メルマガ:青い瓶の話
タイトル:「青い瓶の話」 No.63  2004/03/28


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 ■■■                  青い瓶の話
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 ■■■                                                余白とその弟子。
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                                                 2004年3月28日号 No.63
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●特集「切取線」 - 甘木君責任編集 -

○ intro - 短歌 - ・いたた
○「切取線余話」・森 輝秀
○「フキノトウ」・沼田 歩
○「ただそこにあるだけで」・きつむら むつき
○「星に帰れ」・佐藤 和茶

○「見える物と見えない物の部分と全体」
●「雑感」・森 輝秀

○青瓶 2502,2503

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○「さて空は青」・いたた



 鰯雲 入道雲に ちぎれ雲 さて空は青 散髪をする
 歯が抜けて 軒に投げるも 勘違い 屋根に放れば 祝う虹あり


いたた:nanashino89@yahoo.co.jp

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■「切取線余話」・森 輝秀


 10年近く前の話だが、学生の頃に、読売新聞社の主催するyominetというパ
ソコン通信ネットで「切取線」という題で、意図も連続性もない文章をいくつか
並べていた事がある。

 その頃に知り合ったのが北澤さんで、その「緑坂」はyominetで二千回以上続
いた連載だが、一青年の思春期以降の性格形成上で非常に強い意味を持つ二十歳
前後に、あの連載をリアルタイムで読んでいたことは、私にとってはわりと重要
なことであって、あの辺りから私のジンセイは本来の路線から緩やかにカーブを
描いて違う方向に行ったような気がするが、詳細は割愛する。あの頃、北澤さん
はチャットやオフ会などで「女のテキ」とか「按配の人」などと言われていた。

 その後、私は色々とあって(本当に色々とあった)結局、同じ名前でサイトを
立ち上げたのが三年前で、三年もやっていると、なんとなく薄いネットワークと
いうか同好の人々が集まってきて、知らない間に十数人になった。

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 今回、特集ということで、私達の文章を取り上げてくださるということにつき
まして、デスクの皆様に、この場をかりて御礼申し上げます。

切取線:http://kiritorisen.com
文責:telこと森 輝秀

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●「フキノトウ」・沼田 歩


 母の誕生日にとフキノトウを2鉢買った。食後母に贈ると父と母は「よく憶え
ていたね」と笑った。

 小学校5年生で今の家に引っ越してくる以前、僕は埼玉のある田舎町に住んで
いた。駅は町に1つだけ。町の中央を縦断する幹線道路から西には田んぼが広が
り、遠くその向こうに隣の市にある銀色の工業地帯が見える。まだ目の良かった
僕はタカラと読めたその看板から、あそこでオモチャが作られているのだと信じ
ていた。

 あの町から引っ越さねばならなかったとき、僕はかなり抵抗した。4歳のとき
に東京から引っ越してきてから6年、たくさんの友達と思い出を手に入れた。け
れど大人の事情の前には子どもの主張なんて霞んでしまう。それから随分経って、
あのとき父が過労から体を悪くしていたことを母から聞いた。

 町を去る前日母が庭の植木を整理していた。側で見ていると母は「これは向こ
うで買えばいいか」と呟いた。母は小さなキャベツのようなものを僕に見せ「フ
キの赤ちゃんだよ」と言った。

 その日の夜、父に小さなキャベツのことを言ったら「まだ結婚する前、お母さ
んとデートをしていたら道端にそれがあってね。知ってるか?あれ美味しいんだ
ぞ」と父は笑った。

 その後、僕はあっさり新しい町に慣れ、小学校の卒業文集には「住めば都」と
書いた。


沼田 歩:numata-ayumu@jcom.home.ne.jp
デザイナー

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●「ただそこにあるだけで」・きつむら むつき


 「ただそこにあるだけで」と題された花々に目を奪われた。日本画と色鉛筆画
でその花たちを描いたのは、親友の従姉、という非常に曖昧な関係の女性だ。今
年の冬、彼女の参加している絵画グループ展でのことだ。

 私は絵のことは詳しくない。というより門外漢だ。けれども、彼女の描く花の
躍動感や生命力は伝わってきた。なんというのか、どの花も飾り気がない。素顔
のポートレートのようで、ありのままの表情をしている。それは飾らなくとも花
は「そこにあるだけで」美しく、素晴らしいものだ、という彼女の創作視点をそ
のまま表現しているかのようだった。

 そのことをそのまま手紙に綴って感想を書くと、鮮やかなひまわりの絵はがき
が返ってきた。勿論彼女の絵だ。

 実を言うと私も彼女も病気もちだ。たまに「そこにあるだけで」本当にいいの
かと自問自答を繰り返してきた。それでも生きている。私たちも、花も。素顔の
まま、ありのままで。彼女の絵はそんな願いに裏打ちされている。それを見る私
も。

 ひまわりの絵はがきは机の横に飾った。


きつむら むつき:myu@funczion.com
ライター

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●「星に帰れ」・佐藤 和茶


「和茶、これどうだ」とおばあちゃんが唐突にハート型をあしらったダイヤのネ
ックレスを見せてきたので何かと思いきや、入学祝と成人祝(まだ早いけど)を
兼ねて私のために買った、と言う。値段を見ると9万円。

 うわあ、とは思ったのだが、ぶっちゃけた話、ハートはどうかと。そもそも貴
金属に興味がないのだが、更に輪をかけてハートはどうかと。おばあちゃんは期
待の目で私を見ていたのだが、ついつい正直な孫の私は「あ、買っちゃったんな
ら別にそれで良いよ」とか何とか言ってしまった。その時のおばあちゃんのがっ
かりした顔。・・・ごめんなさい。

 よく話を聞いてみると、知り合いの宝石商さんから借りてきただけのもので、
まだ他のものと変える余地はあるとの事だった。フォローするべく、どうせなら
色々見て選びたいな、と言ったところ、おばあちゃんは即電話をしてその宝石商
さんを家に呼び、そこから唐突に宝石選びin和茶家の開始。でもですね。ぶっち
ゃけ全然興味が(以下削除)

 花形とかハート型とか十字架型とか色々あったのだけど、まさかどれでも良い
とは言えず、結局ぽちっとダイヤが一個だけついた、ものすごくシンプルなもの
を買ってもらった。でもですね、ダイヤって数じゃなくて大きさじゃないですか。
ぽちの方が高いんですよ。消去法で選んだネックレスがなんと12万円。罪悪感
で胸が潰れそう。

 でも、もしもの時は質に入れればお金になるかな。なんて事を考えてしまった
自分に心の汚さを感じた。婆不幸モノめ。星に帰れ!


佐藤 和茶:km1217@jcom.home.ne.jp
学生

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●「見える物と見えない物の部分と全体」・森 輝秀


実像のない不安と
色のない部屋の中で
機械のファンの音だけが
不愉快に低く響いている

幾本か古いヴィデオを観て
それは殺し屋の映画と
モノクロの情愛物語と
一見哲学的なSFで

つまらないと思っているのに
消してしまうのを恐れ
いつの間にかその映像の中に
見える物と見えない物を探そうとしている

例えば
私は物言わぬ殺し屋
私は置き去りにされた情婦
私は理性を失った宇宙船

私は
使われないカップ
壊れたボールペンシル
埃で汚れた机の上
見える物と見えない物の部分と全体

私はそれを眺め
私はそれに触れ
私はそれを傾け
私はそのことを忘れる


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●「雑感」・森 輝秀


 ネット上で知らない人と知り合いになるのがとても楽しい時期というのが
確かに存在するが、そういう気分は時が経てば自然に薄れてくるのが普通だ
と私は思っていたのだけれど、そうでない人もいるようだ。大きなお世話か
もしれないが、ネット上でたくさんの友達を作っても、あまり良いことはな
い。どちらかというと悪いことがおきる可能性のほうが高い。中学生ならば
ともかく、いい歳をした大人がメル友の数を誇ったり、結構な数の相互リン
クのページを作ったり、切りの良いアクセス数を取ったと掲示板で報告する
のは、できれば最初の半年程度にしたほうがいいかもしれない。

 ここ数年、ソーシャルネットワーキングとかウェブログとか、新しい形の
コミュニケーションツールがちらほらと出始め、インターネット全体として
は、情報の取捨選択や人間関係の構築において質的な底上げをする機運も高
まってきているようではあるが、私個人としては、友達を作ったり特定の情
報を発信する為にサイトを運営しているわけでもないので、あまり興味がな
い。「流行り物に手を出すとろくなことがない」という経験則に則り、今後
もできるだけ地味に文章を並べて行くつもりである。

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 文芸とか詩というものはどこまでも個人的な作業であって、コミュニティ
ー的なものとは相容れないものだと思っている。また、文章で何かを表現す
るという行為は、どこかで一定の敷居の高さというものが必要で、そこで生
まれる作品の質は、自分で自分の意識をその高さまで追い込めているかどう
かで決まるような気がする。つまり自分で自分を批評する精神がなければ、
何を書いても意識の垂れ流しに過ぎないだろう。その上で、第三者の冷静な
目というのも重要である。

 もちろん表現の自由があるので、垂れ流しは構わない。ただし芸術や文芸
という世界には、どろどろとした人間関係や妙な選民意識、嫉妬や被害妄想
などの感情が思いの外多く、突き詰めると一種の病理といって差し支えない
状況もあるので、うかつに手を出すと手痛い目にあうこともある。こういう
ことは私自身にも跳ね返ってくるので、安易なコミュニティーに頼ることな
く、できるだけ一個人として立場と「作品本位」の姿勢とを維持し、それな
りの自己規制をひいているつもりではある。


森 輝秀:tel@kiritorisen.com
広告代理業

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青瓶 2502
                ウェイト・ティル・ユゥ・シー・ハー 3.




■「夜の魚」一部にこんな記述がある。

  生麦を過ぎた。製鉄所の煙突からガスの炎がでている。
  車で通る時は気付かないが、はっきりと匂いがする。
  車体の内側に躯を倒す形でコーナーを廻る。頬が引きつった。ガラスのゴ
  ーグルをしていても、風が直接当たるのだ。S三○のZが先を走っている。
  ワタナベのホイルに太いタイアを履き、マフラーも太い。二八○○CCに
  はなっているだろう。
  懐かしいL型だ。
  加速して並んだ。一五○まで出した。横浜駅の上で奴はシフト・ダウンす
  る。
  野太い排気音を巻き散らし、トンネルに下ってゆく。
  いけるじゃないか。
  私はなんとなく納得をしていた。これが最後になるのだ。



■ これを書いたのはほぼ十年前だと覚えている。
 三十代前半。まだ牛丼が四百円だった頃だ。
 当時乗っていた銀色のドイツ車はパワステからオイルを漏らし、私は人形町
の辺りで、パワステのベルトをカッターで切った。
 ケンメリのスカGに36パイのナルディくらいの重さのそれを、半年ばかり乗っ
たように覚えている。



■「夜の魚」は、小嵐九八郎先生に望外のお褒めを戴いた。
 大手出版社に紹介の労をとってくださるとも言われた。
 小嵐さんが缶詰で高輪のホテルにこられているとき、これからこないかとの
電話が留守電に入っていた。
 私はすこしばかり迷った末、お邪魔することを遠慮した。
 何故なのかは分からない。
 爾来、先生とは年賀と時折の書中のお付き合いをさせていただいている。


04_02_29
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青瓶 2503
                空を切り取る。




■ 本青瓶MMは、甘木君ことtel氏、実名森氏の編集になる。
 この実名というところが結構大事なところで、青瓶というのは原則として実名
制、フリーメールを認めないというスタンスで運営している。実名の中には社会
的実名を含む。
 ま、それはそうではないですか。
 匿名でいくらエラそげなことを並べていても、ナニほどのこともない。
 モノを言うからには一定の覚悟をしていただく、というのが前提条件である。
 が、実際はそう厳密に区分けしているものではなく、女性や隠居願望の強い先
輩などには例外を認めている。



■ なんというか、ネットの世界を嘗めてんじゃないの、と思えるような出来事
が何度か続いた。昼間は充分に堅気、夜には別の女(男)なのよ、とでもいうよ
うな、別のひとになりたいという願望を丸出しにした精神を眺めていると、君、
下着を洗ってから写真を撮りたまえと言いたくなる。
 表現ってそんなもんじゃないよ。



■ tel氏の「雑感」は、yominet時代、定番連載のひとつだった。
 パソ通から、有料会員制のインターネットサービスに移行してからもそれは続
いた。
 時折書いている詩は、残された少年の心を深夜確認する作業の果てでもあるが、
ある種批評を書かせると、性格の悪さがほどよくブレンドされ、再読モットモだ
と唸らせる独特の視点があった。薄い毒と屈折。
 だが、10余年を経てその毒は充分にコントロールされるものになった。
 裏にあるホンネを読み取るには修行が必要だろう。こんなもんじゃないんです
ね。
 彼が「本当にいろいろとあった」と書いている時は、ほぼ泣いているのである
が、これからもあんだあよ、とひとこと申し上げたい。
 今回編集された何人かの方の作品も、遠くから眺めていると一定の質と方向を
持っていることが分かるだろう。
 つまり「切取線」は、青春が振り返る余白のようなものなのだ。
 切り取られたそのときの空。
 また書いてください。


04_03_25
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●本日のウダツ。
・青瓶編集部では、サブデスクを募集します。Web、CGIなど一定の経験者。
 MTGがありますので、東京都内在住。
 性別体重Bカップ不問。ギリ(専門用語で上納金)あり。修行はカコク。
 実態を知りたい方は、下記の青瓶デスクまで。
榊原(ur7y-skkb@asahi-net.or.jp)
平良(taira.s13@mbh.nifty.com)

・一部正確でないところがあります(榊原)。
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■「青い瓶の話」                              2004年3月28日号 No.63
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□編集長:北澤 浩一:kitazawa@kitazawa-office.com
□デスク:青瓶軍団:URL まて次号。
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