2月号 VOL56   

お待たせ致しました。
今月号のリーフノベルです。

リーフノベルとは、全て1600字の中に収まるように作られた
短編読み切り小説です。
幽鬼、深層心理、アイロニーの世界にあなたを誘います。
それでは、どうぞ今月のリーフノベルをお楽しみください。

     ○●トップページ●○
     http://www1.odn.ne.jp/~aap60600/yoshirou/leafnove.html
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   またサイトでは、作品の投稿もお待ちしております。
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   みなさんも1600字で作品をお書きになってみてください。
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     ○●作者紹介●○
    名前:高安義郎(たかやす よしろう)
    日本文芸家協会会員
    日本ペンクラブ会員
    日本現代詩人会会員
    日本詩人クラブ会員
    千葉県詩人クラブ顧問
    詩誌「玄」、詩誌「White Letter」主宰
    リーフノベルを「千葉日報新聞」(隔週の日曜版)に10年間連載

   



             甘えのパンプ
                                


  

 インドのある山の麓に象の飼育所がありました。密猟者に傷つけられた野生の

象の手当てをし、治ると山に返すのが仕事でした。

ある時です。子象を産んで間もない一頭の母象が飼育所の片隅で死にました。

太い鎖につながれ、ほこりまみれで死にました。この母象は凶暴で、人間を誰

も近付けようとしなかったのです。密猟者にひどい目に合わされたのでしょう

か、人間が嫌いになってしまったのです。数か月前に捕獲されたのですが、右

の後足などは腐りかけておりました。

 アマンというひとりの飼育係が、悲しそうな顔で母象の死を見送りました。

まだふやふやの鼻で母象の顔をなでる子象を見ると酎えられなくなり、子象を

自分の家で育てたいと飼育係の責任者に申し出ました。

「親が人間嫌いだとその子も人間嫌いになり易く危険だ。あきらめた方がいい」

飼育係の班長が忠告しました。でも子象の目を見るとこのまま放ってなどおけ

ませんでした。なんとか頼み込み許可をもらうと、先輩や巡回してくる獣医さ

んから赤ちゃん象の育て方を熱心に聞きました。子供の象はまだ自分の鼻でミ

ルクや水を掬(すく)っては飲めないのです。ポリバケツの底に乳首代わりの

ビ二−ルパイプをつなげたり、あるいは革袋にミルクを入れて押し出したりし

、苦労と工夫の二人三脚で半年が過ぎました。

 いつしか小象はすっかりアマンに慣れ、普通の小象と同じように元気に育っ

たのです。アマンも小象を弟のように思われてきて、パンプという名を付けて

可愛がりました。

 一年がたちました。アマンのお腹の高さまでしかなかったパンプが、もう胸

を超す大きさになりました。パンプは大の甘えん坊でした。アマンの家から仕

事場までは四キロメートル程ありますが、パンプは毎日飼育場まで付いて行き

ます。道々アマンに鼻で抱きつきお尻をはじいたりもするのです。アマンの昼

休みになると、きまってレスリングをせがみました。アマンが汗だくになって

押さえつけても、パンプにはただ撫でられているようにしか感じなかったこと

でした。

 パンプは、すっかり少年象になり、人間が乗ってもびくともしなくなりまし

た。パンプはアマンを背中に乗せることが大好きでした。家を出ると追いかけ

て来て背中に乗るように頬擦りしました。時にはパンプの鼻を枕にしアマンは

昼寝をすることもありました。

 事件が起こったのはそんなころのことでした。無断欠勤したアマンの様子を

見に、飼育係の班長がアマンの家にやって来ました。声をかけても返事がない

ので班長は裏にある小象の小屋に回ってみると、とんでもない光景を目にした

のです。それはパンプの太い足に押しつぶされて、アマンが苦しんでいる姿で

した。パンプがアマンに甘えてのしかかったということです。動けなくなった

アマンを揺り動かそうとして足を乗せ、何度も何度もアマンの胸を揺すってい

ました。でも、そのためにアマンの胸の骨は砕けて肺に刺さり、口からは血が

吹き出しました。

「やはり人間嫌いの象だったんだ」

班長はアマンを抱き起こしながら叫びました。

「違います。パンプはただ甘えただけだから」アマンは微かな声で言いました。

自分の体が大きくなったことも知らずに、パンプは昔のように甘えただけだっ

たのでした。人を傷つける体になっていたなんて知らなかったのです。アマン

はすぐ病院へ運ばれました。

「やはりあの時処分しておくべきだった」

班長は悔やみ、棒でパンプをひどく打ち、太い鎖でつなぎました。アマンの姿

が見えなくなるとパンプは誰からも餌を貰おうとはしませんでした。パンプは

毎日アマンを呼んで泣きました。とうとう栄養失調になり、黄色い水を吐いて

パンプが死んだのは、アマンが息を引き取ってから丁度2ヶ月後のことでした。