メルマガ:日本史奇説珍説、歴史の真相
タイトル:日本史奇説珍説、歴史の真相 No.3  2004/08/20


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               第三話
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第三話

☆金印はなぜ、志賀島に埋蔵されたか

  ◇金印伝来のいわれ

この奴国王の金印を仔細に見ると、その特徴として、印材が金であること、
上部に蛇をかたどった「チュウ」がついていることなのですが、これに
ついては、漢の印制では、諸侯王に与える印は黄金で、「チュウ」は
列候は亀、将軍は虎、蛮夷は蛇・ラクダの類でした。
そして、高句麗などの王印は、みな銅質だったのです。

ですから、漢委奴国王の印だけが、「チュウ」が蛇であるにもかかわらず
その質が黄金であるということは、特例とみなすことができます。

当時、後漢は、倭をもって東方の大国とみなし、他の蛮委と同等視しな
かったため、倭の奴国王の印材を、諸侯王なみの黄金とし、「チュウ」だけを
蛇にして、諸侯王と区別したのです。
つまり、北朝鮮の高句麗王よりも、格を高く評価していたことがわかります。

しかし、後漢の光武帝が奴国王に、金印の下付を行なったのは、北朝鮮に
あった漢の植民地である楽浪郡の役人達によって検討され、調査された結果に
基づいてであり、その調査の対象となったのは、前漢以来の貢物献上の実績
でした。

日本の弥生式土器文化の中期に、奴国のある北九州沿岸地帯で、これまでに
見たことのない立派な品物が古墳に副葬されていたことが、明らかになりま
した。銅剣、銅鉾、白銅鏡などが、副葬されており、このうち 鏡は、中国の
漢王朝時代の製作だとされています。

これにより、すでに前漢時代に奴国の首長が、北朝鮮の楽浪郡に出かけ
前漢の皇帝に貢物を献上したお返しとして、そのような漢製の鏡類を与え
られた史実を立証するものと考えられます。

ですから、後漢の光武帝も、この奴国の前漢時代からの実績を認め、奴国の
首長に王の称号を認可し、金印を下腸したのであろう と、推察されるのです。
おもしろい論法ですね。

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【タイトル】  日本史奇説珍説、歴史の真相

【発行者】   倫太郎
【HP】      http://arassann.hp.infoseek.co.jp/rekishi/rekishi.htm
【E -Mail】   tooru102@hotmail.com

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