メルマガ:作家&出版人育成マガジン「パウパウ」
タイトル:作家&出版人育成マガジン「パウパウ」第122号  2010/02/18


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      作家&出版人育成マガジン『パウパウ』第122号
   2010年2月18日発行(不定期発行)(2000年3月7日創刊)
      発行元 出版人コム http://www.shuppanjin.com/
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●巻頭言 ●   上ノ山明彦 
      出版社はアマゾンに支配されるのか     
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 アマゾンは通常の書籍から電子書籍までを対象に、流通から販売・ダウ
ンロードまでを取り扱う大企業である。日本で言えば、取次の大手・トー
ハンと紀伊国屋書店を合わせたような存在だ。アマゾンが「キンドル」を
武器に電子書籍の販売においても優れたシステムを構築し、売上を急激に
伸ばしている。いまやアマゾンの力は巨大なものになっている。
 そのため、アマゾンによる出版業界支配が現実の不安要素として浮かび
上がっている。現実にアメリカで起きた問題がある。アマゾンは電子書籍
の標準価格を9.99ドルに設定している。大手出版社の英マクミランは新作
の電子書籍について、12.99〜14.99ドルの範囲で自社が価格を決定できる
権利を要求した。標準価格は低すぎて利益が少なすぎるということなのだ。
薄利多売の出版社にとっては、少しでも高く設定したいという気持ちはわ
からないでもない。アマゾンとしては、できるかぎり安く販売したほうが、
集客力が高まるためメリットが大きい。
 両社の交渉は難航した。するとアマゾンは自社でのマクミランの書籍の
販売を停止した。その対応には世間から批判が集まった。
 しかしながら、今年の1月31日付で、アマゾンはマクミランの要求を受
け入れるとの声明を発表した。「14.99ドルが妥当かどうかは、アマゾンの
顧客自身が判断すべきもの」と述べている。
 この出来事はアマゾンが出版社に対して強い力を持ち始めたことを物語っ
ている。日本でも似たようなことが起きる可能性はある。
 私はこのような事態が発生した場合、「中・長期的に見て、どちらの主
張が出版文化の発展に貢献するか?」という基準で判断したいと考えてい
る。低価格設定が出版社を潰すことになってもいけないし、高価格が読者
離れを引きおこしてもいけない。その当たりの判断が難しいところだ。
 ただ、全体的に見れば、電子書籍の普及は出版文化の発展にとって歓迎
すべきことであることが間違いないと考えている。
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●連載エッセイ ●   上ノ山明彦 
      江戸の恋 第2回  「部屋住み」の悲哀
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 武家社会では、子供の死亡率が高かったため次男、三男が跡継ぎになる
こともあった。それは除外して、跡継ぎではない次男以下の子供をまとめ
て「部屋住み」と呼ぶことにする。
 前回も書いたように、「部屋住み」は居候扱いであるから、一人前の武
士として生きていくためには、どこからの家の養子として入ることが最も
手堅い方法である。これは婿養子も含んでいる。
 独立して生きていく、という方法もないこともないが、それはよほどの
才能と幸運がなければ実現できない。例えば武芸に秀でた人が武術道場を
開いたり、学問に優れた人が塾や学校を開いたりすることで身を立てると
いうこともあった。
 幕末に一躍注目された高島流砲術の創始者・高島秋帆(しゅうはん)は
長崎町年寄・高島家の三男として生まれた。環境的に蘭学を学ぶ機会があ
り、オランダ人を通じて自費で外国の砲術を修得し、後に高島流砲術を創った。
「部屋住み」から幸運が重なって、異例の出世を遂げた人もいる。第8代
将軍・徳川吉宗は紀州藩徳川家の四男として生まれた。14歳で第5代将軍・
徳川綱吉に拝謁したときに、幸運にも越前国丹生郡3万石を与えられ葛野藩
主となることができた。さらに、上の兄たち3人が次々と亡くなり、22歳
で紀州藩藩主となった。びっくりするような幸運である。
 井伊直弼(いいなおすけ)は近江彦根藩井伊家の14男として生まれた。
慣例に習って養子の口を探したが見つからず、32歳まで「部屋住み」の苦
しい生活を送っていた。
 ところが、第14代藩主で兄の直亮の世継ぎが亡くなったため、兄の養子
となった。35歳のとき、兄も亡くなったため第15代藩主となった。14男で
藩主となるという運の強さだ。ただしそれが本当に幸運だったかどうか疑
問だが...。
 それからトントン拍子で出世し、42歳のとき江戸幕府の大老の地位に就
く。そこから「安政の大獄」、そして44歳のとき「桜田門外の変」により
暗殺されてしまう。
 考えてみれば、井伊直弼は「部屋住み」の悲哀を心底味わった人でもあ
る。その苦悩が他人へのいたわりという形でなく、逆に「独裁」という形
で表れてしまったということも言える。
 こうした幸運な武士は別にして、通常「部屋住み」は養子にも行かず独
立もできなければ、実家に「飼い殺し」状態となる。親が生きている間は
まだしも、兄が当主となれば、その居づらさは耐え難いものになるだろう。
 そういう男が恋に落ちたらどうなるだろうか?「部屋住み」とはいえ、
どこかの女と恋に落ちることは当然あっただろう。どこかの武家の娘に恋
い焦がれ、結婚を申し込むことのできない境遇に涙したことも多々あった
ことだろう。吉原や岡場所と呼ばれた色街に通い、遊女と恋仲になること
もあったに違いない。飲み屋の女中や商人の娘と深い仲になったこともあっ
たことだろう。どんな場合でも、「部屋住み」の身分では所帯を持つこと
はできない。己の運命に泣いた男も多勢いたに違いない。
 これは確証のない話なのだが、ある本に書いてあった。「部屋住み」の
息子に、世話役として町人の娘をあてがうことがあった。世話役といって
も内縁の妻と女中を合わせたような役目だ。当然、二人の間に子供が生ま
れることもある。子供は生まれてすぐ「間引き」、つまり殺された。
 これが本当にあったことなのかどうかはわからない。大身の武家ならば
ありえないことではないかもしれない。もし実際にあったとしたら、子を
育てられない二人の悲しみはいかばかりだったろうか。
 さて、運良く養子の口が見つかったとしても、妻となる女性は周囲が決
めたはずだ。弱い立場では従うほかなかったことだろう。婿養子ともなれ
ば、好みを言える立場にはなく、やはり従うほかなかったことだろう。
「部屋住み」の武士と様々な身分の女性との悲恋は、想像するだけでもた
くさんのケースが浮かんでくる。
 それを題材にした小説で思い浮かぶのは、藤沢周平の『よろず屋平四郎
活人剣』だ。平四郎は「部屋住み」の立場から家を飛び出し、貧乏長屋で
今で言う便利屋「よろず屋」を開業した。そこからいろいろな事件に巻き
込まれ解決していく話である。平四郎には元々婿養子の話があったが、相
手の家が陰謀に巻き込まれ取り潰し。許嫁もどこかの武家に嫁いでしまう。
そのとき二人は惹かれ合っていたのだが、「部屋住み」と武家の娘ではど
うしようもなかったのだ。
 ところが、二人はある日再会し、再び愛が燃え上がる。さて、それから
どうなるか?それは原作を読んでいただきたい。

「部屋住み」の武士を主人公にした場合、生きていくことも恋愛もすべて
が壁だらけである。書き手としてはそれだけ意欲をそそられる面もある。
(続く)
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 2年ほど前、ある古本屋に立ち寄ったときのこと。一人の老婦人が入っ
てきて、店主にこう言った。
「最近おもしろい小説は、佐伯泰秀だけねえ」
 その人は『酔いどれ小藤次』を5冊ほど買い込むと、さっさとその場を
立ち去った。その頃、私は佐伯泰秀の本に興味はなかったのだが、この婦
人の言葉を聞いて興味を持った。小説そのものよりも、なぜそれほど好ま
れるのか?ということに興味を持った。
 時代小説や歴史小説は、あまり女性に好まれない。過去、その壁を打ち
破った作家は、藤沢周平、池波正太郎、司馬遼太郎だ。現在活躍中の作家
では宮部みゆきとなる。佐伯泰秀もそれに加わったのである。
 佐伯の小説を読んでいくと、ストーリーの骨組みに共通のパターンが見
える。その骨組みに、違った飾りを付けていくと、それが「酔いどれ小藤
次」になり、「居眠り磐音」になり、その他のヒーローになる。
 今回は小藤次と磐音に焦点を当てて考察してみたい。
 長編小説の基本である長期の戦いがベースにあり、その中でいくつもの
事件と向かい合ったり、刺客と戦ったりしながら話が盛り上がる。
 そこにヒーローと周囲の人たちとの恋愛や人情が絡まり、花を添える。
 これがまず時代小説の基本としてある。その上に、次の共通の要素が加
わっている。
 その1、二人とも剣の達人である。
 小藤次は村上水軍流を受け継ぐ達人、磐音は直心影流尚武館の達人だ。
 典型的な時代小説ファンは、剣劇いわゆるチャンバラをまず好む。この
タイプは男性に多いが、この層のハートをつかむには、チャンバラは欠か
せない。そのためにヒーローは剣もしくは武術の達人でなければならない。
 その2,二人とも大義の下で戦う
 赤目小藤次は、元藩士だったが殿の無念を晴らすため「御槍拝借」とい
う行動に出て無念を晴らした。その行動を起こす前に藩を抜け、浪人とな
る。その後、主君のために命を懸けて戦う。
 坂崎磐音も藩家老の嫡男。藩の抗争に巻き込まれ藩を抜ける。その後は
将軍世継ぎ・家基を側面から助けるために、身命をなげうって黒幕の田沼
意次一味と戦う。
 その3、剣の勝負の前に名乗りがある。
 必ずと言っていいほど、水戸黄門ばりに「このお方がだれか知ってるの
かい。御槍拝借の小藤次様だ。おまえたちが束になってもかないっこない
ぜ」とか、「尚武館道場の若先生、佐々木磐音様だ」といった名乗りが上
げられる。そして敵がうろたえる。勝負には必ず勝つ。
 これは「水戸黄門」の最後で視聴者が「すかっとする」ように、読者が
すかっとするための重要な要素である。
 その4.二人とも刺客を迎え撃つ
 小藤次も磐音も凄腕の剣客を刺客として迎え撃つ。勝負はいつも一瞬の
差で勝つ。これが大きな見せ場となっている。
 これは古典的な時代小説ファンをつかむ上で重要な要素である。
 その5,二人とも長屋で暮らし、庶民生活に溶け込んでいる
 行動後、小藤次は長屋で暮らしながら研ぎ師として生計を立てる。
 磐音も長屋で暮らしながら鰻割きの仕事や用心棒をしながら生計を立て
る。その縁から道場主の養子となる。
 二人ともこういう生活の中でたくさんの人と知り合い、仲良くなる。
 そうした周囲の人物が、ストーリーの中でいろいろな役割を与えられる
ようになり、色を添える。
 これは女性読者をつかむ上で重要な要素だ。
 その6、二人とも女性にもてる。
 小藤次は初老で容姿は醜い男で無口だが、心根がやさしいので女性にも
てる。磐音は居眠り猫のようにぼーっとしているように見えるが、育ちが
よく男前でやさしいから当然女性にもてる。
 これもストーリーに花を添える要素である。
 その7,話の展開が早い。これは飽きさせない要素である。
 以上をまとめると、チャンチャンバラバラの戦いあり、主従の忠節心あ
り、下町人情あり、急展開ありと、時代小説の「人気の素」がすべて入っ
ているのである。これは重要な要素だ。
 そこへきて、文体はセリフが多い、1行の字数が少ない。情景描写は最
低限に抑えている。つまり、ふだん小説を読まない人に読みやすい文体と
なっている。
 また、これは出版社の方針だと思うが、印字のフォントが通常より大き
い。これも読みやすさをいっそう高めている。
 これもまた重要な要素である。

 私も佐伯泰秀の時代小説を読んで楽しんでいる一人である。約10年前、
それまで書いていた国際推理小説が売れず、版元から最後通告を突きつけ
られ、やむなく時代小説を書き始めたという佐伯のプロフィールを読むと、
心を動かされるものがある。後から考えると、その通告は悪魔の声ではな
く、天使のささやきだったのである。
 プロフィールには驚くべきことも書いてある。だいたい1ヶ月に1冊の
ペースで書いているというのだ。これは驚異的なスピードである。短編な
らいざ知らず、長編を完成までもっていくのは大変なことだ。ただし、情
景描写がやや粗っぽくなってしまっている感は否めない。
 あるインタビューで本人がほかに特に趣味もなく、書くことが楽しみの
ような生活と語っているが、まさにそういう人でなければ書けない。
 以上から想像するに、佐伯泰秀も池波正太郎と同じく、読者を楽しませ
ることに徹している作家なのだと思う。そこに徹するというのは、言うの
は簡単だが、実行するのは生やさしいことではない。いろいろな見栄や欲
望や変なプライドを捨て去った境地が必要だ。司馬遼太郎の言葉を借りる
と「無私の人」とならなければならない。
 佐伯泰秀という作家は、人間的にも興味が湧く存在である。いつかイン
タビューしてみたいと思う。
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 編集後記
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 2月4日、英バーミンガム大学の研究チームが、ガンマンの早撃ちを、
科学的に証明する実験を行い、その結果を発表した。それによると、自発
的に行動する速度より、何かに反応して行動する速度の方が速い、という
結果になった。つまり、先に撃つより、相手が撃とうとするのを見て撃つ
ほうが、動作速度が速くなるというのだ。
 この記事を読んで、私はピーンときた。剣術の一つに「後の先」(ごの
せん)というものがある。敵が斬りかかろうと動き出した後に、その逆
(裏)を突いて斬るという方法だ。理屈からいうと、敵の動きを見てから
斬り返すわけだから、すきがある所を斬ることができる。だが、私はずっ
と前から疑問を持っていた。先に斬りかかったほうが速く敵の体に届くの
だから、断然有利なのではないかと。後手に回ったほうは、敵の剣をいっ
たん受け流してから反撃するしかないのではないかと(これは前提条件と
して技術的に同じレベルの人を想定している。でないと、ほとんどの場合
熟練者のほうが勝つことになってしまうので)。英国の実験によると、後
から動作を起こした人のほうが、動く速度が速くなる。なるほど、「後の
先」は成り立つのだ。敵が面を打とうとしたところで小手を斬る、あるい
は胴を斬るというのは理に適っている。日頃の鍛錬で反射神経をより速く
することが重要なのである。あーあ、中学時代にこのことが分かっていた
ら強くなれたかも?(笑い)(かみのやま)
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 編集発行人:上ノ山明彦
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