メルマガ:作家&出版人育成マガジン「パウパウ」
タイトル:『パウパウ』第132号  2010/08/24


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      作家&出版人育成マガジン『パウパウ』第132号
   2010年8月24日発行(不定期発行)(2000年3月7日創刊)
      編集・発行人 上ノ山明彦
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<お知らせ>
●第2回の「早乙女貢記念文化サロン」が開催されました。
 上ノ山明彦の参加報告をごらんください。
http://www.shuppanjin.com/salon/salon.html
●書評コーナー「あなたに伝えたい本」を更新しています。
http://www.shuppanjin.com/support.html
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●巻頭言 ●   上ノ山明彦 
        道具にばかり目がいく電子書籍の話
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 いま世間では電子書籍の本質を離れた論議が盛んになっている。特に、
それを閲覧するための端末や携帯電話の話題の関心が高い、
 7月に、宮崎駿がiPadを痛烈に批判した話が注目されていた。彼はかつ
てコンピュータ・グラフィックなどのツールばかりに目がいく現状を憂い、
「オリジナルは誰が書くんだ」と、基本の大切さを語っていたことがある。
今回も同様のことを言いたいのである。ツールにうつつを抜かすのではな
く、原作を書く、作るといった力を伸ばすことが大切だと言いたいのであ
る。ただし、これは本人に直接聞いたことではないので、証拠はない。
 私ももちろんその考えに賛成だが、加えて電子書籍の本質についてもよ
く考えてほしいと訴えたい。
 まず、印刷された書籍がなくなることはない。長期にわたって残したい
書籍は、紙の本のほうが読みやすいし、何かと便利だ。それに美しい。
 一方、頻繁に内容が更新されるような本、雑誌、新聞などは、電子書籍
のほうが効率的であり、資源の無駄にもならないから、普及が進むに違い
ない。
 旧媒体と電子書籍のメリットを融合させることは可能である。それが実
現したとき、出版活動や文化活動が飛躍的に発展するだろう。もの書きに
とっても発表のチャンスや選択肢が増えるのだから歓迎すべきことである。
 しかしながら、それは本質的なことではない。いい作品を書くのが、最
も大切なことである。そのことをくれぐれもお忘れなく。
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●あなたに伝えたい本
   『小さいおうち』、中島京子 文藝春秋刊
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 本書は最終章ですべての謎が解ける展開になっています。必ず最後まで
読み通してください。特に、キッタハッタが好きな男性読者は、最後まで
読み通さないと、本書の良さがわからないかもしれません。 

 この作品の視点は「私」にあります。「私」とはタキというおばあちゃ
んで、若いころの想い出を手記に綴るという設定で話が展開します。話の
舞台は、昭和5年から20年くらいまでの東京が中心です。タキが14歳から
東京のある家に奉公するのですが、その時仕えた奥様との関わりが、スト
ーリーの縦糸です。
 この時代は、平和で豊かな時代から、次第に世界の政治情勢に影が差し
込み、ついに戦争に突入していった時代です。あげくの果てには、「一億
玉砕」覚悟の戦いを強いられ、大都市は焼きつくされ、広島・長崎に原爆
が落とされ、終戦を迎えることになります。
 ところが、この作品の視点は「私」ことタキにあります。女中という仕
事がら、世間との付き合いは狭いものになります。外の世界の出来事は、
奉公している家の旦那様や奥様との会話か、訪ねてくるお客様の話から聞
こえてくる事柄がほとんどになります。読み手が外の世界の様子を詳しく
知りたくても、そういう描写はごくあっさりと語られるだけです。
 それは作者が意図的に、タキの目と耳にしか入ってこないものしか描か
ないようにしていることと、昔話を語るという表現方法を取ったことによ
ります。この辺りは読者の欲求不満を呼び起こしそうですが、作者の意図
によって、こういう表現方法が取られていることに留意しなければなりま
せん。
 ではなぜ、そういうスタイルを取ったのかについて注目してみましょう。
作品のテーマをより鮮明に読み手に伝えるためであると思います。政治事
件や経済問題や戦争の要素が深く入り込んでしまうと、作品のテーマがぼ
やけてしまう恐れがあります。
 この作品のテーマは、ある女たちと男のひそやかな恋愛、それも世間で
は許されない愛を美しく浮き彫りにしたかったところにあるに違いありま
せん。そのために大人のファンタジー風な描き方をしたのでしょう。そう
だとすれば、さきほどのスタイルの意味がよく理解できます。

 この作品がバージニア・リー・バートンの絵本、『ちいさいおうち  』
(岩波書店刊)にインスピレーションを得て書いたものであることは間違
いありません。
 しかしながら、その本が重要な材料として出てくるのは、最後の章です。
そこまでのストーリーには関係しませんし、小さい家を舞台にした時代の
流れを描いていること以外の共通点は、ほとんどありません。

 本書は「最終章」で、突然視点が変わります。それまでの「私」である
タキから、「僕」であるタキの甥の子供、健史に変わり、ミステリー風の
謎解きが展開します。視点が現代人の「僕」に変わったことで、情景描写
も人物描写も非情に鮮明になります。「僕」が教養のある感受性豊かな人
物であることがわかります。
 あらすじをご紹介するのが本稿の目的ではありませんので、それは割愛
いたします。
 本作品は第143回直木賞を受賞しています。また、本書は5月に刊行さ
れていますが、ずっとベストセラーにランクインしています。受賞作が必
ずしもベストセラーになるわけではありません。本書がたくさんの読者に
読まれている理由は、どこにあるのか考えてみたいと思います。
 私は、この作品の最大の良さは、青年の愛をファンタジー風に描き出し
たところにあると思います。単純な言い方をするならば、昭和のあの波乱
の時代背景の中で、ドロドロしい絡みもなく、生々しくもなく、美しく爽
やかに青春時代から大人にかけての恋愛を描いていることにあるのではな
いでしょうか。そういうことを考慮すると、本書に感情移入する読者の多
くは、やはり女性であると思います。
 本から受けたインスピレーションを題材にして、こういう作品を書くこ
とができるのか。そういうことを教えてもらった作品です。
(上ノ山明彦評)
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●連載エッセイ ●   上ノ山明彦 
          江戸の恋 第8回  職人の恋(2)
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 職人の恋が、どんなものだったのか。今ここに17歳の簪(かんざし)職
人三治と小間物問屋に女中奉公しているお佳代がいるとします。今回は新
しい趣向で、時代小説風に二人の恋を追いかけてみましょう。字数の問題
から、メルマガでは細かい描写は省きます。

 三治が親方の下に弟子入りしてから7年が経った。親方の指図で、簪の
大事な部分もようやく任されるようになった。今日は、去年独立した兄弟
子の大吾が仕事の手伝いに来ている、師走を来月に控え、大量にある注文
を作るのに人手が足りないからだ。愛弟子の手助けに親方も朝から機嫌が
いい。
「おい、五郎。今何時だろうな」
と三治は、側を通り過ぎようとした五郎を引き留めた。五郎は同い年だが
半年後から入った弟弟子だ。
「四ツ(午前十時)ぐれえかな。でも、なんでだい。あ、そうか。今日は
お佳代ちゃんが来る日だ。三治、楽しみだな」
 五郎が三治の心を見透かして言った。
「ばか、そんなことじゃあねえよ」
といいながらも、三治の顔がみるみる赤くなった。
「こらあ、てめえたち、ウダウダ言ってんじゃねえ。女のこと考える暇が
あったら、腕を磨け」
と、兄弟子が横やりを入れてきた。二人はとたんに口を閉じて、仕事に戻っ
た。ここは長屋の1軒。入口は光を採りいれるために空け広げてある。
 三治は時々手を休めては、木戸のほうに目をやっている。今日はお佳代
が問屋からの注文書を届けに来る日だ。三治は毎月15日にやってくるお佳
代を見ると、胸がときめいた。何か話しかけようと思ったが、親方や兄弟
弟子の前では何も言えない。ただたまたま親方が出かけていたとき、代わ
りに注文書を受け取ったことがあった。そのとき二言、三言言葉を交わし
たことがある。お佳代の澄んだ瞳をじっと見つめたら、お佳代は顔を紅く
染め、逃げるように帰ってしまった。3ヶ月前のことだ。
 三治はあれから思い続けてきたことがある。親方に、これは腕を磨くた
めの見本とごまかしながら、1本の簪をつくってきた。それが懐の中にあ
る。お佳代に簪を付けて正月を迎えてもらいたい。そう思って作り続けて
きた。三治はこれを親方にも兄弟子にも知られずに、どうやって渡そうか
と、朝からそのことばかり考えあぐねていた。
(次回に続く)
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 編集後記
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 次回からは、マンガその他を含めたベストセラー分析も書いていこう
と考えている。私は昔からマンガも好きで、最近のマンガを読んで見ると
やはり世相を反映していると実感する。ワンピース、ナルトなど、おも
しろいマンガだが、なぜ爆発的に売れているのか、読者の気持ちを分析
してみたいと思っている。的外れなんて言われないようにしたい。(上)
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