メルマガ:青い瓶の話
タイトル:「青い瓶の話」 No.53  2003/11/15


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 ■■■                  青い瓶の話
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 ■■■                                      この国はもうじき寒くなる。
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                                                2003年11月15日号 No.53
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●「秋をともに過ごすひと」vol.2

○「16回めの秋」・十河 進
○「がじゅまる」・平良 さつき
○「秋をともに過ごすひと」・川島 美紗
○「緑色の坂の道」・北澤 浩一

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●「16回めの秋」・十河 進


 秋の日はつるべ落とし…、母親がよく使う言葉を思い浮かべた。日が暮れるの
は早く、陽が落ちるととたんに寒くなった。暮れ残る薄暮の中、グラウンドの中
央で赤々と燃え上がるキャンプファイヤーを見つめていた。文化祭の前夜だった。
炎を囲んでフォークダンスを踊る男女がシルエットになり、音楽はうるさいくら
いに鳴っていたはずだが、今、思い出すと静かな映像しか浮かばない。
 体育館の壁にもたれて、影絵のようなダンスを見つめていた。自分とあの踊っ
ている生徒たちの間には、どうしても超えられない透明の壁があるのだと、虚無
感に浸っていた。初めて感じる大人びた感傷だった。今から振り返れば「傷心」
という字が浮かぶような幼い自己陶酔だった。

「どうしたの」という声が真後ろから聞こえてきた。
 やわらかなトーンで包み込んでくるような声だった。振り返ると、中学の時の
バスケット部のマネージャーで一年先輩の長頭(ちょうず)さんが立っていた。
高校に入ってから初めての出会いだった。この前会ったのは彼女の中学の卒業式
だったから一年半ぶりのことだった。
「ひさしぶりです」
「踊る相手がいないの?」と長頭さんはたたみ込んでくる。
 意地悪な質問だと自覚しながら、からかっている感じがあった。
「何だか肩肘張って……、後ろから見るとおかしかったわよ」
「そんなこと、ありません」
 一年半も会わなかったのに、長頭さんは昔のままに話しかけてくる。

 僕たちが中学二年生の新人戦を迎える頃、部長の喜岡先生が連れてきたマネー
ジャーが一年先輩の長頭さんだった。面倒見のよい女子マネージャーをつければ、
僕たちが練習に集中できるだろうと喜岡先生は目論んだのだろうが、逆に僕たち
は彼女の存在が気になり練習中に気が散ることが多くなった。ただ、彼女の存在
に励まされたのだろうか、僕たちは県内の新人戦でベスト4まで勝ち進んだ。

  空に真っ赤な雲のいろ。
  玻璃に真っ赤な酒の色。
  なんでこの身が悲しかろ。
  空に真っ赤な雲のいろ。

 長頭さんは、突然、赤から紫に色を変えつつあった西の空を見上げて口ずさん
だ。
「何ですか、それ」
「北原白秋……」と彼女は答えた。空を見上げたままだった。
「ねっ」と言うと振り向き「ダンスの相手、してあげようか」と続ける。
「いいんです。別に踊りたかったわけじゃない」
「でも、何だか沈んでたじゃない」
「沈んでたんじゃないんです。そんな振りをしてただけです」
「そうか、カッコつけてたんだ」
「そうです。カッコつけてただけなんです」
 そう認めると、ひどく楽になった。心の中では「嘘をつけ」と自身に向かって
つぶやいたが、あんな風にフーッと気が楽になった相手は初めてだった。そのま
ましばらく並んで立ち、グラウンドで踊る生徒たちをふたりで見つめた。ずっと、
そうしていたかった。

 一年半の後、長頭さんが卒業と同時に、生徒たちから「サッカー馬鹿」と言わ
れていた物理の木村という教師と結婚したと聞いた日、薄暮の空に向かってつぶ
やいた。

  空に真っ赤な雲のいろ……


十河 進:sogo@mbf.nifty.com
出版社勤務


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●「がじゅまる」・平良 さつき


 公民館の広場にがじゅまるの樹があった。夏もとうに終わり寒くなってくると、
外で遊んでくれる友達は少なかった。そんなときはその樹に登った。なかなかの
大樹で、太い枝にまたがっていると人々は気付かずに素通りして行く。「あ”〜」
と変な声をだして通行人を驚かせて楽しんだ。うっそうと茂る葉の間から見える
空の色が好きだった。

 ある日、いつものように樹の上でぼけっとしていると、ふいに背中を突っつか
れた。びっくりして振り返ろうとした拍子に、地面に落ちてしまった。大きな石
で肩を深く切ってしまい、どんどん血が流れた。不思議と痛みは感じなかった。
見上げると、誰もいなかった。枝が少し、揺れていた。
 みるみる服が真っ赤になってゆく。さすがに怖くなって半べそで家に帰ったら、
仰天したおじいちゃんに病院へ連れて行かれた。4針縫われた。その晩は興奮し
たのか熱まで出てしまった。
 夢をみた。
 あの樹の下で、目のくりっとした色黒の子がじっとこっちを見ている。明るい
色の髪が風になびいている。声をかけようとしたら、するすると樹に登って消え
てしまった。

 数日後、すっかり熱もひいた私は公民館へ遊びに行った。がじゅまるの樹は切
られてしまっていた。数年前にも樹から落ちて大怪我をした子供がいたらしい。
大人たちが相談して決めたことだった。
 切り株に腰かけてながめる空は、いつもより広かった。肩が少しだけひりひり
した。


平良 さつき:taira.s13@mbh.nifty.com
青瓶デスク

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●「秋をともに過ごすひと」・川島 美紗


 私は秋が嫌いだ。
 この、祭りの後の静けさというか、世界全体が脱力感に包まれ、何かが終わっ
ていくという焦燥感が、ひしひし押し寄せてくるのが苦手なのだ。夏生まれの私
は、毎年夏を心待ちにして、秋の訪れを肌で感じるようになると毎年、ああ、今
年も楽しいことは終わったのだな、と、寂しくて、物悲しくて、人恋しいように
なって気分が塞ぎ込んでいく。

 いつかの春の夜、祖母と二人で近所を散歩していたとき、祖母に、「一番好き
な季節は何?」と聞いてみたことがある。祖母は、なんだろうなあ、としばらく
考えた後、「秋かな」と答えた。園芸が趣味である祖母は、春か夏が一番好きな
のだろうと勝手に思い込んでいただけに、意外な答えだった。どうしてと、たず
ねると、どうしてかなあと、またしばらく考えた後、「なんだか落ち着いている
から」と祖母は答えた。

 祖母は今までに大変な苦労をしてきた人である。
 4年前に他界した、祖父と結婚してからは本当に苦労続きだった。祖父は、悪
い奴ではないのだが、少し考えの足りない男だったので、大きな夢を持って起業
したのはいいが、結局は3度も自己破産をすることになり、最終的には怖い人た
ちに追い掛け回されたこともあった。そのときも祖母は、祖母の機転でその窮地
を救ったし、その後、祖父が糖尿病を患い、15年という長期の闘病生活に入る
も最後まで支え続けた。
 かく言う私も、祖母に育てられたのだ。祖母は63歳にしてまた、諸事情によ
り私と弟という二人の子の子育てを始め、これも苦労が多かっただろうが、投げ
出さないで今に至っている。

 私がそれでも、楽しい季節である春や夏より、秋が好きなのは良く分からない、
と言うと、「お前も私ぐらいの年になると、秋が好きだという気持ちが分かるよ
うになるよ」と祖母は言った。昔は春が好きだったのだけど、と付け足した祖母
は、感じているのかも知れない。起伏の激しい季節を潜り抜け、手に入れた“今”
と言う名の安泰な季節。もしかすると祖母にとっては、何かが実った“今”なの
かもしれない。

 私もいつかは、祖母のように、私は秋が好きなのだよ、としみじみと話せるよ
うになるのかな。そのときは一体、誰といるのだろう。私の秋を共に過ごす人は
一体誰なのだろう。

 どんなに楽しい季節にもやがて終わりは来る。
 その前に、ああ、この果実は美味しいよねと共に味わう、まだ見ぬその人に初
めて思いを馳せた夜でもあった。


川島 美紗:muku35@hotmail.com
青瓶読者

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○緑坂
                アラバマに星落ちて。




■ 甲州街道の、長い長い歩道橋を渡っていると月が出ている。
 これから満ちてゆこうとする。
 半月だ。


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                少年期。




■ 少年の頃のことを書くと、面映い。
 特に少年から青年に移行するあいだにある、ホンの僅かな一歩について自分を
題材にして描こうとすることは、ほとんどブンガクである。
 始めて煙草を吸った時の驚き。
 はじめて小さなバイクに乗った。
 無免許で、しかもカブの50で、ヘルメットなしの二人乗りだったのだけれど
も、ガソリンがなくなるまで海岸沿いの道を走った。
 暗い夜道を押して帰る愚かさ。
 道端にへたりこんで吸ったショート・ピース。
 いくつで踏み出すか、という問題がまずあって、しかもそれは決定的な意味を
持っているかのように私には思える。


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                反省について。




■ ある時、自分の書いたものを読み返してみた。
 質の悪い寝言のようだった。



■ 曇りかかった肌寒い午後である。
 風邪をひき、その日は所用を休んでいる。


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                口笛。




■ 木枯が吹いている。
 躯が冷えている。
「口笛ふいてみろよ」
「できないわよ」
 できない筈はないのだが、躯が冷えている。


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エリコ。



■ 美人だという。
 料理も旨いのだという。
 極めたのだと明るくいう。



■ まだ風呂には一緒に入らない。
 脇の手入れを忘れることもある。
「このひとって、馬鹿なのかもしれないわね」
 と思いながら、自転車で通うのをとりあえず待っている。
 今が全てなんだ。
 ゆこうぜ。


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                冬月夜。




■ 地下鉄の階段を降りると、眼の黒い外国人がふたり昇ってきた。
 黒いナイロンのジャンパーを着ていた。
 月が高いところにある。
 この国はもうじき寒くなる。


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●本日のウダツ

 夏には一緒にいたのだけれど、気づくと傍らにいなかった。そんなつもりは
 なかったのだけど。
「秋をともに過ごすひと」
 互いに独り身。冬じたくの合間、しばし、暮れる昔日をともに惜しむ。
 微かな温もりが残りました。

 引き続きまして、原稿を募集いたします。次回のテーマは
■「十二月」
 皆様が感じられる十二月を、お送りください。
 締め切り:12月7日(日)24時とさせていただきます。
 発行予定:12月中旬
 宛て先 :下記の青瓶デスクまで。
  ・青瓶デスク 榊原(ur7y-skkb@asahi-net.or.jp)
  ・青瓶デスク 平良(taira.s13@mbh.nifty.com)
 これから益々寒くなります折、どうぞご自愛ください(青瓶デスク榊原)。


(平良式、kawasaki エストレア)
BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/
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■「青い瓶の話」                              2003年11月15日号 No.53
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□編集長:北澤 浩一:kitazawa@kitazawa-office.com
□デスク:榊原 柚/平良 さつき/三浦 貴之
□「青い瓶の話」BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/
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