メルマガ:青い瓶の話
タイトル:「青い瓶の話」 No.61  2004/02/29


――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ■■■                  青い瓶の話
 ■■■
 ■■■                                                      二月尽。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
                                                2004年2月29日号 No.61
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●「二月の電線」vol.2

○「ブラジリアン・ホームレス・サムライ」・渡邉 裕之
○「二月の電線 後編」・戸越 乱読堂
○「雷猫」・平良 さつき

●「『青い瓶の話』ロゴタイプデザイン」・三浦 貴之

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●「ブラジリアン・ホームレス・サムライ」・渡邉 裕之


 基地からの仕事の帰り、助手席のオスカーが「寒い寒い」としきりにいうから、
浦賀方面へと道を替えた。黒船ラーメンで暖かいものでも食べようと考えたから
だ。

「ミタニ・コーキのドラマはいーね。登場する人たちがとてもがんばっている。
あの青年たちの心意気を、今の日本の若者たちは忘れ過ぎているよ」

 ラーメン屋の名前で思い出したのか、天然パーマでやけに黒い髪を後ろで束ね
たオスカー古城青年は、豚骨ラーメンを食べながらしきりに憤慨している。

「アンデー、僕はリオ・デ・ジャネイロで柔道をやっていたから、彼らの気持ち
がとてもわかるんだ。ドラマの展開がとても楽しみ。彼らはがんばって修行して
成長して、あの……なんだっけ?12月になるとテレビでよくやる、アンデー、な
んだっけ?あの雪の日、黒と白のキモノ着て仇打ちをする人たちに成長するんで
しょ?」

 キモノっていえば、昨日のこと覚えているか? アリ・ヘマディがアパート代
を払うために石川に借金をお願いした時、石川がいった言葉。「無い袖は振れな
い」っていったんだぜ!

「見たよ!アンデー、僕も事務所にいたから、石川課長のその仕草も見たよ!あ
いつ、ホントーに、あの地味〜な色のスーツの袖を振ったんだよ、こうやって、
こうやって!!」

■REPLAY■■■その時の映像をスローモーションでもう一度見てみよう。2004年
2月2日午後4時20分。オレンジ色の太陽に光射し込む「有限会社石川ビルメンテナ
ンス事務所」。11人中たった2人の日本人のうちの一人、石川昌男59歳は、外人
労働者に囲まれながら、薄い唇を少しゆがませて、そのやせた体を包む紺色のス
ーツの右腕をゆっくりゆっくり振っている。サム・ペキナパー監督なみのスロー
モーション映像。ビンセント・ギャロに似たアンディ・キャヴァリエ31歳は、そ
の目で確かに見た。夕焼けをバックに動く石川の腕の下にゆったりと揺れる振り
袖を。

 洋服似合ワネーヨ!黒船が来てもう数百年たっているっていうのに、日本人は
まだキモノを着ているんだよ。しかしオスカー、おまえはオスカーなんて名前だ
けど、ほんとに日本人の顔しているな。

「アンデー、それは違うよ。僕はブラジル人。アンデー、僕のママが幽霊に出会
った時の話、したっけ?僕のママがまだ若かった頃の軍事政権の頃の話、リオに
はものすごい数のホームレスがいたんだよ。すごく目障りだから、ある日、『ど
こか海外旅行でもしない?』ってホームレスを集めたんだって。それで全員飛行
機に乗せたのさ」

 アフリカにでも戻しちまったんだろ?

「違うよ、ウンベルト・デ・アレンカール・カステロ・ブランコの時代はそんな
甘くない。飛行中、ドアを開けてホームレスを次々と突き落としちまったのさ。
ほんとに酷いだろ、わが祖国は!話はそれだけじゃないんだよ、アンデー、それ
から一週間後のこと、教会からの帰り、まだ若いママはすごい光景を見てしまっ
たんだ。ふと見上げるとホームレスの幽霊がずらっと並んでいたんだって。それ
もカラスの群れみたいに電線の上に全員立っていたんだ!ホームレスたちはもの
すごい形相でママのことを睨んだって。その時、ママはこういったんだ。『あな
たたちが飛行機から捨てられたとしたら、私の父と母は沖縄から出てきた船から
捨てられた者です。そんなに怖い顔をしないで下さい。私とあなたたちは仲間な
んです』って。そういって助かったママの子供だよ、僕は。だから僕は日本人じ
ゃないよ」

 そのホームレスの話で思い出したけど、オスカー、知っているか?石川のとこ
ろの息子、あいつ多摩川でホームレスのジーサン、溺れさせたってこと。河原で
脅して洋服脱がせ裸にさせて冬の多摩川で泳がせて、岸から石ガンガン投げて。

「あのユキオ?あいつ!DA PUMPのイッサみたいな顔している子?」

 それから店内にDA PUMPの曲が流れて、俺たちは顔を見合わせて笑った。レジ
でお金を払い外に出た。店の前に停めた車に乗ろうとすると、ちらちらと粉雪だ
った。

「ひゃー今日、雪だよ。ねえ、アンデー、今夜、雪の日、石川課長の家の周りを、
ホームレスの幽霊が取り囲むかもね」

 それから俺とオスカーは、浦賀の街の夕暮れの空を見上げた。オンタリオに電
話をかけなければ。浦賀の空には目障りな電線が何本もあって、曇った空から白
い雪が少しづつ少しづつ降ってくるのだった。

「アンデー、聞いてる?47人のリオのホームレスが仇打ちのために空からやって
きて、電線の上に立つんだよ。押忍!っていいながらね」


渡邉 裕之:hiro-wa@qa2.so-net.ne.jp
ライター

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●「二月の電線 後編」・戸越 乱読堂


 口が重いのは雪国の男のならいだ。口数が少ないのは良いのだが、この男の場
合、一旦話し始めると途端に長広舌となる。しかも途切れ途切れなので一層時間
がかかる。おまけに口を開けば火事の話ばかりだ。いくら焼け出された後だとは
言え少々気味が悪い。そう思っている私の心を見透かしたように男が話を始めた。

「土壇場で生死を分けるのは全く運だけよ。あの時だって生き残れると思って土
蔵に入ったんじゃない。質屋の旦那に『中へ!』と誘われた時だって、『中に入
ったら逃げ場がない。蒸し焼きになる』と思って…。でも、辺りを見回しても炎
の切れ目がない。火の粉だけではなくて、炎に煽られた板やなんかも飛んでくる。
どうにも熱くてたまらないので死ぬ前にせめて人心地つきたいと思って蔵の中に
入ったのさ。中には質屋さんの家族と奉公人20人ほどがいたっけ。ウチらのよう
に通りすがりで呼び込まれたのも7、8人はいた。奥さんが耶蘇で「信仰・犠牲・
奉仕」を信条にしていたんで入れてくれたんだそうだけど、出来ることじゃぁな
い。奥さんは幼子を抱いて賛美歌かなんか歌っているんだが、旦那の方は法華で
ね、「妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」とお題目をあげている。小僧たちは扉の隙
間を練った味噌で目塗りしていた。大きな隙間があると火の粉を呼び込んでしま
うらしいね。そのうち蔵の中が温まってきて、『ああ、もうしばらくしたら、こ
こで蒸し焼きになるんだ』と覚悟を決めた。外からの熱気で味噌が良い匂いして
いた。蔵の中が暖かくなると眠気が出てきて、やがて寝ちまった。目が覚めると
蔵の扉が開け放たれてた。地面から湯気が上がって靄みたいに見えた。後で聞い
た話だと、この蔵はそれまでに二度火事に遭っているんだそうだ。中に避難した
のはその時が初めてらしいが、二度とも中の品物はなんともなっていなかったら
しい。それで、旦那がとっさに蔵に逃げ込むことを思いついたんだ。助かったの
は近くではウチらだけ。質屋の旦那と奥さんには感謝してるよ。着る物までいた
だいちまって。『もう請け出しに来る人がいなくなってしまったから』って泣き
ながら奥さんが風呂敷に包んで下さった。おれはそれを自分で着ないで隣町で売
った。『焼け出されです』と言ったら良い値で買ってくれた。助かったさ」

「北海道に火事が多いってのは聞いたことがある。でも、あんたはもっと火事に
縁があるみたいだな」三つ目の火事の話を終えた男に、私は多少皮肉っぽくそう
言ってみた。

「へ」男は軽く笑ってまた黙り込んだ。

 一体、生涯に三度も四度も火事で焼け出されたりするものだろうか?戦災であ
れば分らないでもない。しかし、これまで聞いた話は男の歳から考えればいずれ
も戦争前の話のようだ。いくら火事が多い北海道にしてもここまで火事に居合わ
せるものだろうか?「ひょっとしてこの男」と思い始めたらまた話が始まった。

「終戦の年の二月に映画館の火事があったんだ。知っているかい。80人くらい死
んだはずだ。でも、戦争が終わるまでは軍機扱いだった。夏までは報道管制で新
聞にも載らなかった。いや、禁止されていなくてもペラ2ページの新聞じゃ田舎の
火事なんか記事にしないさ。80人死んだと言っても戦地や大都市じゃ毎日もっと
亡くなっているんだから。原因不明ってことになっているって?ありゃ付け火じ
ゃないの?そうでなくては映画館が火事になったりしないべ。映写室から火が出
たんじゃないんだから。余分な火の気なんかなかったさ、あの頃は。小さな町だ
ったけど、映画は久しぶりだったし、扉が半開きになって廊下まで溢れる入りだ
った。普段は人を入れない二階席まで客入れて、死んだのはほとんど二階の客だ
った。2階の窓が冬で雪を防ぐために板っ切れ打ち付けてあって開かなかった。
それに表玄関の辺りから火が出たんで、逃げ場がなかった。非常出口もあったん
だけど場所を知ってた人なんてなんぼもいない。知っていても表に出ようとする
人の流れに逆らって舞台の裏になんかゆけるものでもないっしょ」男は興奮気味
に話を続けた。

 私は感じていたことを口に出した。

「あんたがつけたんじゃないの?映画館だけじゃなくて、銃砲店の火事も質屋の
火事も。子供の時の火事では逃げた話だけれど、後はあんた見ているよね。火事
を。冷静に。生涯に何度も火事に遭うことはあるかもしれない。あんたの話は3、
4歳の頃の火事では『恐い』とか『恐ろしい』って言ってたけれどあとの話は随分
冷静に見ているよね。一度懲りていたらとにかく逃げるのが人間の本能なんじゃ
ないかな。あんたが放火したんじゃないの?」そう言って男の方を見た。

 男は表情も変えないまましばらく口をつぐんでいた。ちょっと緊迫した空気が
公民館の広い部屋に漂った。気まずい沈黙に私は「冗談ですよ」と空気を和まそ
うとした。それを制するように男は小さく微笑んで「ふっ」と声にした。外で風
が強まった。電線が風に泣く音が高まったようだ。固くなった雰囲気は戻らなか
った。その後は二人とも沈黙を守った。やがて、夜が来て近所の家から差し入れ
られた夕食を無言で食べて床に就いた。

 私は眠ることが出来なかった。男が本当に放火魔だったら、私をそのままに置
いてはおかないだろう。今晩辺り、私が寝入ったところに公民館に火を放ったら
と思ったのだ。身を固くして眠るまいとしたが、やがて眠り込んでしまった。翌
朝、雪原に照り返って一段と眩しい朝日がカーテンのない二重窓から差し込んで
私はようやく目を覚ました。男の布団は空だった。その後、私は彼を見ていない。


戸越 乱読堂:fabulousboy@anet.ne.jp
隠居(編集部注:願望であります)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●「雷猫」・平良 さつき


 カミナリ好きの猫を飼ったことがある。空がごろごろ言い出すと、窓辺から動
かなくなる。稲妻が光る度にしっぽの先がぴくぴく動く。おもちゃを投げても、
買い物袋をかさかさしても、振り返ってくれない。
 しかたがないので一人炬燵でお茶を飲む。縁側で新聞を読んでいる、父の背中
を思い出しながら。


平良 さつき:taira.s13@mbh.nifty.com
青瓶デスク

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●「『青い瓶の話』ロゴタイプデザイン」・三浦 貴之


 編集長より話を受け「青い瓶の話」ロゴタイプを制作する事になった。ロゴタ
イプは、今回リニューアルした表紙にも使われている。

 話を受けた時点で既に頭に描いていた事があった。
 ひとつは精度。現在青瓶はMMやサイト等、ネットでの展開をしているが、それ
らで使用する低画質画像だけではなく、印刷にも十分に使用できる水準を持たせ
たいということ。
 もうひとつは使用する書体。僕が以前から気に入っているロゴタイプがあり、
その書体の持つ安定感やしなやかさが、青瓶のイメージに合うのではないかと考
えていた。この書体を参考にしたロゴのイメージが頭の中で既にできていたのだ。

 しかし、そのイメージをカタチにしていくのは容易な事ではない。
 パソコンにインストールされた書体のように、タイプして描きだされる物では
ないのだ。
 制作の7割は方眼紙への下描き作業。参考にしたロゴタイプを基にして「青い
瓶の話」へ書体を翻訳しなくてはならない。
 数種類の書体を使い両者を比較しながら文字の骨格を決め、そこへ肉付けして
いく。「とめ」「はね」「はらい」(▼注)を丁寧に作りこんでいく。
 頭の中にイメージがあるとはいえ、この作業には非常に時間がかかった。

 出来上がった下描きをスキャンする。ここからはパソコンを使い、描き出して
いく作業だ。
 線がぎこちなくならない様にするのは当然だが、パソコンを使うと時として無
機質な仕上がりになってしまう事がある。「青瓶」の空気感を表現するために慎
重に描き出していく。

 プリントアウトしては修正を加えていく。ひと文字の大きさは5センチ位、そ
れでも小さいのかもしれない。
 ある程度仕上がったところで文字を縦、横に組み、日頃目に付く場所に貼り付
けた。数日間眺めて気になった場所を修正し、文字に関してはこの段階でほぼ仕
上がる。

 ロゴタイプとして完成させるには「文字組み」という作業が重要になる。文字
の配置ひとつで全体のイメージが大きく変わるからだ。
 何度もバランスを見ながら詰めていった。この作業にも相当時間を使ってしまっ
たがその結果がサイト表紙に使用されているロゴタイプになる。

 ロゴタイプの制作は非常に大変な仕事ではあったが、作業が進むと同時に少し
ずつカタチが見えてくると、自然と面白くなりモチベーションも高まっていった。
 最終的な仕上がりはシンプルだが自分の持つ技量から考えれば、イメージをあ
る程度の水準で表現できたと思っている。
 しかし時間が経つと共に、より細かな部分へ手を加えたくなるだろう。本来の
良さを消さないためにも作り込み過ぎは控えたいが、今後もう一段階上の仕上が
りを目指したいと考えている。


▼(注)文字の骨格は点画の組み合わせからできている。
 これらの要素に統一したイメージを持たせるためのデザインを加え書体を制作
していく。形状・太さなど、細部の仕上がりが全体に影響する重要な部分でもあ
る。

三浦 貴之:t_miura@mbi.nifty.com
青瓶デスク

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●本日のウダツ

・ウダウダ言いながら、青瓶のサイトがリニューアルされた。
 表紙はつげ義春さん。かつて読売新聞社が運営するインターネットサービス、
yominet、文芸フォーラムに掲載し原稿もいただいた。その流れからである。
 なかなか雰囲気のあるデザインに仕上がったものとおもう。
 ADは北澤。テンプレート制作は三浦。html実装は榊原。
 本デザインのポイントは、言うまでもなくデスク三浦氏が作成したタイポグラ
フィである。
 性格の悪い編集長から没をもらうこと十数回、若者はヤサグレて旅にでたりも
した。旅に出てもロバは馬にならないと山本夏彦氏はひでーことを書いていたが、
ものごとには例外もある。デザイナとしていい仕事をこなしている。
 このタイポは、青瓶デスクの名刺にも使用した(名刺あるんです)。

・昨今、Webデザインの世界も二極分化が進んでいる。
 質よりも量といいますか、デザインの放棄といいますか、まあ好きにしてくだ
さいの世界なのだが、じたじたと次ゆこう(北澤)。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 原稿を募集いたします。次回のテーマは、
■「花について」
 締め切り:3月21日(日)24時とさせていただきます。
 発行予定:3月下旬
 宛て先 :下記の青瓶デスクまで。
榊原(ur7y-skkb@asahi-net.or.jp)
平良(taira.s13@mbh.nifty.com)
 もちろん、テーマ以外の題材も可。

・花といっても様々であります。花と女。それから男。残る花。雨の花。
 サクラ咲く咲く、女は逃げる。愛はいつもつかのまー。酒切れた。
 ま、そこは流れで。


(感想はコチラへ)
BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■「青い瓶の話」                              2004年2月29日号 No.61
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
□編集長:北澤 浩一:kitazawa@kitazawa-office.com
□デスク:榊原 柚/平良 さつき/三浦 貴之
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
登録/解除:http://www.kitazawa-office.com/aobin/ao_top.html
投稿募集/Press Release/感想問い合わせ:kitazawa@kitazawa-office.com
Copyright(C) 2004 kitazawa-office.All Rights Reserved.禁無断引用・複製
http://www.kitazawa-office.com/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ブラウザの閉じるボタンで閉じてください。