メルマガ:作家&出版人育成マガジン「パウパウ」
タイトル:『パウパウ』第131号  2010/08/14


◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆
      作家&出版人育成マガジン『パウパウ』第131号
   2010年8月15日発行(不定期発行)(2000年3月7日創刊)
      編集・発行人 上ノ山明彦
◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆
<お知らせ>
8月15日は終戦記念日です。戦争と日本人について考える本を紹介します。
http://www.shuppanjin.com/support.html
☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆
●巻頭言 ●   上ノ山明彦 
       答えが出ない時代を生きる子供たちに必要な力
☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆
 現代は混沌の時代である。問題が山積するばかりで、答えが見つからな
い時代である。この時代は、子供たちの未来にも大きな影響を与えている。
子供たちはこれまでの古典的な論理や価値観が通用しない未来を生き抜い
ていかなければならないる。それは我々大人が経験したことがない世界だ。
 そういう子供たちに、我々大人は昔ながらの論理で子供たちを教育する
ことができるだろうか。例えば「努力すれば必ず報われる」、「辛抱すれ
ば、将来はきっと良くなる」、「日本という国が滅びることはない」と自
信を持って子供たちに断言できるだろうか。
 今大人が考えなければならないことは、子供たちに答えを出すのではな
く、彼らに混沌の時代を生き抜くのに必要な力を身につける機会を作って
あげることではなだろうか。それあh学校教育で身につける学力だけでは、
絶対的に足りないことだけはあきらかだ。
 私は2つの力を最重要なものとして挙げたい。心の底から湧いてくる
「生きる力」と、世の中を渡っていく「生活力」がそれである。
 そもそも人の根源的な「生きる力」は、どこから生まれてくるのか。親
の愛情は当然のこととして、それ以外では、子供時代に世代や職業やを超
えた暮らしの中で出会う感動的な体験から生まれてくるものだろう。
 昔、家にはおじいちゃんやおばあちゃんがいた。彼らの昔話に笑ったり
怯えたりした。村や町の中には、身近に大工さんや鍛冶屋さん、畳屋さん、
表具師といった職人たちがいて、子供たちに魔法のような技術を見せてく
れた。大きくなったら、ああいう大人になりたい、と子供たちは憧れた。
そういう環境は、昔はどこでもごく身近にあったものだ。
 そうした場がなくなってしまった現代社会では、大人が意識的に交流と
感動の場を作って、子供たちに体験させることが重要になる。
 日本の各地で、ボランティアや地域の大人たちが様々な立場から子供た
ちに感動体験の場を設けている。私の娘も鎌倉の地で参加させてもらって
いる。子供たちはそこでいろいろな人との交流を経験し、発見と感動を体
験する。それが生きる力となる。
 そして集団社会の中で、互いを認め合ったり、説得したり、かけひきし
たりしながら生活力を養う。それは生きるノウハウとなる。
 我々大人は、過去を懐かしむあまり、失われたものを嘆いてばかりいる。
昔の町や村の環境に戻すことは、ほぼ不可能である。我々が過去に戻るこ
とができないとすれば失われたものを、新しい形で作り出し、みんなの心
の中に取り戻すのが正しい方法ではないだろうか。
 夏休みに、ぜひ一度そういう問題を考えてみていただきたい。
☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆
●あなたに伝えたい本
   『終わらざる夏』、上巻、下巻  浅田次郎 集英社刊
☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆
 第二次世界大戦末期、本来なら絶対招集されない45歳の男に、招集令状
が届いた。その男と家族を中心にストーリーが展開する。彼と同時期に招
集を受けた二人の男も登場し、彼らを取り巻く家族や軍人たちの話も同時
進行で展開する。あらすじをばらしてしまっては面白くないので、後は本
書を読んでいただきたい。
 ここでは、浅田次郎が本書でもっとも強く伝えたいことは何か、ついて
考察してみたい。戦争を題材にした小説はたくさん出ている。戦争の残酷
さ、戦う兵隊たちの怒りと苦悩、非戦闘員である庶民の悲劇、平和の尊さ、
そういったことを描いている名作はたくさんある。浅田次郎が単純に同じ
ことを繰り返し書いているはずがない。そういう要素は当然含みながら、
何か浅田次郎独自のメッセージが込められているはずだ。私はそう考えた。
 そして私なりに発見した。その話をまとめておくことにする。
「僕らは習っていない問題を解こうとしているんです。考えるだけ無駄で
すよ」(同書、99頁) という言葉を見つけた。何のための戦争か、何のた
めに戦い、死ぬのか。なぜ自分がこういう目に合わなければならないのか。
この先自分はどうなるのか、日本人はどうなるのか。誰もがそういう疑問を
持ちながら生きていたはずだ。
 しかし、すべては誰も経験していないこと、習っていないことである。
答えは見つからない。理不尽な戦争に巻き込まれ、もがいてもどうにもな
らない苦しみの中、解決策は見つからない。ただ己を信じて突き進むしか
ない。
 そして、戦争は未来のある若者をまっさきに殺していく。中高年世代も
それが理不尽であることを知りながら、彼らを戦場に送り出していくしか
ない。しかも「おめでとう」と叫びながらだ。なぜに未来を担う若者がまっ
さきに、大多数犠牲にならなければならないのか。
 本書の時代背景は戦時中であるが、今述べた問題は現在の日本に共通す
る問題を含んでいる。まず、答えが出ない問題が山積している。不況のあ
おりを受け、大勢の若者が仕事に就けず、食べていけない状況に追い詰め
られている。なぜにそういう理不尽なことがまかり通るのか。
 浅田次郎は、現代人の苦悩と叫びをあの時代にオーバーラップさせなが
ら、理不尽であり答えの出ない時代の中で、人間の生きる意味を問いかけ
ているのだろう。
 さらに、次の言葉である。「忘れることと忘れぬことの、いったいどっ
ちが大切なのだろうと、これからも悩み続けるにちがいなかった」(同書、
229頁)。深い悲しみを忘れるほうが良いのか、忘れずに持ち続けるほうが
人にとって大切なのか。特に愛する人を亡くした場合、人は悩み続ける。
親に捨てられた子、子を捨てた親もまた、愛憎の中で苦しみ続ける。これ
もまた答えは出ない。が、これからの未来を生きていくためには、避けて
通れない問題である。浅田次郎はそのことを現代人に問いたかったのでは
ないか。
 以上の評価が的を射ているかどうかは、読者の判断に委ねることにして、
すべての人に勧めたい本だ。文句なしの名作である。(上ノ山明彦評)
☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆
●あなたに伝えたい本
         『日本語「ぢ」と「じ」の謎』 土屋秀宇  光文社刊
☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆
「土地」はひらがなでは「とち」、「地面」はひらがなで「じめん」と書
きます。同じ「地」で意味も近いのに、なぜ「ぢめん」と書かないので
しょうか?そんな素朴な疑問から本書は始まります。
 その謎をたどっていくと、明治以降の日本の学校教育をめぐる問題へた
どり着きます。
 文字数の問題から、続きはホームページでごらんください。
http://www.shuppanjin.com/smallpub/tsuchida_nihongo.html
☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆
●連載エッセイ ●   上ノ山明彦 
          江戸の恋 第7回  職人の恋(1)
☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆
 一人前の職人になるには、厳しい修行を乗り越えなければならない。
 だいたい弟子入りするのは、10歳前後。運動神経や感覚を育てる問題が
あるから、子供の時から修行するほうが才能が伸びる。10年の年季奉公と
1年の年季明けお礼奉公という約束で、親方の下に入る。基本的には住み
込みになる。そこで雑用をしながら、少しずつ技術を学んでいく。まとも
に仕事の手伝いができるようになるのに数年かかる。
 職人の願いはただ一つ。誰よりも早く技術を身につけ、年季が明けたら
独立することだ。その気持ちがあるから、辛い修行にも耐えられる。
 とはいえ、能力には差があるのは当たり前。誰もが独立できるわけでは
ない。才能のほかにまじめな態度、周囲との強調など人格的な問題も含め
親方に気に入れられることが重要となる。
 ほとんどの場合、11年間は無給で、たまに小遣いがもらえる程度。食事
は親方の下で食べさせてもらえた。休みもなく、「藪入り」といわれる盆
と正月の2回だけ。そのときは小遣いのほかに、「仕着せ」と呼ばれる衣
類を与えられた。一方的に与えられることから、現代でも使われる「お仕
着せ」という言葉はここから始まった。
 こうやって考えてくると、親方は弟子から見ると、会社の社長であると
同時に親に似た立場にもあることがわかる。弟子の私生活にも深く関わっ
ていた。
 さて、恋の話である。修行に明け暮れ、お金も暇もない職人が、誰かに
恋をしたとしよう。それは飲み屋の女中か、遊女か、近所の娘かもしれな
い。自分の立場を考えれば、気持ちを打ち明けたとしてもどうにもならな
いことはわかりきっている。独立するのが目の前なら、救いはある。あと
何年も年季が残っていたら、たとえ相手が自分の気持ちに応えてくれたと
しても、苦しいことになる。親方も半人前の男の恋を許してはくれない。
それに加えて、相手の女も年季に縛られていたとしたら...。
 悲恋はここにもある。(次回に続く)
☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆
 編集後記
☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆
 今の日本はあまりにも子供たちや学生や若い社会人たちが、ひどい扱
いを受けている。こういう状態が長く続くと、日本の将来が危うくなる
のはもちろんだが、彼らが黙ってはいないだろうと思う。それが政治運
動にいくのか、暴動にいくのか、はたまた昔のヒッピーのような逃避的
な風潮にいくのかはわからない。そういう時代で、自分は何をするべき
か。私も答えがみつからない混沌の中にいる。(上)
☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆
●メールマガジンを解除したい場合は、ご自分で登録サイトにいき手続
 きをしてください。
 Mailux[MM408ADB0E0E3A7]http://www.mailux.com/
●バックナンバーはホームページにあります。
http://www.shuppanjin.com/
●i モード専用のHPは下記URLからどうぞ。
http://www.shuppanjin.com/i/
☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆
このメールマガジンを転送するのは自由ですが、記事の無断引用?転載
はお断りします。転載を希望される場合は発行者の承諾を得てください。

ブラウザの閉じるボタンで閉じてください。