リーフノベル 〜超短編読み切り小説〜 高安義郎            

 1月号 VOL55
   

お待たせ致しました。
今月号のリーフノベルです。

リーフノベルとは、全て1600字の中に収まるように作られた
短編読み切り小説です。
幽鬼、深層心理、アイロニーの世界にあなたを誘います。
それでは、どうぞ今月のリーフノベルをお楽しみください。

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○●作者紹介●○
名前:高安義郎(たかやす よしろう)
日本文芸家協会会員
日本ペンクラブ会員
日本現代詩人会会員
日本詩人クラブ会員
千葉県詩人クラブ顧問
詩誌「玄」、詩誌「White Letter」主宰
リーフノベル「千葉日報新聞」(日曜隔週)10年間連載                                            


               

           父のおとぎ話 
                                   高安義郎


                       

父は私が幼い頃、枕元でおとぎ話や古事記の説話を繰り返し話してくれた。

やがて同じ話に飽きると父の創作をねだった。父の作り話は概して面白くなく

「それからどうしたの」と聞くと、きまって「それでおしまい。後は自分で続

きを作ってごらん」と言った。いつの間にか話の結末は自分で考える癖なって

いた。だが私が小学校三年生の時だった。それは父の話の最後のものになっ た

わけだが、子供の私にはどうしても結末をつけかねた話があった。

「父さんの取って置きの大事な話だよ」父は前置きして話し出した。

 ある町の真ん中に大きな川が流れていました。穏やかなその川には小魚が泳

ぎ、岸辺には自然に生えた柳の木が林のように茂り、柳の根本は広い川原がで

きていました。ある時でした。川の上流から一本の苗木が流れてきて、流れの

緩やかな川原の一角に根を降ろしたのです。それはケヤキの苗木でした。しば

らくするともう一本流れてきて、ケヤキのすぐ側で同じように根を張りました。

それは山梨の苗でした。「いつからここへ?」山梨はケヤキに聞きました。

無口なケヤキは初め黙っていましたが、あんまり山梨が聞くものだから、

「君の来る少し前」それだけ言いました。「ここはいい所?」また山梨が聞くと

「知らないね。俺は海に行きたかったんだがこんな所に止まっちまったのさ。

ついてねえよ」ふくれっ面で言いました。「そうだったの。私もそうだわ。で

もここもそんなに悪くはなさそうね」山梨は楽しそうでした。

 何年かたち、ケヤキも山梨も、すっかり大きくなり、ケヤキには沢山の小鳥

が巣を作るようになりました。山梨も春には白い花を沢山つけ、秋には赤子の

握りこぷし位の黄色い実をつけました。この山梨の花は何とも言えない良い香

りを放ち、目を凝らして見ると花の奥はうっすらとピンクがかっています。

「きみはいい香りがするね」初めてケヤキが山梨を褒(ほ)めました。それか

らというもの、春一番や秋の嵐には、ケヤキはできるだけ枝葉を伸ぱし、風か

ら山梨を守ってやりました。

 ある年のことでした。どこからやって来たのか一匹の小リスが、ケヤキの木

の枝に巣を作ったのです山梨の実をかじっては遊び、疲れると巣に潜り込んで

眠りました。そのリスの可愛らしさに、ケヤキは翌年沢山の葉をつけて木陰を

作り、山梨も多くの実をつけました。リスは二本の木の気持ちなど気にもせず、

毎日を楽しく暮らしていたのでした。

 何年かたったある春のことでした。思いがけない雨台風に見舞われ、川はた

ちまち洪水になりました。二本の木は根から洗われ立っているのもやっとでし

た。ケヤキは言いました。「水かさが増したのが良い機会だ。ここでリスたち

と暮らすのも悪くはないけど、俺はやっぱり海へ行くよ。川を流れて来たのは

もともとその為だから。山梨さんはどうする?」そう言ったかと思うと、自分

から一番太い根の一本を切り、海の方へ流れ始めました。「私は、小鳥の巣が

沢山あるから、ここから動けない。それに私はここが楽しいの」そう言って濁

流の中で根をふんぱりました。驚いたのはリスでした。このままケヤキと一緒

に海へ行こうか。それとも山梨に飛び移ろうか。山梨の木だったらこれまでど

おりのんぴり暮らせる。でも海も見てみたい。いやいや海では、ケヤキも枯れ  

てしまうかも知れないのです。さあどうしよう。リスはおろおろするだけでし

た。さあ、話はこれでおしまいだ。

 父の中途半端な話は終わった。その時も私は「リスはどうなるの」と聞いた。

「お前がリスならどうするね」聞き返す父に「ケヤキはどうして海が好きなの」

と聞いた。父はそれには答えることなく寂しそうに笑った。その夜洪水の夢を

見ながら、私はわけもなく泣いた。父と母が離婚をしたのはそれから間もなく

のことだった。私は自分で結末をつけられず母と暮らすようになったのだった。

今父はどんな海にいるのだろうか。