メルマガ:風のひとり言――マスコミの裏を読む
タイトル:「風のひとり言――マスコミの裏を読む」第32号  2003/06/21


■======================================================2003/06/21=■
         「風のひとり言――マスコミの裏を読む」vol.32
■=================================================================■

□■□ 「風のひとり言」その32□■□-----------------------------------
「向田邦子への初めての批判?」
異色の向田関連本に
惹かれた理由

 自分のホームページでも少しく触れたところですが。最近求めた本でちょっ
と衝撃的だったのは、『メルヘン誕生――向田邦子をさがして』(高島俊男・
いそっぷ社)という本です。また、ビックリしたというだけでなく、実に面白
く魅力的な本でした。

 本を買ったのはごく偶然で、何でもいいから買ってやろうと日本橋の丸善に
出かけたところ、何の絡みか「向田邦子コーナー」がしつらえてありまして、
そこで何気なく手に取ったものでした。何よりも、向田さんと高島さん(この
方も私が敬愛してやまない書き手です)という取り合わせに、非常に興味を惹
かれたのが理由です。

 最後まで読んでみて、実に驚いたのと興味深かったのは、中国文学者である
高島俊男さんが向田さんのファンであったこと(一般的なニュアンスとは異な
りますが)。そして、彼女の作品評を、どちらかというと批判的に書いている
ことでした。

 ご存じのように、向田さんは熱狂的なファンにつつまれている人です。その
熱気は亡くなってからも、というよりは亡くなってからの方が昂進している感
があることは広く知られたところ。恐らくは何十冊もの関連本が出ているはず
だし、手放しで賞賛する声に満ち満ちているのです。

 「その向田さんの作品を批判するなんて……」というのが、私の当初の実感
でした。といって、決してそれが無謀なことだと言っている訳ではなく、高島
氏は学者らしい実証性とたんねんな読み込みで、見事に向田作品の欠陥を言い
当てています。それでかえってゾクゾク、ワクワクとしてしまったという訳な
のです。

 そして最後に触れることになりますが、向田さんという人が世間一般でいわ
れるように、才気とともに沢山の富と友情を勝ち得た人だけではなかったこと
――そのことをきちんと説明して書いていることが、私にはショックでした。

 ファンである私も、一部には分かっていたことなのですが、それを正面切っ
て話題にするだけの才覚と勇気は、私にはなかった。これを実証的に書いたこ
とは本当に大したことで、高島さんは正直スゴイと思いました。

向田さんが本当に
求めていたもの

 話を分かりやすくするために、向田作品の欠陥について、ほんの少し例を挙
げてみましょう。

 高島さんの言いたいことは、ごく要約するとこういうことです。つまり(1)
作品のディテールが実にいい加減であること(2)自分の真情を表すために小
説を書いたが、小説を構成するための人生経験が足りなかった。ゆえに失敗し
ている――ということなのです。

 例えば(1)について言えば、天下の名作といわれる『父の詫び状』につい
ても、エッセイの一作である「ごはん」に関して、文章に次にような誇張やご
まかしがあると書いています。つまり、作中の「保険会社の安サラリーマンで
ある外面のいい父。……(中略)この鰻丼だって、縫物のよそ仕事をして貯め
た母のへそくりに決まっている……」との下りは、当時としては破格の高給取
りだった向田敏雄さん(向田さんの実父)の生活に照らして、母親が内職仕事
をすることなぞはあり得る話ではない、と断じている。続けてさらに「『父の
詫び状』にもフィクションはある。この一段などは、ことごとくフィクション
だと言っていい」と、一刀両断なのです。

 高島さんは、向田さんの時代考証のいい加減さについても手厳しく批判を加
えているし、何よりも『父の詫び状』に描かれた父親像について、わざと嘘を
書いている部分があると意地悪く実証しているのです。向田さんの父親は作品
に描かれたような「かたくなな頑固者でもなかったろう」とも説明しています。
曰く「私生児という一点を別にすれば、あとはみな向田邦子の虚構、あるいは
思いちがいである」「向田邦子はことなった時期のできごとを同時期のことと
して書いていることが多いので、この種の記述はあまりあてにならない」(い
ずれも本文から)……。

 高島氏は元大学の先生だけあって、本当に細かい。で、今回の実証は間違い
なく当を得ている部分が多いとは思いますが、一応ファンの端くれである私と
しては、この種の本の出現にはビックリするところがありますね。今の日本の
出版界の実状を考えれば、こうした本を出すことは普通の人では考えつかない
ことと思いますから。

 で、長くなりますので、肝心なところに触れておきましょう。向田さんは、
実は何物かに飢えていた、欠落感を持っていたというのは、私も事実だと思い
ます。『クロワッサン』で「時代の先端を行くキャリアウーマン」と誉め称え
られても、決して嬉しさを感じない何かがあったことも事実だと思っています。

 恐らくそれも、高島氏が指摘するように、男女の愛情に関わるものなのでし
ょうね。向田さんが長きにわたって妻子のある男性と付き合っていたことは、
今では良く知られた話です。そしてそのことが、作品や実人生に落とした影も
あることはあると確かに思う。最後まで「不安にかられていた」との分析は、
良く当たっているのではないかと、私も思っています。小説家としては深みに
欠ける、いい意味でのお嬢さまであったことも、これもまた確かなことだと頷
かざるを得ません。

 最後にちょっとだけいい話――。多くの例えを挙げられないのは残念ですが、
随所に「そんなことはあるはずがない」とか「あまりに手ぎわよくできている
ので、かえって小ざかしい」とピシャリと決めつけている高島氏ですが、やは
り向田邦子のストーリー作りのうまさ(結構の完璧さ)、言葉選びの絶妙さは
稀有のものだと、誉めている部分もあるのです。「ほとんど天才といっていい」
との記述もあります。やはり、高島さんもあるところで向田邦子のファンであ
ることを確認できるようで、ホッとするところです。

 と同時に、この本がいい意味も議論を巻き起こしてくれることを期待したい
ところです。ここしばらく、この本は話題を集めると思います。少し私事にわ
たってしまった、私のひとり言ですが……。


□■□ 後書きのつぶやき□■□----------------------------------------
「心の病と現代」
誰にでもある
心の闇

 梅雨。鬱陶しさもさることながら、日本の高温多湿には悩まされます。訳あ
って最近、アメリカ人の先生と話す機会がけっこうあるのですが、日本びいき
の彼も「ヒューミッド(湿気)だけは本当に苦手だ」と話しておりました。

 これも訳あって、最近流行りのパートワークブックに興味を覚えています。
飛行機や消防車の本はまだ買っていませんが、同じイタリアのD社から出して
いる『週刊100人』を愛読しています。このごろ見かける3号目は「アイン
シュタイン」。1号目は「ケネディ」で2号目は「ヒトラー」でした。

 これがけっこう良く出来ているのですね。よく調べて書いてあるし、文章も
非常にシッカリしている。私はもっと粗雑に作られているものとばかり思って
いましたが、不明を恥じたいところです。

 で、ここでことさらにヒトラーの狂気について書いてみたい訳ではないので
す。私が真に言いたいのは、人間の誰もに“狂気”が潜んでいることです。今
週18日(水曜日)に起こった、東京板橋区の散弾銃発射事件などもそうだと
は思いませんか? 「普段はとても大人しい人。あんな温厚な人がなぜ……」
といったところで後の祭りだし、やはりそこには人に対する気遣いのなさとい
うのが、どこか浮かんでくると思います。

 詳しい事情を知る立場にはないので無責任な言い方ですが、やはり騒ぎ過ぎ
たのだと、私は思いますね。この水島良作容疑者(58)が怒り出したのは些
細なことが原因だったといいます(テレビのチャンネル争いとか)。やはり、
そこには男のプライドが絡んでいたと思うのが、自然なことではないでしょう
か。「男のくせに…」とか何とか言われたのかナァ? 男の人なら分かります
よね。

 そこに警官隊。ましてや、施錠したドアを特殊工具で壊してまで、彼を追い
詰めていった。本人が銃の名手だとかそんなことは関係なく、やはり自分を追
い詰めるものに対する本能的な昂ぶり=爆発があったのだと思います。

 そんなことを考えているうちに、最近、自分が良く知っているかつての部下
だったライターの子が、少しばかり精神の病に陥っていることを知りました。
それだけでなく、今も自分の周りに心を病んでしまっている知り合いが数人い
ます。みんないい人、いい子ばかり。真面目であることも論をまちません。

 何がオカシイのかなぁ……。やはり、貧乏だったけれど夢があった、徹夜で
議論して自分や国の将来を話し合った――そんな雰囲気が消え失せたことも原
因しているのですかねぇ。お金がないことを誇ったような、かつての日本人に
あった矜持はすっかり消えました。

 あとに残ったのは、採算性と物質的な欲望だけ。ことさらに今が悪いなどと
言うのではなく、人に気を遣う――相手を決して追い詰めないようにすること
は、人付き合いの“基本”だと思うのです。これは私の長年の持論です。飲み
屋のおねえちゃんは何回も聞かされていると思うけどなぁー。

今週のことば……「住基ネット」
 正式名称は「住民基本台帳ネットワークシステム」。各自治体が持っている
住民基本台帳をオンラインで結んだもので、氏名、年齢、性別等11ケタの住
民コード番号を届け出れば、居住地ではなくとも本人確認が行える。覚えがあ
るように昨年8月から始動しており、行政機関への申請や各種届け出に必要だ
った住民票の写しが不要になっている。さらに、今年8月25日からは総合的
な稼動が始まることになっていて、全国どこでも住民票の交付が可能となる。
 しかし、本当に東京の人が北海道や九州に行って住民票が必要になる事態な
んぞがあるのですかねぇ――。逆にどこの自治体でも情報が引き出せるし、や
り様によってはアクセスが出来ることは専門家ならばよく分かる話。一部の自
治体では「個人情報の漏洩や不正使用の恐れがある」として、このネットに参
加していない。今後、これらの自治体がどうでるかも見物だろう。便利な点も
確かにあるのだろうが、危険性の方がはるかに高いと思われるこのシステム。
役人にやることはもっときちんと監視すべきだと思います。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
発行:メディア教育研究所 http://www.trimup.com/media/
配信先変更、中止はこちら → http://www.trimup.com/media/melmaga.html
ご意見、ご要望、お問い合わせはこちら → manchan@lapis.plala.or.jp
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ブラウザの閉じるボタンで閉じてください。