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タイトル:廉太郎  2003/04/12


廉太郎を誘拐した。
その理由は寂しかったから・・22歳にもなる廉太郎を、車に押し込めて拉致してきたわけではない。計画的でもなく、ある朝偶然、廉太郎に出くわしてしまったからである。
 廉太郎も私のことをよく覚えており「みさきちゃん、みさきちゃん」と呟きながら家までついてきたのだった。

 いつもの朝より20分遅れて私はマンションのドアを開けた。昨夜、ついチャットにのめり込んでしまい、パソコンを手放したのが午前2時だった。坂口安吾という共通の話題で意気投合してしまい「堕落論」という彼の著作について話が盛り上がった。「堕落」落ちきってしまったらどんなに楽なことか・・ベットに入ってからもそんな蜜のような誘惑のことを考えながらうつらうつらしていた。
 30分も起床時刻がずれてしまった。本当に堕落したいならば、私は今日勤め先である銀行を休むのだろう。しかし、お金がいる。食事もしたいしお風呂にだって毎日入りたいし・・現実を遂行していくならば余計なことを考えるのは止めよう。
 その日の地下鉄は、日頃乗るものよりも込み方が少なかった。7時50分発の地下鉄には、紙袋とは一緒に乗れない。自分の体についている贅肉も変形してしまうぐらい込み合っているのだ。紙袋などは、目的地である名古屋駅につく頃には1本の棒のようになってしまっている。4,5本遅らせるだけでこんなにもスペースがあるのね、と頭上にある吊り広告を眺めていると、私のお尻に人の手の撫でまわす感触が伝わってきた。しかもかなり大胆な力のこめ方である。さらりと触るというようなかわいいものではない。
 きっと睨みながら振り向くとそこには私の背丈より頭二つ分ほど大きい男がのっそりと立っていた。長い眉毛がぼさぼさと生え、マブタが目を覆うように垂れ下がり、頬も引力のままに垂れ下がっているそんな顔。
「れんたろう?」
 私の口に懐かしいその名前が滑らかによみがえった。

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