メルマガ:日本史奇説珍説、歴史の真相
タイトル:日本史奇説珍説、歴史の真相 No.10  2004/11/04


┏━┓┏━┓┏━┓┏━┓┏━┓┏━┓┏━┓┏━┓┏━┓┏━┓┏━┓┏━┓
┃日┃┃本┃┃史┃┃奇┃┃説┃┃珍┃┃説┃┃歴┃┃史┃┃の┃┃真┃┃相┃
┗━┛┗━┛┗━┛┗━┛┗━┛┗━┛┗━┛┗━┛┗━┛┗━┛┗━┛┗━┛
               No.10
*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*

人のゴルフクラブを見て、あんないいクラブだったら俺だってもっといい
スコアが出せるのに・・・と、思ったことありませんか?
人の釣竿を見て、あんないい竿だったら俺だって、釣果が上がるのに・・・
と、思ったことありませんか?

あきらめず、欲しい物を手に入れられる「自分」になりましょうよ!!
真剣に”収入を得たい”と考えられてる方に!!
 -----------------------------
 → http://glk.tsukaeru.jp/kisgr/hid/index.htm
 -----------------------------
=====================================================================

こんにちは〜♪
エコ生活の記事を読んだんですが
車のタイヤ空気圧をいつも適正にして
急発進・急停車をやめ、アイドリングを
やめたら、年間6221円の節約になる
そうですよ♪

では、今週号 お届けします。

*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*

第10話

☆天皇御陵の広大化

仁徳天皇が在世した5世紀という時代の日本を、考察してみましょう。

中国の古い歴史書である「漢書」や「魏志」によると、3世紀頃の日本は
約100の小国があり、そのうちの10余国が中国と交通していたと
記されています。そして、それらの小国には、それぞれ国王がいて その国を
治めていたようです。

そういう小国の国王が、4世紀の半ば頃には、しだいに大和国の国王である
天皇の支配下に属するようになってきたわけですから、天皇がそれだけの
権威を形の上で示す必要に迫られてきたのも、当然のことだったと考えられます。

日本書紀を見ますと、第一代の天皇を神武天皇とし、これを「始国天下之天皇」
と尊称していますが、その頃は大和一国を定め、日本の国のできあがる第一歩を
踏み出した程度ではなかったかと推測されます。

そして、10代目に当たる崇神天皇こそ、3世紀頃の天皇であり、日本書紀では
「御肇国天皇」と尊称しているところをみますと、この時代に日本国の統一が
行なわれ始めたのではないかと思われます。

この崇神天皇のころになると、中国や朝鮮との交渉も頻繁となり、したがって
国家意識もしだいに高まってきたので、王者の墓は高塚式に築かなければならない
ということも理解してきたのでしょう。
たとえば3世紀に栄えた小国の一つである邪馬台国の女王「卑弥呼」が亡くなった
とき、大きな墳墓を築いたというのも、邪馬台国が早くから中国大陸の事情に
通じていた証拠だと思われます。

かくして、4世紀の半ばには、大和朝廷を主体とする日本の天皇の権威も
これまでに比類をみないほど高まってきました。
その余威を受け継いだのが、15代目応神天皇であり、16代目仁徳天皇だった
のです。

したがって、この思い切り雄大な墳墓は、天皇の権威を広く海の内外に誇示する
目的で築造されたのだと、推測します。

*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*

【タイトル】  日本史奇説珍説、歴史の真相

【発行者】   倫太郎
【HP】      http://arassann.hp.infoseek.co.jp/rekishi/rekishi.htm
【E -Mail】   tooru102@hotmail.com

*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*

ブラウザの閉じるボタンで閉じてください。