メルマガ:青い瓶の話
タイトル:「青い瓶の話」 No.50  2003/10/07


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 ■■■                  青い瓶の話
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 ■■■                                                        月夜見。
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                                                2003年10月7日号 No.50
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●青瓶デスク・妙齢編集版-「月について 2」

○「月極駐車場」・渡邉 裕之
○「宵月夜」・山本 優子
○「日常」・榊原 柚
○「緑色の坂の道」
○青瓶 2492・北澤 浩一

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●月の影

 光のあるところに、影はできる。
 街灯から街灯へ渡りながら、長く伸び、再び足元に戻ってくる影を見ていた。
 多分、手をつないでいた。

 蒼い月の光。自分の心に通気孔のような穴が開いていることに気づく。
 昼間には気づかないそのクレーター。夜の間中、向き合わなくてはならない。
月は光り続ける(榊原)。


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●「月極駐車場」・渡邉 裕之


 月の出ている夜。街のはずれの駐車場。1台の車が停まっていた。

「月極駐車場のこと、僕はずっとこう思っていたんだ」

 車の中で、男は看板をみつめながら年上の妻にいった。
 横にいる女は夫が話す内容がだいたい想像できたが、出会った頃のような話し
振りだったので、それを聞きたかった。コートの中に冷たい空気が入らないよう
に、しっかりと衿を押さえながら話を聞く体勢を作り、夫の横顔をみつめた。

「この日本には、株式会社『月極』という会社があるんだよ。この国のほとんど
の有料駐車場を管理している巨大な企業。だから日本全国どこでも『月極駐車
場』があるんだ。20代の前半まで、そう思っていた」

 昔みたいだ。女はそう思った。二人が出会った頃、夫はそんな話ばかり自分に
した。自動車のウィンカーがチカチカするのは、チャラチャラしたドライバーが
カッコづけのためにしていたとずっと信じていたこと、理科系と銀河系は似てい
ると思って大学の学部を選んだこと。そんな話の終わりは決まって「20代の前半
まで、そう思っていた」という言葉だった。

 女が夫と出会ったのは7年前、男が31歳の時だった。多分、20代後半から勤め
出した会社で苦労したのだ。就職した会社の工場の中は車を運転しなければ移動
できなかったし、配属された研究室では理科系の人間の冷酷さも随分知ったのだ
ろう。結婚をしてから3年目、夫はその会社を辞め、自分で小さな会社を起こした。

 後ろの座席で子犬のぬいぐるみを抱きながら6歳になる息子は、うつらうつら
しながら父親の話を聞いていた。そして、月極という会社はほんとに恐ろしい怪
物のような会社だと思った。日本にある何もかもが支配されている。じゃあ、僕
らはどこへ行けばいい?

「会った頃のこと思い出した」と女は夫にいった。
 男と出会った時、女は39歳だった。男との年齢差は8歳。そんなことは、まった
く気にしないでつきあってきたが、ある夜、同僚と酒を飲んで帰宅し一人ベッド
の中でふと二人の年齢について考えてしまった。男が今の自分と同じ年齢になっ
た時、自分はもう47歳のおばさんになっているのだと思うと、奥歯の奥の方から
溶けていくような悲しみが流れ出して、寝ていられなくなってしまった。急に立
ち上がり真っ暗な部屋で泣きながらバスルームに入っていった。薄暗い空間で一
人裸になり、まだ暖かい湯の中に浸かったのだった。

「なんでそんなことしたと思う?」
「う〜ん、わかるような気がするな」
 そう、これが他の男と違ったところだった。
「金星旅行よ」

 あれはいつのことだったろう。少年もののSF小説が弟の机の上にあったのだ。
いつもはそんなものは読まないのだが、金星旅行をテーマにしたそれはすぐに自
分をひきこんだ。金星という星はものすごく遠いところにあるから、乗務員はそ
の旅程の間に疲弊してしまう。そのために、彼等はロケットの一室に設置された
水槽の中に入って冬眠状態になるのだ。自分もその水槽に浸かりたいと思った。
冬眠していれば自分の年齢はそのままで、目覚めればみんな年とってしまってい
るから。いつも甘やかされていた弟が気になっていたあの頃の自分らしい誤読
だった。

 夜のバスルーム。湯に浸かりながら39歳の女は31歳の男のことを考えていた。
こんな夜にも男は研究室で働いているはずだった。私はこの装置に入って眠る。

「そして金星に旅に出る。あなたはずっと働きづくめで、自分が金星に行ったこ
とを知らない。眠りから醒めたら私は年下の女になっている。それでバスタブの
中で目をつむったの」

 男は研究室にいなかった。ちょうどその時、女のマンションのドアの前でベル
を鳴らしたのだ。

「月から逃げ出して、金星に行こう」
 振り向くと、後ろの座席で子犬のぬいぐるみを抱きながら6歳になる息子は、
目を開けていた。
 家にいきなりやってきて、急に大声を出したりした月極の社員にぜったい捕ま
りたくなかった。月に支配された地球から抜け出して金星に行きたかった。
 その言葉がきっかけだった。月の出ている夜。街のはずれの駐車場。家族を乗
せた車がゆっくりと動き出した。


渡邉 裕之:hiro-wa@qa2.so-net.ne.jp
ライター

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●「宵月夜」・山本 優子


 中秋の名月を間近に控えたある夜、珍しく兄から電話があった。
 何事かと身構えていると、
「月がキレイだよ。見てごらん」と柄にもないことを口にする。
「月の下にさ、赤い星がはっきり見えんだよ。火星なんだって」と得意気だ。
 そんなことは前日から承知していたが、受話器を持ったままベランダに出て、
私はおもむろに夜空を見上げる。
「残念、ウチのベランダからじゃ見えないわ」
「そっかー。オレのとこからはすっごいキレイに見えんだけどなぁ」と兄。
 それから、「特に用はないんだ。そんだけ」と言い、彼は電話を切った。

 兄の言葉に素直に従ったのは、何年ぶりだろう。
 物言わぬ電話機を握り締めたまま、私はしばらくの間じっと佇んでいる。
 そして想像する。ワンルームの部屋に太った体を横たえ、いまの私には見えぬ
月を眺めている兄を。
 ひとり暮しを始めて数ヶ月。そろそろ彼も、寂しさを感じ始めているのかもし
れない。


山本 優子:yuco@h4.dion.ne.jp
コピーライター

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●「日常」・榊原 柚


 坂を降りると風が吹く。夏にも冬にも自転車が一番だ。
 ブレーキをかけずに一気に降りる。足をペダルから離して前へ突き出す開放感。
 確かに、「君といると、日常を忘れる」と言った。
 冗談じゃない。私には、非日常なんてない。

 女には、日常以外は存在しない。非日常を作り出せる奥行きはない。
 しかし、まれに試みようとする女がいる。心に穴を掘り、捻じ曲げた感覚を注
入すると、"人工おでき"ができる。すなわち、非日常を作り出せば出すほど、邪
悪なふくらみができていく。
 素直に求めに応えようとしたばかりに、できものが化膿していく。
 しかしそれとて、日常にできたおでき。
 薬を塗るの潰すのも、女にとっては日常でしかない。

 月は非人情的で、不可思議な光を放つ。心を惑わせる。
 だけどルナティックなんて、女にとってはわかりきった想像または願望でしか
ない。毎日月は出ている。夜はそれが普通なだけ。
 それを、「君といると、日常を忘れる」?
 月の光に起きて朝焼けとともに眠る女には、日常がないとでも言いたいの?
 下り坂半ば。このまま、側道から出てきた車かなんかに吹っ飛ばされたら、月
の光だけを記憶に残して、非日常へ行けるだろうか。


榊原 柚:ur7y-skkb@asahi-net.or.jp
青瓶デスク

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緑坂
十六夜。



■ いさよい、と読む。名月の翌夜の月を言う。満月よりも出がすこし遅れるの
で、ためらうの意「猶予」(いさよふ)を当てる。



■ 電話をしようと思いながら何時も果たさない。
 余計な心配を掛けるかも知れないといぶかるのが一番の理由だ。
 とりとめのない話をしながら、相手の思惑を探るのは楽しい。



■ 秋の燈にはひとなつかしさがある。
 坂を昇りながら、見上げると遠いマンションの窓に人影が見えた。
 それはすぐに消えたのだが、長いスカートを履いていたように思えた。
 宵闇の長さと暗さをおもう心には、夜ごとに月を待ち月をめでた心持が込めら
れている。


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                赤い月。




■ パワー・ステアリングのオイルが漏れている。
 ベルトをカッターで切った。
 ケンメリみたいに重い。



■ ある時、私は山手通りを南に下がっていた。
「赤い月が出てるわよ」
 そうして新宿に近づく。
「ここでしたら、どうかしらね」
 そびえる都庁の前で彼女は言う。


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青瓶 2492
                月猫。




■ 青瓶というのは女性でもっている。
 女性といっても、おめめパッチリ、読者モデルのなれの果てという按配ではな
く、環境保護を熱く語りながらも、机の上が何故かべたついているという選ばれ
た方々でもない。
 住宅街の坂道を昇りながら、金木犀の匂いがする。
 立ち止まっている余裕はないけれど、ああそうなのだと暫くはおもう。



■ 月の光の下で、女を抱いたことがない。
 胸に手を入れたことはあるが、それ以上どうということもなかった。
「お月さんこんばんわ」
 挨拶をしてしまうのである。



■ さて、訳がわからないけれども、先日白金台の細い路地裏に車を入れてい
た。切り返さないと曲がれないようなところで、随分前に、俳優の火野さんが
犬を連れて散歩しているのに出くわした辺りである。
「酔わずにいられない」と、歌っている。その声でわかった。
 ゆるゆると車を進めていると、猫が三匹、道路の真中でMTGをしている。
 近づいても動こうとはしない。
 深夜の住宅街でクラクションという訳にもゆかんだろう。私はベルトを外し
車から降りた。近づいていってお願いをする。
 猫はこちらを見ている。
 むろん三日月である。


03_10_05
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●本日のウダツ
・「月について」のふたつ号、いつもの青い瓶とは少し色合いの異なる、蒼い光
を愉しんでいただけましたでしょうか。
 原稿を頂きました皆様に、感謝申し上げます。ありがとうございました。

 夏が短かった分、長い秋を味わうために。次回の原稿募集をさせて頂きます。
 次回は、
■「秋をともに過ごすひと」
 レギュラーの方はもちろんのこと、はじめての方も、ぜひ投稿をお待ちしており
ます(榊原)。

 締め切り:10月22日(水)24時とさせていただきます。
 発行予定:10月下旬
 宛て先 :下記の青瓶デスクまで。
  ・青瓶デスク 榊原(ur7y-skkb@asahi-net.or.jp)
  ・青瓶デスク 平良(taira.s13@mbh.nifty.com)


(秋もはつらつ。青瓶デスク平良)
BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/
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■「青い瓶の話」                              2003年 10月7日号 No.50
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□編集長:北澤 浩一:kitazawa@kitazawa-office.com
□デスク:榊原 柚/平良 さつき/三浦 貴之
□「青い瓶の話」BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/
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