メルマガ:青い瓶の話
タイトル:「青い瓶の話」 No.52  2003/11/15


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 ■■■                  青い瓶の話
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 ■■■                                                      すする秋。
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                                                2003年11月15日号 No.52
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●「秋をともに過ごすひと」vol.1

○「ジェットコースター」・三浦 貴之
○「秋もやっぱり酒と野郎と…」・松川 勝成
○「グレープフルーツゼリー」・山本 優子
○「すする秋」・榊原 柚

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●「ジェットコースター」・三浦 貴之


「ここは、この時期が一番いいんだよ。ふた月前だと霧がすごくて走れないんだ」

 霧雨の降る夜。横浜から西を目指した。海沿いを走り、山へ入る。
 横浜で、女の子を乗せた。ひと月前に出会ったばかりの子だった。路面の音と
エンジン音が響く車内にわずかにオーディオの音が聞こえる。
「うるさい車でしょ?ガソリン臭いし」
僕の質問は聞こえているのか、いないのか。その子は何も答えずに、外の景色を
見ながら鼻歌を歌っている。

 その場所には、いつもの仲間がいた。連なったハザードランプが、フロントウ
インドウの水滴に滲んでいる。
 横に流れるヘッドライトとタイヤの音。外灯のない音と光だけの空間は、ここ
が特別な場所と錯覚させるには充分だった。
 気持ちが高まる。僕はギヤを入れた。

 1速、2速、アクセル全開。コーナー手前で一気にブレーキ、アクセルを床ま
で踏み込むと同時に、クラッチを一瞬蹴飛ばす。FRレイアウトの車体は一瞬にし
てリヤを振り出す。アクセルは緩めない。カウンターをあてたステアリングの微
妙なコントロールで姿勢を保つと、車はヨコを向いたまま走りつづける。
「ジェットコースターみたい!」彼女は恐怖を感じる事なく、遊園地に来たかの
ように楽しんでいた。

 彼女の笑顔に完全に舞い上がり、走りつづけた僕は、すっかり疲れてしまった。
「休憩しよう」
 湖畔まで下りてきて、鳥居のあるパーキングに車を停めた僕は、知らぬ間にそ
のまま寝てしまっていた。

 濡れた路面を、走る車の音が時折聞こえていた。

 突然、唇にわずかな感触を感じた僕は夢から覚めた。しかし、自分で意識した
のか目はまだ開けられなかった。
 するともう一度、今度は確かな、暖かい感触があった。
 感触がなくなってから、ゆっくり3を数えて目を開けると、その子は笑顔で僕
を見ていた。どれくらい寝ていたのだろう、辺りはすっかり明るくなっていた。
「寝ちゃってごめん」僕は、それしか言えなかった。

 朝方の山道は交通量が少なく、気持ちがいい。
 夜は真っ黒で気がつかなかったが、朝もやのかかった山々は黄色や赤に色づい
ていてすごく綺麗だった。
 小さな睡魔と疑問は、僕を夢の中にいるような気分にさせた。
 ボーっとした頭をこづきながら海沿いを走り、横浜を目指す。朝日を受けたア
スファルトの照り返しがやけに眩しかった。

 別れ際、彼女は
「こういう車、嫌いじゃないし、楽しかったよ」

 その後、彼女とは数回会う事があったが、年を越す頃には連絡も途絶えていた。
結局、僕は何も聞けなかった。


三浦 貴之:t_miura@mbi.nifty.com
青瓶デスク


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●「秋もやっぱり酒と野郎と…」・松川 勝成


 大泉学園に住んでいる。
 十河さんのテリトリーではあるが、ここは映画の街だ。東映の撮影所、独身寮、
映画CITY「OZ」などがある。昔はもっと広大な土地で俳優や映画屋が街を
闊歩していたそうだ。秋の一般開放日には赤テント、黒テント、などの芝居小屋
が敷地内にたっていたと訊く。

 今でも旧きよき映画気違いがよるスナックに顔を出している。青瓶の仲間もち
らほらご一緒している。そこのマスターとは、いつも共通の贔屓監督のことで盛
り上がる。
 青森出身で夭折した天才、川島雄三である。
 川島に執事した助監督は多い。皆、今では大監督、名監督と云われる面々だ。
川島の画(え)を見ると、70−80年代に作られた映画に如何に影響を与えて
いたか、いい意味でパクられているか、がよく判る。
 あ、ここはあの映画に、あそこはあの映画に、という具合に。

 川島の画で有名なものは、何といっても「幕末太陽傳」だが、残念なことに現
在、殆どの作品が見られる状況にない。如何に日本の観客のレベルが低いか、だ。
川島も小津も黒澤も浮かばれない。
 そんな中、川島の旧い作品をリプリントして上映、保存している会があること
を知った。先日、年に一度の上映会にマスターと二人で出かけた。高円寺杉並区
民会館にかかったのは「新東京行進曲」という巷のお話だった。
「久しぶりに映画(らしい映画)をみたなあ」
 高円寺の裏通りでヤキトンを食いながらマスターが呟いた。
 11月は、下高井戸シネマで「赤信号 洲崎パラダイス」「しとやかな獣(掛
け値なしの大傑作です!)」「貸間あり」がかかると云う。
 もちろん、二人していそいそと出掛けるつもりだ。

 秋。我々偏屈映画狂にとっては、稀にみる川島との遭遇に酒もウンチクも進む
嬉しい季節になりそうだ。
 マスターが赤い顔で焼酎をあおり、
「工藤栄一なんて云ってるようじゃ、勝もまだまだ、ダ〜メだ」と云った。
「ちゃんばらを評価できない野郎は映画観るんじゃないよ」
 返す私を目を細めてマスターは見つめていた。
 六十有余歳の彼の瞳は、少年のように輝いていた。


松川 勝成:keimidori@hkg.odn.ne.jp
会社員

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●「グレープフルーツゼリー」・山本 優子


僕には霊感がない。
まったくと言っていい程ない。
ついでに白状すると、僕は神も仏も信じていない。
もの心ついた頃から、信じたこともなければ感謝したこともない。
そのせいなのだろうか、僕らに奇跡は起こらなかった。

彼女は10月に生まれた。
彼女は10月に死んだ。
22歳と一週間の人生。

彼女はモデルだった。
股下なんか僕よりも長かった。
その年の秋には、東京コレクションのランウェイを
軽やかに歩いているはずだった。
彼女は白血病と診断された。
その刹那、お涙頂戴の安いドラマが脳裡をよぎり、
すぐに頭の中が真っ白になった。
人は大きな不幸を予見すると、思考が止まるのだ。
思わず鼻先で笑った。
そうしなければ、背中から崩れ落ちていた。
彼女は言った。
「私は大丈夫よ。…あなたは大丈夫?」
血の気が流れ落ちるようにひいてゆく。

日を重ねるにつれ、彼女の肌が透けていった。
病室の白い壁、窓の外の青い空、白い雲、それから蛍光灯。
すべての光が、彼女の身体を透過していった。
ドナーは見つからなかった。
肺炎を併発した。
呆気なかった。
佳人薄命。
昔の人は、よく言ったものだ。

あれから、恋をしたという実感を持ったことがない。
「私のこと好き?」と女は言う。
僕は答えない。
「私のこと愛してる?」と女はさらに言う。
僕は、静かに答える。
「最初から愛してなんかない」と。

10月の一週間。
毎夜、ひとりでグレープフルーツゼリーを食べる。
彼女の好きだったグレープフルーツゼリーを食べながら想う。
手のひらにすっぽりと収まる真丸いカップは、彼女の小さな顔のようだ。
フルフルのゼリーは、彼女の柔らかい頬のようだ。
甘く爽やかな香りは、彼女の匂いそのものだ。
そして、透き通る果肉は…。
空っぽのプラスチックカップを手に、
僕は押し寄せる追憶の波に身を任せる。
ノンフィクションの波がひとつ。
フィクションの波がひとつ。
記憶と妄想、夢想と現実とが綯い交ぜになってゆく。
季節はずれの鈴虫が、今年も鳴いている。


山本 優子:yuco@h4.dion.ne.jp
コピーライター

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●「すする秋」・榊原 柚


 ラーメン屋には、晩秋が似合う。街路樹の枯葉が舞う駅前の屋台、寒い夜に白々
と明るい立ち食いスタンド、がらりと引き戸を開けて風と共にくぐるのれん。
 うら寂しげな通りに、香りと湯気が漏れてくる。


最初の店:

 海岸沿いの駅の前にあるラーメン屋に入った。営業時間は深夜一時まで。
 昨日はよく笑って、よく話をした。珍しくて、飽きずに聞き続けた。おかげで
今日は二人とも疲れていて、普段よりマイナステンションだ。
 黒ラベルの大瓶をサッポロのロゴがはいったコップで、継ぎ足しながら飲んだ。
ごわつく麺の東京しょうゆ味。芯だらけのキャベツともやしの野菜炒め。コショ
ウをどばどばと振り掛けると、熱いうちならそれなりだ。
 ビールもコップに二杯くらいで、目がとろんとしている。早く帰って寝ようぜ、
今週も疲れたなあ。ちゃんと食べてるか?食べないとだめだよ、俺みたいになる
よ。
 途中でビデオ屋によって一本、ビデオを借りるだろう。でも結局デッキへ入れ
ることもなく、そのまま二人とも眠るだろう。朝になっても光が入らない部屋で。


次の店:

 長い長い顧客とのミーティングの後で、へろへろだ。俺は食うよ、と先輩に言
われて気づいた、朝抜き昼抜き、夕方もどっぷり暮れた時間まで、お腹が空いて
いることさえ気づかなかった。
 店内はざわざわと若者ばかりが入れ替わり立ち替わり。ラーメンセットを待っ
ている間、自分はミーティングとラーメン屋みたいなサイクルばっかりだなあと
思う。与えられて縛られて、応えようと努力して、拘束時間が終わるとほっとし
て、自分を少し甘やかし、コラーゲンたっぷりのとんこつにオプションで角煮を
足してやったりする。
 「俺なんか全然、駄目だけど」こってりした見た目と違い潔癖な思想の持ち主
である先輩は、セットのごはんをラーメンの汁と共にすべて平らげ、明るい顔で
嘆息する。
 自分を満たした後は、それぞれ、とぼとぼしたペースで、オフィスへ戻る。他
力本願な環境変化だけれど、それが自分の、今のバランスの取り方なのだ。


最後の店:

 OLの楽しみといえばアフター5の映画。最終の回を終えて、その日はなぜかこ
じゃれた洋食屋ではなく、ラーメン屋に足が向いた。アート月間を語って二人で
難解な映画を見に行った後、互いに首をひねりながらラーメンをすする。ヘルシー
わかめラーメン、とメニューにあるそれは、至ってわかりやすい味だ。
 世の中には曖昧なことがあってもいいんだと、彼女は言う。割り切れない感覚
って必要なこと。曖昧なものを、曖昧なまま残しておく。たまにはそれに浸って
みる。そういうのって大事なんだと思う。
 なかなか明確な言葉にならない彼女の心境を聞く間、私は彼女の目の奥を覗き
続けた。この間までは視点も合わないほどの至近距離にいて、今は遠くに揺れて
いるだけの存在となった、その人物の影を、彼女が求めてしまわないように。
 喉ごしのよいヘルシーわかめラーメンは、温かくしょっぱく、体に染みた。
終電近くの渋谷に風が吹き、二人ともコートの衿を寄せて歩いた。


榊原 柚:ur7y-skkb@asahi-net.or.jp
青瓶デスク

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●本日のウダツ

 初めて青瓶BBSへ書き込みをしたのがほぼ1年前。
 その後、今年に入ってからデスクに参加させて頂きましたが、
 振り返るとたくさんの出来事や変化がありました。
 漠然とした思いや疑問が確信になっていく、
 そんな事をいくつも体験したように思います。

 この1年でどの位成長できたのか。
 時間や想いをじっくりかみしめて過ごす事ができる秋の夜に
 色々考えてみるのもいいかもな。と、思っています(青瓶デスク三浦)。


(青瓶BBSへの書き込み、お待ちしております)
BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/
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■「青い瓶の話」                              2003年11月15日号 No.52
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□編集長:北澤 浩一:kitazawa@kitazawa-office.com
□デスク:榊原 柚/平良 さつき/三浦 貴之
□「青い瓶の話」BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/
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