メルマガ:ちょっとだけHなお話し
タイトル:ちょっとだけHなお話し10  2003/12/01


鬼のニノミヤ(番外)

ザッザッザッザッザッ。
「はっはっはっ…」
夜の闇の中。
足元の悪い藪の中を、子供が走っていた。だいぶ長い時間走っていたようで
かなり息が荒く、その表情は必死だった。
ザッザッザッザッザッ。
「はあっ、はあっ、はあっ…」
着ている物は土や草に塗れており、木の枝で引っかけたのかところどころが
破損している。足には何の履物もなく、泥で汚れ、草の端で傷つけられ、血
さえ滲んでいた。
ザッザッザッザッザッ。
「は、は、は…っ…うっ!」
藪の中から開けたところに出るや、子供は転倒した。顔、肘、膝等をしたた
かに打ち、身悶える。
「クソッ…!」
苦痛をこらえ、なんとか顔を上げた時、子供の表情は絶望の色で満ちていた。
囲まれていた。人間ではない何かに。
辺りを包む暗闇より深く黒い、無数の何か。
「ツカマエタ」
「ツカマエタ」
「ツカマエタゾ」
それは地面より次々と這い出し、数を増やし、見る間に子供を取り囲んでい
った。よくよく見ると、能面に見えるそれの中央には顔のようなものがあり、
それぞれが苦悶の表情を浮かべている。
「『タマ』ヲダセ」
「『タマ』ヲダセ」
「ダシタラ楽ニ殺シテヤル」
それらはじわり、じわりと近づいてくる。苦悶の中にも、この状況を楽しむ
様が見てとれた。
「ダサナイナラ苦シメテヤロウ」
「スベテノ指ヲ切リ落トシ、四肢ヲ切断シ、目、鼻、口ヲソギ落トシ、皮ヲ
剥イデヤロウ」
「ソレカラユックリ『タマ』ヲウバッテヤロウ」
子供は自分の行く末を思い、震えあがった。
「ダセ!」
「ダセ!」
「ダセ!」
黒い物が一斉に近づいてくる。子供は蹲りきつく目を閉じた。
「ナンダオ前ハ?」
「何者ダ?」
「ナニヲ…!」
黒い者たちが騒ぎ出し、何者かと争っている音が聞こえた。何か身のある物
を切り裂く音、音、音。魔物達の断末魔の悲鳴。
やがて静寂は訪れた。
「おい、生きてるか?」
一人、生き残った者が声をかけながら近づいてくる。先程の不定形の魔物た
ちとは違う、命のある人間の声。響きからして成人した男性だということは
分かる。男が蹲るその背に触れようとした瞬間、子供は間合いを計り、懐の
小刀で相手に切りかかった。
「だあぁぁっ!」
既のところで男がよける。
「アブネェガキだなオイ…」
「さ、さ、さ、触るな!」
小刀を構えたまま子供は男を睨み据える。殺気立っているようには見えるが、
刃物を持つ手が震えている。
男はニヤリ、と笑って子供を見返した。
「別に俺はおめェを殺しに来たワケじゃねぇよ」
「知ってる…あんたは生きた人間だ。さっきのやつらとは違う」
そうは言っても、警戒を解いたわけではなかった。あいかわらず刃先は男の
方を向いている。
「お前ぇ、『タマ』持ってんだろ?それ俺にくんねえかな?」
「だっ、ダメだっ!」
反射的に子供は胸元を抑えた。
「そこかぁ」
既に鞘に収められていた刀をくるりと回し、柄で子供の着物を器用にはだけ
ると、赤ん坊の拳ほどの球体が胸元からこぼれ落ちた。
(オッ、女だ)
はだけた部分からわずかに認められた膨らみを、男は見逃さなかった。見た
目ほど幼い子供ではないようだ。
「なにすんだバカヤロウ!」
慌てて小刀を投げ捨て、足元に落ちた球体に手を伸ばしたが、一瞬早く男の
手がそれを奪っていた。
「うん。確かにコレだ」
無色透明の美しい玉だった。この暗闇にあって、わずかな月の光を吸い込み、
辺りを明るく照らしている。
「バカ!返せ!それはあたしんだ!バカ!」
「うるせぇなあ…命の恩人にバカバカ言うな!」
長身である男が件の玉を空に掲げているため、子供の手には届かない。それ
でも必死で、それを取り戻そうと飛び跳ねる。
「フン…助けてくれなんて言ってないね!とにかく返せよ!それはあんたが
思ってるような…イイモンじゃないんだ!」
「ちっ…子供を見殺しにしたら夢見が悪ぃから助けたのによぅ。だいたいコ
レは、もともと俺のもんなんだぞ。どっかのジジイが俺の懐から掏りやがっ
てよ。おかげで一からやり直しだっつの…ん?お前ぇこの『タマ』がどんな
もんか知ってんのか?」
子供の動きが止まった。明らかに表情が強張っている。
「そいつを持ってたらさっきみたいに化けもんに襲われる…」
「そーいうこった。子供が持つもんじゃねぇ。じゃあな!」
男は球体を懐に入れ背を向けると、来た道を足早に戻っていった。
「あ!ま、待て!返せ!」
子供も後を追う。

「しつっけぇなあ…」
「『タマ』を返せ!それはあたしの父のもんなんだ」
延々と歩き続ける男の後を、子供がついて行く。あたりは既に白んでいた。
人のいる町からはとうに外れている。切り立った崖を拙い丸太橋でやっとつ
なぎ合わせただけのような険しい場所まで来ていた。
「だからこれは俺のもんだっつの!お前ぇの親父じゃねえのか?三年前に俺
からこいつを盗ったのは?」
「そんなわけないだろっ?父はそんなことしない!」
「…どーでもいいやぁ」
言うが早いか、男は走り出した。
「まっ、待て!あんたの望みはなんだ?」
子供の問いかけに、男の足が止まる。
「…なんだと?やっぱり知ってんだな?この『タマ』がなんなのか!」
「話に聞いただけだ。そいつを肌身はなさず三年間持ち歩いていれば、なん
でも望みが叶うんだ。だけど夜になるとそいつを狙う化けもんたちが襲いか
かって来る。まいんちだ」
苦々しげに子供を見つめていたが、やがてフン、と鼻を鳴らして一笑した。
「望みが叶うなんてもんじゃない。万能の存在になれるんだ」
「そ、そんなイイモンじゃない!」
「そう思うならなんでお前は殺される危険を冒してまで『タマ』を持ってた
んだ?だいたい親父のものをお前が持ってたら意味ねぇぞ?」
子供は指が手のひらに食い込むほど握り締め、恨みがましい目で男を見つめ
る。話に夢中になっているように見える間も、自分の目線より高い位置にあ
る相手の懐を狙い、スキを探していた。
「父は…もういない。二日前に死んだ。」
「ヤツらにやられたのか?」
「…いや…なんとかヤツらからは逃げきることができたんだ。だけど…望み
は成就しなかった。父は…父自身も化けもんになり果て、母と…兄、妹さえ
も父に殺された。…私だけ、逃げ延びた…」
男の顔に困惑した様子は見られない。カ、カ、カ、と顎をしゃくり、目の前
にいる子供に見せびらかすように笑ってみせた。
「そりゃ、お前ぇの親父の心が弱かっただけだろ。下手に甘い感傷なんざぁ
持ってると逆にこの『タマ』の餌食になる。俺には捨てるモンなんかないか
らな。絶対にそうはならねぇ!」
「うっ…」
子供は絶句する。
「分かったらもうついて来んな!」
鞘に収めたままの刀を取り出し、足元をトンと突くと、バランスの悪い橋が
簡単にずれ動く。男の姿は橋と一緒に、子供の前から消え去った。

陽が落ちれば月はまた顔を現す。恐怖に満ちた夜は繰り返される。男は深い
藪の中で、手元に戻ったばかりの玉を月明かりに照らし見つめていた。本来
なら体を休めていたはずの日中は、子供に費やしてしまった。疲れのために
薄ぼんやりとした頭を下膊でもたげ、時折首を左右に振る。
ザッ。
項垂れた男の視界に、履物をつけていない小さな足が入ってくる。人の気配
さえ感じ取れないほど、体の感覚が鈍っていた。
「やっと見つけた…」
「しつっ…けぇなあ…」
男は深い溜息をつく。過酷な夜を疲れた体で過ごすハメになった原因がまた、
目の前にいる。昼間の、崖から落ちるという無茶な行為も全て無駄になった
のだ。
「『タマ』を返せ。返したらもうあんたの前には現れない」
「…返して欲しけりゃ俺から取ってみな」
玉を再び懐に仕舞い込み、胸をバン、と叩く。その言葉に吸い込まれるよう
に、子供は細い腕を伸ばした。
「言っとくけどな…」
くわ、と大きな口を開け、欠伸交じりに言い放つ。
「お前ぇ、俺に捕まったら犯されると思えよ」
「…なっ」
本気なのか冗談なのか分からないその口調に、思わず伸ばした手を引き戻す。
無意識に胸元を隠していた。カ、カ、カ、とわざとらしく男が笑った。
「…う〜っ、もうダメだ…ちょっとばっかり寝るわ。ヤツらが来るまで我慢
できねえ…お前ぇ…見張ってろよ」
「なっ、なっなっ、なんであたしが!」
無防備にも仰向けになり、男は寝転がってしまう。
「ま、ヤツらの標的は今日から俺だからな…見殺しにしたっていいぜ…」
「そうだね、あんたが死んだらまた『タマ』が手に入るかも知れないからな
!」
気丈に振舞ってみせてはいるが、昨夜の魔物たちを思うと戦慄せずにはいら
れない。自分を抱き締めた両上腕に鳥肌立っているのが分かる。
「なぁ…お前ぇの望みはなんなんだ…?お前ぇの親父の成れの果までみせつ
けられて…それでもこの『タマ』を手放せない理由はなんだ?」
「…言わなけりゃならないのか、あんたに?」
男は何も答えなかった。暫くの間、沈黙が続く。
「…元に戻りたいだけだ…。父と、母と、兄と、妹と…あたし。普通に暮ら
したいだけだ…」
「死んだヤツが元に戻るかよ…」
「そっ…そんなこと!分かるもんか…」
再びその場は静寂に包まれた。全く動かなくなった男に対して、子供は落ち
着きなく体を揺すらせていた。たった数分が何時間にも感じられる。
「…眠ったのか?」
この静けさにおいてさえ、聞き取れるか否かという程の小声で尋ねる。案の
定、返事はない。小さな寝息だけが聞こえている。
生唾を飲み込む音が通常より大きく感じられる。
子供はできるだけ音を立てないようににじりより、男の懐に手をやる。
「…あっ!」
着物の合わせ目に指が触れたかと思った瞬間、子供は組み敷かれていた。
「…ったくガキは単純だな。考えるってことをしねえ!」
「てっ…てめぇ!やっぱり寝てなかったんだな!」
硬く筋肉の張り詰めた体と、小柄で鍛えた形跡のないそれでは、力の差は歴
然としている。
「グェッ!は、放せ!ゲッ!」
子供は片手で細い首を締めつけられ、指がそれ以上体に食い込んでこないよ
う、両手で抑えるのが精一杯で、男の行為を止めることはできなかった。
「ガキだって容赦しねぇから覚悟しとけよ!」
「ウ…ウ…ウッ…い、いやだ…」
腰紐を解き、ボロ雑巾のような衣服を剥ぎ取るだけで着ている物は全てなく
なってしまう。少女らしい、未成熟な体が露になった。着物に守られていた
部分は普段から露出している顔や手足のように汚れておらず、本来の白い肌
が見て取れた。
「ギャッ!い、痛い!やめろっ!」
捕らえていた小さな体を裏返すと、右手首を捻り、次に左の足首を掴み上げ
てそのふたつを腰紐でくくりつけた。恐怖と苦痛と恥辱が相俟って、子供の
顔は引き攣り、全身を震わせた。
「こ、こっ、このっ…何する気だっ?」
相手にも分かるように顔を近づけ、男はわざとらしくニヤニヤと笑ってみせ
た。
「ん?…なあ〜んにもしねぇよっ!」
言うが早いか、動きの取れなくなった子供を残して立ち去った。
「あぁっ!な…バ、バカヤロウ!解け!解いていけ!」
「やだね!自分でやれ!」
カ、カ、カ、と高笑いだけがその場に残る。
『玉』のせいで薄明るく見えていた景色も、男が消えると一緒に喪失する。
辺りは既に闇黒に染まっていた。

「オ前ダナ?」
「オ前ダナ?」
「『タマ』ヲ持ッテイルノハオ前ダナ?」
闇の使者達が男を取り囲む。
「よぉっ。昨夜はまだ挨拶してなかったな」
感情があるかさえ不明な影の魔物たちに軽口を叩く。口元に笑みを湛えては
いるが、全身から立つ殺気が男の周囲を凍らせるようだった。
「三年ぶりだな。また会えて嬉しいぜ」
「『タマ』ヲダセ」
「『タマ』ヲダセ」
「ダシタラ楽ニ殺シテヤル」
昨夜と同じように魔物は『玉』の持ち主を包囲したまま脅迫する。腰から下
げた刀にようやく男の手がかかる。
「ダサナイナラ苦シメテヤロウ」
「スベテノ指ヲ切リ落トシ、四肢ヲ切断シ、目、鼻、口ヲソギ落トシ、皮ヲ
剥イデヤロウ」
「ソレカラユックリ『タマ』ヲウバッテヤロウ」
「ちぇっ…相変わらずおんなじことしか言わねぇなあ」
魔物の次のセリフを待たずに、男の得物は抜き放たれた。無数にいる使者は
次々と切り払われ、夜の闇に溶けて消えていく。
「ケーッ!弱ぇ弱ぇ、ほんっと相変わらずだ」
その場にいた使者が残らず切り捨てられるまで、そう長い時間はかからなか
った。全てが塵と消える前に、得物は鞘に収められる。
「おっ、決まった」
カ、カ、カ、と高笑いする男の背後に、わずかに一体、生き残った魔物の影
が伸びる。油断しきった肩を捕らえ、地面に打ちつけた。
「ううわ!」
体勢の整っていない相手に向かって、影は鋭い刃先のようなものに形を変え、
襲いかかる。
「でーーーっ!」
ザクッ。
魔物の凶器は既のところで男の体を避けていた。そして次の瞬間、他と同じ
ように消え失せる。月明かりの下、魔物を仕留めた小刀を構えたまま震えて
いる子供が現れた。
「おや、ま…」
「…昨夜助けられたからな…」
荒い息を整えた後、突っ慳貪な態度でそう言い放った。
「自力で抜け出してきたんか?」
「あんたがあたしの小刀をすぐ側に置いてったから。でも腰紐が切れてダメ
んなった。着物も袖が破れたし。弁償しろよ」

「ほんっっっ…とにしつっこいな、お前ぇ」
「…あんたはこれからどこにいくの?」
「知るかよ!どこにも行かねえし、どこにも留まらねえよ!」
場所は山奥の洞穴にまで移動していたが、男はやはり子供に追い回されてい
た。昼は子供、夜は魔物を相手にする毎日で、疲弊の色が見て取れた。
「だからよぉ、着物は後で返すって言ってんだろぉ?今は金がねぇから弁償
なんかできねえの!」
常に一定の距離を置いたまま、子供は無言で側にいて、機会を窺っている。
一度、餌をやった犬がどこまでもついて来るような感覚でもあった。
「…分かった。分かったよ。ほれ、返すっから。もう家に帰れ」
「別に…家に帰っても誰もいないし…もう道なんか分かんない」
「家に帰んなくてもいいからそれ持ってどっか行けっつの!」
懐から件の『玉』を取り出し、離れた相手に向かって投げる。とうとう疲労
に負けて渡してしまった。
足元に転がる玉を暫く無言で見ていたが、子供はやがてそれを蹴り返した。
「あぁっ!何しやがる!」
「…別にいんない。もう、こんなの」
「なんだとう?」
男が立ち上がり、怒りに任せて子供の襟首をつかんだ。腰紐の代用に、適当
にみつけた草の蔓を巻いて押さえていただけの着物がスル、と肌蹴た。
「どういうことだっ?お前ぇなあ、今度こそ犯すぞっ!」
着物の前を隠そうともせず、負けじと男を睨み返したまま言い放った。
「…一緒に連れてって」
「なあにぃ?おい、お前ぇ自分の言ってる意味が分かってんのかっ?」
問いには答えず、その代わりに衣服を脱ぎ捨てた。男の言葉の意味を、全て
とまでは行かなくとも理解し、容受する意思を示しているのだった。同じ言
葉をもう一度繰り返す。
「一緒に連れてって!」
「お前ぇ、俺をナメてんだろっ?ガキでも容赦しねぇって言ったよな?」
両肩をつかみ、乱暴に岩壁に打ち付ける。子供はウッ、と一度唸った後、男
から顔を背けた。唇を噛み、強く目を閉じ、次に起こるであろう行為に耐え
る準備をしていた。
「…クソッ!勝手にしろっ!」
苦々しげに舌打ちして、小さな肩から手を放す。足元に落ちた着物を拾い上
げて子供に投げつけた。不思議そうな顔で見上げる子供にもっともらしく付
け足した。
「今考えついたんだがな、やっぱりまだお前ぇには早い!」
「…?」
振り向いて、子供の前で指を立ててみせる。
「3年待ってやるからなっ!3年後だ!そん時んなったら存分に犯してやる
からなっ!いいかっ覚悟しとけよ!」
言葉の意味も分からず最初は呆けていたが、やがて子供なりにも男に拒絶で
はなく、受容されたのだと理解して、頷いた。
「ちぇっ、なに笑ってんだよ!」
嬉しそうに微笑む子供の鼻を摘み上げる。
「それまでの分まとめてやってやるからな!そん時になって逃げ出すなよ!
一日平均2回でえーと…利子つけて3000回だっ!」
男が捲し立てる意味は特に考えず、子供はただ頷いていた。
「ぜってぇ〜容赦しねぇからなっ!お前ぇ…」
遠く過ぎ去った過去の物語―――。

                             (おわり)

こんにちは、ヒロです。毎度ご愛読、ありがとうございます。今回は以前に
書いたニノミヤの番外編をお送りいたします。
最近、PCがぶっ壊れました。ハードは守られていたので今まで書いたもの
はダメになっていませんでしたが、ちょっとショックでした。
リヴリーを飼っています。もし同様に飼っていらっしゃる方がおられました
ら、ゼヒ書き込みなどお願いしますv「/drive 世界一かわいいリンコの島」
で、お待ちしていますvv

                                ヒロ

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