メルマガ:片山通夫のnewsletter「609studio」
タイトル:609studio No.223◆現代時評:[男の武器は<こわもて>?  2005/08/02


◇◆◇609 Studio メール・マガジン◇◆◇ 
                          2005/8/2 No.223

【609 Studio 】メールマガジンは「現代社会を斬る!」をコンセプ
 トに論説委員Ken氏の論説「現代時評」をはじめ、サハリン情報
として、ロシア唯一の韓国語新聞サハリンの「セコリョ」ダイジェス
ト版、その他、寄稿記事など話題満載! 
           URL ⇒   http://www.609studio.com
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        ◆609studio NEWS◆

         ◇◇シンポジュームと写真展開催のお知らせ◇◇

                 主催 ジャーナリスト・ネット

 戦前、樺太と呼ばれていたサハリンは第二次大戦中、日本により朝
鮮半島から連行された朝鮮人たちが今も4万人ほどが生活しています
。彼らは「日本人でない」という理由で彼の地に遺棄されました。こ
のサハリン残留朝鮮人をテーマに歴史を知り、この問題を考える写真
展とシンポジウムを開催します。(入場無料)

        場所:ドーンセンター (大阪・天満橋)
       http://www.dawncenter.or.jp/top/index.jsp

    ☆☆8月5日(金)・6日(土) 片山通夫写真展☆☆

◇写真展:モノクローム40点 2005年8月5日(金) 13:00-21:00
  2005年8月6日(土) 10:00-17:00
◇ドキュメンタリー上映「アリランの流れる島」
             −サハリン残留朝鮮人の記憶  カラー45分 

    ☆☆8月6日(土)  シンポジューム・プログラム☆☆

13:30-14:00 呂(ヨ)・栄華(ヨンファ)コンサート「アリランの世界」
       朝鮮民謡「アリラン」を中心としたコンサート

14:00-14:45 ドキュメンタリー上映「アリランの流れる島
               〜サハリン残留朝鮮人の記憶〜 

14:50-16:00 シンポジューム 「サハリン残留朝鮮人の軌跡」

●コーディネーター 川瀬 俊治 氏 ジャーナリスト
●ゲスト・スピーカー 金(キム)   道竜(ドヨン) 氏 
         (1923年生サハリンから韓国へ帰国)
●パネラー   池田 知隆 氏 毎日新聞論説委員
          片山 通夫 氏 フォトジャーナリスト

             ◇「アリランの流れる島」上映のお願い◇

  戦後60年たった今もサハリン残留朝鮮人の苦悩は続く・・・。
  609Studioでは、DVD「アリランの流れる島」の
  上映会をしていただける方を募っています。サハリンの朝鮮
  人の証言に耳を傾けてください。
   
   ⇒  http://www.609studio.com/html/news-3.html 
   
      お問い合わせ      w_m@609studio.com
           

           ◇「ジャーナリスト・ネット」毎日更新◇

   ブログ形式で複数のシャーナリストがそれぞれの分野の記事を
   発表するプロ集団のWeb新聞。

        http://blog/journalist_net/

───────────◆◆◆INDEX◆◆◆───────────

◆現代時評:[男の武器は<こわもて>?            ken

◆セコリョ新聞ダイジェスト版:2005年7月29日号
  
◆編集長から:[この1週間]

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◆現代時評:[男の武器は<こわもて>?            ken 
   Ken氏もしくは現代時評へのご意見、ご要望などは 
                 w_m@609studio.com  へ!
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◆◆サンケイWEB 2005.7.26  政府の男女共同参画会議が25日
午後、首相官邸で開かれ、2006年度から実施する新たな男女共同
参画基本計画策定に向けた考え方をまとめ、小泉純一郎首相に答申し
た。同会議は政策決定過程への女性進出が遅れている現状を問題視。
国家公務員I種試験に合格した中央省庁幹部候補「キャリア組」の採
用に数値目標を設け、女性の採用割合を04年度の19.4%から、
10年度ごろまでに30%程度にするよう提言した。(中略) 出産や
育児で離職した女性の再就職を図るため、求人年齢制限の解消などに
ついて企業の取り組みを促進するほか、起業支援も充実させることを
盛り込・・。

■■わが国に女性管理職が少ないのは自他ともに認めるところで、今
更政府の男女共同参画会議でとやかく言うまでも無い。だが女性の就
職そのものについては、諸外国に比べて、決して少ないわけでは無い
。 むしろ、わが国における女性の就業率は世界でもダントツに多い
という統計すら存在する。 周辺を見渡しても、スーパーのレジや、
清掃業の従事者などは殆どが女性、とくに主婦のパートで占められて
いる。いまどき働いていない女性など、若い女性連中が「子育て中」
と称して公園などでのうのうと遊んでいる、いわば「しあわせ若奥様
」だけのようだ。

■■それでいてなぜ、女性管理職が少ないのか。 先ず考えられるの
は、わが国の大学などでは、いまなお女性に専門的な職業教育を授け
るよりも、昔からの「花嫁学校」の気配が濃厚であることだ。 「家
政学部」が大手を振って大学に残っているのは、その残骸である。
 「家政学部」のみならず、「文学部」や「音楽学部」も大半が「花
嫁学部」の域を出ず、卒業しても、企業などで「お茶汲み」か「職場
の花」扱いである。そうとう優秀な女子社員でも、いったん出産・育
児休暇をとると職場復帰し難い。専門職としての知識や技能が少ない
からだろう。
 例外は公務員や公立学校の教師などで、夫婦揃って校長職を勤め、
近隣も羨む年金を得ながら子供は居ても少数という例が多い。

■■と、そこまでは、すでに世間周知のことだが、あともう一つ、女
性が管理職になり難い大きな理由がある。 それは、女性は闘争社会
における弱者であるからだ。
  日本の殆どの給与所得社会は多かれ少なかれ、日々つばぜり合いの
激しい争いに明け暮れている。本質的には陰湿な半暴力的社会である
ともいえる。日本の社会風土は競争が激しく、それに上下の支配関係
が厳しい。何事であれ、穏やかに話をして済む社会とはいいがたい。
 そういった社会で女性が管理職であるためには、争いに打ち勝つ気
概と能力が無ければならない。

■■ボクの外地の工場は、しっかりした現地女性が総支配人だった。
ところが、その下役に日本の男子社員を派遣すると、つねに問題を起
こす。女性が柔らかい言葉で指図すると、日本人男性社員は彼女の指
図を無視する傾向があった。少々厳しい命令口調で指図すれば従うの
だ。

■■彼女が、「現地人男性のばあい、普通に指図しても聞くのに、な
ぜ日本人は厳しく言わないと聞かないのか」と、ボクに聞く。 様子
を見ると、日本人の彼は女性の上役との間に滑らかな会話ができない
ようだった。 女性上役に仕えた経験がなかったせいかもない。
 それと指図は、いくらか厳しい命令口調でされないとピンと感じな
いらしい。上役の言葉に身分の上下関係が感じられないときは反応が
鈍いのである。

■■厳しい命令口調や、逆らえば左遷、といった日常が、社会生活の
上下関係の間に無意識に渦巻いていて、そうでない並列的な会話に慣
れていない日本という国を、そのときボクは初めて覚った。 換言す
れば、日本社会における「人事管理」というのは、じつは「威圧」、
つまり「こわもて」で裏付けされているらしいのだ。
 ある上役が「福徳円満」、まことに穏やかなばあい、下位者を指
揮する能力が薄いとも受取られ、とうぜん、地位の昇進は遅い。 

■■だから、つべこべ言う女性などは、「女性のしとやかさが足らぬ
」として、いつの間にか弾き出されてしまう、といった風習はいまな
お変わらない。西欧では若い女性の失業が多いが、日本では中年女性
の再就職が難しいという事実は、「若い女性は可愛いが、中年女性と
もなると扱い難いから採用は遠慮しておこう」というわけである。

■■板坂さんというイリノイ州で長らく教授だった人が、昔、こうい
うことを言っていた。「日本人は社会の中で自分の居るべき位置が決
められてないと安心できない。もし、その場が並列の人間ばかりのと
きは、居心地が悪いので仮に上位の人を作る。それが年長者という制
度である。たとい1年でも先に生まれた人を、取りあえずその場限り
の上位者として立て、その人から見て、自分がどの位置にあるかを決
め、それで取りあえず安心する」。 
 言われてみるとなるほど、ボクらは無意識にそうしているようだ。 

■■ある中国の友人が、こんなことも言っていた、「向こうから日本
人が二人歩いて来ると、一目でどちらが上位の人かすぐ判る。上の人
はどことなく偉そうにしているが、下の人はおどおど、ペコペコして
いる」と。 なるほど、思い当たる。

■■こうした上下関係は、我々日本人よりも隣国、半島の人のほうが
もう少し際立っているかも知れない。その典型が、北朝鮮の金将軍様
であろう。見るからに強そうで、偉そうで、そして威圧的に見える。
 人に威圧感を与えるのは、ある種の社会では効率的な武器とも言え
る。 

■■昔、社会党首で知性派だった川上丈太郎代議士ががこんなことを
言っていた。「私は自由党の領袖河野一郎氏が苦手で、この人に睨み
つけられたら言葉が咽喉から出ない。じっさい見た目も怖い。腑甲斐
ない話ですが事実で、政治論争よりも先に立つ弱みです」と。そうい
った目で見ると、河野一郎氏の息子の河野洋平氏などは、病み上がり
のせいかも知れないが、首相の器ではなく、雛壇に座る議長職がいい
ところだろう。 

■■もっとも最近はいくらか政治社会も平準化してきたらしく、怖そ
うな感じの自民党領袖、亀井静香氏などは、首相候補としてはそのこ
と自体がが弱点になっていなくもない。彼にもう少し「こわもて」が
減れば、郵政解散後の首相に擬せられるかも知れない。

■■官僚であれ会社人間であれ、およそ「管理職」たるもの、もっと
も大事な能力は「実行力」にある。 「命令」、「意思決定」を問わ
ず、すべての自分が意図するところは、実務として部下に命じて代行
させる。それがすなわち「管理職の管理能力」である。もしそれが無
ければ評論家かニュースキャスターに過ぎない。

■■ところが、普通に、「こうして下さい」と部下に穏やかに頼んだ
ばあい、部下がすぐさま命令した通り行動に移すかどうかは多分に疑
わしい。多くの場合、少々強制気味の命令口調で指図しないと、後回
しにするか、忘れるか、無視するか、が、一般的である。 部下も忙
しいし、別の自分の意見もあるからだ。

■■とりわけ、優しい女性が上役である場合、下役としての男性にそ
うした性向が強い。 男たるもの、易々として女性上役の指図に従が
えば沽券に関る。 が、そうした場合でも女性の管理能力不足が云々
される。 女性が「管理職に不向き」と評定されるのは、たいていの
場合、それが原因である。 女性のみならず、男性でも、温和な性質
の人が出世しない原因の多くはその辺りにある。

■■結論的に言えば、男はあまり賢くなくても、迫力があり、実行力
に富むと見えるのがいいらしい。男の武器は、<こわもて>にあると
、断定してもいい。そして、女性にはそうした<こわもて>という便
利な武器に恵まれぬから、いきおい、女性の管理職が少ない。

■■政府の「男女共同参画会議」が、女性上級職候補の採用を増やす
まえに、こうした男性の武器としての<こわもて>社会を矯める運動
を始めるほうが先決であると、ボクは思う。 そうあってこその平和
社会であり、民主国家ではなかろうか。 

■■ところが、最近のわが国を取り巻く政治・産業社会を見ると、反
対の方向に向って進んでいるとしか考えられることが多い。 すべて
が力ずくの社会に向っているようで、そうした傾向に拍車をかけたの
は米国のユニラテラリズムであると、ボクは考えている。

■■原因の追求は兎も角として、要するに、管理職の「実行力」の実
態が暴力に近い「こわもて」であるという事実。それをもっと切実に
受け止め、「普通の言葉で指図」しさえすれば、命令が実行される社
会への変革こそ焦眉の急なのだ。 いつまでも、男の「こわもて」を
、「実行力」として是認したままであってはならない。 そうした暴
力類似社会は、北朝鮮だけで結構、と言いたいところだ。

■■もっとも最近は、元法務大臣の森山真弓さん(労働省)、拉致問
題で活躍した中山恭子さん(大蔵省)、前外務大臣の川口順子さん(
通産省)、前文部科学大臣の遠山敦子さん(文部省)など偉くて立派
な女性官僚も多く輩出している。噂によれば彼女たちはみな、男性キ
ャリアーよりも実行力があり、つわもの揃いらしい。しかしそれが張
りきり過ぎると、田中真紀子元外相のように、男どもが力を合わせて
放り出してしまう仕儀になり兼ねない。だから所詮、用途(?)が限
られていて、部下に荒れくれ男どもを酷使する部署の管理職としては
いま一つである。

■■とはいえ、「こわもて」がぜんぜん不要というわけでもないらし
い。 昔、故大原総一郎氏が、国際会議から帰り、「世はまさに容貌
魁偉時代に入った」と題して、新聞寄稿していたのを記憶している。
 国際会議に出席した西欧の政財界の面々がみな容貌魁偉な連中ばか
りで、なかに挟まれた彼のみがのっぺりとした面相で、恥ずかしかっ
たと、彼自身が告白していた。当時、大原総一郎氏は日本の代表的財
界人として、上品な容貌で知られた人であった。しかし彼によれば、
容貌魁偉もまた、国際社会における威力の一つであったのである。当
時、そうした容貌魁偉の日本人代表は故石坂泰三氏であったというが
、ボクはは知らない。

■■男の「容貌魁偉」や「こわもて面(つら)」が有用ならば、それ
に対して女性の「美人」というのもまた有用ではないかとボクは思う
。 周知の通り川口首相補佐官や、拉致問題担当で活躍した元大蔵省
の中山恭子さん、元法相の森山真弓さんなどは、なかなかの知的美人
で、美人であることそれ自体が、周辺の人々に好感を持たれた。森・
小泉内閣により、外務大臣に急仕立てされた川口順子さんなどは、外
相として世界各国を飛びまわり、いまなお首相補佐官という名目であ
ちこち旅行しているが、近年のような力ずく外交時代では、実際のと
ころ、首相の意向を携行したメッセンジャー程度の役割しか果せない
だろう。 

■■その昔、故河野一郎氏が「シルクハット外交は終わった」と、無
能外務省を貶したことがあった。が、彼女のように美人であれば、シ
ルクハット外交の外交官としてはひじょうに有効であると言ってもい
い。 ローマ教皇の葬儀に出席するだけでなく、北朝鮮の金将軍など
に面会を申し込めば、先ず謝絶されることはないと思う。いわば「美
人外交」のメリットである。

 以前、英国ニュージランド総督のシルビア・コートライト準爵夫人
に公式の席上、お目に掛かったことがある。目の覚めるような美人、
かつ優雅な女性だった。さすが「英女王様のご名代(みょうだい)」
だけのことはある、と感心した。 おそらく、女王様の名代などとい
う職責にはコートライト夫人のような美人が最適、と考えた上での英
政府による人選だったろう。 

■■わが国も、いま世界百カ国以上に、いわゆる「大使」を派遣して
いるそうだが、なかにはずいぶんいい加減な大使もいるらしい。どう
せODA資金のばら撒きしか用のない大使などは、美人で、一目見る
なり「文化の薫り」を感じさせられる女性大使をどしどし起用したら
どうだろう。いまの日本の立場からすれば、全世界の殆どの国を相手
にしても、かってのシルクハット外交、つまり親善外交、文化外交で
じゅうぶんであり、軍事・経済の駆引き外交は必要でない。美人で教
養があるキャリアー女性が大使としてもっとも適当である所以だ。

■■教養の、最初の三つの基礎は、ギリシャの昔からレトリック(修
辞学)、グラマ(文法)およびロジック(論理学)と決められている
。が、わが日本ではこうした学問、つまりリベラル・アーツを無視し
て久しく、ようやく代わるものとして教養(学)が存在する。それに
長じた女性の多くがキャリヤ官僚になる傾向があるから、それさえ助
長すればいいのである。女性官僚のいいところは、落ちぶれ男性官僚
よりもずっと上品、かつ賢明で、その上、公金の浪費も少ない。

■■昔、作家の田邊聖子さんが、「日本の文化芸術は女性が維持して
いる」といった。劇作家山崎正和は「刀を執って野に争うのが男の役
割」と言った。 <こわもて>に長じた男性は機を見るに敏であり、
政党政治家の鼻息を窺うに適している。政争に参加するのもいいだろ
う。美人で秀才の女性は、国際親善や文化交流のための大使として、
全世界に派遣されるのが適材適所というものだ。 
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◆[セ・コリョ新聞ダイジェスト版] 2005年7月29日号
              発行 ユジノサハリンスク市 翻訳 Kil Sang
◇詳細/写真、記事、は関連Webへ → http://www.609studio.com
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サハリン州韓人会運営委員会開催

 23日、サハリン州韓人会事務所で運営委員会が開かれ、光復60
周年記念行事と8月27日の会長選挙などについて話し合った。本会
議にはサハリン州政府の国際対外経済地域間連絡委員会国際部副部長
の韓・ドミトリ、社会住民連絡担当管理局テ・ユ・ジュワガ、州議員
ユガイ・オレグ議員の補佐官梁・セルゲイ、サハリン韓人研究者ア・
テ・クージンさんが出席した。
 朴・ヘリョン州韓人会長は、昨年州政府に要請した光復60周年記
念行事への予算支援が下りると報告した後、各地方でも光復記念行事
が行われる予定であるが、その日程は8月20日ユジノサハリンスク
市での記念行事の前になるとも述べた。会議参加者からは光復を迎え
る前にサハリンで亡くなった1世たちの冥福を祈る祭祀の実行要否と
サハリン州経済社会発展に寄与した韓人たちに対する表彰問題が持ち
あがった。また、「サハリン韓国人達:その歴史と今」をいう本の発
行を計画しているクージンさんからの出版費用の支援要請について議
論し協力をすることを決めた。最後に、二重徴用遺族会の徐・チョン
ギル会長が、9月に計画していたユジノサハリンスク日本総領事館前
で永住帰国と補償を求めるデモを年末に見送ったと皆に伝えた。

ニューヨーク州韓国独立記念日を公式宣布

 韓国の光復60周年を迎え、ニューヨーク州が8月15日を「韓国
独立記念日」にすると公式に宣布し、休日にすると発表した。同州光
復会孫・ビョンヒ会長は感慨無量と感想を言った。

最低賃金800ルーブル

 ロシア連邦保険社会発展省は、9月1日から最低賃金を800ルー
ブル、また法機関の職員たちの賃金を11%引き上げると発表した。

市長選挙10月2日

 19日に開かれた市議会会議で今年のユジノサハリンスク市長の選
挙を10月2日に行うことを決めた。同日市議会議員選挙も同時に行
われるが、13の選挙区から26人の議員を選出する。

北方少数民族問題で

 ヴェ・ナゴルヌイサハリン州知事代理が北方少数民族住民代表地域
協議会の会員たちと面談会を行った。彼らは少数民族のための州特別
プログラムの実行と原油ガス会社との関係などについて話し合った。

安山サハリン同胞後援者らがサハリン訪問

25日、安山市福祉課職員たちと安山サハリン同胞後援会(呉・チャ
ンソク会長)の会員たちがサハリンを訪問した。彼らは28日まで滞
在しながら同胞団体と言論機関を訪ね実態を把握する予定である。

世論調査:「ペレストロイカ、それのプラスとマイナス」

 今年はペレストロイカ20周年である。その間我々同胞たちの暮ら
しはどう変ったかについて本社ベ・ヴィクトリア記者が調べた。

全・グィザ(年金生活者):ロシア国民の生活が多く変った。人々の
お金に対する概念が変わったと思う。特に若い世代はお金を稼ぐ必要
性をよく認識している。お金がないと良い暮らしはできないとわかっ
たのである。いいことだと思う。いい暮らしのために一生懸命働くで
しょう。反面、より貧しくなった人たち、特にお金がなくて教育を受
けられない、或はお金がほしくて犯罪を犯す若者がいることも現実で
ある。ペレストロイカで最も打撃を受けたのは年金生活者たちである
。社会主義の経験や価値観から抜けられなく社会保障に慣れている我
々年金生活者たちにとっては公共料金の値上げが何よりも脅威である
。一方、ペレストロイカにより世界への門が開かれ離散家族の再会が
できて我々同胞たちには何よりもうれしいことである。しかし、国の
発展のためには強力なリーダーシップを持った指導者が必要であると
思う。スターリンのような独裁者を望むわけではないが・・・。

チェ・アントン(大学生):ペレストロイカは私が1歳の時だった。
だから今の暮らしと社会主義時代の暮らしを比較するのはできない。
親たちからソ連時代のことを聞いたことはあるが実際私が経験してい
ないからどう言えばいいかわからない。親は今が良いという。自由も
あり、外国にも自由に行けるし、また何でも買えると言っている。

李・スンチョル(会社員):ペレストロイカがもう少し早かったらと
思う。70年代くらい・・・。また、急な改革よりは転進的改革を進
めた方がよかったのではと思う。人々の考え方は急に変えるものでは
ないから。このような点を考慮して少しずつ資本主義を習っていける
ようにしていたならばと思う。こんな点では中国に見習うべきである
。徐々に計画的に資本主義に移ったから素晴らしい発展を成し遂げた
のはないか。我々同胞たちの生活は悪くないでしょう。とても貧しい
という人はいないでしょう。我々にとって一番嬉しいことはペレスト
ロイカにより韓国への門戸が開かれたことである。

金・スンシン(事務員):もう20年・・・。振り返ると最初は大変
だった。皆も覚えていると思うが多くの人が経済難に落ち未来に大変
な不安を抱えていた。また、誰を信じたらいいのかわからずうつ病に
なった人も多く、医者や教師をはじめ多くの人が家計を支えるために
市場で商売をしなければいけなかった。ものが不足して食べ物を手に
入れるのも大変だった。当時に比べれば今はとてもよくなった。ただ
し、貧富の差が激しくなった。これが資本主義でしょうけど。我々同
胞は勤勉だから殆どの人がいい暮らしをしている。しかし、子供たち
の教育に、もう少し関心を払うべきであると思う。社会主義から資本
主義へ変りながら我々の考え方も大きく変わった。経済も徐々によく
なっているがペレストロイカが完成したとは言えないであろう。

鄭・ヨンヒ(年金生活者):ペレストロイカはまだまだ続くべきであ
ろう。20年が過ぎたが人々の考えが完全に変わるまではもう20−
30年はかかるであろう。我々は社会主義の下で70年を過ごした。
20年間大きく変わったとも言え、国の経済発展のバロメーターとい
える中小企業分野の発展はまだまだである。特に地方政府の昔のよう
な非合理的業務姿勢で個人企業が如何に大変なのか。政府が国の発展
を真剣に考えるなら中小企業を育てないといけない。

世界国楽祝典サハリン公演大成功

 韓国文化芸術振興院主催、国楽祝典組織委員会主管の2005年世
界国楽祝典サハリン公演が23日ユジノサハリンスク市チェーホフ劇
場、24日コルサコフ市の市庁前広場で2回開催された。公演場はど
こも満員でユジノサハリンスクでは一人でも多くの方が公演を見ても
らうためにチェーホフ劇場の外に大型モニターを設置し生中継をもし
た。サハリン州政府や同胞団体から大勢の有力人事が参加し、主催と
主管者側に感謝状を送った。
 また、コルサコフでは海の見える丘で望郷の念を抱いたままサハリ
ンの地で亡くなった1世たちの霊魂を慰める慰霊祭が行われ注目を浴
びた。

戦後60周年の今「抹消できない戦後責任」

(前号に続く)サンフランシスコ条約においてもう一つ指摘しなけれ
ばいけないことは、当時我々はソ連に居住していたのにソ連代表が署
名していないその条約は認めることができないことである。我々を捨
てた事に関して、日本外務大臣たちーイナバ(1976年1月まで)
、コサカ(1976年10月まで)、ソノダ(1978年3月まで)
、ウノ(1988年4月まで)、ナカヤマ(1990年4月まで)−
は日本の道義的責任を認めた。にもかかわらず日本政府は責任を否定
しているのである。
 1965年6月の韓日条約により日本政府の韓国に対して補償では
なく経済発展の支援という名目で戦後処理をした。これにサハリン地
域が含まれているとまたはいないと議論されているが、1991年2
月、日本国会衆議院予算委員会でヤナイ日本外務省条約局長が「65
年の条約にサハリン地域は含まれていない」と明確にした。
 今、日本では北朝鮮に拉致された日本人を一人でも返してもらおう
と必死である。60年間母国に行けなかった我々に彼らの気持ちはよ
く理解できる。しかし、半世紀以上も拉致と変らない人質の身であっ
た我々のことを日本政府は考えてみたことがあるのか。

 ドイツでは歴史清算を50年代から初め今も被害者たちに対する補
償を続けている。アメリカとカナダでは戦後43年も過ぎ強制収容で
被害を受けた日本人に賠償した。また、英国とフランスも過去の過ち
を回復した歴史を持っている。植民地出身者たちを戦争に動員してそ
の責任を拒否し補償をしない国は世界で唯一日本だけである。
 今、日本はUN安保理事会常任理事国になろうとしている。しかし
、戦後処理もできない国にはそのような資格は有しない。歴史に対す
るドイツの姿勢は日本に教訓であり、日本の対応で日本に対する世界
の信頼度は変るとのノ・ムヒョン大統領の発言を私は全面的に同意す
る。我々が戦後補償を要求することは被害者の人権回復でもある同時
に日本に過去の過ちを繰り返さないように社会を変えることでもある
。日本はそうしないとアジアで真の信頼関係を構築できない。(終)
  サハリン州韓人会顧問・セコリョ新聞社名誉社長 成・チョンモ

あれこれ

「年金者連合組織」
 最近、スミルヌイフ地域で年金者連合という社会団体が発足した。
同地域の年寄りは自分らの問題を自ら解決するために同組織を作った
のである。

「大学生漁業で社会奉仕」
 サハリン州を含め極東地域の大学に在学している学生たち1千人以
上がサハリン州魚加工工場で働き、謝礼としてもらった5万ルーブル
を孤児院支援金として寄付したことがわかった。

「カニの不法漁業摘発」
 沿海州東海岸で不法にカニ漁をしていた漁船が国境警備隊に捕まっ
た。彼らは不法に3トンのカニを獲っていた。

「フランス人の死」
 13日、サハリン原油ガス開発事業関連会社のマネジャーとして働
いていたフランス人(1956年生)一人がユジノサハリンスク市ミ
ル通りに面している自宅のマンションで、死体で見つかった。体には
傷を負っていた。警察は捜査中。

「マスの不法運送摘発」
 20日、警察は、ノヴォアレクサンドロフスク部落で貨物自動車に
マスを積んでユジノサハリンスク市まで運び出そうとする20代の男性
を逮捕した。彼にはマス運送許可証がなかった。事件は捜査中。

「校長解任」
 スミルヌイフ一般学校校長が2002年から2年間、嘘の教員増員
申告で27万ルーブルの賃金を横領したことで自宅監禁と解任の判決
を受けた。  
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◆[編集長から]              Michio Katayama
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 もう8月に入りました。私は5・6日の写真展とシンポジュームで
多忙です。暑い中で熱い日を送っています。熱いといえば「暑かった
日」がもうすぐ・・・。8月15日。いやその前にヒロシマとナガサ
キ。

◆6カ国協議の中でわが国が切望している「拉致問題」が各国の思惑
と違って浮いてしまっている。

◆60年代、2首相が「核武装論」とある。朝日新聞。
確か「非核三原則」は1967年12月、沖縄返還にかかわる在沖縄
日米軍基地の核兵器が国会で問題になった時、原子潜水艦の日本寄港
とあいまって、衆院予算委員会で、当時の佐藤首相が「核は保有しな
い、核は製造もしない、核を持ち込まない」と答弁したのが最初と記
憶している。「佐藤栄作首相は64年12月、ライシャワー駐日大使
に対して・・・」(朝日新聞)
 自民党政権は可能な限り軍備拡大を常に模索していた。それに比し
て「靖国参拝」なんて可愛いとでも言いそうな小泉首相。
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発行     2005年8月2日   No.223
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