メルマガ:toxandoriaの日記
タイトル:「反CPEデモ」に見る、フランス民主主義の“ど根性”(続編)  2006/04/04


[希望のトポス]「反CPEデモ」に見る、フランス民主主義の“ど根性”(続編)
2006.3.14

  その後のCPEに関する「フランス・デモ騒動の現況」をまとめておきます(この内容は初出に追加して書き溜めた記事の再録です)。この過程で“「憲法院」がCPE法が決定するまでのプロセスについて合憲の判断を示した”という報道がありましたが、この意味を正しく理解するには「フランス司法制度の概要」を知る必要があります。そして、このように個性的なフランスの司法制度の背景には厳格な「政教分離の原則」(教会・国家分離法/1905)が存在すること、また現代フランス人がそこから派生した「公共空間」の理解を共有していることを認識する必要があります。

[その後のフランス・デモ騒動関連の動向]

《補足1》「フランス・デモ騒動の現況」(2006.3.23付・共同通信、パリ発より/要点)

●方針転換のそぶりも見せないドビルパン首相の強硬な姿勢にルモンド紙などのメディアも驚き、あきれ始めている。ルモンド紙によると、首相は関係大臣の慎重論に耳を傾けず国民議会(下院)では採決なしに法案通過を可能にする憲法法規を行使した。イラク戦争への反対演説で見せたドビルパン首相の弁舌の鋭さは、今、国民に意識の上では頑迷さに変わりつつある。

●フランスの政治家は、若者たちの抗議行動を侮ってはならないことを経験から熟知しているはずだ。ドビルパン首相とライバル関係にあるサルコジ内相のグループを中心に、与党側からも首相と距離を置く発言が目立ち始めている。また、メディアは首相の後継人事に女性閣僚のアリヨマリ国防相(シラクに近い人物)、ボルロー雇用・社会結束・住宅相(労働団体と信頼関係がある)らの名前に憶測を巡らしている。

●それでも現首相を擁護する姿勢のシラク大統領には、ドビルパン氏を自分の後任大統領候補と考えていることの他に理由があるらしい。リベラシオン紙の分析では、昨年5月の国民投票でEU憲法の批准に失敗したあと、シラク大統領とドビルパン首相は「雇用状況の改善」に自らの命運を賭けてしまったらしい(であるなら、なぜ頑迷に対話を拒むのか?)。 今、現首相が退陣するとシラク大統領の晩節の評価が決定的なダメージを受けることを恐れているのか?

●いずれにせよ、学生組織と労働組合が共同で行ったデモ(三回)の参加者は延べで100万人を超えている。この3月28日には、全国で更に大規模なデモの展開が予定されている。

《補足2》「フランス・デモ騒動の現況」(2006.3.23付・共同通信、パリ発・続報より/要点)

●首相とライバルであるサルコジ内相が、3/23発売の週刊誌パリマッチとのインタビューで「雇用後に6ヶ月間の試用期間を設けること」を提案した。内相は、大統領選挙を意識してドビルパン首相と共倒れになることを恐れており、今のうちに柔軟性を見せて首相との違いを強調することを狙っている模様。

●首相は“政府が準備している雇用策の主旨が正しく理解されていない”と主張しているが、サルコジ内相は“我われが十分な対話を持たなかったのだから(学生らが騒ぐのは)当然だ”と暗にドビルパン首相を批判した。

《補足3》「フランス・デモ騒動の現況」(2006.3.24付・朝日新聞、パリ特派員発・記事より/要点)

●23日、ドビルパン首相は労働組合へ緊急協議の手紙を送り妥協点を探る動きを見せ始めた。ドビルパン首相は、先入観なしに話し合うという譲歩の姿勢を示した。近々にドロビアン国民教育相も高校生・大学生の団体へ同様主旨の手紙を送る予定。しかし、勢いに乗る学生たちは、その日のデモで圧力をかける予定。

●労組への手紙の中では“協議の日取りは限定せず、日取りも特に決めず労組の都合に合わせると、低姿勢を見せ始めた。 しかし、労働組合代表の一人によると、28日には大規模な支援スト(とデモ)が予定されているので、政府と労働組合の協議の日程はその後になる可能性が高い。

《補足4》「米女優シャロン・ストーンもCPEに反対」との情報

●新作映画のプロモーションのため訪仏中の女優シャロン・ストーンが“ナゼ雇用されるのかナゼ解雇されるのかを、人は知る権利がある”と述べて反CPEの意志を表明した。

●詳しくは下記のfenestraeさんのブログ(★1)とNOUVELOBS.COM (★2)の記事を参照乞う。
★1、http://d.hatena.ne.jp/fenestrae/20060320
★2、http://permanent.nouvelobs.com/social/20060320.OBS1102.html

《補足5》「フランス・デモ騒動の現況」(2006.3.24付・共同通信、パリ発・続報より/要点)

●CPE撤回を求める学生らが23日に各地でデモ(警察集計で22万人参加)を行い、パリやレンヌで参加者の一部が暴徒化し、420人が逮捕された。治安当局は、昨年バンリューで起きた暴動の再燃を懸念している。

●バンリューの乱暴者たちが動き出したとの情報があるが、破壊行為の主体は極左や極右のメンバーとの見方もある模様(22付・フィガロ紙)。

●CGT(労働総同盟)など主要労働団体は、24日にドビルパン首相との協議に臨む。しかし、ここでは双方が主張をぶつけ合うだけに終わる懸念がある。

《補足6》「フランス・デモ騒動の現況」(2006.3.25付・読売新聞、パリ発より/要点)

●24日の主要労組とドビルパン首相の初協議は不調に終わった。同首相は今後も労組・学生と対話する姿勢だがCPEの全面撤回を迫る学生と労組の前で窮地に立っている。

●ドビルパン首相は、「試用期間の2年から1年への短縮」、「企業側による解雇理由の明示」を提案したが、学生らがこの修正に満足するかどうかは分からない。このため、28日の全国規模のスト&デモの回避は困難と見られる。

《補足7》「フランス・デモ騒動の現況」(2006.3.29付・毎日新聞、パリ発より/要点)

●28日の大規模デモは、全国規模・労組発表300万人(警察発表105万人)の参加規模となった。これは、近年における最大規模のデモである。

●労働総同盟(CGT)の幹部は“CPEの撤回以外に答えはない”と勝利を宣言し、民主労働連盟(CFDT)のシェレック書記長も“週ごとの動員数が増えることは確かだ”と述べている。

●ドビルパン首相は、労組側の対話拒否に遺憾を示したが、撤回はあり得ないとしている。しかし、ライバルであるサルコジ内相の側近は“ボールは首相側にあり、彼は何らかの手を打つべきだ”と述べ、与党内で不協和音が聞こえ始めた。

《補足8》「フランス・デモ騒動の現況」(2006.4.2付・朝日新聞、パリ発より/及び同日付・共同通信、パリ発より/等を参照・要約)

●与党内分裂(ドビルパン首相対サルコジ内相)の回避を優先したシラク大統領は、3/31の国民向けテレビ演説で下記の方針(制度の一部修正方針によるCPE制度関連法案の公布決定)を明らかにした。
(1)雇用者側が試用期間として解雇できる期間を2年→1年に短縮
(2)解雇理由の通知
(3)このCPEに関する修正作業が完了するまでの間に限りCPEの適用は棚上げ

●シラク大統領は批判を浴びたCPEの一部修正に応じるとともに、CPE自体は撤回しない意志を明確にした。シラク大統領は憲法院(Conseil Constitutionnel)による合憲判断を今回の意志決定の根拠とした。憲法院は、様々な国家機関の行為の合憲性を審査する独自の機関として1958年の第5共和制憲法の制定時に定められた(参照、http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/96-2/nakamura.htm)。

●しかしながら、憲法院の判断は今回の政府決定(CPE法が決定するまでのプロセスの合憲性)について形式的な正当性を示したもの。このため、現実には主権者たる多くの国民が反対(一部の調査では反対が8割を超えたらしい?/参照、http://neshiki.typepad.jp/nekoyanagi/2006/03/post_3de0.html)の意志を表明しており、このような現実無視の姿勢は政権末期のシラク政権の先行きを流動化させる懸念がある。

●いずれにせよ、4月4日に予定されているストとデモの動向&影響を注視する必要がある。

《補足9》「フランス・デモ騒動の現況」(2006.4.3付・朝日新聞、パリ発より要約)

●3月2日付のジュルナル・デュ・ディマンシュ(日曜紙)によると、ドビルパン首相が“労組への根回し不足を深く反省する”と語り、同時に“誤りは何にでもつきものだ、大量失業に何も手を打たないことこそが許されない誤りだ”と、強気の姿勢を崩さなかった。

●シラク大統領が31日のテレビ演説で約束した修正付きの立法作業は与党のUMP(民衆運動連合)が進めることになるが、サルコジ党首らの幹部が反対勢力への接触を始めている。

●1日に実施した電話世論調査(調査機関はCSA)の結果は、「シラク演説に説得力なし、62.0%」、「CPE反対運動を撤回までやれ、54%」となっており、政府・与党にとっては厳しい状況が続いている。

[フランス共和国の司法制度の概要]

  フランス革命(1789)で王制が崩壊した後のフランスは、共和制〜帝政〜王制復古〜共和制などの変遷を経て、現在は「第5共和制」下にあります。その特徴を端的に言ってしまうと、英米法が判例法を基盤とするのに対して、フランス法はドイツ等のヨーロッパ大陸諸国と同様に制定法を中心とする法構造となっています。また、フランスの国家統治は、強大な大統領権限による中央集権的な政策が伝統です(このように社会・経済に対する国家の関与が大きい政策はエタティスム(etatisme:国家管理主義)と呼ばれる/また、この理念による実際の指導がデリジスム(dirigisme)で、これによって修正資本主義的ないしは社会主義的な政策が行われてきた)。しかし、一方では「三権分立の原則」によって「司法権の独立」と「国民の主権重視」が「第5共和国憲法」によって厳しく守られています。
<注>第5共和国憲法の前文には「人間と市民の権利の宣言(通称、フランス人権宣言)」が大きな影響を与えている(詳しくは下記記事★を参照のこと)。
★『人間と市民の権利の宣言』http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%A8%E5%B8%82%E6%B0%91%E3%81%AE%E6%A8%A9%E5%88%A9%E3%81%AE%E5%AE%A3%E8%A8%80

  フランスの司法制度の特徴は、司法権に属する「司法裁判所」(民事・刑事訴訟を分担)と行政権に属する「行政裁判所」(行政訴訟を分担)、およびどちらにも属さない(両者の上に位置づけられる)「憲法院(憲法裁判所)」の三つに分かれていることです。また、非常設ですが「司法裁判所」と「行政裁判所」の調整を図る「権限争議裁判所」が設けられています。「司法裁判所」には破棄院(最高裁判所相当)、控訴院、重罪院、大審裁判所などがあり、「行政裁判所」には国務院(コンセイユ・デタ/Conseil D'Etat)、行政控訴院などがあります。

  つい最近、CPEについての判断を下したばかりの「憲法院」の主な仕事を整理すると次のようになりますが、今回のCPEについての「憲法院」による判断は(1)にかかわる訳です。また、この(1)の仕事(政府が該当する法案を憲法院へ諮問すること)は「政府」の義務とされており、このプロセスを経ない法律は憲法院によって違憲を宣告されることになります。
(1)議会の議決後に、大統領による審査・署名前の法律に関する違憲審査
(2)大統領選挙の選挙管理
(3)大統領及び国会議員の選挙に関する裁判、など

 因みに、国務院の主な仕事を整理すると次のようになります。
(1)地方行政裁判所などの土地管轄が及ばない外国で生じた争訟
(2)大統領のデクレ(政令/decret)などに基づく政府の委任立法に関する取消訴訟
(3)行政行為解釈及び適法性審査訴訟
(4)大統領のデクレで任命された上級公務員の地位に関する争訟、など(最終審として管轄)

[フランスの厳格な政教分離の意義]

  現代フランスの「政教分離の原則」を表わすフランス語にライシテ(laicite/宗教からの独立性を表わす言葉/国家体制と市民の公共空間から一切の宗教性を排除することで、逆に市民個人の私的空間の信教の自由を保障するという考え方で移民同化政策などの淵源/英米のほぼ共存型の政教分離の原則や日本の曖昧模糊としたそれとは異なる厳しい定義/特に、小泉首相の靖国神社参拝問題などが現実に起こっている日本とは対極にある観念)があり、この言葉が現れたのは1870年代の初めころからです。「人権宣言」(1789)が書かれた後のフランスの政治体制は、18〜19世紀をとおして共和制、反動体制、復古主義、帝政、共和主義・・・と言う具合で目まぐるしく紆余曲折を繰り返します。概ね、これは最高政治権力をめぐる王党派と共和派の揺り戻しと暗闘の歴史ですが、その根底には常にキリスト教(カトリック)と「政教分離の原則」の対立軸が複雑に絡んでいたのです。

  このプロセスの終わりの頃、つまり1870年代(第三共和制の時代)になって漸く“政教分離の原則に基づく政治と宗教の具体的なあり方を規定するもの”としてライシテ(教会権力に対する“世俗的な・俗人の”を意味するlaiqueを名詞化してlaiciteとした)という言葉が造語されました。ここで意図されるのはフランス国内で政治と宗教が対等に共生・共存することであり、未だその頃は外国から入って来る移民の問題は想定されていませんでした。そして、このライシテが初めてフランス共和国憲法の中に現れるのは、パリコミューン(1871)後に制定された第三共和国憲法(制定1875)が、1884年に改正された時です。
<注>「フランス革命〜ライシテの誕生〜現代フランス」の全プロセスについては、下記ブログ記事★を参照のこと。
★toxandoriaの日記[2005-11-24「『暴動の炎』はフランス共和国への絶望と希望の相克[3]]、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20051124

  現代の日本社会で最も欠けていることがあります。それは「個々の人々が、自分は世界をどう理解しているかを熱く語り自論を客観的なパロール(言説/parole)で堂々と主張するとともに、相手の話もよく聞いて異論を持つ人々とのコミュニケーションを継続することの重要性を認識すること」です。そして、このために必要な条件が「厳格な政教分離の原則」から導かれる「公共空間」の存在です。国民層の中で多数を占めるヘタレB層、ヘタレ・ウヨ、ヘタレ・サヨたちが不毛な「梯子外し」(デマゴーグをぶつけ合う時間潰し)に熱中するのを横目にしながら「政教<非>分離の軍事国体論」を掲げる権力者たち(政・官&御用学者及び主要メディア)が大手を振って跋扈しまくる日本には、未だに本物の「公共空間」が存在しません。我われ日本人にとって大切なのは、今後のCPE法関連の行く先を見据えるとともに、このような「フランス共和国のあり方」についての本質(本物のリアリズム感覚)を学ぶことです。

ブラウザの閉じるボタンで閉じてください。