エネを進めた
ことが原因となっている。フランス(-19.3%)、チェコ(-14.5%)、フィンラ
ンド(-11.5%)、オランダ(-6.1%)、ベルギー(-4.5%)なども規制上限を下
回った。逆に、この上限を突破した国はイギリス、スペイン、イタリア、アイ
ルランド、オーストリア、スロベニアの6カ国となっている。結局、EU全体と
しては京都議定書で義務付けられた欧州の温暖化ガス削減努力が順調に進んで
いることが窺われる。

◆米国産コメから遺伝子組み換えが検出され、EUが米国産コメの輸入規制へ踏
み切る[2006.8.24付・日本経済新聞]

・・・同紙ブルッセル特派員発によると、欧州連合(EU)の欧州委員会は、200
6年8月23日に米国からのコメ(長粒種)の輸入を規制する方針を決定した。そ
れは、米国で安全性が審査されていない遺伝子組み換えのコメが微量ながら検
出されたため。欧州委員会は、検査済みのコメ以外の輸入を差し止める措置を
取っており、米政府に対して管理徹底を改めて求めた。欧州委員会のキプリア
ヌス委員(保健・消費者保護担当)は“いかなる状況でも未審査の遺伝子組み
換え食品はEUに入れない”との声明を発表している。

・・・・・閑話休題・・・・・

今回は欧州連合(EU)の中心地としてのブラッセルにスポットを当てます。古
くは、神聖ローマ帝国の皇帝オットー1世の文書(966)にブルオクセラ(古オ
ランダ語で“沼の家”、つまり沼沢地に造られた城の意味)という地名が残っ
ています。やがて、この地はブラバント公国、ブルゴーニュ公国の中心地とな
ります。そして、1515年に神聖ローマ皇帝に在位(1515−1556)する前のカー
ル5世(ハプスブルグ家)が近隣の高台に居城を築いたためネーデルラントの
首都としての位置づけが強くなります。

ブラッセルは西ヨーロッパとベルギー(オランダから独立(1830)した直後183
1年に制定された立憲君主制の憲法により国民の基本的人権と主権在民が規定
され、議会制民主主義と三権分立の原則が確立されている/また、この時にベル
ギーはザクセン=コ-ブルグ=ゴータ公で英国ヴィクトリア女王の叔父にあたるレ
オポルト1世を迎え国王に推戴した)のほぼ中心に位置します。

ブラッセルは、二つの異なる性格を抱き合わせた特殊な位置づけの都市です。
その一つは、その形から「五角形」とも呼ばれることがある中心部(小環状線
と呼ばれる地下鉄で囲まれた中心部の地区)であり、もう一つは連邦国家ベル
ギーを構成する三種類の自治体制(自治体政府)の総元締めとしてのブラッセ
ル首都圏です。そして、後者のテリトリーの周囲は「大環状線」と呼ばれる高
速道路が走っています。また、「五角形」の東方にあるシューマン広場に面し
て「EU Distric」が建設されつつあり、NATO(北大西洋条約機構)の本部がブ
ラッセル市郊外から北東約4kmに位置するエヴェール町に跨って立地してい
ます。(参照/ブラッセルの地図、http://multimap.com/map/browse.cgi?clien
t=public&X=487500&Y=6562500&width=700&height=400&gride=&gridn=&srec=0&c
oordsys=mercator&db=BE&addr1=&addr2=&addr3=&pc=&advanced=&local=&locali
nfosel=&kw=&inmap=&table=&ovtype=&keepicon=&zm=0&scale=500000&multimap.
x=355&multimap.y=204)

ブラッセル中心部の目玉はヴィクトル・ユーゴーが“世界で最も美しい広場”
と称賛したグラン・プラス(仏Grand Place、蘭Grote Markt、独Grosser Ma
rktplatz)です。この広場に一歩足を踏み入れると、その広場を取り囲む歴史
的建造物(市庁舎、ギルド・ハウス、王の家など)が、まるでシンフォニーを
奏でているかのような感動を与えてくれます。この場所は11、12世紀頃の市場
(いちば)に発祥しており、17世紀頃までの間に現在見られる壮麗な建造物が
取り囲むことになりました。

広場の南西部にある市庁舎( Hotel de Ville) はブラッセルを代表する建造
物のひとつであり、15世紀のフランボワイヤン様式(後期フランス・ゴシック様
式)の建物です。その中央の塔の高さは約96メートルあり、先端の像はブラッ
セルの守護聖人である大天使ミカエルです。市庁舎の向かい側にあるのは「王
の家」と呼ばれている建造物ですが、ここに王が住んだことはありません。か
つて、この場所にはパン市場があり、14世紀にブラバント公が建造物をつく
り、更に16世紀になると神聖ローマ皇帝カール5世の命で建造物が建てられたの
で現在の名があるとされています。現在、この「王の家」はブラッセル市立博
物館として使われています。

市庁舎に向かい左の小道を少し入った四辻に有名な「小便小僧の像」(Manneke
n-Pis)が立っています。この像は17世紀にJ. デュケノワによって作られたも
のですが、その物語の真偽はともかくも、それはブラッセル市民の迷い子にな
ったある男の子が放尿してフランス軍を追い払ったという伝説に基づいたもの
です。

芸術の丘( Mont des Arts)は、ブラッセルの下町と山の手を結ぶフランス式
庭園の公園で市民の憩いの場であり、この南東の丘の上からの眺望は素晴らし
いものです。その南西側には王立図書館が、東側にはベルギー王立美術館(Mus
ees royaux des Beaux-Arts de Belgique)、パレ・デ・ボザール(コン
サートホール)、楽器博物館などがあります。

ベルギー王立美術館の所蔵案内によると、同美術館は歴史上の妙な巡り合わせ
から、仏ナポレオンの文化政策を発端として設置されました。ナポレオンの新
生フランスは、1794年、最終的にオーストリアを南ネーデルラントから一掃し
ます。ナポレオンはルーブル美術館の所蔵を増やすため、1801年にベルギー美
術館設立の政令を発布しましたが、この時、ベルギーでフランスの財産に新た
に加えられた宗教芸術などの宝庫の中から、数々の傑作を選出して270の作品が
フランスへ送られました。

しかし、その4年後にブラッセルの美術学院院長、ギオーム・ジャック・ヨゼ
フ・ポシャートはフランス共和国美術作品選定委員会が棄却した1,500点の作品
の中から約100点を選出して、これをブラッセルの古典美術館の所蔵とし、かつ
てシャルル・ドウ・ロレーヌ城のあった所に第一次古典美術館を設立して彼自身
が初代館長として就任します。つまり、現在のベルギー王立美術館は、それ以
来の長い歴史と伝統を持つ美術館ということであり、それは古典美術館と近代
美術館という二つの部門から構成されています。そのコレクションは15世紀か
ら20世紀までの広範囲に及び、ベルギー絵画の豊かな伝統と多様性を余すとこ
ろなく伝えています。現在の収蔵点数は約20,000点にのぼり、ベルギー王国を
代表する世界でも屈指の規模を誇る美術館です。

この美術館が所蔵する秀作はロベール・カンパン(ca1410-1440)『受胎告
知』、ハンス・メムリンク(ca1465-1494)『聖セバスティアヌスの殉教』、ピ
ーテル・ブリューゲル(ca1527-1569)『ベツレヘムの戸籍調査』、ジャック・
ルイ・ダヴィッド(1748-1825)『マラーの死』、ジョルジュ・スーラ(1859-1
891)『セーヌ川、グランド=ジャット島で』、ポール・ゴーガン(1848-1903)
『緑のキリスト』、フェルナン・クノップフ(1858-1921)『愛撫』など、数え
切れないほどあります。ここで列挙した名画は、同美術館のパンフレット「2
0の名画」から抽出したものです。なお、その貴重なコレクションから、傑作
を選りすぐった油彩70点とデッサン17点(東京会場のみデッサン39点)が、下
記のとおりの日程で日本で公開されます。

【東京】

 国立西洋美術館 2006年9月12日(火)〜12月10日(日)

【長崎】長崎県美術館  2007年1月6日(土)〜3月25日(日)

【大阪】国立国際美術館 2007年4月7日(土)〜6月24日(日)

グラン・プラスの北、約400メートルにある「王立モネ劇場」(La Monnaie / D
e Munt les Ateliers de la Monnaie)は通称「モネ劇場」と呼ばれ、300年の
歴史と名声を誇るオペラ劇場(1700年、スペイン領オランダ総督の財務顧問で
イタリア人のジオ・パオロ・ボンバルダがこの場所にオペラ、演劇、バレエの
ための会場を建造したのが始まり)です。ここは、ヨーロッパ屈指の劇場(座
席数1,152)の一つに数えられていますが、それは伝統を踏まえつつEUの首都ブ
ラッセルという地の利を活かして、あらゆる国の文化の流れを取り入れること
に力を入れているからです。

例えば、異色の人材である高田賢三、アントワープ・モードのドリス・バン・
ノッテン、クリスチャン・ラクロアなどをオペラの衣装デザイナーとして起用
してオペラ界に新風を巻き起こしています。ここでは、オペラだけでなくコン
サート・ダンス・ミュージカルなども公演されており、1992年にはローザス・
ダンスカンパニーを迎え入れています。また、2002年には日本人指揮者・大野
和士氏を音楽監督に迎えています。なお、「モネ劇場」の名の起こりは、この
劇場の創設が造幣局の跡地で行われたことにあります。つまり、お金を意味す
る「ラ・モネ」(la Monnaie)から、このように名づけられた訳です。

・・・以下に、[2006年、夏のフランドル(オランダ・ベルギー)旅行の印象]
(2006.8.23付、toxandoriaの日記)の「コメント&レス」を転載しておきま
す。“とむ丸”さま、“pfaelzerwein”さま(ベルギーに隣接するドイツ南西
部のラインラント=プファルツ州に在住の方)、“anversoise”さま(ベルギ
ーのアントワープに在住の方)から新しい、関連情報を頂いております。

[コメントを書く] 

# とむ丸 『toxandoriaさん、素敵な夏休みを過ごされたんですね。

外の世界から戻られて今の日本の惨状を悲しまれるtoxandoriaさん提供の、
「新しい視点を発見できる一種の喜びの場」を楽しみにしております。

TBが送れません。駄文ですが、また私の所もご訪問ください。リンクさせてい
ただきますが、よろしいでしょうか。』

# toxandoria 『

●とむ丸さま、コメントありがとうございます。テロ騒ぎの直後だったので内
心はハラハラ状態でしたが、今回は行った甲斐が十分にあったと満足しており
ます。やはりフランドル地方にはイギリス、フランスなどと違う“光と空気”
がありました。

●たまたま、ベルギーに隣接するドイツ南西部のラインラント=プファルツ州 
(Land Rheinland-Pfalz/州都、マインツ)に居住されるpfaelzerweinさまから、
“まさに少し言及されているように、欧州では神話を為政者から如何に取り返
すかが課題となっています。一つのポストモダーンの現象でしょうが、これが
なされる事で、従来の民族主義と近代を克服出来るのではないかと言う期待も
あります”というコメント(to→「toxandoriaの日記」の別バージョン)を頂
き、下のようなレス(・・・ 〜 〜 ・・・)をお返ししたところです。

・・・オランダ〜ベルギー旅行(8/12〜8/22)から帰ったばかりです。この旅
の印象は一言で語れませんが、「人間性への洞察に満ちた“したたかなバラン
ス”力」を見せ付けられたような気がしております。更に、そのヨーロッパで
為政者から神話を取り返す動きがあるとは驚きです。それに比べ、我が日本の
政治(貧弱な)環境を想うと暗澹たる気持ちになります。それどころか、今の
日本は「権力による新たな神話の創造」という全く逆の方向へ向かい始めてい
ます。もはや過半の日本人はファシズムをすら求め始めているように想われま
す。・・・

●ともかくも、帰国前に凡そ見当はついていましたが、約2週間ぶりで目にし
た、あまりの日本の“惨状”に驚いています。一言では何とも言い難いのです
が、比喩的に言えば日本という国の人格・品性、及び政治権力者&メディアの
内外とのコミュニケーション能力が著しく劣化したような印象があります。

●pfaelzerweinさまのブログ(下記URL)も覗いてみて下さい。そのコメント部
分にpfaelzerweinさまから頂いた“希望のコメント”が書いてあります。

http://blog.goo.ne.jp/pfaelzerwein/e/3efb59cb503b38d264978c74dad0bb19

●リンクの件は、こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。撮ってきた写真
は数がかなり多くなりましたので、追々、少しずつ記事と関連させながらUPし
てゆくつもりです。』

# anversoise 『はじめまして。数ヶ月前より、ときどき覗かせていただいてま
す。アントワープに住んでいるのに、情けなくなるほどフランドルのことを知
らないで、悲しいです。やはり生活に追われているせいでしょうか。

もう少し余裕ができれば大学生のころ学んだ言語学をやり直したい、と思って
います。

ちょっと、EUについて、思うことですが。現実的なこととして、ベルギー王
国にとっては、ものすごい経済効果、なんです。でも富の分配の部分でベルギ
ー一般人は、ユーロクラットのためだけのEUだ、とかなり不満気味。北と南
の対立もからみ、ブラッセルだけがいいとこ取りして、という北の不満もたっ
ぷりのようです。

ちょっと気になりまして、書かせていただきました。』

# toxandoria 『anversoiseさま、コメントありがとうございます。アントワー
プにお住まいの方からコメントを頂き、不思議に懐かしい気がします。まだtox
andoriaの脳裏にはフランドルの空気が漂っているようです。

たしかにベルギーは国策として「EU District」を積極的に誘致したとの説明
を聞いておりましたので、そのような傾向があるのでしょうね。やはり、ベル
ギーでもグローバリズム傾向の拡大による経済格差の問題ですね。

しかしながら、オランダとフランスのEU拡大憲法案についての“国民投票ノ
ー”以降は、ユーロクラットたちの反省が見られる(=EU本来の理念である地
域と市民利益への回帰傾向が見られる)とも聞いておりますので、次第に地域
への配慮と還元が生まれるのではないでしょうか?

それにしても、今回の旅行で気がついたことは思っていた以上に物価が高い
な、ということです。5〜6年前に行ったイギリス、フランスなどとの感覚的
な比較なのであまり当てになりませんが、そんな印象が残りました。これもEU
統合の副作用なのでしょうか? 物価安定もEUの大きな目標の一つだったと思
いますが・・・。

フランドル(フランデレン)での言語事情にも興味があります。フランデレン
でもフランス語はかなり使われるようになっているのでしょうか? anversois
eさまの“anversoise”(=アントワープ(英)、アントウェルペン(蘭))の
表記法から連想してしまいました。

今後とも、現地のライブ情報をよろしくご教示くださいませ。』

# anversoise 『ありがとうございました。少しはユーロクラットたちも反省を
したのですね。ちょっと安心。ユーロに切り替わってから物価が上がったの
は、実感です。ご近所も、隣国諸国の知人、友人みんな言ってましたから事実
だと思います。これを称して、ユーロ変換を利用したカモフラージュ的実質値
上げ、と一時言われていました。それから、庶民的に不満なのは、ドーヴァー
海峡を越えたかの国のポンドが強すぎること。ユーロスターがどれほど値下げ
のプロモーションをしてくれても、最近はロンドンは遠くなりました。

北部のフランデレンでは、成人した人のほぼ90パーセントくらいの人はフラン
ス語を理解し、フランス語も話できるのですが、使用したがりません。私はオ
ランダ語は小学一年生くらいの能力、仏語は大学生くらい、で、苦労します。
それで、普段は英語で用を済ませています。そのほうがフラマンの方たちは気
持ちよく接してくれます。

それから愚問なんですが、ベルギーって、小さいのに、3っつほど政府(?)
があるんですか?ワロニーとフランデレンとブラッセルと。自分で勉強すべき
なのですが、トライするたびにすぐ挫折します。そのうち子供に教えてもらう
ようになるのかもしれませんが、何かご存知でしたら、教えてください。住ま
わせてもらっていて言うのも何ですが、不可解な国です。隣人たちはもうすご
くいい人たちばかりですが、政治の形態が理解できないんです。情け無い質問
で、すみません。』

# toxandoria 『anversoiseさま、コメントありがとうございます。

ユーロスターといえば、4年ほど前にパリからロンドンへ行くときに乗りまし
た。たしか、ブラッセル〜ロンドンの列車もありますね。

フランデレンの殆んどの人々もフランス語ができるとは知りませんでし
た・・・、認識を新たにしました。オランダでもそうでしたが、ベルギーのテ
レビ放送にフランス語の局が多いことに不思議な感じを持っていたのですが、
この疑問が解けました。しかし、日本からの旅行者としては、どこでも英語が
通じるので助かりました。

ベルギーの人々はナポレオン以降になって初めて統一国家を持ったという事情
から、日本のような統一国家の歴史が長い国とは異質な面があるような気がし
ます。根本にはブルッセルのフランス語系住民の支配者意識に対するワロニー
人(フランデレン語系住民)の反発のようなものがあったようですね。このた
め“中庸”と“妥協”を意識的に前に押し出す必要があったのかも知れませ
ん。

これらの人種・言語問題があるため、おっしゃるとおりベルギーの行政システ
ムは他国では信じられないほど複雑なものとなっているようです。1993年に連
邦国家としての基本が完成し、さらに1970年の憲法改正で「言語別文化共同
体」と「地域共同体」の二種類の行政体が創られたはずです。それにブラッセ
ル地域(二言語地域)が加わり三種類の行政体が絡み合う形になっているよう
です。これら三系統の共同体は、それぞれ独自の議会と行政府を持っており、
文化・言語・地域に関する独自の法律の制定・施行が可能とされている・・・
という具合に知識の上で理解できても、anversoiseさまのように実際にベルギ
ーで生活しない限り実感は理解できにくいようですね。

既にご存知かも知れませんが、下記のHPはオランダ・ベルギー地域の新しい情
報を伝えてくれるので重宝しております。ご参考まで、ご案内しておきます。

Portfolio、http://www.portfolio.nl/index.html』

# anversoise 『M.toxandoria, merci infiniment pour vos info!!! Thank yo
u. Sorry, my private PC cannot write in Japanese. About the Portfolio, 
it’s a very first time I see. Greatly useful!
Thanks again.』

[コメントを書く]

# o_sole_mio 『最近更新されていらっしゃいませんでしたが、ご旅行に行かれ
ていたのですか。4月に仕事でブリュッセルに行ったとき、グラン・プラスの近
くのホテルに滞在していたので写真を拝見して当時のことを思い出しました。

8月15日の小泉首相の靖国参拝、引き続いて事実上の後継者の安倍官房長官の改
憲、安全保障、外交に関する一連の発言はこの国をどのように「美しく」する
つもりなのか非常に不安です。』

# toxandoria 『o_sole_mioさま、ご訪問ありがとうございます。

お仕事でブラッセルへ行かれたとは羨ましい限りです。4月頃は寒くはなかっ
たでしょうか? 今回、出かけたのは丁度テロ騒ぎの直後でした。本来は真夏
なんでしょうが、お天気には恵まれながらも、気温が凡そ16℃〜25℃で朝晩は
肌寒さを感じました。

それにしても、フランドルは初めてでしたので、何処もとても美しく感じて感
動が大きかったです。日本の現状と比べ、良い意味での歴史の重みが感じられ
ました。宿泊は「EU Distric」の一角のホテル・ルネッサンスでした。

もう何回も嫌になるほど書きましたが、日本の為政者たちの理念・哲学の軽視
と人間性への蔑視のような感覚には恐るべきものがあります。まるでヤクザ集
団に日本が乗っ取られてしまったように見えます。ゴースト・ライターにコト
バ遊びのような「美しい国」の作文を書かせて、“元来は本当に美しかったは
ずのこの国”を、彼らは一体どうするつもりなのでしょうか?

今後とも、どうぞよろしくお願いします。』

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