VOL60   

お待たせ致しました。
今月号のリーフノベルです。

リーフノベルとは、全て1600字の中に収まるように作られた
短編読み切り小説です。
幽鬼、深層心理、アイロニーの世界にあなたを誘います。
それでは、どうぞ今月のリーフノベルをお楽しみください。

     ○●トップページ●○
     http://www1.odn.ne.jp/~aap60600/yoshirou/leafnove.html
     には、他の作品も掲載しております。

     ●○投稿募集●○
   またサイトでは、作品の投稿もお待ちしております。
   まずは御気軽にお問い合わせ下さい。
   みなさんも1600字で作品をお書きになってみてください。
   今までにない手法の作品です。
   優秀作品はサイトにて、ご紹介致します。
   aap60600@hkg.odn.ne.jp

     ○●作者紹介●○
    名前:高安義郎(たかやす よしろう)
    日本文芸家協会会員
    日本ペンクラブ会員
    日本現代詩人会会員
    日本詩人クラブ会員
    千葉県詩人クラブ顧問
    詩誌「玄」、詩誌「White Letter」主宰
    リーフノベルを「千葉日報新聞」(隔週の日曜版)に10年間連載




   
                    黒猫と子猫      
                                                

      
                                      挿絵  芝 章一

 妻の姪で昨年結婚したばかりの咲子さんが夫君と喧嘩をし、我が家に転がり

込んできてから一週間が過ぎた。咲子さんは高校の数学教師で、私の娘は家庭

教師代わりに咲子さんを頼りにし始め、

「お姉さん、離婚して家においでよ」

冗談交じりに甘えていた。咲子さんも咲子さんで、

「そうしちゃおうかな。ねえ叔父さん」

私を覗き込んで言うのである。私はぞくりとするような艶めかしさを感じた。

「もうじき永井さんが来るのよ。早くテーブルの上片づけてよ」

妻がキッチンから大声を出した。この数日何故か妻は苛立っていた。娘は私を

見て首をすくめた。そろそろ更年期なのかも知れない、私は苦笑すると、

「私に任せて、叔父さん」

咲子さんは気を利かせ片づけを始めた。しばらくして永井が来た。永井は私の

会社の部下で、急ぎの書類を届けに来たのだ。永井とは同じ町内のボランティ

ア活動で娘とも親しかつた。

書類の簡単な説明が終わると娘も永井の近くに座り込み、いつの間にかペッ

トの話になった。咲子さんも猫が好きらしく、ビールを運んで来るとそのまま

私の脇に座り永井の話に耳を傾けた。

「猫も人間と同じように気を使うんですよ。実は僕の家には大きな黒トラがい

たんです。隣の家には茶トラの子猫がいましてね」

永井はビールを飲みながらこんな話をした。

隣の猫が居座るようになると、隣の奥さんはその猫をお宅にあげますと言い

出し、永井家は二匹の猫を飼うようになった。すると居候となった子猫は黒

トラに気兼ねをし、餌も決して先には食べなかったと言う。

ある時永井の母親が子猫を膝の上に乗せて可愛がっていると黒トラが外から

帰ってきた。すると子猫は追い立てられたわけでも無いのに膝から飛び降り、

黒トラに母の膝を譲ったという。

「単なる偶然だろ」

私は言った。

「いえ。僕が抱いていても黒が来ると飛び降りる部屋の隅に行くんです。黒の

大好物のアジの骨をやると、子猫は食べないんです。初めはアジが嫌いなんだ

と思ってたんです」

「嫌いなんじゃなかったの?どうして分かったの」聞くと、

「ある時黒トラは車にひかれて死んじゃったんです。黒トラが帰って来なくな

ると子猫はアジを喜んで食べたんです」

それを聞いて私は、

「それじゃ子猫が黒トラに遠慮して旨い物は食べないようにしていたって言う

わけかい?」

冷やかし半分に聞いた。

「そうとしか思えないです。だって家にいる時の子猫はいつも黒の後からつい

て行って、黒が食べ残した物だけを食べたんです」

「それは黒が怖かったからじゃないのかい」

「いいえ。怖ければ元々隣の猫ですから隣に帰ればいいんです。思うに親分子

分の関係が出来上がっていて、親分に気を使っていたんです」

永井は至って冷静な口調で言った。

「それからその猫、どうしたの」娘が聞くと

「ええ、黒が居なくなってから子猫は、黒が死んだことが分からないので、

毎日夕方玄関先に出て黒の帰りを待っていたんです。ところがある日子猫も

居なくなったんです。家族会議の結果、子猫は自分のせいで黒が家出をした

んだろうから、自分も家を出ようと思ったに違いない、という結論になった

んです」

永井は自分の言葉に納得したようにうなずきながらビールを飲み干した。私

は永井の話がメルヘン的で楽しかったが信じ切れなかった。だが娘は目に涙

をため、

「猫ってきっと人間より利口なんだ」と言った。

永井は夕方頃ほろ酔い気分で帰って行った。

その日の夕食が済んだ頃だった。咲子さんが急に帰ると言い出したのだ。

「まだ居ればいいのに」娘は甘えるように言った。

「亭主が恋しいか。寂しくなるね」

私も半ば本心で言った。すると咲子さんは、

「あたし、子猫に教えられちゃった。叔母ちゃんご免」そう言い残して帰

って行ったのである。

猫の何に彼女は諭されたのだろうか。私は娘の方に何気なく目をやると、

「お母さんのイライラ、咲子猫のせいだったってことか」

娘は生意気そうに言ったのだった。