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タイトル:hebdofrance 16.02.2004  2004/02/16


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                              Davide Yoshi TANABE
                                 vous presente

              ≪週刊フランスのWEB≫
                    no.200quinquies
                                          Tokio, le 16 fevrier 2004

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Index (目次)

        1.バイオリン
        2.あとがき

フランス語のサイトの文字化けは
表示>エンコード>西ヨーロッパ言語の順で選択すれば修正することができま
す。

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1.バイオリン
  http://www.chez.com/craton/musique/sarasate/

 サラサーテはスペインが生んだ天才バイオリニストにして作曲家である。パン
プロナPampelune/Pamplona生まれ。あの街中で狂ったように牛(taureaux)を追
いかけまわす祭で有名なパンプロナである。8歳で演奏会デビューした天才少年
が、マドリッドを経てパリの音楽院に留学するのは12歳の時である。パリに向か
う列車の中で母親が心臓発作で亡くなり、本人はペストに罹ってしまう。とんだ
出発であったが、サラサーテは周囲の助けもあってパリで成功するのである。大
変身だしなみのいい紳士だったが生涯独身をとおした。コンサートの度に、美し
いマドンナに扇子を奉げるべく用意していたというのは面白い逸話である。名は
パブロPablo、僕の義弟と同じである。

 僕たちは夏のある日、ビアリッツBiarritzからパンプロナに入った。その日が
聖フェルミンfiesta de San Fermin、パンプロナの守護聖人の祭とは知らずに迷
いこんだ。昼近くに入ったが、ホテルの予約はしていないから、部屋を探すのに
苦労した。それでもうろつきまわってなんとか泊まるところを確保して街にで
た。通りに放たれた闘牛で騒然としていた。僕は闘牛が大好きである。西からマ
ドリッドに入る手前のエスコレアルで闘牛を見たときからその美に惚れた。牛を
殺すという儀式にではなく、その「人と闘牛との緊張」、アレーナの興奮、「優
雅の頂点にある完成」に美を見たのである。闘牛を暫くぶりに見たくなった。祭
の最中とあって切符は売り切れ。しかし、スペインのことである、僕はあきらめ
なかった。闘牛場の前に行けば必ずダフ屋がいる。ダフ屋から入場券を買っては
いけないとスピーカーががなりたてている。ということは、つまり売切れだか
ら、切符はダフ屋で買えということだ。ほどなくして、アンちゃんやオジさんが
近づいてきた。割といい場所が手に入った。

 サラサーテに話をもどすと、サラサーテはビアリッツに別荘をもち、毎年パン
プロナに帰っていたようだ。サラサーテで最も有名な曲は「ツィゴイネルワイゼ
ン Zigeunerweisen」であろう。zigeunerとはドイツ語だろうが、tsiganeまたは
tziganeのことでジタンgitanともボヘミアンbohemienともいわれる。スペインで
は普通ヒタノgitanoである。weisenはair。オーケストラまたはピアノとともに
演奏されるが、バイオリンの演奏が、極めてドラマチックにひきたつ名曲であ
る。情緒が過ぎると嫌う向きもあるかもしれない。しかし、小提琴(バイオリ
ン)に相応しい明暗が心をかきむしる珠玉の作品である。スペイン語で
zigeunerweisenはlos aires bohemios。
http://neuro.ohbi.net/music/index0.php#sarasatera
 これとは別に、僕のホーム・ページにAaron RosandのZigeunerweisenをのせて
おく(8.47MB)。バイオリンは名器グアルネリ・デル・ジェズーGuarneri del
Gesu(コチャンスキーKochanski)か。
http://www.saturn.dti.ne.jp/~davidyt/log029.htm

 この作品に魅せられた男がバイオリン製作lutherieを生涯の仕事にした。陳昌
鉉Jin Chang Heryemの語りを鬼塚忠・岡山徹が起こした自伝「海峡を渡るバイオ
リン」(河出書房新社(2002年)を読んで知った。つけっぱなしにしていたNHK
で朗読していたので興味をもった本である。
 この自伝、なかなか面白く感動的である。陳昌鉉は世界でも屈指のバイオリン
製作職人。在日韓国人。1929年慶尚北道金泉梨川生まれ。14歳で日本の九州に来
て働きながら夜間中学に通う。それからの波乱万丈な少年・青年期は筆舌に尽く
し難い。僕は半日で340ページを読み終えてしまった。特に信州木曾から上京す
るまでの前半生は息もつかせない。
 鬼塚忠が企画、陳昌鉉の語りを岡山徹がテープから起こして構成した本なの
で、どこまでが真実で、どの辺りが脚色なのか良く分からないのが難点である。
「売れる本」にするためのテクニックがちらつく場面もある。人一倍の苦学をし
て明治大学英文科を出ているのだから、字が書けないどころか大変インテリでも
あるはず、自ら筆をおこしていただきたかった。同じ題材で「天上の弦」(漫
画)が雑誌連載中という。
 本とNHKの朗読を比べてみると、朗読は元の文章を相当端折(はしょ)ってい
ることが判明した。原文を尊重しないとはなにごとだ。

 「バルザックと中国の小さなお針子Balzac et la petite tailleuse
 chinoise」。原作及び監督はDai Sijie(戴 思杰)。 中国では「小裁縫」と
題して上映された。監督のほぼ自叙伝。文化革命の頃の話である。この作品もバ
ルザックのみならずバイオリンに関係がある。都会から農村に再教育のために来
た青年がバイオリンを持っていたのである。モーツアルトのソナタを「毛首席を
想って」と偽って弾くのはご愛嬌だが、山間の村から遠くシャンゼリゼ(香樹里
舍または香樹麗舍大道、「樹」の字は実際には樹木の樹ではない)に想いを馳せ
た青年たちのこころはいかばかりであったろう。映画では、バイオリンを弾いた
青年が文化大革命後フランスに留学してバイオリニストになることになっている
が、Dai監督自身の場合は、革命後中国で大学を出てからフランスに留学、その
ままフランスにとどまってしまったときいた。でかしたぞ。今の中国は帰るとこ
ろではない。

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2.あとがき

 本誌ホーム・ページ校正・更新は第29号までを終えた。
http://www.saturn.dti.ne.jp/~davidyt/log029.htm

 永井俊哉というひとが、本誌を推薦してくれていることがわかった。
http://www.nagaitosiya.com/
僕よりまじめに長い論文を書いている。その全てに賛成ではないが、同意できる
ものがかなりあった。珍しいのでサイトを紹介しておく。

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発行者:田邊 好美(ヨシハル)
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