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タイトル:【サイバッチ!】インデプス 016号 追悼・ナンシー関 02/06/25 10:48  2002/06/25


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【サイバッチ!】インデプス 016号  [06/25/02] 
 追悼・ナンシー関
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▼▽▼「死ぬのがこわいなんて、大月さん、子どもじゃないすか?」▼▽▼
▼▽▼あんたそう言って思いっきり、バカにしてたじゃないかよ……▼▽▼

 すでにご存じと思うが、去る12日、ナンシー関が急逝した。

 死因は「虚血性心不全」。だからね、医者行け、一度人間ドックくらい
入っとけ、って、あたしゃよく言ってたんだけどなあ。やっこさん、ケガでも
しない限り医者には行かないし、おのれの体重だって「ここ何年も体重計
乗ったことない」って平然と言ってのけてたくらいだから、こりゃもう
しょうがない。でもなあ……ほんとにあのバカ……。

 「友人と食事をした後、タクシーの中で気分が悪くなり……」と報道されて
いたが、この友人とは、ナンシーの本の装幀などをずっと手がけていた親友の
坂本志保さん、とのこと。あたしもナンシーとの対談本『地獄で仏』
(単行本は絶版、文春文庫に在庫あり)でお世話になったっけか。ウマが
あったらしくて、ナンシーの話の中にもよく名前が出てきたから、ほんとの
親友……いや戦友みたいなものだったんだろうな。

 追悼記事というわけではないけれども、ナンシーの死について何か書いて
くれ、というので二本、『産経新聞』と『毎日新聞』にそれぞれ書いた。
産経のものを引き継いで少し展開したのが毎日の記事、といった感じになって
いるので、並べて引き写しておく。言いたいことは山ほどあるけど、まあ、
その骨組みってのはおよそこんな感じなので。

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 「オレ、ナンシーの葬式には出そうな気がするなあ」

 そんなことを本人によく言っていました。朝、彼女の担当編集者から
訃報を聞かされて、まずそのことを思い出しました。今から6、7年前、
某女性月刊誌連載の対談で毎月顔をあわしていた頃のことです。

 「ナンシーに顔を彫られると不幸になる」などというありがたくない噂が
立ったのも、その頃です。実際、当時はあたしも公私共に荒れ模様で、
「なんか、あたしと仕事すると大月さんロクなことないっすねえ」と、
あきれられていました。時事問題をネタにした対談でしたが、彼女のあの
調子で毎回やりこめられながらも、彼女の健康状態はずっと気になってい
ました。実際、あのガタイ、あの風体でしたから、こりゃ心配するなという
方がムリです。

 訃報は常に大文字です。彼女もまた、「ユニークな消しゴム版画家」
「辛口のテレビコラムニスト」、といったもの言いで語られ、追悼される
のでしょう。もちろん、それは間違いではない。世間にとってのナンシー関
とは、おおむねそういう書き手ではありました。

 でも今、ナンシー関がいなくなった、ということは、単に雑誌界隈が
おもしろくなくなる、といったこと以上に、実はかなり大きな思想的事件
だということを、心ある人たちはそれぞれしっかりと感じているはずです。
それはたとえば、三島由紀夫が割腹自殺し、連合赤軍があさま山荘で籠城し、
オウム真理教が無差別テロを展開した、それらとある意味匹敵するくらいの
大きな時代の転換期を象徴するできごと、になるはずです。

 彼女が斃れた、ということは、80年代出自の価値相対主義思想の、その
最良の部分が失われた、ということに他なりません。笑わないで下さい。
これは本気です。そのことの意味を、これからあたしたちは深く思い知る
ことになるはずです。

◆『産経新聞』6月15日付け
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 ナンシー関の死について、語ります。

 80年代出自の価値相対主義思想の、その最良の部分が死にました。
その限りでこれは、思想的事件です。ひと昔前ならば、たとえばサルトルが
くたばり、三島が割腹し、中上健次が早世した、いずれそういう大文字の
固有名詞と結びつけられて語られるべき、あるひとつの「時代」とその精神を
象徴するできごとになっていたはずです。ナンシー関の死、というのは、
岡崎京子の“遭難”と並んで、実にそれくらい、同時代を生きる者にとって
大きな意味をはらんでいます。

 テレビにもの言う、というのは、これまでも評論家たちのお家芸でした。
古くは大宅壮一に始まり、藤原弘達や細川隆元など、彼ら「オヤジ」評論家が
何か「もの申す」時にはテレビは常に悪玉で、「衆愚」の権化として扱われて
きました。テレビはバカであり、通俗であり、文化とは相いれないものだった。
ゆえに、知性や教養の側からは当たり前に批判されるもの、でもあった。
今でもそれは基本的に変わっていません。

 けれども彼女はそんなテレビを、そのバカで通俗なありようのまま、
世間の多くが抱える日常の感覚の内側から眺めて語る、という離れ業をやって
のけてきました。テレビを高みから見下ろすのでなく、バカで通俗なその
テレビと同じ空気を吸い、同じ場に生きている自分も共にひっくるめて眺める
――そこに旧来の知性や教養を超えた「批評」が宿りました。

 それを可能にしたのが自己相対化――つまり「ツッコミ」です。
バカで通俗なテレビに敏感に反応しながら、でもそんなテレビと共に生きる
ワタシって何、という自己相対化も必ずしている。月並みなニヒリズムに
足とられておのれの立ち位置さえ放り出しがちな価値相対主義を一歩突き抜けて、
彼女のそのスタンスは、「ツッコミ」がある種透明な自己抑制に昇華し得る
可能性を見せてくれていました。そしてそれこそが、この高度情報社会に
おける最も信頼すべき「主体」のありようを示していました。だからこそ、
単なる売れっ子雑誌コラムニストの死にとどまらない衝撃が各方面に深く、
静かに走っているのだと思います。

 ナンシー関に寄せるこの絶大な、しかしそのままでは絶対に世の安定多数
にはなり得ない、そういう土俵とは最後まで関わりようのないところに
宿った声にならない無告の「信頼」というものを、もはやここまで役立たずが
バレバレになってしまった活字出自の知性だの教養ってやつは、さて、
どれだけ謙虚に受け止められるか。それは言葉本来の意味での「政治」の
問題であり、ごく普通の日本人、いまどきの「常民」の水準に即した、
気分のフォークポリティクス、とでも言うべき領域と関わってきます。

 「いつも心にひとりのナンシーを」――けたたましくもとりとめなく流れる
ばかりの、この情報化社会の真っただ中で、うっかりと舞い上がらず、
不用意に自意識を肥大させてしまわず、身の丈の「自分」の立ち位置を確認し
制御してゆくために、ナンシー関の残した仕事はこれからもなお、
あたしたちがこの国でまっとうに生きてゆく上で欠かせない、言わば常備薬
のようなものであり続けるに違いありません。

◆『毎日新聞』6月19日付け
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▼▽▼ネット界隈に静かな波紋……ナンシー、あんたすげえよ▼▽▼

 けれども、ナンシー逝去、の衝撃は、ネット界隈が一番深刻だった。
 芸能人ならばともかく、もの書きや文化人系の訃報で、これだけスレッドが
一気に乱立するなんてことは、これまであんまりなかったと思う。
 当然、web日記などでもいくつもコメントや記事が出ていた。

◎公式HP NANCY SEKI's FACTORY『ボン研究所』
http://www.bonken.co.jp/ 

◎ナンシー関スレ、過去ログ 
http://natto.2ch.net/books/kako/976/976982590.html 
http://natto.2ch.net/test/read.cgi/books/999368853/ 
http://natto.2ch.net/test/read.cgi/books/1013939468/ 
http://book.2ch.net/test/read.cgi/books/1023973527/
◎現行スレはこちら。ナンシー関 6
http://book.2ch.net/test/read.cgi/books/1024883009/

◎≪お別れ≫故ナンシー関さんの告別式≪6月13日≫、過去ログ
http://news.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1023945090/
http://news.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1023993054/

◎唐沢俊一(日記)
http://member.nifty.ne.jp/uramono/dialy/diary.html  
◎小田嶋隆(偉愚庵亭日乗……日記ですね) 
http://www.wanet.ne.jp/~odajima/diary/top.html 
◎松沢呉一(黒子の部屋)
http://www.pot.co.jp/matsukuro/020613_465_nancy.html
◎相田くひお(相田寓話)
http://www4.justnet.ne.jp/~border/index.html
◎有田芳生(日記……ほんの一言だけど)
http://www.web-arita.com/sui126.html 
◎安田理央(日記)
http://www.fastwave.gr.jp/diarysrv/rioysd/200206b.html#20020613 
◎『噂の真相』(笑)
http://www.uwashin.com/2001/new/new.html 
◎高須基仁(よくわからん……)
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/kiji/2002/06/13/07.html

その他、岡田斗司夫、能地裕子などもHP等でコメントを。
また、坪内祐三、中野翠その他も、紙媒体の連載コラム等で言及。いやあ、
ナンシーの隠れた影響力はここまで大きかったんだなあ、と、改めて
痛感しました。

 ちょっと珍しめのものには、こんなのもアップされてました。テレビの
『ザ・ワイド』での、やくみつるのコメント、だそうです。
「侮蔑」という言い方はちょっとナンだけど、あのある種徹底した距離の
とり方、デタッチメントの凄味について言いたいんだろう、と理解しました。

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僕もテレビを題材にマンガを描いたりしていますけれど 
描いているとどうしても内部に入ってきてしまう。 
入ってしまったがために描きづらくなってくることもたくさんある。 
やっぱり気兼ねをしたり、いろいろあります。 
彼女の場合は入ることをまずこばんで、徹底的に視聴者の立場を守りぬいた 
ところがたいしたもんだと思いました。 
あと、描くという行為にはある程度愛情がなければとよく言われるんですが 
むしろナンシーさんの作品には、それをみじんも感じない、 
描く対象を侮蔑しきったような、あのスタンスを続けることがすごい。
普通はやっぱり自分をとりつくろったりしたくなると思うんです。 
それをしなかったのはすごい度胸だと思いました。 
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 ワイドショー系の報道については、こんな労作もすでに。

◎「ナンシー逝去」ワイドショー報道の詳細(画像あります)    
http://www.angel.ne.jp/%7Epan/diary/nancy/index.html


▼▽▼蛆虫たちも哭いた、てか……いい追悼文その他が結構あったぞ▼▽▼

 けれども、今回最も眼についたのは、無名の蛆虫たちのナンシー追悼文。
ぎくしゃくしていたり、粗削りだったりしていながらも、結構いいブツが
いくつもあったのだ。それこそ、ワイドショーレベルのええ加減なコメントや
わかったふりのお追従ぶりっこなどよりずっとまとも、なものが。

 たとえば、こんなの。

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ナンシー関が死んで思うことは、この日本という国でTV番組に対する批評
という行為が、今後成立することはないだろう、ということ。森茉莉という
一時的例外はあったが、批評という密度でTVを見続けた人は、おそらく
ナンシー関が最後であったろう。

この国では、大衆が見聞きできる現象に関しての批評行為は、何故かまず
不可能である。政治状況に関しては批評されているではないか、という
意見もあるかもしれないが、あれにしたって、毒にも薬にもならないレベルの、
決まりきった言説が流通しているだけである。それなりに鋭い批評が
マスコミに現れることはまずない。政治家のモラル向上で政治危機が解消
される、なんてバカバカしいことを信じている人が実際にいるか?

ナンシー関がやっていたことを政治言論一般に適用していたら、彼女は
おそらく吉本隆明などを軽く越える存在になっていたろう。もしかしたら、
ミシェル・フーコーすら越えていたかもしれない。自分の言葉で事物への
愛を、あるいは嫌悪を語る、というのは誰にもできることではない。
言ってはいけないことかもしれないが、「ブスの僻み」という煙幕が、
彼女の言論活動には有利に作用したことは事実であろう。でも、林真理子や、
ランディ何とかみたいな、それに最大限すがってなんぼの連中のように、
自分から依拠しようとしたわけではないはずだ。

非自覚的天然要素が優先しているとはいえ、彼女の批評手腕は卓越して
いたのだが、たぶん長らく記憶されることはないだろう。なにしろ、
その批評対象であるTV(もちろん、表現行為としてのTV番組という
意味)の命脈が尽きているのである。肥満の危険と、生活スタイル改善
への提言という形で、あっさりと人生を総括されてしまいそうなのが、
彼女にとっては一番無念なことかもしれない。

http://www.med-legend.com/history/history13.html
(精神科のお医者さん、らしいです)
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 以前のこのコーナーで、こんなことを書いたことがある。

< 私しゃ、悪口も芸になるとは思ってる方なんですよ。ナンシー関とかが
その代表だよね。だけど、その悪口が芸になるためには「ああ、なるほど、
私が引っかかってたのもソコだったのね」というようなことを、読者に
気づかせねばなるまい。悪口の対象の人物に新たな角度から光を照射して、
何らかの発見を提示しなくては芸にはならぬ。またはその語り口に、
人を面白がらせる技術があるとかね。そのあたりがナンシーあたりは実に
巧いのだ。(以下略・敬称略) >

 その「金の取れる悪口」の巨匠、ナンシー関氏が亡くなった。
39歳の若さだ。知人と夕食を食べた後、タクシーで帰宅途中に気分が
悪くなり、病院に運ばれた後に亡くなったということだ。

 私はとても残念でならぬ。

 むろんのこと、文春、朝日、などの連載を読む楽しみがなくなったこと
もあるが(それは、とっても小さいながら人生の快楽の1つだった)、
それ以上に、私はこの人を「きちんとした円満なる常識人」の一人として
見ていたからだ。

 一見ミーハー。取り上げる内容だってモロにミーハー。だけど、その
ミーハーな事象に触れるとき、この人の態度はいつもマトモすぎるほど
マトモだった。

 だから、「クオリティのないウソ」「感情の押し売り」「作為のある
(不自然な)盛り上がり」そのようなものに触れるとき、彼女は必ずシニカル
に冷水を浴びせてきたのだ。そういうのはダメだろ、ルール違反だろ、と。
 そして、彼女が決して間違わなかったのは「なら、お前はどうなんだ?」
という意識を、その裏に必ず持っていたことだ。自らの物書き稼業としての
ミーハーさ、胡散臭さ、野次馬根性などをしっかりと理解した上で「でも、
こういうのはどうなんだ?」と指摘することが出来た。その秀逸なるバランス
感覚。こういう人はホントに少なかったよ。

 色々なものを読むにつけ、私は「この人はきっときちんとした家庭で育った
のだろうな」と思っていた。恐らくそれは正しいと思う。青森出身の
元郷ひろみ(ヒロミ・ゴーに非ず)ファンの女子生徒。あの時代を普通に
まっとうに過ごした少女が、長じて大変ユニークな分野に才能を開花させた。
 テレビコラムニストとして、誰も足下にも及ばなかった。文字通り
「足下にも」である。テレビ業界人としても言うが、たいへん残念な人を
失ったと思う。

 謹んでご冥福をお祈りする。

http://www.melma.com/mag/03/m00016703/a00000113.html
(自転車通勤で有名なテレビのディレクター、らしいです)
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▼▽▼青森の葬儀にまで出かけた蛆虫がいたらしい……あたしもその一匹▼▽▼

 16日、青森市内常光寺で行われた葬儀についても、やはり無名子の
レポートが秀逸。マスコミ報道はご遠慮を、だっただけに余計に貴重かも。

◎ナンシー関の葬式に参列する(一ファンの葬儀参列レポート)
 http://www4.justnet.ne.jp/~nari/

 これには、あたしも参列しましたがね。
  花輪というか供花がとにかくあふれるばかりで、業者に頼んでも「今から
だと寺の入り口のまわりに十把一絡げで並べるしかないですけど……」と
申し訳なさそうに言う始末。確かに、並んでいる名前を見れば、ビートたけし、
坂本龍一、ナインティナイン、久本雅美、などの「業界」系を始めとして、
黒柳徹子だの大竹まことだのまで、もう何でもあり。あ、食い合わせあまり
よくなさそうな山田美保子や香山リカ、のも一応ありましたよ、隅っこの方に
ひっそりと、でしたけど。

  参列者には鈴木慶一、山田五郎、いとうせいこう(あたしのツラ見てサッと
逃げやがんの)、えのきどいちろう……などなど。印象としては半分くらい、
いや、もしかしたら六割以上はいわゆる東京の「業界」関係者じゃなかったか
なあ、と。ちなみに、通夜の方はもっと地味な、というか、一般の人が多数
だったようです。

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★★☆サイバーパパラッチ的インデプス風味の編集後記

● 田口@万引き猿、がらみで、幻冬舎の見城社長に脅迫されて廃刊、などと、
ナンシーの訃報その他でこのところずっとバタバタしていたら、知らない間に
そんなうれしい噂まで出ていたらしい、インデプスであります。
  そんなあなた、脅迫なんてされたのなら、あたしゃ尻尾振りまくって土下座
し倒し、その勢いでその一部始終をあることないこと暴露しまくりますがな。
それとも、【サイバッチ!】本隊の方に何か脅しでもかかったのかなあ。
雷太どんやkamezoどんが最近、ミョーに羽振りいい、とかって、ない?(笑)

●既報の「奇跡の詩人」ルニャたんモンダイも、有田芳生+滝本太郎コンビに
よる糾弾本が刊行されて、少し展開がありそうです。田口案件? へっへっへ、
そっちは内緒内緒、と。

●ナンシー逝去、の波紋はこんな形でも↓

◎ナンシー消しゴム版画風の切り込み隊長とひろゆき、だそうです。
http://dempa.gozans.com/backno/beta12/mail/kiriko.gif
http://dempa.gozans.com/backno/beta12/mail/inoe.gif

◎すまぬ、こんなコラまで出回ってる……ゆ、ゆるせん……(でも笑った)
http://yaneura.zone.ne.jp/kabe3.jpg

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編集・発行人:大月 隆寛    takahiro OTSUKI
Mail Address<mailto:otsuki@cybazzi.com>
Copyright(C), 1998-2002  takahiro OTSUKI
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