メルマガ:ちょっとだけHなお話し
タイトル:ちょっとだけHなお話し8  2003/10/01


ブロン・レイ

「明日、作業屋が来るってよ。」
安煙草をふかしながら、男が言った。その言葉からは何の感情も伝わって来ない。男
の話したことは、さして重要な情報ではない。単なる場つなぎの言葉なのだ。
「ふーん?」
横で聞いている女にも特に感動はない。乱れた髪を手櫛ですきながら男が帰り仕度を
始めるのを待っていた。
「噂なんだけどよ、その作業屋ってのが例の…アレらしい。」
「…!『疫病神』?」
先程とはうって変わって女は目の色を変え、身を乗り出した。
「興味あんの?」
男はあからさまに不機嫌そうな顔をして見せた。その様子を察知して、男を諭すよう
に頬に口づける。
「んん…ふふふ。あんたの次にね。」

 その国は、ニ十年以上も戦争をしていた。よそでは発掘できない、価値のある鉱物
が発見される国で、複数の国から狙われていた。
 男も女も皆、戦争に慣れきっている。そして、腐敗していた。

「ついたよう、ブロン・レイ。」
目の大きな少年があくび交じりに呟いた。傍らの、フードを深く被った人物が小さく
頷く。完全に停止するのを待たずに少年は車から飛び降りた。
「んーっ、今度も長かったねえ。お尻が痛くなっちゃったよ。」
少年は固い座席と長時間の揺れから解放されて、嬉しそうに伸びをした。運転席にい
たもう一人も少年に習って、エンジンを止めても未だ激しく揺れる車からゆっくりと
離れた。
小柄な少年とかなり長身の人物であった。息を殺して様子を伺っていた現地の人間た
ちは、まず少年に目を惹かれた。
この場所…戦場の只中にはおよそ不似合いな、明るい表情がかえって不気味である。
「あのねえ、ブロン・レイ?今度の『ホテル』はちょっと変わってるんだよう。」
長身の人物は、無言のまま頷いた。
「女性がいるんだ。『ホテル』に女性がいることは別に珍しくないけどさ…そういう
女性っていうのはだいたいワケありだったりするだろ?物乞いが目的だったり、どっ
か遠くから浚われて来た女性だったり…。どうもここにいる女性は自分からすすんで
やって来たらしいんだなぁ。」
傍らの人物はただ少年の話しに耳を傾けている。
「きれいな女性らしいよ。戦場の女神様ってとこかな。でもまあ、男性と寝て生計を
立ててるんだから物乞いとあんまり変わんないかあ。」
「生意気な子供。」
二人のやり取りを伺っていた女が建物の影から姿を現す。少年の暴言に別段腹を立て
ている様子はなかった。彼女が偏見を持った目で見られることは珍しくないが、あか
らさまに口に出して言うものは少なかった。容姿に不似合いな少年の口汚さに、彼女
も遠慮は不要と判断して姿を見せたのだった。
「噂の女神様だ。」
「あんたは顔に似合わず下品な子だね。」
「顔とか年齢についてはしょうがないよぅ。僕は見ての通りの姿だけど、他の人たち
と同じ、長年戦場にいる人間だし。周りの環境に感化されて女性に酷いことを言って
しまうこともあるよ。」
女の唇から短い息が漏れた。
「確かにそうやって自分にいいように言い分けして女を丸め込もうとしてるところが
男らしいよ。」
「あー、かなり怒ってる?」
「謝らないの?」
「ごめんなさーい。」
少年は自分の若さと容姿を充分に理解し、利用する方法も心得ていた。素直に謝って
笑顔を見せればたいがいは許されてしまうのだ。この女も例外ではなかった。
「あたしはアンよ。」
「僕は作業屋のテルミ、こっちは相棒のブロン・レイ。無口だけど喋れるから。ブロ
ン・レイ、フード取りなよ。」
少年、テルミの指示に、長身の人物は素直に従った。
「あっ…?」
アンが息を飲む。取り除かれたフードの下から現われたその顔は彼女の予想を大きく
裏切っていた。
ブロン・レイと呼ばれた…年齢は二十代後半にさしかかる頃だろうか…青年は、この
ような荒れた土地ではまず見かけられない、整った容姿をしていた。傷ひとつない瑞
々しい頬からは、とても戦場を行き来するような影は見えない。ガラス玉のような青
い瞳が印象的だった。
「ブロン・レイ、初対面はスマイル、スマイル。」
テルミが茶化す。
「よろしく、アン。」
言われた通りに青年はアンに笑いかける。やや吊りあがった目が丸みを帯びて、無邪
気な少年のような表情になっていた。
「あ、ああ…うん。」
アンは青年から目が離せなくなっていた。二人が『ホテル』の中へ消えた後もその場
に固まったように立ちすくんでいた。

「兵士は全部で十五人と…女性が一人だね。それから管理人のおばさんが一名。」
テルミの目の端にゴミをかき集めている中年の女が映った。新参者の二人を好意的な
目で見ている。「良く」言えば豊満な身体を見せつけるような仕草で作業をしていた。
「あの人も『ホテル』の女性だった人だね。現役かな?」
「気味悪ぃこと言うなよ!」
兵士の一人がテルミに声をかけてきた。傷だらけの顔をした、縦にも横にも軽くテル
ミの二倍はありそうな男である。名をゴレアールと言った。この男はとりわけアンが
気に入っていて、先程の件を目撃してからブロン・レイを快く思っていなかった。
「あのババは最近やって来たんだ。」
「兵士として訓練を受けている人は誰もいないね?」
 男はテルミの前にドカ、と座り込み、その後ろに控えるブロン・レイに一瞥をくれ
た。どうやら彼が兵士達のリーダー的存在のようである。
「ああ、全員犯罪者上がりだ。前科者がまともに金を稼ぐにはこんな仕事しかないか
らな。ここにいりゃあ食いっぱぐれることはねえし、金ももらえる、女も抱ける。…
お前はさっきからニヤニヤして…俺達が怖くねぇのか?」
「ん〜まあ、僕が回されるのはいつもここと似たような場所だから。もうだいぶ慣れ
たなあ。ブロン・レイも一緒だし。」
「ふーん…用心棒か?それにしちゃあ体は細いし頼りなさそうだな。」
男は眉を吊り上げる。
「まあ確かにな…前科者だからってどいつもこいつも凶悪ってわけじゃねえし。始め
から犯罪者になりたくて罪を犯すヤツはそういねぇ。分かるか、ドチビ。」
 少年は苦笑した。
「兵士達は…訓練してる様子はないね?だらけてるなあ。いつもこんな調子なの?」
 男たちは凶悪そうな顔をしているが、ゴレアール以外は体自慢はなさそうだった。
昼間だというのに酒を煽り、ゲームなどをしてだらだらと過ごしている。
「ああ、まあな。みんな戦闘なんかするつもりはねぇからな。ここでメシと金と女に
ありつきてぇだけだ。しっかし作業屋がやって来たってぇとここも時期戦地になるん
だろ?そうなったらここにいるやつらは全員逃げ出しちまうんじゃねぇか?誰だって
死にたくなんかねぇからな。俺だって…イザとなったらアンを連れて逃げるつもりだ
よ。」
「そんなこと僕に言っちゃっていいの?上司に言いつけちゃうかも知れないよ。」
「ハッハッハハハ!このクソチビ!」
少年の懸念をゴレアールは一笑した。男は口さがない彼の態度を気に入ったようだっ
た。
「…なあ、チビ。お前ら…なんて言われてんだか知ってんのか?」
「ん?ふふふ、疫病神でしょ、しょうがないよ。僕達は開戦地に事前に出向いて地雷
を撤去するのが仕事だもん。僕とブロン・レイが行った先で人がたくさん死ぬのは始
めから分かってることじゃないか。」
「いや、それだけじゃない。お前達がやって来た戦場の兵隊は敵味方区別なく全滅す
るってぇジンクスがあるんだ。“敵には敗北を、味方には絶望を“ってぇ噂だ。」
そこまで言って、ゴレアールは口をつぐんだ。先程までの少年の明るい笑顔はそこに
なかった。口を真一文字に結んだまま誰もいない宙を見つめている。
「そんなこと…僕が知るわけないじゃないか…。」
「あ、ああ…そうだな。俺が悪かった…。」
男がふと視線を少年の後ろにうつすと、ブロン・レイが彼を睨みつけている。氷のよ
うに冷たい表情をしていた。

「ちぇっ、上の空じゃねぇかよ。」
男は膝までずり落ちていたズボンを元に戻す。女…アンがいつものように彼の一物に
食らいついてくるのを半ば期待していたのだが、女の方はその思惑に乗らなかった。
「…ヤツのこと考えてんだろ?」
女はただ曖昧な返事をしただけだった。
アンが、他の『ホテル』の女たちと同様に、ぞんざいに扱われることがないのにはわ
けがあった。それは彼女自身が男達との行為を心の底から楽しんでいるせいである。
彼女は男を抱き、男に抱かれることに歓びを感じていた。
しかし今は、勝手が違っていた。彼女は男に抱かれて感じることができなくなってい
た。あんなに好きだった行為も苦痛でしかない。考えることは以前のように行為のこ
とではなく、ただ一人の青年のことである。目を閉じていると彼の顔が浮かぶ。開い
ていれば男の姿を追っている。自ら娼婦という身分に身を投じて、現在まで疑問さえ
抱かなかった彼女が、自分の身と青年への想いで苦しんでいた。

「あれー…ブロン・レイ?どこ?」
テルミと待ち合わせた場所に、彼は来ていなかった。少年は念のため男たちがたむろ
している場所と、彼ら二人の部屋にも顔を出してみたが、やはりその姿はない。
「ブロン・レイ知らない?」
テルミの問いに、男達は薄笑いを浮かべて首を横に振っていた。しかし彼らの態度か
ら、すぐに少年は感づいた。男達が示し合わせて半ば強引にブロン・レイを女の元へ
連れ出したのだ。こういった度が過ぎた悪ふざけのような行為は、以前過ごした『ホ
テル』でも度々あった。
少年は短いため息をつく。
「アンのところだね。」
そう言って身を翻した途端に、数本の腕が少年の体を捉えた。男達は少年を押さえつ
け、それぞれがなだめるように言葉をかけてくる。しかし少年はそのどんな説得にも
耳を貸すことをせず、青年の名を叫んで暴れだした。とは言え、全く鍛えている様子
のない少年の体が、数人の男達の腕に適うわけがない。
「だめだ!だめなんだよ!ブロン・レイはだめなんだ!」
気も狂わんばかりの少年の勢いに、男達は少々たじろいだ。
「行かせてやりゃあいいじゃねえか!」
今までの様子を傍観していたゴレアールが叫んで、持っていたグラスを地面に投げつ
けた。

一糸纏わぬ姿になった女を前に、ブロン・レイはただ立ちつくしていた。彼女が「見
て」と言えば見る。「触って」と言えば言われた通りにしていた。しかし、それ以上
に彼女を満足させる行為はなかった。いぶかし気な顔の女を、彼は青いガラス玉のよ
うな瞳でただ見つめている。
「ブロン・レイ!ブロン・レイ!」
激しくドアを叩く音と、少年の高い声が外から聞こえてきた。
「開けて!」
「い、いや!開けないで!」
彼女の願いを無視して青年は躊躇せずドアノブの鍵を回す。
「テルミ。」
少年の顔を見て、彼はやっと笑顔を見せた。
「どうして?どういうつもり?」
 アンにはブロン・レイの行動が理解できない。
 確かに青年は部屋へやってきた。男達に連れられて来た、というのが正確なところ
だが、拒否するつもりならさっさと出ていけばいいのに、彼女の言う通りにこの場所
へ留まっていたのだ。それは彼女を受け入れた、ということではなかったのか。
「…アン、ごめん。ブロン・レイは君を抱くことはできない。」
女は顔を強張らせた。下唇が震えている。テルミはブロン・レイをかばって部屋を出
て行こうとする。
「待ってよ!いかないで!あたしもうダメなんだよ!他の男じゃ感じなくなっちゃっ
たんだよ!あんたに抱かれなきゃダメなんだよ!」
 少年は黙って首を振った。少しの間の沈黙。
「もう行くから…。」
「待って…。」
彼女の低い声が部屋に響いた。
「じゃあ…あんたは?テルミ!あんたがあたしを抱いてよ!」
やけばちとしか思えない言葉が女の口から投げつけられた。少年は驚きと哀れみの入
り混じった表情で振り向く。
「僕は…」
溜息と共に次のセリフを吐き出す。
「フッカーは抱けない。」
「な…。」
女は言葉をつまらせつつも、少年を責めようとする。
「なに…言ってんの。そん…な、カッコつけたっ…て…あんただって…そのうち…そ
のうちに…」
「この先、どんなことがあろうと僕はフッカーを抱かない。」
彼らは部屋を出て行った。
女神は二人の男に拒絶された。それで充分だった。

次の日、彼女の姿は変わり果てていた。隠し持っていた何かの強い薬を多用したのが
原因だということが分かった。自殺なのか、事故なのかは分からない。
アンの骸をみつけたのはゴレアールだった。彼はアンの身を誰よりも案じていた。し
かし彼女を癒すための時間さえ、男は得ることができなかった。
 女神は死んだ。
ゴレアールは怒りにまかせてブロン・レイに殴りかかる。しかし拳は青年の顔に届か
なかった。青年の動きは男をはるかに上回る早さだった。青年を捕らえることができ
ない男に苛立ちを感じ始めた他の兵士たちが加勢に出る。青年を味方するものはひ弱
な少年以外、一人もいなかった。
「待って!ブロン・レイは悪くないんだ!僕のせいだ!」
ついにテルミが金切り声を上げた。総勢十五名の鋭い視線が少年を刺す。
「僕が…フッカーは抱けないってアンに言ったから…。」
「なんだと!」
ゴレアールは目を見開いた。
「チビ!お前…アンをフッカーだって言ったのか?」
「だって…」
少年も悲しげな表情で男を見返す。
「フッカーじゃないか…。」
そう言った途端に巨大な拳は方向転換して少年の顔めがけて飛んで来た。青年が素早
く間に割って入り、拳を顔で受けとめた。
「テルミを殴るな…!」
「なんだあ?お前らホモか!」
少年をかばって倒れ込んだブロン・レイの体に、ゴレアールの全体中をかけた蹴りが
重く襲いかかる。それがスイッチとなり、十五人の男達は思いおもいに彼に蹴り込ん
で行った。青年はただ、テルミをかばった形のまま制裁に耐えていた。

暴力という祭が終わった後、二人に与えられていた部屋でテルミはブロン・レイが男
達から受けた蹴りの痕を一通り調べた。
「どこも折れてないよ、ブロン・レイ。見た目より弱いヤツらでよかったね。」
ブロン・レイの座っているベッドの反対側に回り込み、お互いの背中をくっつけ合わ
せて少年も座る。
「明日、地雷の撤去を実行しよう。君ももうこれ以上ここにいたくないよね。」
並んで座ると青年の胸の高さまでしかないテルミは、反り返って頭部を彼の背中に擦
りつけて、甘えるような仕草をしてみせた。
「女神…女神か。あったよね、昔そんなフレーズが入った歌。十年くらい前だっけ?
ブロン・レイに子守唄をよく歌ってもらってたじゃない?覚えてる?」
青年が黙って頷く。
「本当?じゃあ歌ってみて!聞きたい!」
青年の低い声が静かに部屋に響く。

「ちょっと待ってブロン・レイ…それ、フッカーの歌だよね?」
ブロン・レイは歌を中断して少年を見た。
「ク…クク…、そうか…。僕は今までフッカーの歌を心に閉まってたんだな…ククク
…。バカみたい…だ…。」
 テルミは青年の懐に潜りこんで、顔を埋めた。

「ええ〜、これより地雷の撤去とゴミの除去を始めます。」
十五人の男たちは地雷原の前に集められ、並ばせられていた。昨日の乱闘騒ぎのすぐ
翌日とあって、皆複雑な顔をしていた。それと同時に、よほど痛めつけたはずの人間
が目の前に平然と立っていることに戦慄を覚えた者も少なくない。なにしろ彼の顔に
はアザひとつも残っていないのだ。青年の姿が物々しい武装で固められているのもま
た不気味であった。
「なんで俺達全員をここに集めたんだよ?それにゴミの除去ってのはなんなんだ?聞
いてねぇぞ!」
ゴレアールが代表して兵士達の疑問をぶつける。
「それはですねえ、地雷の撤去もゴミの除去も、みなさんの協力なしでは実行できな
いからです。」
「なんだってんだよ一体…。」
「まあまあいいから、じゃあ端から一人ずつ、地雷原に入って下さい。」
 極めて自然に、少年の口から恐ろしい言葉がこぼれた。
「な…んだって?ちょっと待て!」
兵士がざわつき始める。何の冗談だ、と騒ぎ出す者もいた。
「従ってくれない人は、今ここで撃っちゃいます。ブロン・レイあそこの右端の人。」
ブロン・レイの右手が動いた。次の瞬間、少年の指示通りの場所にいた男の額が撃ち
ぬかれた。
「うう…うわあ!」
「みなさん、うまく地雷を踏んで下さいね。そうしたら僕の手間も半減しますから。
そうだなあ…じゃあ今から十数えたらブロン・レイがみなさんを追いかけますよう〜。
いーち、にーい…。」
男たちは散れ散れに地雷原に入って行った。少年の十のコールを待ってブロン・レイ
も同じ場所へ踏み出した。そのうちに、一人、二人と地雷を踏む者がでてくる。巨大
な死滅の音が聞こえてくる。
「やったー。」
 少年はにこやかに呟いた。
ただ一人、ゴレアールだけが地雷原へ入りこまずに固まっていた。
「ふっ…ふざけるな!なんのつもりだこれは!」
「やだなあ、ふざけてなんかいないよぅ。」
「き、き、昨日の報復のつもりか?」
「あっははは!なにそれ?そうだとしたらスケールが大きいんだか小さいんだかわか
んないね!ねえゴレアール、僕とブロン・レイの本当の仕事を教えてあげようか?ま
あ、地雷の撤去もそうなんだけどさ、メインはゴミ掃除の方なの。半端な前科者が傭
兵気取りで各地に集まってるじゃないか。戦う意思もないのに食欲、性欲、金銭欲は
一人前のゴミ!僕達の国はねえ、そんなゴミにお金払い続けるほど裕福じゃないんだ
よ。知ってた?」
男の足ががくがくと震え出す。
「実を言うとねえ、管理人のおばさんもグルなんだ。『ホテル』の女性ってね、セッ
クスするだけが仕事じゃないんだよ。女性だってあんた達と同じ様にちゃんと物を考
える人間なんだからさ、賢い人はきちんと生き残れるんだ。ま、そんなの知るわけな
いよね。女性をセックスの道具としか考えられない奴らにはね。」
 クス、と少年の鼻から小さく息が漏れる。
「そ、それじゃあここで開戦するってのは嘘なのか?」
「んん、それは本当。僕が先に来て地雷とゴミを撤去しておいてさ、後から本物の兵
隊が来るんだよ。さ、じゃあゴレアールもそろそろ行って。早く!」
「クソッ…!」
男が少年に掴みかかる。しかし、次の瞬間倒れていたのは少年ではなかった。
「僕だって銃くらい持ってるよ。」
少年はごく小さい護身用の銃を、男の肩に向けて発砲していた。
「立って。ほら、みんなのところに行きなよ」
いつの間にか回りは静かになっていた。爆音も悲鳴も聞こえない。
ズルッ…ズズズ
重い音を伴って現われたのはブロン・レイだった。
「ブロン・レイお帰り。片付いた…わあ!」
青年の顔は右半分ただれ落ち、中身が見えていた。消えた部分は赤い血や肉ではなく、
青黒い金属のようなものが露出している。その中に埋もれている丸いレンズがキョロ
キョロと動き、二人の様子を認識しようとしている。右足も著しく変形しており、引
きずり歩いていた。
「ブロン・レイも踏んじゃったのか…。バカだなあ。首尾はどうだったの?」
「十四名仕留めた。」
「だってさ。君で最後だよ、ゴレアール。はい、下がって下がって。」
「ウウ…このチビ…」
少年に促され、十何歩か後ずさった。
カチリ
男の足がスイッチを捉える。瞬間顔面が蒼白になっていくのを自身で感じていた。
「あっはは、あはははは!ついに踏んだ!ああ、おもしろい顔!どうするのさ、ゴレ
アール?自分で足を離す?それともブロン・レイに応援してもらう?」
ゴレアールは全身を震わせている。今、足を離せば地雷は爆発する。離さなくともは
るか向こうで不気味な物体が、ガラス玉のような目を光らせている。銃口を自分へ向
け、トリガーに手をかけている。助かる道はない。
「た、助けてくれぇ〜!」
「ダメ。ああもういいや。足離すの待ってたらくたびれちゃうよ。ブロン・レイ、撃
って。」
青年は静かに頷いた。
「ふふ、“敵には敗北を、味方には絶望を”…か。ちょっとかっこいいね。」

「ちぇ、やっぱりダメだあ。」
テルミはすでにエンジンのかからない車を蹴飛ばした。
「ふう、所長がケチケチして古い車しか使わせてくれないからすぐ止まっちゃうんだ
よぅ!しょうがないね、遠いけど歩いて帰ろうか?」
「所に連絡は取っている。」
「迎えに来てくれるかなあ、所長冷たいからなあ。少しでも歩いて行こうか。そうだ、
ブロン・レイは着てきたフード被ってよ。誰か人が見たらびっくりしちゃうからね。」
ブロン・レイは少年の言いつけ通りに車からジャケットを取り出し、ここへ現われた
時と同様フードを目深に被る。口にこそ出さないが疲労している様子のテルミを抱え
あげ、肩の上に抱え上げた。
「大丈夫なの、ブロン・レイ?」
少年の問いに答えはなかった。
「ねえ、ブロン・レイ、所長に頼んでさ、君はせめて女性を抱けるようにしてもらえ
ないかな。そうじゃなきゃ今度は君の顔を変えてもらおうよ。僕はもう君の容姿のせ
いで女性とトラブルを起こされるのはこりごりだよ。でもねえ、長年一緒にいたから
気に入ってはいるよ、君の顔。ああ、知ってる?君の顔のモデルってね、所長の若い
頃の顔なんだって!…信じる?信じられないよね。あんなハゲでデブだよ。あ、これ
は所長に言っちゃダメだからね。」
少年は一人で喋り続ける。ブロン・レイは彼のとりとめもない言葉を黙って聞いてい
る。そして時折頷く。テルミは胸にしまい込んだ空虚な心を埋めるために喋り続ける。
その言葉に深い意味はない。ブロン・レイは言葉の羅列を飽きもせず受け止める。
青年は壊れかけた右足をひきずりながら長い道のりをただ黙って歩いていた。
「僕がさあ、なんでフッカーが嫌いなのか君だけに教えてあげる。僕はねえ、フッカ
ーの子供なんだよ。父親も母親も顔なんかわからないけどね…。所長が昔教えてくれ
たんだ。あのねぇ、もし将来、父でも母でもどっちでもいいけど…親に会えたら僕は
地雷原に追い詰めてみたいと思ってるんだ。どう、楽しいと思う?」
ふう、とテルミは深く吸った息をまた吐いた後、甘えるように呟いた。
「…ねえブロン・レイ…昨日の歌、もう一度聞かせて。」
ブロン・レイは頷いた。
ゆっくりとゆっくりと、静かな歌声が遠ざかって行く。

                                   END

こんにちは。発行人のヒロです。なんか、毎回小説をお届けするだけであとがきのひ
とつも書かないのは寂しいかな、と思いまして、今回からあとがきを入れることにし
ました。いつも読んで下さっている皆様、ありがとうございます。これからもよろし
くお願いします。
私はリヴリーを飼っています。同じく飼っている方がいらっしゃいましたら、「世界
一かわいいリンコの島」に遊びに来てくださいね。

                                    ヒロ

過去の作品

鬼のニノミヤ(全7話) 51.5KB
中学生の主人公にとりついているエッチな鬼のお話し。ファンタジー&ギャクです。

ブラウザの閉じるボタンで閉じてください。