メルマガ:青い瓶の話
タイトル:「青い瓶の話」 No.58  2004/02/03


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 ■■■                  青い瓶の話
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 ■■■                                               Blues For Hare.
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                                                2004年2月2日号 No.58
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●「兎とサングラス」vol.1

○「やる気のないバニーガールの時代」・渡邉 裕之
○「兎小屋便り」・石田 由宇
○「ピンクの雪」・山本 優子

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●「やる気のないバニーガールの時代」・渡邉 裕之


 カレは、毎朝通勤で乗るバスで、ナガエバシという停留所を過ぎると、いつも
窓の外を見てしまうのだという。その看板はマンションのリフォームなどを中心
に行う工務店の看板なのだが、そこに描かれた絵が気になるからだ。

 それは少しばかりくすんだオレンジ色で描かれた立っている人物のシルエット
で、頭にウサギの耳がついている。たぶん、これが工務店のシンボルマークらし
いのだが、それにしてはなんだか間が抜けている。ウサギの左耳が少しばかり曲
がっていて、体のラインからすると女性なのだけど、そのラインがぴっとした線
で描かれていないせいで、全体としてなんだかだらりとしていて、看板のオレン
ジ色のシルエットを見るたびにカレの頭には「やる気のないバニーガール」とい
う言葉が浮かびあがってくるのだそうだ。

 それは9年前にその街に引っ越してきて、その街から職場に向かう最初の朝に
看板の絵を見た時に浮かんだ言葉で、それから私と会うまでの8年間、月曜日から
金曜日の毎朝「やる気のないバニーガール」という言葉を、ただ言葉として思い
浮かべていたという。

「君の仕事の仕草を見た時、その時代がまたやってきたんだと思ったよ」と、昨
日カレは私の鼻をつついていった。

 私たちはホームセンターの金属素材売り場の店員をしている。カレは20年以上
もこの売り場で働いているので、何かがあるとみんなカレに質問をすることにな
る。
「ガーファンクルさん、この金属板はハンダづけができるかな?」
「いや、それはステンレスだから無理です。ハンダづけできるのは鉄、真鍮、そ
れに銅だけですよ」
 こんな具合に。

「ガーファンクルさん」というのは、職場でのカレのあだ名で、サイモン&ガー
ファンクルの人みたいに髪はくせ毛でモジャモジャしていて、額もあんな感じで
後退していて、顔も繊細そうなのだ。すぐに辞めてしまった短大では研究室に行
ったことがなかったからよくわからないが、大学の研究室にでもいるとぴったり
の雰囲気の人だと私は思っている。

 ガーファンクルさんは私を四つん這いにさせて、後ろからするのが好きだ。最
後は私にいやらしい言葉をいわせてお尻に精液をかける。私たちはそれから少し
の時間眠るのだけど、その後、ベッドで私に話をしてくれる。

 それは「やる気のないバニーガールの時代」の話だ。

 その時代は「娼婦になりたい女の子の時代」が終わってからやってきたという。
因に「娼婦になりたい女の子の時代」は草月ホールのピアノを破壊して、その素
材で作った祭壇に、まっぱだかの少女・草間弥生が祀られたところから始まった。

 私は中学校に行くことができない時代があって、その頃、ノートに色鉛筆でツ
ブツブがいっぱい広がる絵をずっとずっと描き続けていた。このことを歓迎会の
二次会で話した2、3日後のホームセンターで、エプロンを付けたガーファンクル
さんが渡してくれたのが、草間弥生という人の本だった。だから、その人のこと
はよくわかっていて、「娼婦になりたい女の子の時代」が、どんな時代なのかも
イメージでわかるのだった。

「やる気のないバニーガールの時代」が始まるのは、「宝島」が今とはまったく
違うものすごく素敵な雑誌だった頃の編集室からだという。

「編集長はウエクサ・ジンイチというカッコイイじいさんだった。文章もコラー
ジュもうまいけれども編集センスもすごくあって、楽しいコラムがいっぱいの雑
誌を作った。コラムニストの選び方がよかったんだよ。戦後20年間ずっと団地の
四畳半に潜み続けてガリ版詩集を出していたスズキ・シローヤス、万博の広場で
行われたフォークソングの集会で、学生たちに粉砕されそうになった時も歌い続
けたというジャズ歌手、ヤスダ南、そして当時『時計じかけ失われた恋人たちよ』
という映画で大人気だった桃井かおりさん。その桃井かおりさんが書いたコラム
が『やる気のないバニーガールの時代』の始まりを告げたんだよ」
と、はだかのガーファンクルさんは私に話してくれる。

 私はオシャレが好きじゃない。デザイナーを体に憑依させたくないからだ。だ
けど部屋をいじるのは好き。私のアパートは西荻窪にあって、部屋の中は私のセ
ンスで統一されている。その部屋にガーファンクルさんは昔の雑誌やレコードを
家から運び込んできてくれる。桃井かおりさんの文章も、彼が運んできてくれた
「宝島」1974年1月号で読んだのだ。

 それはこんな文章だった。
「実のところ、あした目がさめたらすっかり、ソンナカンジが腹の中になくなっ
ているんじゃないかと『それじゃあ』とあせってほんとうに子供をはらんでみた
りしても、やっぱりそれは出てゆく気でやってきているのだからうらぎるんじゃ
ないかと、考えがまわりくるって、とってもねむってなどいられないのだ。
 これはきっと、最近、私、社交場にされていて、たくさんの人たちが知ったふ
りして、簡単にどんどん私をくぐりぬけていってしまうものだから。
 何も体の中につきさしてこないものだから、自分の腹の中とレズっている。
 ソンナカンジなんだろう」(「はらみのカンジにも似て」より)

 この文章には「娼婦になりたい女の子の時代」のシッポがあるんだけど、これ
から始まる「やる気のないバニーガールの時代」の感じがよく出ているとても素
晴らしい文章だ。私はこの感想を「はてな」に書いた。

 今みたいにうるくさくない時代の昔の渋谷、東急文化会館の5階にはカウンタ
ーだけのホットドック屋があった。おもしろい映画をたくさんやる映画館の隣と
いうこともあって、そこにはおしゃれな若い子がいっぱいたむろしていた。そこ
にいくと何人もの「やる気のないバニーガール」に会えたのだという。その子た
ちはあまり男の子に興味がなくて、「これからは田舎で暮らす」という計画に夢
中で、金子功・立川ユリ夫妻を尊敬していて、お金がなくなると「週刊プレイボ
ーイ」の(今とは違ってものすごく凝っていた!)表紙の仕事をしたんだそうだ。
 
 ガーファンクルさんの奥さんも元「やる気のないバニーガール」だった。40代
になって子供ができないことが確定してから、奥さんはタイのエイズに関する施
設のボランティアに力を入れるようになり、あの頃のことは忘れきってしまった
という。「子供がいない自分は不真面目になりそう」という絵葉書が最近きたら
しい。

 当時「やる気のないバニーガール」たちがいつも心の中で思っていたことは
「世の中のことなんてクソくらえ!」と「自分のお腹の中とレズっているのがい
い」だった。私はその言葉が大好き。今はまだ、そんなふうにきっぱりとはいえ
ないのだけれど。
 
 私たちはほとんど外で食事をしたりしない。ベッドで過ごすか、部屋で本を読
んだりコラージュをする。ガーファンクルさんは「早くウエクサ・ジンイチみた
いになりたい」といって、昔の雑誌から写真やイラストをハサミで切り取り、私
の中学時代のノート、カラフルな小さなツブツブが描き込まれたノートの上に、
写真やイラストをペタペタとコラージュしていく。

 私は斉藤英生という、70年代の「anan」に時々出てくる、ウサギみたいに歯の
出たお気に入りのモデルさんの写真を切り取ってノートに貼り込む。それから写
真の頭の部分にルイス・キャロルの絵本からから取った耳をつけてみた。

「じゃあ、今度は僕ね」といってガーファンクルさんは、「フォークリポート」
という雑誌から一人の男のモノクロ写真を切り取ってノートに貼りつけた。それ
は細いズボンを履いたおかっぱ頭の男で、私たちのことをきつく見つめていた。
その顔にカレは素早くマジックで真っ黒いサングラスを描き込んだ。


渡邉 裕之:hiro-wa@qa2.so-net.ne.jp
ライター

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●「兎小屋便り」・石田 由宇


 その女性は小学校の教師だった。
 彼女は長い髪をうしろで束ね、黒い縁の眼鏡をかけていた。
「子供ばかり相手にしていると色気なんかなくなっちゃうのよ」
 そう云うと彼女は目の前のショットグラスを一息で空にした。
 タリスカーのストレートを、である。
 この強烈な香りを持つスカイ島のシングルモルトをチェイサー無しであおる女
性はそ うはいない。
「同じものを」
バーテンに向かって空のグラスを差し出すと、私の方を見て
「いいでしょ?」
と尋ねた。
 私は頷いて、ついでにキャロットスティックを注文した。
 彼女は、言葉とは裏腹にひどく艶っぽい表情を見せた。

 その日の夕暮れ時、小学校の校門のところで私は彼女を呑みに誘ったのだった。
彼女は驚いた顔で私を見つめ、一瞬の躊躇の後に小さな微笑みを浮かべながら
「いいわ」と云った。

 バーのカウンターに座り、私たちはいろいろな話をした。
 彼女は繰り返し我が身の男運の無さを嘆き、私は「Fly Me to the Moon」の歌
詞に関わるジョークを披露した。
 私が彼女の衣装を褒めると同時に五杯めのグラスが彼女の前に置かれた。
 彼女の水色のワンピースは長目の膝丈にシンプルなシルエットで、女教師に相
応しい奥ゆかしさがあった。
 ところが彼女は私の賛辞を額面どおりには取らなかった。
 小さなため息をつくと吐き出すように云った。
「子供ばかり相手にしていると色気なんかなくなっちゃうのよ」と。

「先週の日曜日もウサギ当番」
グラスをなめながら彼女がつぶやいた。
「日曜日だって言うのに私、一人で学校に行ってウサギに餌をあげて小屋の掃
除をしていたの」
そう云うとグラスを空け、バーテンにおかわりの合図した。
「いつも私なの。新米だから押し付けられるの」

 彼女の口調が暗くなっているのを感じて私は悲しくなった。
 何故なら私はそんな(日曜日にウサギの為に学校に行く)彼女が好きだったか
らだ。
 私はその事を彼女に伝えて、元気を出して欲しいと云った。
 貴女の事を素敵だと思っているのは私だけじゃない、とも。

 彼女は私を見ると少し微笑んだ。
「ありがとう。やさしいのね」
 私は彼女の笑顔を見て嬉しくなった。

 私は目の前のキャロットスティックの最後の一本をポリポリと噛った。
 七杯目のグラスを手に彼女は云った。
「何故誘ってくれたの?」
私が黙っていると彼女が続けた。
「日曜日のお礼?」
 突然彼女は怒ったように私を睨み、私がかけていたサングラスを奪い取るとカ
ウンターに置いて云った。
「赤い目を隠せばばれないとでも思っているの?帽子の横から耳が出てるわよ。
まったく。ウサギに同情されても嬉しくもなんともないわ!」

 言い終わると彼女はカウンターに向き直りチェイサーを一口飲んだ。
 そんなに怒ってはいないようだった。
 目の端が笑っていたからだ。

 今度の日曜日はキャベツだけじゃなくニンジンも混ぜてくれるようにと、私は
おずおずと云ってみた。
 彼女は私の方を見ないで小さくうなずいた。


石田 由宇:yishida@m2.pbc.ne.jp
自営業

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●「ピンクの雪」・山本 優子


 2ヶ月前からテレビの調子が悪い。スイッチを入れると、ブラウン管に赤いフィ
ルムを貼りつけたような画面になってしまい、赤も黄色もオレンジも見分けがつ
かない有り様だ。
 普段でもコカコーラの赤とそれ以外の赤の区別など出来ないくせに、「これじ
ゃ、コカコーラ・レッドも形無しだ」とCMが流れる度にここぞとばかりに嘆き、
「赤ら顔で女を口説くな」と、ドラマを見ては役者に八つ当たりしている。
 芝生の緑も、受験の時に活用した暗記シートのごとく真っ黒。食べ物はどれも
これもマズそうだ。でも、青だけは多少朝焼けのような感じにはなるけれど青の
まま…不思議だ。

 テレビがこんな風になってからというもの、私の楽しみは天気予報だけだった。
冬が厳しくなるにつれ、各地で雪が降り始める。うちのテレビの中だけは、ピン
クの雪が舞っている。誰かが大量の桜の花びらを雲の上からバラ撒いているみた
いだ。
 日本中で、いや世界中でいまピンクの雪を見ているのは私だけかもしれない。
そんな考えがふと頭をかすめ、ほんのわずかの間だけ甘やかな優越感が私を支配
する。
 だが、ピンクの雪も今日で見納め。
 明日、電気屋さんがやって来る。修理をしにやって来る。明日になったら、
我が家のテレビはきっと本来の色を取り戻してしまうのだろう。
 ようやく黒いグリーンサラダにも目が馴染んできたというのに。


山本 優子:yuco@h4.dion.ne.jp
コピーライター

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●本日のウダツ
・いつだったか、バニーガールがいる店に入ったことがある。
 友人が義理で作ったというカードを持っていて、その流れでのことだ。
 バニーは胸元にライターを隠していて、指先で取り出す。
 インタビューすると、主婦だったり学生だったりした。
 膝を曲げながら歩く。
 モンゴロイド系にタイツ履かせてもなあ、と一人が言う。
 だって植民地なんだから仕方ないだろう、と誰かが言う。
 君たち、酒の席とは言えそういうこと言っていると仕事なくすよ。
 ま、そういうもんだよなあ(北澤)。


(二月の帰省。石垣の野兎。青瓶デスク平良。むーん)
BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/
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■「青い瓶の話」                              2004年2月2日号 No.58
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□編集長:北澤 浩一:kitazawa@kitazawa-office.com
□デスク:榊原 柚/平良 さつき/三浦 貴之
□「青い瓶の話」BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/
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