お待たせ致しました。
今月号のリーフノベルです。

リーフノベルとは、全て1600字の中に収まるように作られた
短編読み切り小説です。
幽鬼、深層心理、アイロニーの世界にあなたを誘います。
それでは、どうぞ今月のリーフノベルをお楽しみください。

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   またサイトでは、作品の投稿もお待ちしております。
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     ○●作者紹介●○
    名前:高安義郎(たかやす よしろう)
    日本文芸家協会会員
    日本ペンクラブ会員
    日本現代詩人会会員
    日本詩人クラブ会員
    千葉県詩人クラブ顧問
    詩誌「玄」、詩誌「White Letter」主宰
    リーフノベルを「千葉日報新聞」(隔週の日曜版)に10年間連載
 リーフノベル
〜超短編読み切り小説〜
    VOL83
  

 「みずまろ」より

深夜の電話
  
  私は教員になって十年ほどたつが、嘘を言ったことがないのが自慢だった。嘘

  をつかねばならない理由がどこにもなかったのだ。それにもかかわらず「八百」

  と言うあだ名で呼ばれていた。親が八百屋だからだろうが、嘘八百に通じて気持

  ちは良くなかった。

  私の勤務する学校は女子校で、放課後になると女子生徒が無駄話をしによく押

  しかけて来た。レポートの採点や急ぎの校務のない時は生徒の話相手になってや

  るのだが、たいていは生徒たちが勝手に来て勝手に雑談し、時折私に同意を求め

  るように声をかけて帰って行った。私は化学の教員で、実験の準備や後片づけに

  はこの生徒たちを手伝わせたが彼女たちは喜んでビーカーなどを洗ってくれた。

  ある時だった。試験管を洗いながら千景と言う名の生徒が言った。

  「先生、国語の上田先生は幽霊と話をしたことがあるんだって」

  何の話か聞いてみると、上田教諭が教員になる前のフリーカメラマンだった頃、

  身重になった奥さんを残し中東に取材旅行に出かけたことがあった。その頃中東

  は戦争のさなかで、半年の取材予定が一年になり二年になり、帰るに帰れない状

  況に陥った。三年目にやっと飛行機の予約が取れ、アパートに立ち返ってみると

  建て替えの為とかでアパートは半分ほど壊されていた。そんな予定など聞いてい

  なかった彼が途方に暮れていると、どこからともなく奥さんが現れ

  「白分たちの部屋はまだ壊されていないから今日はここに泊まりましょう」

  と言ったという。三年間にも及ぶ中東戦争の撮影がどんなに危険だったか話しな

  がら、妻と一夜を明かしてみると奥さんはどこにもいなかった。部屋の隅には小

  さな仮の仏壇があり、そこに奥さんの写真が飾られていた。奥さんの実家に電話

  をすると、奥さんは三年前流産がもとで亡くなったというのだ。危篤の時に連絡

  しようにも手立がないまま、とうとう今日に至ったと聞かされた。だがこれまで

  何度も国際電話で現地の様子を話したり、生まれた子供の様子を聞いたりし話し

  あったはずだった。ではあの時の電話の相手は誰だったのだ。彼は幽霊と電話を

  していたことになる。というものだった。

  「上田先生に騙されているのさ。それは雨月物語の『浅茅が宿』だ。奥さんの名

  前"宮"の字がつかないか」

  私は笑いながら言った。

  「そう。奥さん宮子って名前だったんだって」

  千景は試験管を洗う手を止めた。

  「浅茅が宿に出てくる女性で宮木という女性が同じように夫を待って死んだオカル

  トじみた話がある。上田先生に担がれたのか、それとも千景の作り話かな?」

  すると「嘘じゃないってば。上田先生は嘘つかないもん。先生信じないんだね。先

  生こそ雨月物語の話本当なの?」私は心外だった。嘘を言わない自分が信じてもら

  えなかったからだ。

  「それじゃ図書室に行ってごらん」年がいもなくむきになった。

  その夜、床に着こうとしていた十二時頃のことだった。上田教諭から電話があ

  った。

  「上田です。千景に、あの話は本当だと言ってくれと頼まれましたので、約束で

  すから」

  そう前置きしながら実験室で千景が話した電話の話は実話だと証言した。私は笑

  いながら

  「そういうことにしておきますよ」と電話を切った。

  翌日出勤すると驚くことを耳にした。昨夜十時頃上田教諭が交通事故にあい、

  病院で亡くなったと聞かされたのだ。十二時以降ではなかったかと念を押したが、

  十時に間違いないらしかった。私は背筋が凍りついた。そこへ息を切らせながら

  千景が駆け込んで来ると

  「私、嘘なんかついてないんだから。でも上田先生が死んじゃったんだって。本

  当ですか」

  それだけ言うと泣き出した。昨夜十二時頃電話があったことは言えなかった。思

  えぱ上田教諭の力ない電話の声が耳の奥によみがえり、私は声をなくして立ちつ

  くした。

  これまで稚拙なオカルト集だと思っていた雨月物語が、奇妙な重さを持って私

  にのしかかってくるのを感じた。