メルマガ:青い瓶の話
タイトル:「青い瓶の話」 No.44  2003/08/19


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 ■■■                  青い瓶の話
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 ■■■                                              八月の青い女たち。
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                                                2003年8月19日号 No.44
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●小特集、青瓶妙齢版

●Press Release 「海の家」by 渡邉裕之
○「緑色の坂の道」・北澤 浩一
○「甘ったれるな。てめぇのキバはてめぇで磨け!」・十河 進

○「一人歩き」・平良 さつき
○「なんの為に」・榊原 柚
○「海」・平良 さつき

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●Press Release
 渡邉裕之が書いた「海の家」に関するテクストが掲載されている雑誌を紹介す
る。

○雑誌『TITLE』2003.9(7/26発売 定価580円 文藝春秋社)の「海辺特集」で
ニュースタイル海の家についての動向をレポートしている。
・内容
ニュースタイル海の家の定義、ニュースタイル海の家の可能性を探る補助線を和
歌山、沖縄に引く試み(幻の海の家BAGUS登場!)、全長240mのパーゴラが海岸
を走る未来型の海の家の紹介。

○『MEMO』2003.9/26発売 定価530円 ワールドフォトプレス)で、海の家に対
するデザイン・サーヴェイの紹介。
・内容
国道下に寄生する海の家、高床式海の家、V字型屋根の海の家など様々なスタイル
をもつ海の家を詳細な図面とともに紹介する。そしてデザイン・サーヴェイとい
う作業にスポットライトを当てる試み。

○雑誌『X-Knowledge HOME』2003.9(8/10発売 定価1200円 エクスナレッジ)
ニュースタイル海の家デザイン論の第2回目。
・内容
海の家は、短命な存在の短さ故に、耐用年数の長さを目指すビルディングからは
見えてこないものを会得させる。それは大いなる時間のサイクル。その時間の流
れをみつめる。
→問い合わせ:渡邉 裕之:hiro-wa@qa2.so-net.ne.jp


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○緑坂
                サマー。




■ ポロシャツを干した。
 ハンガーに通し、窓の側に掛けた。
 風が吹くとひらひらしている。
 煙草を吸いながら眺めていると、昔の恋のことを思った。




                鉄線。



■ 他になにもない庭に紫の花が咲いている。
 言葉の少ない女性のような気もする。


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●「甘ったれるな。てめぇのキバはてめぇで磨け!」・十河 進


 真崎守、本名モリ・マサキ、
 マンガ評論する時のペンネームは峠あかね、だったはずです。
 先日、某MMにちょこっと書いた「高校さすらい派」と同じように時代の雰囲気
を出したマンガでしたが今読んだらどうでしょう。恥ずかしくなりそうです。

「高校さすらい派」を描いていた芳谷圭児は、「高校生無頼控」シリーズを描き
始めてほとんどセックスシーンばかりを売りにし始めました。
 それを映画化した時の主演俳優は「涅槃で待つ」と書いて京王プラザホテルか
ら飛び降りてしまいました。
 人生はままなりません。

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○「甘ったれるな。てめぇのキバはてめぇで磨け!」


「キバの紋章」というマンガがあった。「少年マガジン」が時代の象徴だった頃
の話だ。「明日はどっちだ」と途方に暮れていたヒーロー矢吹丈と、「父ちゃん、
姉ちゃん」といつも涙目で余裕もなく悲壮に生きていた星という名の野球少年が
奇跡的に同居していた商業雑誌に、ある時、徒花のように咲き誇ったマンガだっ
た。

 牙、ではなかった。キバ、である。真崎守という本名を逆さにした奇妙な名を
持つマンガ家は、「闇縛り」などという思わせぶりなネーミングの自己鍛錬の設
定に自己満足していたが、それでも若者たちを熱狂させた。時代を象徴するよう
に「さらば友よ」で稀代の二枚目アラン・ドロンを喰ってしまったチャールズ・
ブロンソンと同じ顔をし、同じ口ひげをたくわえたキャラクターが主要な役を担
っていた。彼は、主人公の狂児に言う。

  敵をたおすキバ 身を守るキバ
  なかまをやしなうためにエサをとるキバ

 同じ頃、日活のスクリーンには握り手を付けた喧嘩道具のチェーンを机に叩き
つけながら怒鳴る若き地井武男がいた。縮れ毛が額でウェーブしていた頃の地井
武男だ。短髪にして富良野で家を建て始める遥か以前の話である。彼は少年院に
入っていた元不良少年で、母親に頼まれて現役の不良少年の家庭教師を引き受け
る。彼は、自分と同じ道を辿った教え子に言い放つ。

  甘ったれるな。てめぇのキバはてめぇで磨け!

 それにしても……、あの頃はみんながみんなキバを持とうとしていた。ひとり
で生きていくにはキバを磨かなければならない。闘わない生き方など意味がない。
そう思っていた。
 しかし、キバとは何か。狂児のようにひと月も暗闇の中に籠もり、それでも狂
わずにいられる己のよりどころ、「非行少年 若者の砦」の主人公のように何も
怖れないでいられる自分の中に培った何か、それこそがキバではないのか。若い
頃のキバは、人を傷つける「敵をたおすキバ」ばかり……。

 多くの人は、歳と共に様々なキバを育て磨く。彼らは「身を守るキバ」を身に
付け、やがて家族を養うために「エサをとるキバ」を持ち、若い頃に人目に晒し
ていたギラギラした「敵をたおすキバ」を身体の奥深く秘め、日々を穏やかな顔
で生きていく。
 だが、生きてきた自信に裏打ちされたキバではなく、身のうちに隠し秘めた鋭
利なキバは、時々、自分の内部を傷つける。

→「非行少年 若者の砦」(日活/1970年4月4日公開)
監督 藤田敏八/原作 立原正秋/出演 地井武男 石橋正次 松原智恵子

十河進:sogo@mbf.nifty.com
出版社勤務

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○「一人歩き」・平良 さつき


 久しぶりに高校時代の親友に会い、自分の家よりだいぶ西の方の街で飲んだ。
沖縄人は嘘のように酒が強く、嬉しくてどんどん飲んだら、終電を逃してしまっ
た。心配する友の誘いを断り、気がつくと真夜中の通りを歩いていた。
 学生時代を思い出した。都心で飲んでいたにもかかわらず電車内で寝てしまい、
巨大な天狗の石像がある駅で帰れなくなったことが数回あった。当時の恋人と何
度も喧嘩をした。だって車もバイクも無いでしょう。この言葉が火に油を注いだ。

 大きくて人気の無いその通りは甲州街道だった。数回目にして初めて気付く。
知っている通りは不安を半減させてくれた。鞄の中に地図まで入っていた。乗り
始めたバイクに感謝。パトカー、チャリの警官とやたらすれ違う。横目でちらち
ら見られるのに、全く声をかけてこない。

 途中、大きな川に架かった長い橋を渡った。交通量が少ないから、はっきりと
水音がきこえる。真っ暗で、水面を覗くことができない。「ブエノスアイレス」
のサントラの滝の音にそっくりだった。懐かしいようで、明らかに私の日常生活
には無かった音。私は川の近くに住んだことがない。

 三つ目の駅を過ぎた頃、雨が降ってきた。時計は三時過ぎ。引き返そうかと思
ったが、先へ進んでしまった。次の駅まで歩いた方が、電車を待つ時間が少ない。
駅のあの冷たい床は好きではない。
 細い道に入って少し心細くなったが、新聞のカブが増え出したのがよかった。
ふいに暗闇から金属音がした。腰にぶら下げた鍵束のような音をさせて現れたの
は小さな柴犬だった。私の後をついて来る。首輪をしているが周りに飼い主は見
あたらない。歩き仲間の出現を喜んでいたら、二つ目の信号をなんの躊躇もなく
曲がって行ってしまった。口笛を吹いても、振り返りもせず。

 降ったり止んだりしていた雨が激しくなってきた頃、ようやく駅の灯りが見え
た。学生や会社員に混じって電車に乗りこむ。
 うたた寝をしていたらあっという間に着いた。まだ小雨が降っている。一度寝
ると嘘のように全身が重い。喉も渇く。

 ベッドに崩れ落ちて、被っていた帽子が無い事に気付く。酔っ払うといつもそ
うだ。何か店に忘れてしまう。タバコを吸おうとしたが、身体が動かない。頭も
へろへろ。
 目覚めて晴れていたら、バイクに乗って帽子を取りに行くことにする。私のお
気に入りはもう、あれしか残っていない。

平良 さつき:taira.s13@mbh.nifty.com
青瓶デスク

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○「なんの為に」・榊原 柚


 この扉の前に立ったのは、夢を見るためだったはずだ。

 手を離せば落ちていくことがわかっていた。いや最初から能動的にどこかへ
向かうわけではなく(それは重力ですらなく)、どうしようもなく浮かんでいる
だけの話で、よもや羽を使って飛び上がったりしようなんて考えは思いつきもし
なかった。いつか食べることも忘れて飛んだり、落ちたりを繰り返したのがいた
という話を聞いたけれど、昔のことだし、彼はヒーローではない。

 夢のなかへ浮かぶことだけが、ただ自分が積極的に求めていたことだった。
 そのとき自分は立っていず、座っていず、泳いでもいない。
 周りに色はなく、光もなく、生暖かいということがかろうじて、知っている
感覚を残しているだけで。
 夢の中には、最初なかなか押し出されなかった。感触を感じてしまうために
意識が邪魔をしていたのだ。しかしある瞬間感じた、瞳の光が、自分を導いた。
 あくまでも身を任せた。決して包んだり、包まれたりしなかった。
 熱が大量の汗となってそこらじゅう濡らした。

 眠りは不要だった。いつも中空に浮かぶだけで、身を任せるだけでよかった。
 彼はヒーローではないのだ。彼は意識に縛られた奴隷だ。自分を超えた力を自
覚できる世界なんてものは存在しない。意識によって移動できることなど、それ
がどこかに行くという目的を持っている以上、意味がない。それは意識を超えて
いない。自分は夢でいたいのだ。

 だから、誰の名前を呼ぼうが、それは実在ではなくて、無意識でもなくて、た
だの埃のような、埃に名前を付けて呼んだようなものだったのだ。
 名前なんて。

 夢を見るためだったはずだ。なぜ、夢の世界に入れない。
 皮膚から伝わらないということは、ただ時の侵食を待つだけしかできないとい
うことか。それでもよかったはずだ。夢さえ見られれば。
 あの夢が、リアルを伴っていたなんて嘘だ。
 皮膚を組織している細胞を焼却したら、それに誰か関係のないものが付けた呼
称がなくなったら、夢も、存在しなくなるということなのか。

 僕を救い出してくれ。扉のへりにつかまって手を伸ばして、ひっぱりあげて
くれないか。


榊原 柚:ur7y-skkb@asahi-net.or.jp
青瓶デスク

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○「海」・平良 さつき


 子供の頃、近所に遊ぶ場所が無かったから、よく海に行った。中学生になると、
当時初めてできた恋人を含め、仲の良い数人と磯釣りをするのが、夏場のデート
の定番だった。
 私の彼は、特に海が好きな人だった。「徳吉丸」という名の船で、彼とその祖
父は頻繁に沖まで繰り出していた。せっかくの休日に遊んでくれないこともしば
しばあったから、悔しくて一度ついて行ったら、もの凄く酔ってしまい、30分で
浜に戻された。

 大人の目を盗んで、友人達と酒盛りをしたのも浜辺だった。月夜は最高だった。
雲の動きに沿って、波の輝きがだんだんと砂浜に押し寄せてくる。得体の知れな
い何かが海から上がって来るようで、身体の芯からぞくぞくした。月光が白い砂
に反射して、周囲は妖しい輝きをおびていた。隣に座る彼の横顔も、いつもより
美しかった。

 ある日、彼はいつものように、祖父と二人で沖まで出かけた。そして、そのま
ま帰らなかった。二、三人乗りの小型船だったから、無線も付いていなかった。
 数日後、島の反対側に、船頭がひしゃげた徳吉丸が打ち上げられた。貨物船と
衝突したのでは、などの噂が流れたが、真相は分からなかった。彼とお祖父ちゃ
んは、いつまでたっても戻らなかった。

 葬儀のあった晩、私は一人で海に行った。台風の後だったから、波が荒れてい
た。満月だった。月光はいつか観たように、沖から浜辺へと流れてきた。思わず
横を見てしまった。そこには、白く輝く砂が広がっているだけだった。

 大学に進学した私は、アルバイトとサークル漬けで、海とは疎遠になっていた。
今年の夏、久しぶりに海へ訪れた。地元の海より波が高い。日が暮れると、あの
晩そっくりになった。月は出なかった。長いこと、海を見ていた。水平線のすぐ
上に、やけに明るい星が輝いていた。


平良 さつき:taira.s13@mbh.nifty.com
青瓶デスク

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●本日のウダツ
・お盆に仏様がやってくるというので、家族で迎える。
 人と物の移動があってばたばたと、新しい居場所で迎えることに。
 結局は予定が合わずに、かなり前倒しての集合だったのだが、それがたまたま
あの暑い日に重なった。山梨くんだりまでボロ車で出かける。
 暑い日中だと、静けさは余計に染み入るものだ。神妙な顔で祈ってはみるが、
仏様が来訪する気配はない。先祖連中も勝手に前倒されて迷惑なことだ。
 帰りは高速の入り口に入りそこなって、甲州街道をうねうね帰った。
 実際のお盆の最中には降り止まなかった涼しい雨。日本各地で執り行われた、
仏前の気まずくて不調和な沈黙を、打ち消してくれたものと思う。

・冷夏には、せめてあの島の、むっとした暑さを感じてください。
「海」は2002年8月16日号 No.15に掲載されたものです(青瓶デスク榊原)。

(雨でバイクに乗れない。青瓶デスク平良)
BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/
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■「青い瓶の話」                              2003年8月19日号 No.44
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□編集長:北澤 浩一:kitazawa@kitazawa-office.com
□デスク:榊原 柚/平良 さつき/三浦 貴之
□「青い瓶の話」BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/
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