================================================================ 〜言葉を風にのせて〜 高安ミツ子 |
![]() ![]() 朝の緞帳(どんちょう)が表情もなくあがったはずなのに 突然義母は能面の顔で怒り出したのです 私はあの日からあなたにかぶせる みつからない帽子を家中探し続けていきました 打ち寄せるあなたの怒りの波頭でびしょぬれになった私は 言葉も、体力もなくなり 心が壊れてしまう苦しさに 仏壇の義父に「助けてください」とただ掌を合わせるだけでした ふと回路がつながる午後になると 状況を知った義母は 「こんなにやさしくしてもらっているのに」 「そんなとき、私から離れていてくれ」 と壊れていく寂しさを飲み込んでいくあなたに 手渡す薬のない私の心は寒く震えるばかりでした 義母の魂は あなたの好きな牡丹の花びらが崩れるように散る あの速さにも似て 壊れて 時を束ねていきました まるで私はサーカス小屋で綱渡りをしている 化粧のはがれたピエロでした このままこの渡り綱からまっさかさまに落ちたほうが 楽になるに違いないと夢想しても 30数年過ごした義母の姿を忘れることはできないのです あなたの娘ではないけれど 信頼を寄せてくれているあなたの声が聞こえるのです
手折れる花のない悲しさを知りました どくらいの時間が過ぎたのだろうか 施設で目覚める朝を迎えるようになった今でも 義母は私の名前を呼ぶという 今頃は部屋で眠っているだろうか
私だけを見つめているような弦月が 冬の夜空で微笑んでいるように見えました 風は肌をさすように冷たく あなたとの契りを切り離す勢いで私の心を吹き抜けていきました 私に何が見えるのだろうか あなたに託された冬の庭は哀愁のある顔で春を待っています |