メルマガ:週刊フランスのWEB
タイトル:hebdofrance 12-04-2004  2004/04/12


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                              Davide Yoshi TANABE
                                 vous presente

              ≪週刊フランスのWEB≫
                    第204号
                                          Tokio, le 12 avril 2004

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Index (目次)
        1.豚に真珠
        2.空即是空
        3.シャンソン ピアフ 「愛するあなた」
        4.忘れられたフランス人  ジョルジュ・ルメットル「ビッグ・バ
ン」
        5.あとがき

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1.margaritas ante porcos

 このフレーズを読んだ時、はじめ何のことやら分からなかった。margaritasか
ら花の名前margueriteを想像するのはそう難しくないけれども、「雛菊(ひなぎ
く)」とporcos>porcs「豚」の取り合わせは不思議である。

 Googleフランスで調べると、「Une perle a des cochons(豚に真珠)」と同
義であると。スペイン語かなとも思ったが、ラテン語のようだ(但しこの場合ス
ペイン語と全く同じ綴り)。

 辞書Petit Robertでmargueriteを引くと、語源はラテン語margaritaであり
「真珠」を意味するという。なるほど、とすれば現代語に訳された聖書「マタイ
伝7の6」が「ne jetez pas vos perles devant les pourceaux(豚の前に真珠を
投げるな)」になっているのが頷ける。pourceauとは恐ろしく古い言葉をつかっ
たものであるが。

マーガレットとかマルガリータという名前の女性がいる。「真珠」さんねぇ。普
通は「雛菊」の方を思い浮かべるが、美しい名前なんだ。もっとも聖マルグリッ
トSainte Margueriteなぞもたくさんいるので、現代の親が「真珠」を意識して
いるとも思えないが。

 そういえば「ピッツァ・マルガリータ」も有名だ。「豚にマルガリータ」とい
うのは笑い話になりそうだ。「からくれないに水くぐるとは」の類(たぐい)の
落語風な。


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2.vanitas vanitatum, omnia vanistas
  http://www.abnihilo.com/indexredir.htm

 またもラテン語でもうしわけないが、この言葉は旧約「伝道之書
Ecclesiaste」第1章第2節に出てくる。一般的には「Vanite des vanites, dit
l'Ecclesiaste, vanite des vanites, tout est vanite(空の空、一切は空なり
と伝道者は語る)」と訳されている。かなり有名な個所のようで、小説に引用さ
れることも多い。

 vanite'は「虚栄、空虚」である。僕は単に「空」(くう)といってよいと思
う。とすると、まさに般若心経の「空即是空」に似てくる。しかしながら、仏教
では「悟り」として、世界の認識として語られ、旧約では人が何かを所有するこ
との無意味さ、空しさとして語られており、彼我の言葉には隔たりがあると考え
られる。

 サイトはラテン語の格言を解説してくれるところ。article-1/-2とラテン語が
続いたので、利便のためにあげておく。用例がでているので、引用する場合に誤
りを避けることができよう。むやみとラテン語格言なりラテン語句を振りまわす
のは、それこそde nihilo(sans raison、意味がない)なのだけれども、フラン
ス語の、そして英語の語源をみればラテン語は無視できない。多くの漢語を現在
でも使っている日本からみれば、ある程度常識の範囲でもある。
 
 例に「Post hoc, ergo propter hoc」を引いてみてみると、迷信または「こじ
つけ」として彗星と豊作の関係などがでてきて面白い。

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3.Edith Piaf
  L'homme que j'aimerai
  Paroles: Marcel Achard. Musique: Marguerite Monnot   1951


L'homme que j'aimerai,
'y a si longtemps que je l'aime.
Lorsque je l'aurai,
J' vous jure que j' le garderai,
Du moins, j'essaierai...
Les hommes sont tous les memes.
En tout cas, nous deux,
Nous essaierons d'etre heureux...
L'homme que j'aimerai,
Je n' l'ai vu que dans mes reves.
Deja l'douze avril.
Mon amour, quand viendra-t-il ?

愛するあなた
ずっと昔から彼が好き
いつか彼を得たら
きっと離さない
そうするようにしなければ、、、
男はみんな同じなんだから。
ともかく わたしたち二人は
幸せになろうとする、、、
愛するあなた
夢の中でしか会えなかった
もう4月12日
恋人よ 何時また会える?

Il a de blanches mains immenses
Qui ne vous caressent qu'apres
Un coeur de quatorze juillet,
Plein de petards et de romance,
De petits vins blancs et de danse,
Un coeur qui est fait pour s'y blottir
Si grand qu' j'en pourrais pas sortir.

白くて大きな手の男
その手はあなたを慈(いつく)しまない
7月14日の心
花火、歌声、
白葡萄酒、踊りいっぱいのその時がすぎてからしか
身をこごめる心
とても大きくて わたしはとらえられたまま

L'homme que j'aimerai,
'y a si longtemps que je l'aime.
Quand il me verra,
Sur qu'il me reconnaitra.
Il murmurera :
"Tu es bien toujours la meme..."
Alors, tous les deux,
Nous serons peut-etre heureux...
Mais quand je l'aurai,
Cet amoureux dont je reve,
Je ne penserai
Qu'au jour ou je le perdrai...
L'homme que j'aimerai...

愛するあなた
ずっと昔から彼が好き
いつかわたしを見たら
きっと離さない
きっとわたしだと分かるだろう。
彼はつぶやくだろう
「君はいつもかわらないね、、、」
そして、二人、
わたしたちは幸せかもしれない、、、
でも彼を得た時
夢見たこの恋人を
いつかいつか失う日のことしか思わないだろう、、、
愛するあなた、、、

 歌詞を書いたMarcel Achard(1899-1947)はアカデミー会員ともなった戯曲作
家、詩人、俳優、映画監督、シナリオ・ライター。歌詞中の7月14日はわかる
が、4月12日にいかような意味があるのか調べたが不明だった。

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4.忘れられたフランス人
  Georges Lemaitre (1894-1966)
  http://homeusers.brutele.be/arm/Jp/bigbang/lemaitre.htm

 ルメットル(多くの場合、日本ではルメートルと呼んでいるようだ)は20世紀
ベルギーの生んだ最も有名な学者の一人である。宇宙創世理論ビッグ・バンを初
めて提唱したのである(1927及び1931)。

 金融ビッグ・バンとはよくサッチャー時代に聞いた言葉であったが、日本のそ
れは余り成功したとは思えない。金融グローバリスムの潮流の中で、東京マー
ケットは結局バブルが弾けてしまうとローカルな市場にもどってしまったよう
だ。アメリカに真似て作ったJasdac(Nasdacの日本版になるはずだった)にせ
よ、Green Sheet(米国の未上場会社の株式売買制度にあるpink sheetの日本
版)にせよ、殆ど話題にならない。成功している様子もない。いずれにしても、
ロンドンのシティー地区(日本の兜町や北浜に相当する地区)をみると、ロンド
ンの他の地区とは全く異なって「けばけばしく」、ま、成金趣味のビルが林立、
そこに働く人間たちもイカサマ博打打(外見は紳士)風である。

 それはそれとして、ルメットルは聖職者でもある。第1次大戦に兵隊として参
加してから、戦後聖職者になった(1923年)。一方で物理学、数学研究を続ける
とともに神父としての宗教活動もしている。

 大学はUCL、ベルギーの誇る伝統ある「ルヴァンLouvain(ルーベン)カトリッ
ク大学」である。この大学は、1425年創立というからヨーロッパでも最も歴史あ
る大学であるが、フランス語圏ではなく、フランドルにあったために1971年に
なってブラバン・ヴァロンBrabant wallonに移った。王国であり且つ連邦制国家
であるベルギー、さらに二つの国語という複雑な事情がそこにあるようだ。
http://www.ucl.ac.be/

 ルメットルは、ベルギーの誇りで、科学者に送られるフランキ賞を受けてい
る。この賞とフランキについては別途書くことにする。

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5.あとがき

 「きっと忘れない、With honors」(Alek Keshishian監督、1994)をTVでみ
た。面白かったのは、Joe Pesci演ずるホームレスがハーヴァード大学の法学部
憲法の授業で、米合衆国憲法の特質としてその改憲可能性残されていることを上
げている、すなわち憲法制定者たちが自らの憲法を絶対としないで将来より良い
憲法を主権者国民自身が決める余地を許したことであると演説する場面であっ
た。大統領もホームレスも同じ主権者であることに変わりがないということだ。
http://mjp.univ-perp.fr/constit/us1787.htm
合衆国憲法5条の改憲規定の歴史的重要性をこのように解釈できるか否か僕は知
らないが、うがった見方ではあると思う。そして米国は1787年以来27回修正(最
後は1992年)している。

 先週の地域議会選挙結果、フランスの殆ど全地域regionで社会党PSFが過半数
の表を得た。しかし、本誌200の5(200quater)で書いたジュペ事件(Alain
Juppe、シラクの与党UMP総裁の政治資金不正利用事件)が主要な争点となって与
党が大敗したということではなかったようだ。むしろ、シラク-ラファランの進
めているグローバリスム経済政策に対する不安・不満の表明が国民の意思であっ
た。いずれにせよ、シラクを再選し、去年の国会議員選挙でUMPが過半数をとる
勝利を期したにも拘わらずこの国民の「心変わり」、そこで、「フランスは御し
難い(ぎょしがたい、ingouvernable)国だ」との声もあったけれども、それが
民主主義というものだ。

 地方自治が力をつけていく一方で、欧州連合Union Europeanneのレヴェルで国
境をなくしていっているのであるから、地域regionこそが、県departementや市
町村communauteを纏めて、スイスのカントンcantonと比肩できる「州」となるよ
うな道をたどるのか注目に値することである。これは日本において、道州制を導
入する場合に参考ともなる動きであろう。

 先週の高校野球、済美高校優勝、すごかった。「済美」とは春秋左氏伝(しゅ
んじゅうさしでん)に出てくる言葉で「祖先の事業を受け継ぎ、りっぱにまとめ
あげる」という意味だそうである。「現行のかたちに整理されたのは、前漢末」
と漢字源にあった。左氏伝は十三経(じゅうさんぎょう)のひとつ。十三経はと
いうと「周易(易経)・尚書(書経)・毛詩(詩経)・周礼(しゆらい)・儀礼
(ぎらい)・礼記(らいき)・春秋左氏伝・春秋公羊(くよう)伝・春秋穀梁
(こくりよう)伝・論語・孝経・爾雅(じが)・孟子をいい、宋代に定められ
た」と、これは大辞林。ところが、こういった説明は、今の生徒たちに向かない
のか済美高校高校のホーム・ページ(学校の沿革)には出てこない。
 
 今の済美高校の校歌「光になろう」は、古い校歌(なんと作曲宮城道雄/作詞
林古渓)を2001年、創立100周年を期に改めたものである。伝統ある校歌が消え
たのは残念である。男女共学になったので致し方ない面も確かにある。新校歌の
中にある「やれば出来るは魔法の合言葉」よろしく、奇跡的野球部の甲子園優勝
は目出度い限りであるけれども、古い校歌も棄て難い。宮城道雄(1894-1956)
は世界的筝曲の演奏家・作曲家として著名で「春の海」は誰でも知っていること
だろう。また林古渓(1875-1947)は、唱歌の歌詞も作ったが国漢文学者・歌人
・詩人である。漱石がいた松山中学(旧制)でも奉職したことがあるから、多分
その辺で松山と縁ができたのだろう。

 四国松山といえば、愛媛教育委員会が扶桑社版「新しい歴史教科書」(いわゆ
る作る会の教科書)を一部の中学で採用したことも想起されねばならないだろ
う。高校球児が、正しい日本史を学んで今後も夏に向けて活躍することを祈る。

 ところが、済美高校を調べているうちに、中高一貫の済美中等平成中等学校に
行き当たった。新しい受験校である。校長は「ソクラテスとデカルトの精神に基
づいて」などと言っているらしいが、要は英才教育をしようというものだ。私立
学校として、大学受験の実績とスポーツの実績はその経営に当って重大なセール
スポイントに違いない。しかし、同じクラスに勉強の出来る子、出来ない子、野
球が得意な子、本の虫、マンガを描く子、悪戯が好きな子、雑多な生徒たちがい
ることが大切なのであって、エリート教育を目指すのみの中高一貫「中等学校」
は賛成できない。価値の多様性の否定である。とんでもない生徒が生まれてきそ
うだ。済美中等平成中等学校のホーム・ページにある「平成校ニュース」に挙げ
られている生徒たちの論文の題名(テーマ)だけをみても、「ソクラテスとデカ
ルト」の「批判精神」からは程遠い大政翼賛会的テーマで肌寒くなる。

 済美高校のことを離れて、一般的にいうならば、学校教育におけるクラブ活動
なるものは、日米英に特徴的な組織であって汎世界的なものではない。フランス
やイタリア、スペインの学校には、学校主導型のクラブ活動がない。運動クラブ
も文化活動も校外活動である。フランスにあっては、この運動クラブが、例の
1901年のアソシアシオン法に基づいて作られているNPOの大部分を形成している
わけである。だから学校の先輩後輩関係も薄い。まさに文化の相違であるけれど
も、これはメンタリティーの根幹に関わる問題とも言えるのである。全てが
「個」を否定する側にたって日本の組織が出来あがっている。別の言葉でいえ
ば、自由を制限されることが意識されない「個」を育てている。「いじめ」、
「登校拒否」が頻発する原因がそこにある。

 主体としての「個」が「参加engagement」する運動クラブが、決して運動能力
を引き出せない、日本で半分悪口でいうところの「同好会」であって弱いかとい
うとそうではない。サッカー、ラグビー、柔道などいずれもかなりフランスが強
いことを考えると自明であろう。むしろサッカーなどの団体競技でこそ実は「個
人」が問題となってくるのである。個人競技でも、たとえばゴルフ、これだけ日
本中がゴルフ場だらけというのに、たまに日本選手が活躍するだけである。ゴル
フ場が殆どないスペインから才能ある選手がでるのは何故なのか。テニスにして
もしかり。

 米国コーネル大学が学術論文のネット出版図書館を開放した。学術出版にはお
金がかかる。出版物のスペース確保にも膨大な費用を要する。ネットに乗せてし
まえば、それらのコストを削減できる。世界中の誰もが論文を読むことが出来
る。コーネル大学は、アクセスの制限を設けず、無料で提供する。
http://dspace.library.cornell.edu/index.jsp
MITも同様。
http://www.dspace.org/

 学術書や学位論文を紙媒体で出版する時代は終わりつつあるといえよう。紙の
本で読みたいものは、各自がプリント・アウトする。売れるわけがない専門書で
も出版することができるわけである。且つ、大学のサイトであれば、個人が勝手
に本誌のように発行しているのではないから、論文の質が守られる。たとえば、
「Decartes's Mathematical Thoughts」(佐々木力東京大学教授)の本は、オラ
ンダから英語で出版されている。確か99英ポンド(1ポンドは約195円)だから
20.000円近くする。日本語版(東京大学出版会)だって、7.400円。学生にとっ
てとんだ出費で、いい迷惑である。著者も出版社も儲かるわけもない本なのだか
ら、大学の出版部門はぜひ電子出版を検討して欲しいものである。有料にするな
どという狭い根性はやめていただきたい。この本をMITやコーネル大学から電子
出版するならば、「東京大学教授」という権威も瑕付きますまい。それとも、岩
波や有斐閣で出版しなければならない理由があるのだろうか。貧乏人は図書館で
読めということか。

 ついでに日本はCDも馬鹿高い。音楽に関して言えば、JASRACが目を光らせて著
作権を必死に守ろうとしている。本誌でも紹介したWinnyやWinMxを敵視してい
る。過日はNHKの「クローズアップ現代」で脅しをかけていた。そうまでして利
権を守りたいのである。誰が?
 ちなみに僕のホーム・ページは全くコピー・フリーである。「当ホーム・ペー
ジの著作権はxxxに帰属します。引用・掲載の際はご連絡ください」なんて無
駄なことはいわない。

 本誌197号(2003年12月15日)で、イラクに自衛隊が派遣されたなら、自衛隊
員が誘拐されるかもしれないと書いた。4月9日金曜日に民間人がイラクで誘拐さ
れた。誘惑されることは予想されたことであろう。NGO/NPOであっても例外では
ない。国境なき医師団(MSF)などは世界中で被害にあっている。それ自体は驚
くべきことではない。当然ながら、誘拐した側はその効果を計算すれば、本来
NPOの人間を誘拐するのはマイナスとなることがあることを知らねばならない。
けれども、民間人を拉致・誘拐する方が容易である。

 問題は、挑戦された側のナイーフさnaifである。
先ず、政府は、世論次第によっては次の選挙が危ぶまれるから必死である。あら
ゆる手段を通じて、公式非公式に誘拐した側と接触している筈である。また、売
り込みも激しいと考えられる。アラブ世界に限らず、自称他称仲介者
intermediairesというのも大勢いる。お金がついてまわる。占領軍であるアメリ
カ軍を、日本の自衛隊を攻撃するにも武器・弾薬を買う金が必要である。僕は、
実質的に金で解決されるだろうとみている。日本国民にはどのように解決したか
知らされないであろうが。

 次に日本のNPOの反応である。連帯といえば聞こえがいいが、感情論が目立
つ。メディアにドラマに仕立てられているだけである。「人命は地球より重い」
などと、現実を全く見ていない。戦時下のイラク入りは、正に「自己責任」に違
いない。たとえ拘束を解かれたとしても、即時帰国などは考えるだに理にかなわ
ない。ミッションを遂行してから帰るべきだ。そうでなければ、何のためにイラ
クに行ったのか。

 再発を望まないならば考えなければならない。僕たちは加害者なのであるか
ら、攻撃目標になっても不思議はない。とすれば、攻撃に対しては反撃するか、
当事者であることをやめるか、いずれかしか選択はない。賢明なのは当事者であ
ることをやめることなのだ。

 イラクの混乱は、たとえ米軍が占領軍であることを予定通り6月末にやめて駐
留軍となったとしても続くであろう。宗教が、民族が前面に出てきたときにいか
なる収拾もきかない。おそらくは新たなる独裁者が登場するに違いない。しかし
それは彼らの選択である。

 僕がむしろ畏れるのは、不幸にして現実に誘拐された人たちが殺害された場
合、「邦人を保護せよ、自衛隊は何をしている」という声が日本国中に溢れるこ
とである。それが小泉の望むところであろう。大日本帝国は、こうして侵略戦争
を遂行していったのである。

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