メルマガ:青い瓶の話
タイトル:「青い瓶の話」 No.49  2003/10/07


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 ■■■                  青い瓶の話
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 ■■■                                                        赤い月。
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                                                2003年10月7日号 No.49
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●青瓶デスク・妙齢編集版-「月について 1」

○「月の光を浴びて」・十河 進
○「月」・市川 曜子
○「夜」・平良 さつき
○「月下美人」・松川 勝成
○「赤い月」・saki

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●月のあかり

 なぜだか月は、ひとりで見上げることが多い。
 誰かと道で別れて帰る時、空に月を探す。
 頭上に道連れとして、また歩き出す。
 暖かい春には、新発売の発泡酒を買って、春の月を祝いながら歩いた。
 時といくつかの出来事が過ぎて、秋に背中を覆うような孤独が襲った時も、月
は蒼白い光を放っていた。

 そのうち、どんな日にも月を探すようになった。
 見つけられたら、夜へ入れる(榊原)。

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●「月の光を浴びて」・十河 進


──月は気ままに笑っている
──月はひとりで照っている

 8年の年月を経て、ふたりの男は奇妙に似通った歌詞の歌を唄った。ふたりの
男は7年違いで同じ日に生まれている。若き俳優のタマゴが撮影所の食堂で、す
でに国民的人気のあった銀幕スターに初めて会った時、スターは伝説となった長
い脚を気怠るそうに伸ばして立ち上がり、気安く手を出し「がんばれよ」と激励
した。そのフランクな仕草に、大学を出たばかりの若き俳優のタマゴは感激した。
 だが、6年後、若い俳優やスタッフたちが賑やかに走り回っていた撮影所に翳
りがさし会社が主力をポルノ映画に移すと発表した時、すでにその会社で最後の
スターになっていた若き俳優は先輩の銀幕スターが主宰するプロダクションに入
社した。彼は十数年後、その銀幕スターが死んだ後、その名を冠したプロダク
ションを引き継ぎ社長として生きていくことになった。

 彼自身、死んだ伝説のスターと同じように何度も病魔に襲われ、長い療養生活
を送った。そのため、一年間続く大河ドラマの主役を途中で降板せざるを得な
かったし、代表作となった映画を撮り終えてすぐ再び病院に戻らねばならなかっ
た。ガンに蝕まれた時には人工肛門をつける身となり、テレビの中継放送によっ
てそのことを全国民が知った。再び彼が記者会見の主役になり、深々とテレビカ
メラに向かって頭を下げたのは、社長をつとめるプロダクションの若い俳優がロ
ケ中に車を見物人の群れに突っ込んだ時だった。

 「月は気ままに笑っている」と歌ったのは、股下の長さをキャッチフレーズに
していた頃の石原裕次郎である。1958年(昭和33年)4月に公開された主演映画
「明日は明日の風が吹く」で歌われた主題歌だった。作詞は監督の井上梅次。そ
の年、この監督と銀幕スターのコンビは正月映画「嵐を呼ぶ男」で劇場の扉が閉
まらないという現象を生み出した。日活の宣伝部員は「人が映画館からこぼれて
います。入り切れません」と本社に報告の電話をした。

 「月はひとりで照っている」と歌ったのは渡哲也である。1966年(昭和41年)
に公開された「東京流れ者」の中でだった。この歌詞の後は「俺はひとりで〜流
れ者」と続く。「不死鳥の哲」と呼ばれた不死身のヤクザは「東京流れ者」を唄
いながら殴り込みに出かけ、観客の失笑を買った。「東京流れ者」はスタイリッ
シュな映像と、スタイリッシュな決めゼリフだけで映画が成立し得るかを試みた
前衛映画だった。時と共にその作品を愛する人々は増え、鈴木清順の名を高らし
めた。カルト・ムービーとして映画史に残った。

 しかし、なぜ月はひとりで笑ったり、ひとりで照っていたりするのか。昭和
三十年代の夜が暗かったからに違いない。あの頃、夜は暗く、ひとりで外にいる
と月の光を浴びているという実感は確かにあった。月が一緒だと確信できたもの
である。小学生の頃、僕は悪戯がばれて罰としてよく父に家から放り出されたも
のだが、街灯もなく家々から漏れる光もほとんどない暗い夜空を泣きながら見上
げると、そこにはいつも月があった。「明日は明日の風がふかぁ〜」という育ち
の良さを感じさせる屈託のない裕次郎の歌声が、どこかのラジオから流れてきた
ものだった。


十河 進:sogo@mbf.nifty.com
出版社勤務

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●「月」・市川 曜子


 家へ帰る道、最後の角を曲がると、正面に平たい畑と空が広がっている。満月
の時には、低い位置に赤茶色の大きな月が、のっぺりと黒い空に貼り付いている
ようなときがあり、急に不安な気持ちになって小走りになる。
 家の中に入って少し経つとそんなことは忘れてしまうのだけれど、夜更けに窓
を開けると、他に灯のない庭が青白く浮かび上がって見えて、月が高く昇ってい
ることに気がついたりする。

 真夜中にメールが届いたときに、同じ時間にモニタの前にいるとうことより
も、例え地球の裏側にいても、この月を見ることになるのだと思うほうが、切な
くなるのはなぜだろう。生きてさえいれば‥‥‥。

 今宵の月は上弦の月。近所の猫が塀の上で物思いに耽っている。


市川 曜子:wq2y-ickw@asahi-net.or.jp
版画家

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●「夜」・平良 さつき
  

 満月の夜、ゆうちゃんは私を誘いに来る。窓から抜け出して二人で外階段を忍
び足で下りる。門を出たら猛ダッシュ。灯りのない農道に辿り着いたら顔を見合
わせて笑う。

 さとうきび畑を横目に歩く。たまに気持ち悪いガマ蛙が横切ったりするけれど、
二人でいると平気だった。緩やかなカーブの先にある小さな橋を過ぎると、長い
坂道が続く。無言でひたすら歩く。車のライトが見えたら畑に隠れながら。

 一番高い所まで登るとせーので振り返る。雲間に降り注ぐ月光が、スポットラ
イトのように畑や田んぼを照らす。数えるほどしかない民家の灯も、やがて月あ
かりに飲みこまれてしまう。特に冬の眺めが好きだった。さとうきびの穂が銀色
に輝く。風にゆれて、まるで水面のようだった。
「すごいね」
「うん、すごいね」
 何度来ても、同じ言葉しか出なかった。そこが折り返し地点で、来た道を戻る。
坂を下りる間はゆっくりと、手をつないで。

 夜の散歩は長いこと続いた。何年目からか私は冷蔵庫から拝借したビールを持
参するようになった。二人でロング缶一本飲んで、大声で歌いながら帰ったりも
した。
 朝が来なければいいと思った。
 
 やがて私は那覇の高校、ゆうちゃんは地元の高校に進学が決まった。

 島を発つ前の晩、いつものように散歩した。坂の上に長いこといた。月は少し
欠けていた。ゆうちゃんの手は冷たかった。
 別れ際、ゆうちゃんの頬は涙で濡れていた。きらきらと、とてもきれいだった。
言葉をかけることができなかった。ただずっとその後姿をみつめていた。
 月はいつまでも私の上で輝いていた。


平良 さつき:taira.s13@mbh.nifty.com
青瓶デスク

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●「月下美人」・松川 勝成


 運動不足を解消するために、ここのところ妻が夜間に散歩に出かけている。東
京とて田舎ゆえに、野生化した鈴虫や松虫が鳴いていて、耳に嬉しい。
 つきあって私もサンダルをつっかけた。スーツを脱いで、素足で夜の街を味わ
うと、充分に秋を感じとれる。
 
 表題は、十年ほど前に習作で書いた拙小説の名前である。何かの文学賞でいい
ところまで行き、志の低い私はそれだけでウヒヒと喜んでいた。今は習作ひとつ
に歳を越してしまい、どんな賞でも応募するなんて素敵な芸当は到底おぼつかな
い。思えば、アイデアや体力や根拠のない自信に満ち溢れていた。
 
 長く筐底にほってあったものだが、とある文学メルマガの懸賞金で酒でも飲み
たいと企み、ちょいちょいと整えてテキストにおこして応募して、落選した。そ
の後、当選作を読んだ。あまりにつまらなくて自棄酒飲んで、益々金がなくなっ
た。
 折角デジタルの態をとったので思いついて青瓶編集長に送った。皆さんに拙文
を披露するきっかけのひとつになった。青瓶発刊より幾年か前だったろうか。

 筋を話すと長くなる。
 結局、最終のシーンに贋物の月がかかり、その下で偽者の美人が笑っている。
 何のこっちゃ判らないだろうが、とにかく、そういうお話。
 自分は陽性で煩く、喧しい。が、考えてみると裏側の生き方や、裏通りの価値
観や、月だけを見上げ太陽にそっぽむかれる、そんな人たちと歩いている方が好
きだった。例えて云うと、植物はキチンと水をあげて視線を静かにそそげば、決
して裏切らないようなものか。穏やかな安心を与えてくれる気がする。実は気づ
いていない自身の本質がそこに覗いているのかもしれない。
 いずれにしても、友人には、陽性の人間が多く、もっと深い付合いの部分には
陰性の輩が蠢いている。どちらが大切とか優劣はつけられない。

 いつまで原稿に向う気力が続くか判らない。
 明日辞めるかもしれないし、死ぬ一年前くらいかもしれない。
 金をとれるかもしれないし、一生ダメかもしれない。
 ただ、月が優しい仲間を照らしている間は、なかなか晴れやかなところに顔を
出さない彼らのことを黙って書きつづけて行きたい。
 理由は判らないけれど、そうする事が私にとっての幸せだと想っている。

 歩くのが速い! と見上げた風流な月明かりを吹き飛ばして、妻が後ろから吼
えた。この人、外では陰性の人だけれども、内では弁慶なんだなぁ。
 彼女の足元で毛糸の靴下がごわごわと月明かりを跳ね返していた。


松川 勝成:keimidori@hkg.odn.ne.jp
会社員

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●「赤い月」・saki


 今日、学校から帰り際見た月は、いつもより赤く、橙色した、欠けた月だった。
 私にとっての赤い月とは、阪神大震災の象徴なのである。

 あの日、寝る前にトイレに行く途中、階段の窓から見た月も赤くて、それは見
たことも無いぐらい赤くて、不気味な、妖怪じみた印象だった。

 私は中学3年生だった。間近に迫った高校入試のため、3時ぐらいまで深夜ラジ
オを聞きながら勉強していた。そしてベッドに入りウトウトしだした頃、突然に
部屋が、全てが、大きく揺れだしたのである。

 その時、私は一瞬何のことだが分からなかった。それぐらい今まで体験したも
のとは違うものであり、一体何なのかも分からず、飛び起きようにも体全体が揺
れて起きられないほどだった。ベッドの上に飾ってあった、額に入ったジクソー
パズルがバタバタと私の上に振っきて、足下が突然重くなり、昔読んだ本の中で、
死神は足下からやって来る、という話をなぜかそこで唐突に思い出してしまい、
気味悪くなって、思わず、「おかあさん!」と叫んでしまうと、部屋の外から母
の悲鳴のような私たちの呼ぶ声が聞えてきた。私は着の身着のまま、何も取り出
すことなんて思いつかず、部屋を出て居間へ向った。母は私が下に下りていくの
を確認して、いつまでも降りてこない弟を見に行った。弟は飼い犬が怖がって自
分のベッドの下に入り込んで出てこないのを必死に引きずり出そうとしていた。
母は私たちを、弟は犬を咄嗟に思い浮かべたのに対し、私はなんて薄情なんだろ
うと後から恥かしい思いをした。

 結局、私が住んでいた京都は、震度5で震源地と比べたら被害は酷くはなかっ
たとはいえ、築1年目の私の家の壁には大きくひびが入ってしまい、家主である
母の顔が青くなっていた。私たち兄弟はその日、そろって熱を出してしまい、二
人揃って学校休んだものだから、学校ではあそこんちは潰れたのかもしれない、
という噂がたった。

 ともかくも私もその他も無事で、でもその後しばらくは、地震がある度に涙が
出るほど恐ろしい思いをした。友達とも春までその話題で持ちきりだった。

 しかし、迂闊に阪神大震災の話をしてはいけない、と知ったのは高校生になっ
て、西宮の家が崩れて京都に越してきた子を不用意に傷つけてしまってからだっ
た。実際、家を焼かれて京都の親戚の家にいる人もいた。大学生になって、東灘
の男の子と友達になった時は、その傷は私のものとは比べようもない、とはっき
り思い知った。彼は目の前で近所のおばちゃんが亡くなるのを見て、幼馴染も数
人失い、住み慣れた街が崩壊する様を見たのだった。

 経験は豊かな想像力で補うことが出来る、とは私の高校時代の先生の言葉であ
る。確かに、作家は殺人なんかしなくても、殺人事件を書くことが出来るし、タ
イムマシンを使わずとも昔を描き出す。差異はあるとしても、私たちは相手が痛
いと思うことを感じることが出来るのだ。

 実際、他人の訴える痛みに対して大げさな、という人もいる。大げさなのは私
もそうだし、そのくせ、そういう人を見ると腹立たしくなって想像することなん
て止めてしまうこともある。だけどやっぱり、人の痛みには敏感でありたいし、
察する努力を惜しまないで行く。

 赤い月が出る今夜、思い浮かべるあの日のこと。あなたの気持ち分かるよ、と
は今も軽々しくは言わない。だけどせめて、元気出してね、あなたの気持ち考え
てみるから、と言えるような私でいたい。
 そして、口に出さずとも、思いやる距離を持てる私でもいたいと思う。


saki
青瓶読者

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●本日のウダツ
・月夜の晩は部屋の明かりを消してぼーっとしている子供でした。
 私はミミズクの鳴き真似が得意で、窓辺で鳴いていると必ず本物がやって来て、
しばらく一緒にコーラスしていました。求愛の相手が人間とわかると、彼(彼女
?)は首をくるっと回して飛んでいってしまいます。
 夜飛ぶ鳥はあまり縁起がよくないものも多いですが、月に向かって羽ばたくミ
ミズクはとても格好良いです。目も満月そっくりですしね(青瓶デスク平良)。


(月夜の書き込み歓迎。青瓶デスク“ミミヅク”平良)
BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/
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■「青い瓶の話」                              2003年 10月 7日号 No.49
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□編集長:北澤 浩一:kitazawa@kitazawa-office.com
□デスク:榊原 柚/平良 さつき/三浦 貴之
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