VOL69 
          

                             
                     ダイヤの指輪
                                                    

                                                                            

             東大に通っている」と仲間に言いふらしているものの、実は祐介は浪人で、予

            備校近くのアパートで暮らしていた。

            ある日祐介は気晴らしにゲームセンターに出かけた。一人淋しくゲームをして

            いると、急に慌(あわ)ただしい人声と足音が聞こえてきた。外に目をやると一

            人の男が走り抜けていった。その後を警官や数人の人々がどやどやと追っていっ

            た。事件だ。そう思ったが、やり残したゲームが気になりゲーム機にむき直った。

            その時だった。逃げていった男が駆け戻ってくるとゲームセンターに逃げ込み、

            祐介の肩にぶつかった。男はその弾みで床に転んだ。男の手から何か光る物が飛

            び出たのを祐介は見ていた。入ってきた警官は男に馬乗りになり、手錠を出すと

            手首に押しつけた。刑事物のテレビ番組などではよく見るシーンだが、目の前で

            見る犯人逮捕は初めてで、祐介の足は震えていた。

            警官は男の衿(えり)を掴んで立たせると、奥から出てきた店員に何やら話をし、

            今度は祐介の方を見て、

            「だいじょうぶかい。怪我はないね」聞いた。祐介は黙って頷(うなづ)いた。男

            は、「オレは泥棒なんかしてねえよ。指輪なんか知らねえよ。嘘だと思ったら探し

            てみろよ」しきりに怒鳴っていた。

            警官は男の言葉を無視し駅前の交番へ連行していった。ややしばらくして我に

            かえった祐介は早々にゲームセンターから帰ろうとした。その時足下に光るもの

            を見た。それは指輪だった。先ほど泥棒が転んだ時に落としたものだ。どうして

            よいか分からず暫(しばら)く祐介は固まっていた。やがて意を決したように指輪

            を拾い店員に届けると、

            「ああ、どこかの人形から落ちたんでしょ。お客さん、お宅が貰っておいてくだ

            さい」

            指輪を一瞥(いちべつ)してそう言うと奥に引っ込んでしまった。しかたなく交番

            に行くことにした。交番には指輪を盗られたという太った夫人と、神妙に椅子に

            座る泥棒がいた。夫人は、

            「あれはダイヤモンドなんです。百万円はくだらないものなのよ。どこへやった

            のよ。出しなさいよ」泥棒に向かって叫んでいた。

            「あのう、これ、落ちてたんですが」祐介が指輪を警官の前に差し出すと、

            「これよ。これだわ。間違いないわ。私のイニシャルも入っているもの」

            そう言って手に取った。すると脇に立っていた紳士然とした男が
 
            「ちょっと見せてください」そう言ってルーペを目に挟み指輪を覗(のぞ)き込ん

            だ。男は駅裏の質屋の主で、参考人として呼ばれていたらしい。主は、

            「これはイミテーションですよ」冷ややかに言った。

            「そんなバカな。百万円もしたんですよ」

            「でもこれはイミテーションですから」主が言うと、

            「それじゃこれは私のじゃないわ」夫人は言った。

            「でもイニシャルがあるんでしょ」警官が言うと、

            「それでもちがうのよ。私のは百万円よ」夫人は言い張った。夫人の丸い顔が祐

            介には卑しい顔に見えてきた。

            「お前が盗ったのはこれだろ」警官が泥棒に聞いた。

            泥棒は頷いた。すると夫人は、

            「ちがうでしょ。本物を出しなさいよ」顔を赤らめて言った。

            「だからそれだよ」泥棒が言う。すると夫人は、

            「思い出したわ。泥棒はこの人じゃなかったわ」と声を張り上げた。

            「ええ?違うんですか」

            「ええ、ちがいます」それを聞いた泥棒は、

            「だから言っただろう。誤認逮捕で訴えたっていいんだぞ」急に態度が大きくな

            った。結局泥棒は解き放たれることになり、婦人の顔は前にも増して青ざめてい

            った。

            「あいつ、常習犯なんだがなあ」警官はつぶやきながら祐介に目をやり、
   
            「お宅、学生さん?」と聞いた。

            「はい一応」祐介は答えた。

            「拾得物ですので、二三聞かせてください。よろしかったら大学名から」

            すると祐介は、

            「東大」と答えた。答えたあとで、自分もこの恥多き夫人と同じだなと思うと情

            けなくなってきた。

            「いえ東大志望の浪人です」そう言い直した。

            「そうですか、がんばってください」警官の顔が急に慕わしい顔になったように

            思われた。そう感じたのも祐介の心が軽くなったからに違いなかった。

                        
                               
           素材提供:STAR DUST

今月号のリーフノベルです。

リーフノベルとは、全て1600字の中に収まるように作られた
短編読み切り小説です。
幽鬼、深層心理、アイロニーの世界にあなたを誘います。
それでは、どうぞ今月のリーフノベルをお楽しみください。

     ○●トップページ●○
     http://www1.odn.ne.jp/~aap60600/yoshirou/leafnove.html
     には、他の作品も掲載しております。

     ●○投稿募集●○
   またサイトでは、作品の投稿もお待ちしております。
   まずは御気軽にお問い合わせ下さい。
   みなさんも1600字で作品をお書きになってみてください。
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   aap60600@hkg.odn.ne.jp

     ○●作者紹介●○
    名前:高安義郎(たかやす よしろう)
    日本文芸家協会会員
    日本ペンクラブ会員
    日本現代詩人会会員
    日本詩人クラブ会員
    千葉県詩人クラブ顧問
    詩誌「玄」、詩誌「White Letter」主宰
    リーフノベルを「千葉日報新聞」(隔週の日曜版)に10年間連載