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タイトル:作家&出版人育成マガジン「パウパウ」第123号  2010/03/05


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      作家&出版人育成マガジン『パウパウ』第123号
   2010年3月6日発行(不定期発行)(2000年3月7日創刊)
      発行元 出版人コム http://www.shuppanjin.com/
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●巻頭言 ●  上ノ山明彦
 またまた大地震が発生しました。今度はチリでした。地震のエネルギー
はハイチの500倍とのこと。チリ大地震はハイチに比べ死者数こそ少なかっ
たものの、人口が多いためそれだけ被災者数、被災家屋など被害全体は甚
大です。ハイチ大地震で呼びかけたばかりですが、またチリ大地震への義
援金を呼びかけたいと思います。
● 日本赤十字の呼びかけページ
http://www.jrc.or.jp/contribution/l3/Vcms3_00001523.html
● ユニセフの呼びかけページ
http://www.unicef.or.jp/children/children_now/chile/sek_chile04.html
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●連載エッセイ  江戸と現代の恋愛事情
         江戸の恋 第3回   奉公人の恋     上ノ山明彦
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 一口に「町人」といっても、職種、階層など多種多様である。そこで今
回は大きな商店に奉公した男と女の恋を取り上げたい。
 その代表的な話は、元禄時代に活躍した近松門左衛門の『曽根崎心中』
である。これは実際に起きた事件を題材にしている。
 元禄16年4月(1703年5月)早朝、大坂・天満屋の女郎はつ(21歳)と醤
油商平野屋の手代徳兵衛(25歳)が曽根崎の露天神の森で心中した。これ
が当時大変な騒ぎとなった。近松は実話にフィクションを加え、人形浄瑠
璃として発表。それが大評判となった。
 徳兵衛とはつは、なぜ心中しなければならなかったのか?遊女というの
は普通遊女屋に借金を抱えている。売られてくる時に、親や親戚その他に
支払われたお金の代金だ。それを数年間体を売って返す。もし男が遊女と
結婚したかったら、その残金を遊女屋に支払って身請けすればよい。要は
お金の問題なのだが、その金額は大きい。商店の手代が払える金額ではな
い。それがまず一つの壁である。
 もう一つの壁は、当時の奉公制度にもある。丁稚(でっち)奉公で店に
出るのがだいたい10歳くらい。数年間雑用する中で、手代(てだい)に昇
格する。手代は主人と番頭の指示で働く。それをうまく勤め上げ認められ
れば番頭(ばんとう)に昇格する。その中で特に優秀な者は、30歳前後で
独立(暖簾分け)させてもらえる。その間、順調にいっても20年間の奉公
生活である。
 手代以下、小遣いをもらえることがあっても、給与というものはなかっ
た。食事が与えられ、商人としての教育が与えられる。それだけ十分とい
う考え方だったのである。休暇も盆・正月の2回(藪入り)だけだった。
手代が大金を貯めるということは、普通に考えれば不可能なことだった。
 その一方で豪遊していた商人も多かったのだから、それだけ貧富の差が
激しかったわけだ。
 さらに、奉公人の自由恋愛は禁止されていた。例えば奉公人の中にも、
女中奉公の女がいる。奉公中の男と恋に落ちても、主人に報告されてしま
うと店から追放されてしまう。奉公人にとって主人は殿様のような存在で、
その命令は絶対だった。そこにも悲恋がたくさんあったはずだ。
 こういう条件を考えると、手代と遊女が身請けして結ばれる可能性は、
ほぼゼロだ。せいぜい小遣いをせっせと貯めたり、売上金をごまかしたり、
高利貸しから借金したりして遊女屋に通うくらいしか方法がなかった。将
来に絶望し心中に走る気持ちはわからないでもない。
 一般に、許されぬ恋のほうが燃え上がると言われている。現代ならば、
妻子ある人との恋、人妻との恋、貧乏な男と社長令嬢との恋、限りある命
を運命づけられた人との恋、といったところになるだろう。恋愛小説では、
できるだけその壁を厚くして、ヒーローとヒロインの悲嘆を強くし、読者
に感情移入してもらうというのが常套手段である。これはケータイ小説で
受けるパターンでもある。
 ちなみに、この丁稚・女中の奉公制度が廃止されたのは、第二次世界大
戦後だ。65年前のことだからそう古くはない。その痕跡が日本の企業には
残っていないだろうか。
※近松門左衛門が書いた『曾根崎心中』のあらすじはWikiでどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%BD%E6%A0%B9%E5%B4%8E%E5%BF%83%E4%B8%AD
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●連載 この名著を読め! 上ノ山明彦
           加賀乙彦著 『不幸な国の幸福論』、『悪魔のささやき』
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 私が昔から尊敬している作家の一人が加賀乙彦である。『宣告』に代表
されるように人間の罪、生と死、深層心理をモチーフした作品は高く評価
されている。若い頃の私は、そのテーマがあまりに重々しく見え、正面か
ら向き合うことを避けてきたが、ようやく年を取ってから普通に接するこ
とができるようになった。
 加賀乙彦はそういう小説家なのだが、今回紹介する本はエッセイである。
エッセイでも書くテーマは同じく人間の罪、生と死、深層心理だ。
 ところが、エッセイになるとだいぶ楽に読める。わかりやすい言葉遣い、
自分の深い体験、そこから導き出される理論、それを裏付ける豊富なデー
タを駆使して書いてくれているので、説得力がある。
 『不幸な国の幸福論』は、日本の現実から入る。社会保障は先進国で最
低水準となり、格差は拡大した。自殺者は年間約3万人、うつ病患者は約
100万人にも上り、日本は心底不幸な国になってしまった。
 同時に、1990年からの20年間の日本経済の落ち込みもすさまじい。日
本の債務はGDP(国内総生産)の190%(2009年度)となってしまった。つ
まりそれが200%を超えれば生産より借金の方が多い国になってしまう。
そうなるまであと2年くらいだろう。それくらい日本人の経済と生活は悪
化してしまったのだ。それに対して政府が取ってきた政策は増税と社会保
障、医療・福祉の切り捨てだった。
 加賀乙彦はこうした劣悪な環境の中でも、幸福な生き方はあるよという
メッセージを送っている。それが単なる人生論、哲学論だったら説得力は
ないだろう。加賀のすごいところは、自分が出会った人の本当の話として
それを語ることができるところだ。
 「幸福を定義しようとしてはいけない。幸福について誰かがした定義を
そのまま鵜呑みにしてもいけないということ」(同書、116頁)。これに
関連して、小児麻痺だったNさん(女性)が立ち直っていく話は心を打たれ
る。
 加賀乙彦は1929年東京生まれ。1943年4月、名古屋陸軍幼年学校に入学
するが在学中に敗戦を迎える。東大医学部卒業後、東大精神科を経て東京
拘置所医務部技官に着任。その後フランス留学。1965年、東京医科歯科大
学犯罪心理学研究室助教授。1969年から1979年まで上智大学文学部教授、
という経歴を持つ。
 戦前、戦中、戦後の体験談も、『不幸な国の幸福論』で語られている。
国家総動員で戦争に突入していった体質は、今もほとんど変わっていない
ではないか、というのが著者の実感である。どうすればその枷から自分を
解き放ち、幸福になることができるのか。精神科医として働いていた頃の
患者や囚人との交流の話は、心底考えさせられるものがある。
『悪魔のささやき』のほうは、ごく普通に生活し、ごく普通の人格を持っ
た人間が、ふとしたことがきっかけで殺人者に変わってしまう恐怖を説い
ている。ある要因が重なり、悪魔がちょっと背中を押すだけで、普通の人
がいとも簡単に残酷な殺人を犯してしまうのである。これは東京拘置所で
の著者が経験した囚人との交流や精神科医時代の体験を元に語られている。
自分もまかり間違えばいつでも犯罪者に変わってしまうのだということが
わかり、背筋が寒くなってしまう。
 救いもある。『宣告』のモデルになった死刑囚が心から自分の罪を悔い、
純粋な気持ちになって死んでいったという事実だ。被害者保護、加害者保
護の論議が盛んに行われているが、加賀乙彦の著書はまず読んでおくべき
だと思う。
 最後に、加賀乙彦は本年4月で81歳になるという。ああ、私も歳を取っ
たから、たしかにそうなるよなあと実感。加賀乙彦にはずっと長生きして
いただいて、またエッセイで人間の根本問題について説いてほしい。
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 編集後記
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  日本の自殺者は年間約3万229人(2008年度)、世界第6位。月に2519人が
亡くなっていることになる。イラク戦争での2003-2007年までの米英中心
の連合軍の死者が約4600人。日本の交通事故の死者数は2008年度で5155人。
こちらも戦争並みの死者数だが、日本の自殺者の数はとんでもないくらい
にひどいことがわかる。加賀乙彦が「悪魔のささやき」で分析しているよ
うに、自殺は精神的に追い詰められた人が、ある時ふと悪魔に背中を押さ
れて死のうとする衝動である。生き残った人のほとんどが、「なぜあのと
き死のうとしたのかわからない。生きていてよかった」と答えるという。
誰でも一度くらいは「死にたい」と思ったことがあるだろう。条件が重なっ
ていれば、実行したのはあなただったかもしれない。鳩山首相が野党時代
に、自殺者を出さない日本にしたいと熱く演説していた。このままだと減
るどころか増えていくのではないだろうか。ふと私の背中も押されてしま
うかもしれない(?)。鳩山さんには、あの時の熱意を忘れないでいただ
きたいものです。(かみのやま)
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 編集発行人:上ノ山明彦
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