メルマガ:組紐工芸 工房 多津蔵通信
タイトル:夢幻出版社『ご挨拶』  2004/02/02


多津蔵さんのご好意で、此のコーナを運営する事と成りました。
といっても、多津蔵さんの主宰が、私どもの社主です。
同じと思われるかも知れませんが、全然違います。
理由は簡単です。
私どもは、工芸の仕事とは無関係なのです。
どんな種類の仕事かと申せば、夢に取り組む仕事をしています。
夢に関する情報や文化を、文字にしてお届け致します。
此の「文字にして」が、今節は流行らないようです。
この事から分かることは、日本の文化は底が浅いと云う事です。
視覚に訴えないものは、二流呼ばわりまで致します。
工芸は、この意味では、視覚に訴えますので、時代のものと云えます。
時代に取り残された出版は、ハイテクの淵を遠巻きにするだけです。
此の厳しい情況の中で、而も、夢などと途方も無い事に取り組むのです。
読者が多い訳が在りません。
休刊をしていましたが、多津蔵さんのご配慮で、再出発を致しました。
私が、編集長の田鶴彦乃蔵人です。と、申し上げても見えません。
簡単に自己紹介を致します。
生まれは鹿児島。育ちは名古屋。歳は、いつも二十歳。趣味は、お酒。独身。
こんな処ですか。
私の書くものを、主宰が気に入り、夢幻出版社が出来ました。
だから、まだまだ出来たてのホヤホヤ?なのですが、既に休刊をしています。
其れには訳が在りました。
社主が、多津蔵に掛かりっ切りになり、編集会議も出来なかったからです。
処が、わたくしごときを忘れずに、こうして場所を与えて頂きました。
斯くして、水を得た魚?の如く、書かせて頂きます。
テーマは勿論『夢』です。
夢とは儚いものとお考えの方が多い事でしょうが、実は違います。
儚いのは、夢を持てない人の内面なのです。
夢を持ち続ければ、儚いのではなく、厳しい事に気付きます。
厳しい故に、仕方がなく手放すから、儚いと成るのです。
夢の本質は、現実との対決なのです。
現実は夢では在りません。
夢とは、現実を変えて、違う姿にしようとする事なのです。
甘い戯言を、夢と考えてみえたなら、其れは夢想と云うのです。
想うのは勝手です。想っても実現は致しません。
夢は、想うことでは無いのです。
実現する為に、抱くものなのです。
其の夢を、抱き続けられるか?此の一点に収斂を致します。
多津蔵が出来たのも、舎主と主宰が、夢を持ち続けたからです。
此の姿を、回顧しながら語るのが『多津蔵物語』です。***未完***

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