メルマガ:ちょっとだけHなお話し
タイトル:ちょっとだけHなお話し9  2003/10/31


ブロン・レイ2

「…っ!」
少女の首筋に深々と針が突き立てられた。口を塞がれ、悲鳴を上げることも
できない。痛みのためかショックのためか、ガクガクと痙攣を起こし、過呼
吸を繰り返している。
「忘れろ」
そう言って針を抜き去った後、少女の瞼を掌で覆った。催眠術にでもかかっ
たように少女は眠りについた。
立ち上がると少年は前の開いていたズボンのチャックを上げ、砂埃で汚れた
体をパン、と叩いた。
「…ブロン・レイ、もういいよ」
ギギ…ギギギ…。
銀色の髪を持つ美しい顔の青年が、建物の陰から現れ、少年の元へ参じる。
その動きは緩慢かつ不自然で、体を動かすたびに奇妙な音がしていた。
ブロン・レイと呼ばれた青年は少女を抱え上げ、ゆっくりとした動作でその
場を去って行った。少年も彼とは別の方向へ消える。

「不思議な事が起こるもんだ」
でっぷり太ったハゲ頭の中年が噴きだす汗をしきりに拭いながら呟いた。
「近頃この辺で暴行事件が多発していてなあ。と言っても襲われた本人は記
憶が皆曖昧で、犯人の断定は難しいそうだ」
不機嫌そうに目の前に突っ立っている少年に言い聞かせるように、ハゲ男は
喋り続ける。
「なんでも人形のように綺麗な男が現れて、年端もいかない少女達を誘惑す
るって話だな。彼女達が覚えているのはそれだけで、それから一時間ばかり
正体を失って、気がつくと男と出会った場所で倒れているって寸法だ。本人
に覚えはないが、体には暴行の跡があるとか」
「あっ、そう」
その年齢には不似合いなほど、子供がするようなつっけんどんな返事を彼が
返す。
「だがたまに夢に見る娘もいるそうだ。ここに」
トントン、とハゲ男が自分の額をつついて言葉を続けた。
「大きな傷のある男に襲われている夢をな」
「なにが言いたいワケ?」
机の前に立つ少年は反射的に自分の額を抑えた。言葉とは裏腹に、明らかに
動揺している。
「テルミ、お前に渡した物はまだ試作品でな、人の記憶を完全にコントロー
ルできるわけじゃないんだ。どこかでボロが出る」
「なんだよ…その事件の犯人が僕だって言いたいの?冗談じゃないよ!いま
どき額に傷があるヤツなんてどっこにでもいるじゃないか!」
ハゲ男が汗を拭っていた布切れを灰皿の上で絞った。一滴、二滴と老廃物の
入り混じった水が滴る。
「そうだな。顔に傷があることは珍しくない。だが記憶操作ができる人間と
なると自ずと数は限られるもんだ。テルミ、お前がフッカーを抱けないのは
知っているがな、自分の都合でこれ以上一般人に危害を加えるようなことが
あったら、ワシはもうお前を擁護できんぞ。ワシはお前の保護者として…」
「…そんな話つまんない!疲れてんだ、もう行くからね!」
プイと拗ねたように横をむき、部屋を出ていこうとするのを、すかさずハゲ
男が呼び止める。
「それからな、ブロン・レイの処分の件だが」
その言葉を聞いた途端に少年は体を激しく揺らし、振り返る。目を大きく見
開き、歯を剥き出し、今にも殴りかかりそうな形相だった。
「ブロン・レイはまだ大丈夫だって言ってるだろっ!」
「だが体中ガタガタじゃないか。五年前の負傷が元で足を引きずったままだ
し、ボディそのものが古くて工場でも部品がないんで修理できない。ハード
だって要領が小さすぎて新しい情報がもう入らない。ブロン・レイはもう古
いんだ」
ハゲ男に詰めより、ガンと机を殴る。
「ブロン・レイはまだ使える!」
「今までのメモリを消去すれば多少はバージョンアップも可能だが、お前が
それを許さないんじゃないか」
ガン、ガン、ガン、と繰り返し机を打ちつける。
「ブロン・レイが僕を忘れるなんて嫌だ!」
「以後の仕事には新しいアシストを使えばいいじゃないか。ブロン・レイは
部屋にでも置いておいて、お前専用のオルゴールにすればいいだろう?」
「ブロン・レイはオルゴールなんかじゃない!ちゃんと仕事をしてるじゃな
いか!」
「前回の仕事も途中で止まったそうだな?お前のその傷だって」
脂で湿った指先でテルミの額を指す。
「ブロン・レイの失敗でそうなったんだろう」
「ブロン・レイの失敗の分、僕が頑張ってるじゃないかっ!」
「処理士にサポートされるアシストがいるか」
ハゲ男に言いくるめられ、テルミは押し黙るしかなかった。どう返しても相
手の方に分がある以上、口頭で勝ち目はない。
コンコン。
「もういいかい?」
ノックの返事を待たずに一人の女が扉を開けた。
「ウロコ・レディー!」
テルミとハゲ男の言葉がダブる。
流れる金髪と白い肌、美しいプロポーションを魅惑的なドレスで包んだ女だ
った。鋭く高いヒールのために本来の身長よりかなり高く、威圧感がある。
アゲハ蝶を模った仮面と厚化粧のため、その下の素顔と表情は分かりにくい。
「二人とも、久しぶりだねぇ」
真っ赤な口紅で塗り固められた唇の両端をキュッと吊り上げる。
「ウロコ・レディー!会いたかった!」
子供のような顔に満面の笑みを浮かべ、女に走りよる。テルミは彼女にむし
ゃぶりつくように抱きつき、線は細いが豊満な胸を堪能した。
「相変わらずだねえ、坊や」
今度はハゲ男の方が不機嫌になる番だった。だがさすがにその様子を態度に
だすことはせず、咳払いを一つしてみせた。
「ウロコ・レディー、君は最近戦災孤児の女の子を集めて事を興しているよ
うだね?」
「ええ、戦争の被害で身寄りがなくなったからと言って、将来フッカーにな
らなければいけないと言う決まりはありませんわ。きちんと教育して、鍛え
れば立派にこの国にも貢献できてよ」
テルミを引き剥がしてハゲ男の方へ歩み寄り、片足を上げ机に腰かける。ス
リットの入った長い革タイトの中から、黒いストッキングに包まれた脚が覗
く。ほどよく筋肉のついた太腿、美しい膝頭、足首は細く引き締まり、ふく
らはぎからかかとにかけてのラインはボーリングのピンを逆さにしたような
形をしていた。
「ただ、気の長い計画でしょ…金銭的に少しムリがありますの。だから、こ
うして方々を回って歩かなければいけないんですけれど…」
女が喋るたびに紅い口から垣間見える舌が、別の生き物のように蠢いている。
ハゲ男は間近に迫ったその官能的な生物に見惚れていた。
「ねぇ所長?こちらの地域は随分と素晴らしい成果を上げているようですけ
ど、所長の手腕の賜物かしら?」
「ウロコ・レディー!」
テルミが女の腕を強く掴み、机上から引きおろした。
「…んもう…分かったわよ。それじゃ所長、後ほどビジネスのお話に伺いま
すわ」
二人は連れ立って出て行く。後に残されたハゲ所長は渋面を作り、苛立たし
げに傍らにあった椅子を蹴飛ばした。

「本当にあんたはいつまでたっても赤ちゃんみたいだねぇ」
「ウロコ・レディー、ウロコ・レディー、ウロコ・レディー、会いたかった
…」
ベッドの上で女は全裸の上体を起こし、彼女の白い太腿を枕に寝そべる少年
の頭を撫でていた。
「私は仕事のためにここに来ているんだよ。あんたは私や私の仕事を理解し
てくれているの?」
「もちろんだよ!でもガマンできなかったんだ…」
金髪のウィッグと仮面を外し、化粧を落とすと女は驚くほど若いことが分か
る。というよりは、ひどく幼い顔つきをしていた。仕草や言葉使い、態度を
見た限りでは成熟した大人のように思えるが、見た目はともすれば少年より
年下にも見まがうほどであった。ピンヒールを脱いでしまえば身長も十数セ
ンチ下がる。栗色の髪と同じ色の大きな瞳が愛らしい美少女といった風情だ
った。
「ねえウロコ・レディー、お願いだよ。僕以外の男を抱かないで。気が狂い
そうだ」
「フフ…分かってるでしょ。私は他の男達と『プレイ』はしても、抱くのは
坊やだけよ」
太腿を抱きしめたまま、少年は何度もうなづいた。
「あんたこそ、もうおかしなマネはやめたらどう?あんたの噂…聞いてるよ。
おかしな事件を起こしてるんだってねえ」
「そんなの噂だけだよ!…でもウロコ・レディーがずっとそばにいてくれた
らきっとそんな噂も流れなくなる」
女は少年の耳たぶを軽く撫で、頬、唇、首筋へと指を走らせる。
「ねえウロコ・レディー…僕はさ、もしかしたらもう死んでしまった方がい
いのかも知れない…」
指の愛撫に打ち振りながら、少年が呟く。
「生きてても悪い事ばかりしてる。分かってるのにやめられないんだ。それ
に毎日がすごくつまらない…」
「何言ってるんだよ…」
自らが撫でた場所をなぞるように、柔らかい唇を這わせていく。
「さ、もう行かなくちゃね」
「嫌だ!もっといて…」
「…さっき私の仕事を理解していると言ったばかりでしょう?そうやって私
の邪魔をするのが、あんたの楽しみなの?ダダをこねるんじゃないよ」
先程までの優しげな表情からがらりと厳しい顔つきに変わる。少年はその変
化におののき、主人に叱られた子犬のように縮こまってしまった。
「ごめん…なさい…」

おぞましい光景だった。
女からは覗きに来ないようにと再三注意されていたが、好奇と嫉妬の心に負
け、ついにドアを開けてしまったのだ。
そこにはハゲ所長を縛り上げ、長い鞭を振るい、ピンヒールで踏みつける彼
女の姿があった。
これが彼女の言う『プレイ』である。ハゲ所長は歪んだ快楽に身を委ね、女
も残忍な行為に愉悦の表情を浮かべている。どちらも、少年の知っている人
物とは別人のように思えた。
彼はその場にうずくまり、悲鳴とも喘ぎともつかない声に耳を塞ぎ、ただ時
間が過ぎて行くのを待っていた。
「ウロコ・レディー…ウロコ・レディー…。ああ…いやだ、いやだ、いやだ、
いやだ、いやだ…」
うなされた精神患者のように虚ろな目で繰り返し女の名を呼んだ。

「きゃあ…あ…あ…っ」
自分の肩に食い込む注射針を恐怖で見つめる目も、次第に閉じて行く。少年
の新たな被害者となった少女は、これで全てを忘れることになる。
「う、ううう…どうして…」
どうして僕はこんなに虚しいのか。これまで幾度となく心に問うた言葉。
敗北感、虚脱感、無力感、無気力感。
幾度弱者を力で制しても、少年の中の負の心は消えなかった。涙が頬を伝う。
「坊や…」
不意に自分の名を呼ぶ声に顔を上げると、そこには見知った姿があった。
白装束を身に纏い、ゆったりとした動作で近づいてくる。風になびく金の髪
が夕日に照らされ、一種神々しい雰囲気があった。
「坊や、泣いているの?…悲しいのね」
「ウロコ・レディー…」
少年の行為を咎めようとせず、落ち着いた態度で女は歩み寄ってくる。
「かわいそうな子…あんたの求めるものは、この世のどこにもないっていう
のに」
「…うぅっ…」
広げられた腕の中に彼は飛び込み、胸にむしゃぶりついた。
女は少年を抱きしめ、無言で髪を撫でる。
むせび泣いていた少年の体が電撃に打たれたように痙攣し、彼は低くうめい
た。慌てて女から離れると、突然腹に感じた鋭い痛みの原因を確かめる。
信じられない、といった観で自分の体に深々と沈んだナイフと女を交互に見
比べた。
「テルミ…あんたを愛してるよ。だけどあんたはおイタが過ぎた」
何か言いたげに口を動かしているが、声を出すための力もなくなっていた。
ナイフは刺し込まれ、肺に到達したのと同時に抉られている。ヒュウヒュウ
と不気味な音だけが少年自身の耳に聞こえていた。
とうとう力尽き、地に膝をついた。女が再び腕を広げ、うずくまる少年を胸
に抱く。
「痛い?今、抜いてあげるからね」
体内深くまで侵入していたものを抜き去ると、大量の血が流れ出、女の白装
束に染みを作っていった。
「眠りなさい。抱いててあげるから…」
ついに少年は果て、見開かれていた目と口は女の手によって閉じられた。
「ブロン・レイ、あんたも辛かったろう?」
ギギギギ…ギギギ…
とうに住む者のいない建物の影から青年が姿を現す。
既に命令なしでは動くことすらできなくなった等身大の人形に、『辛い』と
いう感覚があるとも思えなかったが、あえて女が労いの言葉をかけた。
少年の体を彼に預け、先程から眠り込んでいる少女を抱き上げる。
「私はこの娘を連れて行くから…あんたは好きにしていいよ。どうせ所に帰
ったらスクラップなんだから」
ギ…ギ…ギ…。
女が去った後、物を言う意思さえない青年はテルミの体を抱いたまま立ち尽
くしていた。

廃墟の中に不自然に盛り上がった土がある。崩れることのないよう周囲を鉄
くずでかこみ、中央に鉄柱が差し込んである。まるで鉄をかき集めて作られ
た墓標であった。
その横に、一人の青年が座っている。
死人のように身動きもせず、まばたきもせず、呼吸の気配すらしない彼は、
ただ鉄の墓標を見つめている。
だが、歩み寄ってみれば分かるだろう。彼が小さな声で歌っていることを。
低く澄んだ声が繰り返し繰り返し、オルゴールの様に歌っていることを。
子守唄のような鎮魂歌のような、優しく悲しいメロディーを。

                               おわり

こんにちは。てへへ、なんかちょっと恥ずかしいです。ろくに勉強もしない
でこんなの書いちゃってます。
ところで。今、リヴリーとかやってます。毎日ログインしておりますので、
もしリヴリー飼ってらっしゃる方がおりましたら声かけてくださいね。「世
界一かわいいリンコの島」っていう島です。
                                ヒロ

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