メルマガ:ニューヨーク・ブラックカルチャー・トリヴィア(ハーレム)
タイトル:NYBCT#332/ゲットーのリアリティー  2004/11/28


今回はロングバージョンです。
miniバージョンは【原則・月水金】にお届け。
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         New York Black Culture Trivia #332
    ニューヨーク・ブラックカルチャー・トリヴィア

      感謝祭の前日に〜ゲットーのリアリティー

           2004/11/28
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 「なぜ、こんなことができる人間がいるのか、私には分からない。
しかし、これが私たちが生きている世界だ」


 事件後、ブルームバーグ・ニューヨーク市長はこうコメントした。
なぜなら市長が「生きている世界」と、事件が起ったイーストハー
レムは同じニューヨークでありながらも「全く違う世界」であり、
ゲットーの実情を知らなければ、「なぜ、こんなことができる人間
がいるのか」は当然、理解できない。

             ・・・・・

 今年は24日の木曜日がサンクスギビングだった。アメリカ人な
ら誰もが家族団らんで七面鳥や盛り沢山の料理を囲む日だ。多くの
人にとってクリスマスに次いで楽しい、この感謝祭の前日に、イー
ストハーレムで惨劇が起った。ニューヨークタイムズやNY1の情
報をつなぎ合わせてみると事件の詳細は以下のようだ。


 朝の7時にエベレット・ジョージ(34歳・黒人男性)が恋人の
家に押し掛け、恋人と自分の子である12歳の男の子と1歳の女の
赤ちゃんを射殺した。その直後に銃が故障したため、恋人は間一髪
で命拾いをしている。


 エベレット・ジョージはブロンクスの別の恋人の家に逃走し、そ
の後に抗鬱剤の過剰摂取状態で自ら病院に駆け込み、逮捕された。
現在はベルビュー病院で自殺を防ぐための監視下に置かれている。


 エベレット・ジョージと恋人は1歳の長女の養育権をめぐって揉
めていたという。


 エベレット・ジョージの過去はいささか奇妙だ。1997年にニュー
ヨーク市ライカーズ刑務所の刑務官となったが1年少々で辞めてい
る。2000年に同刑務所に再就職したものの、初日からの無断欠勤
により5日で解雇されている。2002年には警官になろうとNY市
警に応募しているが、心理テストと身体テストで不合格となってい
る。

             ・・・・・

 事件が起ったアパートの住人は、ニューヨークタイムズの記者に、
エベレット・ジョージが怒りを爆発させ、ベビーカーを壊したこと
があると語った。ところが、やはり同じアパートに住んでいる私の
知人は「二人とも良い人たちだった」と言っている。


 ニューヨークタイムズには、今夏、ABC局でオンエアされた
「NYPD 24/7」というドキュメンタリー番組にエベレット・ジョー
ジが出演したとも書かれている。テレビ局のカメラが警察に24時
間張り付き、実際に起った事件事故を撮影する、よくあるタイプの
番組だ。


 その番組撮影期間中、ブロンクスのアパートにいたエベレット・
ジョージが、隣家の女性が11歳の息子を人質に立てこもっている
と警察に通報したのだ。その女性も息子の父親と養育権で揉めてい
たのだという。


 情報が限られているので、エベレット・ジョージの人柄や生い立
ちなどは分からない。けれど報道された内容からすると、根は悪人
ではないのではないかという気がする。処方箋がなければ買えない
抗鬱剤「ゾロフト」を手元に持っていたということは鬱病か、それ
に類する精神的な問題を抱えていたのだろう。(ちなみにこのゾロ
フトという薬、劇的な効果があり、多くの鬱病患者が使っている。
ただし、ティーンエイジャーが使うと逆に症状が悪化するというリ
ポートもあるようだ。)


 隣家の揉め事を見過ごすことが出来ずに警察に通報している。テ
レビカメラが一緒にやって来ることは知らなかったはずなので、テ
レビに写ることが目的ではなかっただろう。


 刑務所を無断欠勤でクビになっているが、「刑務官がダメなら警
官になろう」と考えている。何かしら手堅い仕事に就きたかったの
だろう。


 エベレット・ジョージが逮捕時にこのゾロフトを過剰に飲んでい
たということは、事件を起こした時も過剰摂取していた可能性があ
る。


 恋人側に関する情報はほとんどないが、12歳の長男は自閉症で、
この男の子を除くと、女性4世代同居の家族だった。つまり、亡く
なった赤ちゃんと、その母親である恋人、恋人の母親と祖母。ゲッ
トーでは「夫不在」は、ごく当たり前の現象だ。

             ・・・・・

 自分の子どもを殺してしまった人間を擁護することは、何があっ
てもできない。エベレット・ジョージが性格破たん者である可能性
もある。けれど、アメリカの都市部のゲットーには、人がこういっ
た異常な行動に走ってしまう要因が少なからずあることも事実だ。


 鬱病を含む精神疾患は白人よりも黒人に多い。遺伝もあるだろう
が、生活環境によって発症することも多いはずだ。ゼン息の子ども
も極端に多い。古くて手入れの行き届いていないアパートに暮らし、
ネズミやゴキブリの糞を常に吸ってしまうからだ。黒人男性と白人
男性の平均寿命を比べると、黒人男性が7年も短い。ストレスがい
ろいろな病気を誘発するのだと言われている。また、アメリカで十
分な収入がなければ、安くて高カロリー(=高コレステロール)な
食事をせざるを得ない。


 ゲットーでは人は常に強いストレスにさらされている。ストレス
に負けた人間が早死にしたり、犯罪に走ったりするのを真近に見る
ことも、さらにストレスを加速させる。今回の事件で子どもふたり
を目の前で殺されてしまった恋人は、今後、果たして立ち直ること
ができるのだろうか。


 ブルームバーグ市長は「なぜ、こんなことが出来る人間がいるの
か、私には分からない」と言った。それが当たり前だと思う。こん
な事件の背景が理解できる環境に、人は暮らすべきではない。


 けれど、ハーレムというゲットーに暮らす黒人たちは、今回の事
件に相当のショックを受けながらも、それでも同じゲットーの住人
がこういった事件を起こしてしまう理由を、悲しいかな、市長より
もはるかに理解してしまえるのだ。


 追記:今回の事件が気になり、この記事を書いたのは、ちょうど
「ヒップホップの真実〜貧困と犯罪(*)」という特集記事を書き
終えたところだからだと思う。


 黒人社会に経済面での多様化(中流化)が起っているとはいえ、
まだまだ貧困は根強く存在し、貧困は犯罪を生む。ギャングスタ・
ラップがここまで定着したのも、犯罪を謳うギャングスタ・ラップ
にゲットーの若者が「リアリティー」を感じるからだ。


 「白人もラップを聴いている」「売るためのイメージだ」「まと
もなラップもある」など、いろいろな意見があるだろう。けれどゲッ
トーには今も貧困と犯罪がある。これが紛れもない現実なのだ。


*U.S. FrontLine 12月第3週号(12/17発行)に掲載予定


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