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タイトル:[いしきのかたち No.6 お金の感情(お父さん)]  2004/12/07


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[いしきのかたち No.6 お金の感情(お父さん)]
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「お金がない お金がない」
これがお父さんの口癖だった。

いつも寂しそうに
「お金がない お金がない」

お母さんは
そんなお父さんを責めた。

「貧相なんだよ。」

お母さんはお父さんとは裏腹で
お金をたくさん使った。

無い時も使った。

離婚した後
家賃20万円の部屋に住んでいた。

その時も
家賃の幾らかを
お父さんが払っていた。

しかしいつしか払いきれないようになり
その家を出て、祖父の買った部屋に入った。

「お金がない お金がない」
とお父さん。

「今使わなきゃ いつ使うの」
とお母さん。

お父さんは
北海道の
貧しい家に生まれた。

食べることもままならず
生きていくのがやっとの暮らし。

そんな中
お父さんは
高校を出て
大学に入り
新聞配達をしながら
大学を卒業した。

そして
最初は電卓を売る営業の仕事をしたのだという。
とても儲かっていたそうだ。
たくさん、稼いだと言っていた。

その頃のことを話すお父さんは
とても活き活きしていた。

やがて
お父さんは
お母さんと結婚して
ダイエーに入った。

お父さんはいつも
朝早くに家を出て
夜遅くに帰って来た。

日曜日がお休みで
お父さんと僕と妹は
日曜日の朝、よくお散歩にいった。

途中にあるうさぎやさんで
クリームパンを買って
公園でキャッチボールをしたりした。

日曜日が休みだったのに
途中から平日になり
時間が全く合わなくなった。

僕はファミコンにはまりはじめ
友達とそればかりやっていた。

お父さんには友達が
あんまりいないようにみえた。

休みは家でごろごろしていたりした。

「東京に来た時
 ずっと ひとりぼっちだったもんなぁ」

お父さんはこの言葉をよく言う。

物流の仕事で
腰を痛め
独自の民間療法のような
腰にゴムをまいて
フラフープのようにぐるぐる回すのを
やって
仕事も休まず
毎日通勤した。

父が仕事を休んだ記憶がない。

一日も休んでなかった。

一回、立川に
お父さんが働いている姿をみにいったことがあった。
すごく嬉しかった。
お父さんが売り場にいる姿をみて
すごく嬉しかった。

やがて
お父さんは事業に失敗した、と言った。
マンションを買って
家賃収入を得ようとしていたが
バブルがはじけて
3000万円の借金を負った。

それらのことの
ほとんどを
お母さんに相談せずにやっていたようで
お母さんは呆れて
いつしか
離れて
暮らすようになった。

お父さんだけになった
4LDKの部屋。
がらんがらんでだだっぴろくて
ちょっと怖かった。

あの部屋を見た時
まるで
自分の子ども時代が
全部うそでできたような
錯覚を感じた。

夢をみていたような。

 空っぽ だった。

お父さんは寂しそうだった。
とても寂しそう。

お金がないと。お金がないと。

ないとなんなの・・・?

食べていけない。
生きていけない。
ひとりだ。

お父さんから寂しさを感じる。
お父さんからあきらめを感じる。

生きたいようには生きられない。
というあきらめ。
悲しみ。

「お金がない お金がない」

お父さんは言っていた。

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